act11 バトモス島へ
人魚の国のオケアヌス王の謁見を終えた後、僕等はバトモス島へ行く下準備を始めた。
人魚族は基本的には泳げるため国内には船のような物は余り発展していない。ただ旅行者や冒険者がこの国に来た時に不自由がないようにと桟橋やボードウオークが設けられたり、観光者用の船が用意されている。バステトとハルシェシスはそんな船業者にバトモス島への渡航の依頼の取り付けに当たってくれた。
僕、祖母ちゃんとペーターはウルズの水や、ミーミルの水、フヴェヌゲルミルの水なんかを調達する。ウルズは体力や傷回復、ミーミルは魔法力の回復、フヴェヌゲルミルは毒などの解毒効果がある。
また、クロスボウの矢倉とか矢の補充、武器の調整などを行う。ハルシェシスのバスターソード、バステトのサーベル、ペーターのダガーナイフの手入れなども含めてだ。ビュルギャ・コシチェイとの闘いに対する下準備は万全にしておかねばならないのだ。
そして、夜には酒場で情報集へと赴いた。ちょっと怪しげな酒場を敢えて選んで飲みに行くのだ。まあ、酒場通いは祖母ちゃんのルーティーンでもある。
僕等は入江の端の方に目立たないように建っているステュクス亭という酒場に入った。人魚族の老婆が古くから営んでいる小さなお店だった。
「こんにちわ、お邪魔しますよ」
祖母ちゃんが先頭を切って店に入り込む。
「ああ、いらっしゃい、どうぞそこら辺の好きな所に座っておくれ」
カウンター席以外に六人位が座れるテーブル席が二箇所程ある感じだ。僕等はテーブル席に腰掛けた。
「さて、何を用意するかい?」
年を経た黒髪の人魚が問い掛けてくる。
「そうしたらヴィーテを五人分頼むよ」
祖母ちゃんがオーダーする。アクアは明朝合流する予定で今は一緒ではなかった。
「あいよ」
しばらくすると老婆の女主人がヴィーテをトレイに載せて運んで来てくれる。
「料理の方は何にするかい?」
「お勧めの甲殻類料理をお願いしていいかな、海老とか蟹とか」
「あいよ」
老婆の人魚は愛想無く返事をした。
場の空気も重い感じなので僕等は軽くグラスを合わせてからヴィーテを口にする。
「ねえ、店主さん、長く酒場を経営してるって噂で聞いたけど、バトモス島の事を知っていたらどんな場所か教えて欲しいんだけどさ」
祖母ちゃんが老婆の店主に問い掛ける。
「おや、あんた達、あそこに行く気なのかい?」
「ああ、明日、ちょっと話を聞きにね」
「占いかい? 確かによく当たるって噂だけどね」
老婆はニヤリと笑う。
「始めて行くので、どんな所か解らなくてさ、教えてくれないかな?」
祖母ちゃんは自分のヴィーテを飲み干し、更に僕のヴィーテを口にしながら問い掛ける。
「あたしも直接行ったことはないけど、行った事があるって奴の話は五~六人から聞いているよ、なんでもバトモス島ってやつは北ニダヴェリールの沖に浮かぶ小さな島で、本当に何もないゴツゴツとした岩の島だと言っていた。そこに占術や呪術を得意とする海の魔女がひっそりと暮らしていると聞いている」
「そこには、その海の魔女が一人だけで暮らしてるのかい?」
「いや、何人かの召使らしき者が居たと聞いているよ、ゴブリン族のようだったとか言っていたけど」
「成程…… 召使がいると……」
そこらへんは貴重な情報だ。兎に角、滅茶苦茶沢山の部下が待ち構えているという事は無さそうだ。
「それで、その海の魔女さんは魔法使いって事なんだよね?」
「そうだね、魔術とか魔法が使えると聞いているよ」
老婆は頷く。
「じゃあさ、海の魔女は占いが得意だと聞いたけど、その島に行った者は、皆さん答えやヒントを貰って満足して帰ってきているって事なのかな?」
「まあ、そうだね、只、あたしの聞いているのは帰ってきた者だけの話だけどね」
「ん? それはどいう意味だい?」
祖母ちゃんは問い掛ける。
「噂じゃ帰って来なかった者もいるって事だよ」
思わせぶりな感じで老婆は言及してくる。
「帰って来なかった者? じゃあ、噂では帰って来なかった者っていうのは、その後どうなったんだい?」
「いや、そこら辺は解らないね、行方不明って感じなのか、人魚の国から旅立つ事が目的だったのか、鳥になる事が目的だったのか」
「ん? 鳥になる事?」
「ほら、例えばさ、鳥になって大空を飛び回りたいという夢があって、それが叶ったらその場から広い世界を見に自由に飛んでいっちゃうかもしれないだろ?」
「確かに……」
アクアもドラゴニュートに憧れていたが、人魚の中には潜在的に空を自由に飛びたいという願望があるのかもしれない。
「因みに鳥になる魔法ってあるのかな?」
祖母ちゃんは問い掛ける。
「噂じゃあるって聞いたけどね、鳥になるというか自分の好きな姿に変わる事が出来る魔法だとか魔法薬だとか聞いた気がするよ」
「そうか、自由に好きな姿になれる魔法か……」
だとしたら、その薬を飲めばドラゴニュートにもケンタウロスにもなる事が出来るって事か。
中々参考になる話だ。
その後は酒を飲みながら老婆から可能な限り色々な話を聞いた。
「今日は、色々と情報ありがとう。とても参考になったよ、それとヴィーテと料理とても美味しかったよ」
「どう致しましてだよ」
そうして僕等は老婆の酒場を後にした。今晩は入江沿いの宿屋に泊まり、明朝バトモス島へ出発になる。今日行った酒場近くの岩場に船を付けてくれるようだ。そこでアクアとも合流する事になっているのだ。
翌朝、僕等は岩場でアクアと合流し、バトモス島へ送ってくれるという船を待っていた。
「おう、あんた達かな、バトモス島まで送迎依頼のお客さんは? お待たせしちゃったかな」
来たのは人魚族のカシオスという若者だった。
「あら、やっと来たわね、今日は宜しく頼むよ」
祖母ちゃんは軽く苦言とお礼を言う。
「じゃあ、乗り込んでくれ、足元に気を付けてな」
僕等は船と岸壁の距離に気を付けながら船に乗り込んだ。漁船と渡河船か混ざったような船だった。
そして僕等が乗り込んだ後、船はゆっくりと岸から離れていった。
「それで、迎えの方はどの位に行けば良いんだ? 夕方かい?」
少し落ち着いてからカシオスは問い掛けてくる。
「そうだね、一回目は今日の夕方に、それであたし等が待ち合わせ場所に居なかったら、翌日の朝に二回目のお迎えに来てもらえるかな?」
「ん? 何だかちょっとややこしいんだな、まあ、構わないけど料金は加算になるよ」
「ああ、そこら辺は了解だよ、なんなら加算した料金を先払いしておくよ、今日の夕方に戻る場合でもそのままで良いからさ」
「おっ、それで良いのかい?」
カシオスは表情を緩める。
「只、ちゃんと迎えに来てよね」
「あ、ああ、それは約束するよ、絶対だ」
カシオスは真面目な顔で頷く。
「じゃあ、お金はこれで……」
祖母ちゃんが船賃を手渡す。
「確かに」
カシオスは受け取ったお金を数えながら僕等に聞いてきた。
「しかしながら、あんた達は、バトモス島に何しに行くんだ? 王女様まで一緒に」
「余計な事だよ、バトモス島には占い師が居るんだろ? だったら目的はその辺りの事だよ」
「成程な…… 恋の悩み的なやつか…… ただ魔術的な願いは気を付けろよ、帰って来なかった奴も居たからな」
「魔術的な願いってのはどんなのがあるんだい?」
「俺が連れていった客だと、魔法使いになりたいとか、世界一モテる男になりたいとか言っていた奴だな。そいつらは帰って来なかったよ」
「欲や希望が強すぎるね、相談じゃなく願いだね、叶えるなら、それなりの対価が必要な気がするよ」
「ああ、帰って来なかったし、俺はそいつらの命が対価だったんじゃないかと思っているけどね、はははは」
カシオスは軽く笑う。
そんなこんな話をしていると、沖合に岩山のような島が見えてきた。平らな所は略ないゴツゴツとした島だった。噂通りだ。




