第三節 ひとりの札幌
札幌出張の初日編です。
第一話 初夏のサッポロ
<ユウリの仕事: 新店舗の多忙>
飛行機は1時間半ほどで新千歳空港に到着した。
初夏の札幌は空気が澄んでおり、午前中の風はまだヒンヤリとする。空も東京より高く、広い森や土からの甘い香りを感じるようだ。
空港から約30分、電車一本で札幌駅に到着する。かなり便利な動線で、俺は札幌支店に着任日の午前中に挨拶に訪れることができた。
札幌支社は札幌駅と大通り駅の中間あたりにあり、地下の大きな遊歩道を歩くと雨にも雪にもあわない。
雪国のまちの構造として、よく出来ていると感じる。
札幌支社での挨拶後、午後に新店舗に向かうこととした。お昼は移動がてら、今日は1人でとることにした。
札幌駅周辺は食べるとことが多く、正直、どこに入っても美味しそうだ。
今日は本番の札幌ラーメンが食べたく、北海道で有名なチェーン店で味噌ラーメンを注文した。
水を飲みホッと一息つくと、寝顔だけ見て別れを告げてきた、久我のことが頭にチラついた。
たぶんこれからも引きずるであろう女性への経験値の低さはずっと付きまとう問題なんだろうな。
ただ、このことはそこまで問題ではないんだ。
一生独身の人もいれば、初恋で結婚して生涯を終える人もいる。付き合いが多いほど、人間性が高いものでは決してないし、幸せの必要条件ともまったく違う。あくまで本人の捉え方だ。そんな事分かっている。
問題なのは、いつも何かと久我に守られている、それが俺は嫌なんだ。
お前は何も知らなくて良いだなんて、俺は久我の庇護的な存在なのか?それでは、久我が弱った時、俺が守ってあげられないじゃないか。
うーん、でも仮に女性経験が豊富だからと言って、何か守れるのか?いったい何ができるんだろう?よく分からなくなってきた。
お待ちどうさま!
味噌ラーメンが目の前にドンと置かれた。
ホタテやコーン、バターなど、東京ではあまり見かけない具沢山のラーメンに、俺は釘付けとなった。
札幌ラーメンの好きなところは、なんといってもちぢれ麺だ。
俺はこの麺が好きで、近所のスーパーでは菊池製麺を買うようにしている。
料理の上手な久我は、自宅で上手にラーメンを茹でる。アイツは本当にすごいよな、麺類は普通に茹でるとグダグダになりやすい。でも久我の麺の茹で方は沢山のお湯で時間を守って丁寧に茹でる。
改めて凄いなと思いながら、俺は本場のラーメンをすすった。熱々で美味しくて、ほっぺが落ちそうだった。
でも、久我のラーメンが何故か恋しく感じた。
・・・・・
「東京本社から参りました雨夜です。
新店舗の最終立ち上げのサポートで、この度、当プロジェクトのPMOとしてアサインを頂きました。
皆さんと一緒に札幌大通り店の新店舗の立ち上げを頑張る所存です。どうぞよろしくお願いいたします」
パチパチと、プロジェクトメンバーの皆さんが歓迎してくれた。俺は身が引き締まる思いがした。
俺は早速、社内システムの本番稼働に向けた進捗状況から報告を受けることにした。
札幌の社宅は札幌駅からほど近い円山公園駅のマンションだった。新店舗まで地下鉄で10分と、東京では考えられない近さだ。それに、札幌で人気があるエリアだけあり、オシャレでハイソな雰囲気だ。
部屋は5階にあり、低層でありながら高台にあるため札幌の街並みが一望できる。
東京とは違い1人では広すぎる部屋に落ち着かない気持ちとなった。久我に見せてあげたいな。でも来るなと言ってしまったしな。
久我がいないと、やはり心も身体も寂しい。
こんな時に、他の人から言い寄られたら、俺もふらっとするのかな?
一人で考えたいとは言ったけど、答えは簡単には見つからないし…
俺は手早く荷物を整理して、今日はもう考えることはやめて、早く寝ることとした。久我には到着連絡は済ませたが、寝る前にもう一度携帯に連絡した。
『社宅に着いた。凄く眺めがいいので写真を送るよ。札幌支店も新店舗の皆さんも良い方ばかりでやりやすそうだ。俺、頑張るな。おやすみ』
部屋からの夜景と一緒に、部屋の写真も送った。
それと、味噌ラーメンの写真も送った。
久我のラーメンと同じくらい美味しかったと一文を添えて。
寝る前にベランダに出て、札幌の月を眺めた。
東京では2人でよく夜空を眺める。東京は明るすぎて月くらいしかハッキリ見えないが、久我は俺によく言う。
「『太陽も月も、自分を疑った瞬間に光を失う』イギリスの詩だよ。だから、ユウリも自分を疑ったらダメだ。せっかくのユウリの光が消えてしまうから」
あいつはたまにロマンチックだ。
自分を疑うと光が消えるなら、俺は今、光が消えているのかもな。
久我、泣いてないかな。
喧嘩なんてしなければよかった。
第ニ話 思わぬ誘い
<ユウリの多忙: 新店舗の課題>
「おはようございます。雨夜さん、慣れない土地でお疲れではありませんか?今日はランチご一緒にいかがですか?」
背の高いプロジェクトリーダーの清水さんと、営業の中島主任が俺に声をかけてきた。
札幌の人はどこか距離を置きつつも、道民気質なのか、慣れてくると方言を交えて表裏なく接してくれる。
毎日何名かと、お昼をかねて交流する。
「雨夜さんってシュッとしてオシャレですねぇ。仕事も淡々としてバリバリこなして尊敬だなぁ。なまらメンコイ顔してるから、俺より年下だと思いましたよ」
まだ20代の近藤君が褒めてくれた。彼はシステム担当で、新店舗のシステム構築を任せており、何かと頼りになる。
「いやいや、俺は近藤君くらいの時はたいして仕事は出来なかったよ。周りに助けられて今やっと少し出来てるくらいかな。何かと頼りにしてるから、こちらこそ色々教えてください」
ランチメンバーが、いやー謙虚だねぇと褒めてくれるので、肩身が狭い思いになる。本当のことなんだけどな。
他にも何度か色んなメンバーとランチをするうちに、人見知りの俺でも、自然と周囲に溶け込んでいるような気がする。北海道のおおらかさが俺に合うようだ。
今回の立ち上げは、札幌駅からもほど近い大通り公園にある商業ビルのワンフロアにあり、年齢層も幅広く海外の観光客を含み、多くの集客が見込める立地の店舗だ。
札幌駅から外れると車利用となり集客が落ちる。北国ではメインターミナルの商業ビルがやはり出店としてベストだ。その分、競争が激しいので戦略的な事業戦略が必要だが、その辺は本部や営業部の範疇だ。
新店舗のレイアウトや商品は、東京で報告書を読んでいたので問題ない認識だが、他地域にはない商品展開の課題と、隣接するビルの同業他社との差別化と言った課題が残っている。オープンに向けたスタッフ教育も途中段階だ。
加えてシステムの本番稼働でトラブルとなりうる問題がユーザーテストで見つかり、オープン前日までに改修が必要だ。
開発要員の増強に加えて、オープン後のシステム運用要員の教育と指導も行わないとだ。
幸い、運用面はベンダへ委託契約するため、今回は最低限の指導で良さそうだ。
俺一人にはかなり重いタスクが満載だし、実質、初めて体験する仕事ばかりだ。そのため、札幌支店に該当スキルがある社員をアサインする相談が必要と感じた。
それと商品展開については、オープン期日内に仕入可能な商品に絞らないと。かつ、オープン後に渡って段階的に商品展開を行う必要もあるだろう。
後任への引き続きも、今後を見据えて対応しないと。。
俺はひと月内にできる事を絞り込み、周りを巻き込む作戦で行くことにした。
このような仕事の動き方は久我から教わった。
システムは俺の方が詳しいが、メンバーや上司の動かし方は分からない事か多い。なので都度久我に意見を聞いて学んできた。
早速知識が役に立って、久我には感謝しきりだ。
着任して3日目から、俺はスケジュールに洗い出したタスクを書き出し、今回のプロジェクトマネジャーとリーダーと打合わせを進めた。
並行して札幌支社に人のアサインも行い、目の回る忙しさだった。
こんなやり取りが一週間みっちりあり、俺は仕事漬けの毎日を送った。
幸い社宅まで15分もあれば帰ることができるため、毎日、終電ギリギリまで仕事をした。
この調子だと、スープカレーを覚える時間は取れそうもない。困ったな、と思いはじめていた。
久我とは毎日連絡を取り合っている。
仕事の多忙さに、久我はかなり心配をしているようだが、俺の浮気や余計なことをする暇もないことを安心しているようだ。
その日の夜、携帯に思わぬ人から連絡が入った。
以前、化粧品コラボでお世話になったメイクアップアーティストの花井さんだ。
40代の売れっ子の方で、見た目は爽やかな細身の男性だが、中身はステキな乙女の方だ。
「花井さん?お久しぶりです。雨夜です。その節は大変お世話になりました。
本日は何かございましたか?え、あ、はい。化粧品はその後も使ってケアしてます。お陰様で肌の調子も良いですし、弊社の主力商品として定着してきました。花井さんの広報のおかげです!」
花井さんとは以前、化粧品コラボ企画でご一緒した。気さくで面白い方だ。でもなぜ今、連絡が?
花井さんはいつもの調子で、楽しげに話す。
「御社に仕事のことで連絡したら、雨夜さんは札幌だって聞いて電話しちゃったの。
わたしも札幌にいるのよ、彼氏と!今回は仕事もかねてなんだけど、それが終わって今はプライベートでこっちにしばらくいるの。
よかったら食事でもご一緒しない?時間、作れるかしら?平日は忙しそうだから休日でも良いわよ」
花井さんは医師の彼がおり、なんでも今は学会の都合でしばらく札幌にいるそうだ。
花井さんの札幌でのメイクイベントは既に終了し、しばらくは初夏の北海道を彼と過ごすようだ。
そこで3人で食事しようとの提案だ。
俺も休日は札幌での予定もないので、今週末にすすきので待ち合わせすることにした。花井さんの彼氏にも会ってみたい。
札幌に来て初めての土曜日、俺は久我が見立てた青いワイシャツと綿パンツを着て、すすきの駅に向かった。
路面電車が札幌の中心地を走っている。レトロと最新が混雑する、初夏の札幌の風景を眺めて花井さんを待った。




