act23 種の隔たりを超えて
「アクア王女、あんたのその姿は一体どうししまったんだ?」
船でカシオスが問い掛けてくる。
「ああ、あの島で色々あったんだよ」
祖母ちゃんが答える。
「色々って、人魚じゃなくなっているじゃないか! 大丈夫なのか?」
カシオスが苦言気味に言ってくる。
「まあ、大丈夫だよ、本人が覚悟を決めて選んだ事だ。他人がとやかく言う事じゃないんだよ」
「そ、それはそうだが、王女様って立場だからさ、平気なのかと思ってよう……」
カシオスは舵を取りながらチラチラとアクアを見る。アクアは静かに船に揺られていた。
「それと、あんた達も人数が減ってないか? 行きには妖精族の少年が居たよな?」
「…………そ、それも、色々あったんだよ」
祖母ちゃんはもう答えたくないといった表情でぼそりと答えた。
その返しを聞いてカシオスはようやく察したようだ。
「そうか、色々あったんだな…… 悪かったな、色々質問しちまって……」
反省気味にそう言ってからカシオスは口を閉ざした。
船上では、皆、多くを語らず、只々船は揺れ進んで行く。
船が入江口に差し掛かった所で祖母ちゃんが声を掛ける。
「ねえ、それでカシオスさん、悪いんだけど、乗った場所じゃなくて、入江の南側にある泉近くに付けてもらえるかな?」
「あっ、ああ、了解だ。多めに料金も貰っているし、明日もう一度迎えに来ることも無くなったし、あんた達の希望通りにするよ」
「済まないけど、頼んだよ」
船は入江内には入らず、南側に位置する泉近くに着けてもらった。
「じゃあ、俺は此処で……」
カシオスは静かめに頭を下げてくる。。
「ああ、色々とありがとうね。助かったよ」
祖母ちゃんはカシオスにお礼を告げる。僕等も揃って頭を下げた。
そうして僕等は海岸の岩場から崖を登り、いつもの泉へと赴いた。
別に約束をしているという訳ではない。人魚の国へ戻れないので、行き場所を求めて泉へと向かったのだ。
「ふう、この後どうしようかね?」
祖母ちゃんが呟く。
人魚の王にどう説明をすれば良いのか? アクアを含めこれから我々もどう処すれば良いのかもよく解らない。
とぼとぼと歩き進み泉の畔に進むと、そこには見覚えのある人物が佇んでいた。
「あれ、フレデリック様?」
そこにはフレデリック王子が居たのだ。
「えっ、アクア? えっ? アクアなのか?」
驚いた表情でフレデリック王子はアクアを見る。それはそうだろう姿が変わっているのだから。
「そ、その姿は、一体どうしたんだ?」
フレデリック王子はちょっと動揺を感じさせる口調で問い掛けてくる。
「あっ、えっ、ち、ちょっと色々あって…… 本当に色々あって、でも、私は望んでこの姿になったの…… あなたを愛し……」
アクアは躊躇いながら答えた。
その瞬間、フレデリック王子はアクアに近付きギュッと抱きしめた。
「アクア! アクア、アクア…… 若しかして、君は! お、俺の為に、俺の為に姿を変えたのか…… 済まない、こんな事までさせてしまって……」
フレデリックは感極まった様子でアクアに熱い接吻をする。
「ああ、フレデリック様……」
愛おしそうにアクアも接吻を返す。
二人の気持ちが通じ合っている事を感じる。いつの間にか二人はお互いをそこまで思うようになっていたのだ。
「アクア、アクア! 俺は君が大事だ。君とずっと一緒に居たい。俺は君を離したくないんだ……」
「私も、私もです。フレデリック様……」
二人はまたキスを交わす。
ドラゴニュートであるフレデリックとドラゴニュートになったアクアが愛の抱擁とキスを交わしている様子は神々しい程に美しかった。
「……俺も君に会いたくて、何度も此処に来ていたんだ、約束はしてなかったけど、此処に来れば君に会えそうな気がして……」
「えっ、フレデリック様、私に会う為に此処に居て下さっていたのですか?」
アクアは驚いたような、そして嬉しそうな表情でフレデリックを見詰める。
「ああ、そうだ。そうしたら、俺と同じ姿になった君が来たんだ。運命だよ。これは運命なんだよ、アクア、これから先、俺と一緒に生きていってくれないか、アクア、若しも駆け落ちするような事になっても、俺は一生君を離さない、離さないよ!」
「ああっ、フレデリック様っ、フレデリック様!」
二人は再び熱い抱擁を交わした。
僕等の想像以上に二人の愛は強く育まれていたようだ。
僕等はそんな二人を見守り続ける。胸の中に熱い感動が込み上がってくる。
「済まぬ、お付きの者達よ、アクアは俺がドラゴニュート族の国へ連れ帰ろうと思う。人魚の国の方にはその旨を伝えておいてくれないか?」
「えっ、お付きの者?」
僕等はいつからお付きの者になったんだ?
「済みません、ハンスさん、皆さん、お父様やお母様への説明と報告をお願いできますか? 私がドラゴニュート族になった事とフレデリック様と一緒に行く事を……」
アクアは少し顔を赤らめながら申し訳なさそうな表情で頭を下げてくる。
ハッピーエンドは良い事だ。良い事で喜ばしい事だけど、一番厄介で大変な役回りを僕等にやらせるのは勘弁して欲しいぞ。
「済まないが頼んだよ」
そう言いながらフレデリックは翼竜のような羽をバサッと広げる。アクアも続いて翼を広げた。そして、二人は翼を羽ばたかせ空へと舞い上がっていく。
まるで二匹の黄金の竜が絡み合いながら天に昇っていくかのようだった。
僕等はそれを見守る。美しく愛に満ちた光景を……。
―それから少し落ち着いた頃、僕等は人魚の国の城へと向かった。依頼を受けていたアクアの事、ビュルギャの事を報告する為にだ。
城の壇上の椅子の上に座ったオケアヌス王が厳しい表情をし重々しい声で僕等に問い掛けてくる。
「…………では、アクアはドラゴニュート族の姿になってしまったというのか? そ、そしてもう元の人魚の姿に戻れないというのか……」
「は、はい、仰る通りで御座います」
代表して僕は答える。
謁見の間にはオケアヌス王、リリス王妃、アクアの姉であるマリン王女、そして執事の人魚が居た。皆、硬い表情をしていてとても重い空気だった。
「ただ、アクア王女は人を助けようとして、ドラゴニュート族の姿になられたのです。単なる興味本位とかではありません。そして、結果としてドラゴニュート族の元へ旅立ったということです」
「旅立ったというのはどういう事だね?」
厳しい表情でオケアヌス王は問い掛けてくる。
「それは、嫁いだといった感じでございますが……」
「そ、そうなのか…… ドラゴニュート族のもとへか……」
オケアヌス王はふうと大きく息を吐いた。その横ではリリス王妃、アクア王女なども同じように溜息を吐く。
「ただ、差し出がましい事とは思いますが、アクア王女を責めないであげて欲しいと思います。不慮の事から人魚からドラゴニュートへと自ら姿を変えられましたが、それは慈愛による行動だったと認識しています。その後に慈愛が愛に変わったのです。なので、僕等の希望としましては、アクア王女の考えや決断を見守ってあげて欲しいと思うのです」
「…………」
オケアヌス王は腕を組み少し顔を顰める。
「そして、報告が遅れましたが、海の魔女ビュルギャは、この世界の混乱や混沌を企んでいる者でした。そして、この人魚の国や妖精の国で暴れまわっていたフック海賊団はビュルギャの手下であり、それを退治したのは我々でした。ビュルギャの真の目的はアダーストーンやエリクサーを手に入れ、過去に受けた傷を治し、また強大な魔力を手に入れる事だったようです。その、エリクサーを手にれるという過程においてアクア王女をドラゴニュートに変え人魚の魂を手に入れようとしていたのです」
「むむむむ…… あの女、そんな企みを……」
「海の魔女ビュルギャが、アクア王女を誑かしていたという事実や、我々の仲間であるペーター・ポーンの親友の命を奪った仇だっということもあり、僕等はビュルギャのと戦う事になるのですが、アクア王女の魂を奪われる事は止められましたが、ビュルギャを倒す事と引き換えに僕等は仲間のペーターを失ってしまったのです」
「うむう、尽力感謝する。そして、ペーター殿は残念であったのう……」
「恐れ入ります」
僕は頭を下げ、一度大きく息を吐いた。
「そんな所で報告は以上になります。他に何かお聞きになりたいことは御座いますでしょうか?」
僕は改めて問い掛ける。そんな問い掛けにオケアヌス王は躊躇いがちに聞いてくる。
「……のう、娘は…… アクアは現在の状況を本当に納得し、満足しているのであろうか?」
「僕が見た限りでは、納得しご満足されているように見受けられましたが……」
「そうか…… そうなのか……」
オケアノス王は複雑な表情を浮かべた後、小さく頷いた。
「報告ご苦労だった。儂が聞きたいことは以上で大丈夫だ。娘の魂を守ってくれた事を深く感謝する。ありがとう……」
オケアヌス王だけでなく、リリス王妃、マリン王女も横で小さく頭を下げてくる。
「いえ、大してお力になれずに申し訳ありませんでした」
僕等も揃って頭を下げた。
そうして、僕達は立ち上がり後方の扉から出て城を後にした。
晴天で空には僅かな雲がみえるだけだった。僕は眩しさに目を細める。
―それから数日後、宿屋で旅の準備をしていた僕等のもとにアクアとフレデリックの婚姻の儀への招待状が届いた。是非参列して欲しいというものだった。僕等としては、そろそろ人魚の国を後にしようと思っていた所だったが、アクアの現在や行く末を見定めておきたいというのもあり、人魚の国を出る前に参列する事に決めたのだ。
場所はドラゴニュート族の神聖な場所という山の中腹の高台だった。
当日になり高台に訪れると、ドラゴニュート族の王や王妃などが集まっており、その中央にドレスやマントで着飾ったアクアとフレデリック王子が並んでいた。
「本日はお招きいただきありがとうございます。アクア、凄く綺麗だよ」
僕は二人に挨拶をする。皆も揃って頭を下げた。
「ハンスさん、先生、ハルシェシスさん、バステトさん、来てくださってのですね」
アクアは嬉しそうに微笑む。
「どうだいアクア、ドラゴニュート族での生活は? 上手くいっているのかい?」
祖母ちゃんがアクアに問い掛ける。
「ええ、先生、皆さんからとても優しく接してもらっています。王様やお后様からも」
その会話に横からフレデリック王子割り込んでくる。
「元々人魚の国のお姫様というのもあり、父も母もアクアを大事にしてくれています。まあ、それだけじゃなくアクアも優しいから上手くいっているのもありますけどね」
フレデリックは嬉しそうに笑う。
バステトは王や王妃に聞かれないように気を使いながら呟く。
「まあ、大事に扱わないで人魚の国と揉めちゃったりしたら困るだろうからな」
「バ、バステトちゃん! 余計な事を言わないの!」
ハルシェシスは苦言を呈する。
「それで、結婚式にオケアヌス王とかリリス王妃とか人魚の国の人達はやっぱり来ないのかい?」
祖母ちゃんはアクアとフレデリックに問い掛ける。
「招待状は送ったのですが、駆け落ちみたいな状態だったので、来てくれないみたいですね」
フレデリック王子は残念そうに頬を掻く。
「そうか、まあ仕方が無いね……」
そんな話をしていると、海から高台に至る道辺りが騒がしくなった。
海獣類が引く馬車のような乗り物が何台も近づいて来たのだ。
そして、その馬車のような乗り物は止まり、その中からはオケアヌス王、リリス王妃、マリン王女、ミカエルらしき男が降り立った。
「お、お父様!」
アクアは感嘆の声を上げる。
「……おっ、そうか、アクア、お前は本当にドラゴニュート族になったのだな……」
改まってオケアヌス王は言及する。
「ごめんなさいお父様、私どうしても、ならないといけない状態だったの……」
アクアは深々と頭を下げる。それを見たオケアヌス王は優しく微笑んだ。
「綺麗だよアクア、ドラゴニュート族のお前もとても似合っているし綺麗だよ」
「お、お父様、怒っていて来てくれないのかと……」
「大事な娘の結婚式だ。顔を出さない訳にはいかないだろう」
オケアヌス王、リリス王妃はフレデリックの父王、母王妃に頭を下げる。ドラゴニュートの王と王妃も頭を下げて会釈する。
「フレデリック君、娘を頼んだよ、娘はドラゴニュートとして生きて行く事を選んだ。どうか大事にしてやって欲しい」
「ええ、アクアは俺の全てです。大切にし、一生守っていきます」
フレデリックは真剣な眼差しで答える。
「宜しく頼むよ」
オケアノス王はフレデリックの肩をポンと叩く。
改まりオケアヌス王はドラゴニュート王の方へ顔を向ける。
「そして、ドラゴニュート王、ドラゴニュート王妃殿、娘を宜しくお願いしますぞ」
そして顎を引いた。
「畏れ入ります、オケアヌス様、こちらこそ宜しくお願いします」
フレデリックの父と母は頭を下げ返す。
そうして、二人の婚礼の儀は皆勢ぞろいで滞りなく行われる事となった。
何だかんだと子を思う親である。子供の幸せを願うのは当然なのであろう。
そんな様子を僕等は暖かい眼差しで見守り続けた。
この結果、人魚の国の中に於いて、ドラゴニュート族と人魚族の関係が更に強固なものになったのは言うまでもないだろう。
そして、僕は今回も体験した人魚の国での出来事を旅の日記帳に書き足した。ペーターを失ったという哀しい事もあったが、人魚姫アクアの種族を超えた愛の形、ビュルギャ・コシチェイという海の魔女を退治した事を記録として残す為に……。
♠Episodeー five 人魚の国と海の魔女 Slutning




