ルック
あれからなんの連絡もせずに夏休みが終わった。
夏休み明け初日のホームルーム、ある拍子にふっと振り返ると、梅雨ちゃんと目が合った。彼女は何もなかったかの様に強引に目線を移して彼女の友人達と歩いて行ってしまった。
本当に嫌いなんだな、と心に微かに灯っていた希望の蝋燭が消えた。
そんな出来事からかれこれ二週間。
テストの点数が前より五十点上がった。
嬉しい筈なのにどこか物足りなさを覚えている自分が怨めしい。
私を求めてくれる人は誰も居ない。
今日は、学校裏の花壇に人影を感じる。
いつも私が下校前に寄る花壇に、誰かいる。
咄嗟に物陰に隠れて、誰かを確認する。
ハンバーガーショップでの記憶がフラッシュバックした。
「伴野さん……あの、俺、伴野さんの事が好きです。俺と……その、付き合ってください」
あの時の人だ、バスケ部の、あの人が、今――。
「――良い、ですよ」
===
二人の関係はすぐに学校中に広がった。
「ヤバくない!?」
「最強カップルじゃん!」
「尊い」
クラス中が一定期間こんな囁きで溢れた。
想像通りだった。私は彼女から少しずつ離れていく。もう目が合うことも無くなった。
悔しいことに彼はやっぱり優しく、イケメンで、友人曰く完璧な男性らしかった。
私が彼女と離れてから初めてできた友人、時雨梨央は言う。
「切ないよねぇ、さっちゃんは好きな訳でしょ?」
「うん……」
「まあ、あたしはあんたの気持ちわかんないけど、失恋くらいしたことあるから何でも言ってよ、サンドバッグになるよ?」
「ありがとう」
彼女は優しい。私の事を打ち明けても、侵しちゃいけない領域だぁ……。なんて思わないですっと私と関わってくれる。
私はまた人に頼っていることに気付いた。
「ダメ人間だ」
顔の赤らみが誰にも見えないように机に伏せて囁いた。
痛みで顔が歪むくらいに唇を噛んだ。
寝てしまっていたようだ。
教室内は誰もおらず、周りは茜に染まっている。
起き上がって窓の外を見ると運動部が一生懸命走っているのが見える。
机の中を整理して、リュックのファスナーを閉めると、周りが薄暗くなっているのに気付いた。
青紫の空に輝く一番星と夜景があの日の記憶を思い出させる。
急に悲しくなったからあの娘の写真を開く。
スマホの画面だけがてらてらと光っている。
やがてそれすらも歪んだ。画面に大粒の涙が一粒。
画面が割れそうなほど強く握った。
私の愛は何なんだ。私の恋は何なんだ。私の心は何なんだ。
駄目なのか? 駄目な心なのか? イカれているのか?
あの娘の笑顔が見たいと思った。あの子の人生が見たいと思った。あの子のこの先に私が居てはいけないから、あの子から離れた。
これでも駄目なのか? これでも許されないのか? これでも……。
「だめじゃんか……」
そう想って、強く、強く握った。
その時、教室の後方ドアが開いた。
長い黒髪、華奢なあしどり。
春の風のような優しい動きで入ってきた。
私と目が合うと、
「あ」
と言ってすぐに目を逸らしてしまったけれど。
ロッカーを探る背中は今にも崩れ落ちそうな儚さがあり、若干くせ毛気味な私には真似出来ない滑らかな髪が流れていた。
さがしものが見つかると優しく扉を閉め、彼女は私を視線の端に停めながら教室のドアに手を掛ける。それを見ていたら耐えられなくなった。自分でも気付かず声が出ていた。
「すき」
ぴたりと空気が止まる。貴女の長いまつ毛が少し上へ向く。
「貴女が好きなの」
貴女の顎にかけて汗が動く。
ゆっくりこちらに顔を向けると、やがて流れた雫が汗では無かった事に気付いた。