第二節 見送る朝
気まずいまま、しばらくの間離れる2人です。
*R15の表現があります。
第一話 見送る辛さ
<久我の焦燥: ユウリの反抗期>
ユウリはぷいとソッポを向いて、風呂に行ってしまった。シャワーの音が虚しく聞こえた。
“反抗期”って言葉のチョイス、ユウリらしいな。
でも、ユウリを1人の男として見てないなんてショックだ。そんなことはない、俺はユウリの仕事ぶりも男前なところも尊敬しているしとても好きだ。
恋人としても好みのタイプでそそられる。
ユウリはなぜ、そんなに経験の少なさを気にするのか分からない。
俺はその夜、ユウリに再度謝った。
置いていかないで、抱き合って仲直りして、いつもみたいにキスしようと。
ユウリは優しい。俺の涙を拭って、ちゃんと帰って来るよと言ってくれた。
でも、それ以上は許してくれなかった。やっぱり、男前だ。ユウリは自分の良さを分かってない。
寝息が聞こえる。うっすらと目を開けると、目の前に長めの黒い前髪を額に垂らし、規則的に呼吸するユウリの白く可愛い顔があった。
初めて寝顔を見た日、あまりに可愛い寝顔に眠れない夜を過ごしたものだ。
軽く開いた赤い唇に、自分の唇を重ねたい欲望を押さえて、指でその唇をなぞった。
でも、俺がユウリのキャリアを潰すこともできない。焦りばかりが募り、何度も寝返りをうち、観念してユウリをそっと抱き寄せた。
俺よりひと回り小さな身体は暖かく、俺を静かに癒してくれた。眠りの住人のまま、知らずユウリは俺の胸に顔を埋め、腰に手を回してきた。
その可愛らしさに、何もできない寂しさを噛み締めてしまった。
・・・・・
ついに明日、ユウリは札幌に旅立つ。
俺の焦燥感は半端なく、見かねた同僚に、残業は引き取るから帰るように言われた。
会社でフォローされるくらいの落ち込みがバレていたとは俺もいよいよだなと、ダブルの落ち込みでトボトボ歩いた。
帰宅する道すがら、ユウリから携帯に連絡があった。飲みに行こうと言う。
俺は急の提案に嬉しさが込み上げた。
「久我、家にいても悶々とするから、飲みに行こう。俺のお勧めの近所の店、そこでいい?」
そこは家からほど近い、最近できた蕎麦屋だった。
40歳前後の夫婦が切り盛りしており、落ち着いた店でカウンターと2人席が幾つかある店構えだ。
「ここの蕎麦屋、店主がもともと神田の有名店で働いてて、暖簾分けしたお店なんだって。蕎麦と天ぷらがとても美味しくてさ、久我か仕事で遅い時に1人で来たことが何度かあるんだ」
ユウリはせいろと季節の天ぷら、飲み比べの日本酒3種を頼んだ。
「珍しいね、ユウリが日本酒なんて。俺も頼もうかな。蕎麦、俺もせいろにする」
俺のいない時間に、ユウリが1人で日本酒を嗜んで、蕎麦を食べていたとは驚きだ。
宴会で日本酒を飲まされ、酔って寝込んで失笑されたこともあり、ユウリも日本酒は苦手だと思い込んでいた。
「久我に言ってなかったっけ?俺、日本酒好きなんだよ。でも知っての通り酔い潰れるから、1人の時に一合しか飲まないって決めてる。宴会では飲みすぎるから飲まないだけ」
「えぇ、俺の知らないユウリがいる。そうなんだ、日本酒好きなんだな。いつもビールばかりだから知らなかったよ」
出てきた蕎麦は確かにかなり美味かった。
日本酒飲み比べもおちょこ3杯と、一合の量で程よく美味しく感じた。
ユウリは3種の大吟醸、純米酒、吟醸酒で味が全く違うためか、料理に合わせて日本酒を飲み変えている。中々の通ではないか。なぜ隠してた?
ほろ酔いになって、ユウリはようやく本音が出てきた。
「久我、俺が札幌行くの寂しいだろ?ごめんな。
でも、俺は仕事頑張りたいし、良い機会だから、この前のこと1人で考えたいんだ。
その、、久我は俺のことずっと大切にしてくれて、過保護過ぎるくらいに守ってくれて、ありがたいと思っている。でも、久我に与えてもらう幸せだけで本当に良いのかって。
俺、久我にもっと幸せになってもらいたくて、俺の今の状態だとお前に悪くてさ。答えなんて、この短い期間で見つかるかは分からないけど。
だからさ、久我も昔みたいに女性と遊んで良いから。俺と付き合ってから、気を遣ってばかりで遊んでないよな」
蕎麦もお酒のアテの味噌も美味しかった。何より、ユウリが日本酒をチビチビ飲む姿が可愛かった。
でも、俺は悲しかった。ユウリは勘違いしている。女の人となんて遊ぶわけない。
でもユウリは俺の言葉ではなく、自分で劣等感を克服して、俺の気持ちに気づく必要があるんだろうな。ユウリの言う通り、一度距離を置くしかないのかもしれない。
ユウリは追加で日本酒をもう一合頼んだ。
俺は止めなかった。明日の札幌への飛行機も気になるが、今はユウリの好きにさせてあげたい。
・・・・・
案の定、酔ったユウリを抱えて家に帰ることとなった。ふにゃりとしたユウリは可愛いらしく、無防備だ。
やっぱり1人の時は日本酒は禁止にしよう。
「久我のこと大好きだ。東京で待ってて」
ユウリはふふふと笑って俺にもたれかかった。
ユウリの、俺への愛は揺るがない。
きっと劣等感を克服したら、またいつものユウリに戻るはずだ。信じて待とうと心に誓った。
家に帰って、酔ったユウリをベットに入れた。
しばらく抱いていないユウリの身体は匂い立つ色気があり、このまま襲ってしまいたい衝撃にかられた。
そんな気持ちが伝わったのか、ユウリはそっと目を開き、何も言わずに両手を差し出してきた。そして、涙ぐむ俺を抱きしめた。
いつの間にかユウリも泣いていた。何度もごめんと繰り返すので、キスで言葉を遮った。
俺はそのまま、ユウリの更に深いキスをして、服を脱がせた。抵抗することもなく、ユウリは俺の愛撫を受け入れて、身をよじって快楽に素直に従った。
俺はハッキリ残る噛み跡とキスマークをいくつも残した。札幌で、もし誰かの目に止まっても、手を出すのを躊躇するくらい、ハッキリと強く。
次の日の朝、ユウリは早朝便で札幌に旅立った。
俺は主人のいない枕を抱きしめて、涙で枕を濡らした。
第二話 待つ辛さ
<久我の焦燥 その2: 決意>
ユウリが札幌に旅立ってから、家はもぬけの殻だ。
俺の選択は正しかったのか?
今更どうにもならない事なのに不安が募り、俺は日本で働いているアメリカ人の友人のロバートと飲みに行った。
ロバートとはアメリカの大学で共に厳しい学科を乗り越えたルームメイトだ。
「久我、大変だな。お前、ユウリにゾッコンだから辛いだろ。オキモチワカリマスヨ。
ユウリは頑固なところがあるからな。下手したら男になると腹を括っているのかもしれないな。浮気する覚悟なのかもしれないぞ。でもそれって、久我と下手すれば慰謝料払って別れる覚悟なのか?ま、それはないと思うがな。
でも、ユウリを信じてあげてほしいな。あの子には久我しかいないと分かっているし、ピュアな男の反抗期なんじゃないか?」
ロバートは、俺がユウリを好きになった頃からユウリのことを知っており、何度も三人で飲みに行った仲だ。アメリカ人にはない華奢な見た目とおっとりとした性格をとても好んでいる。
俺はそうだなと頷き、ビールを飲み干した。
「久我さ、ユウリは本当に特別な子だよな。性別関係なく好きになるの分かるよ。お前、アメリカではモテモテだったからどんな子と結婚するのかと思ったけど、良い人見つけたよ。大切にしろよな。泣かせることがあれば、俺がもらうぞ」
ロバートもモテるやつだが、今は恋人がいない。
ユウリをあげるもんか。俺はかえって恋人がモテる現実に直面してしまった。
自宅に帰り1人になって冷静に考えると、俺がユウリを信じてあげなくてどうすると思えてきた。
きっと仕事も劣等感も克服して、ユウリは元気に帰ってくるはずだ。
そんな言葉で、俺は自分の不安に蓋をした。
夜にがらんとした音楽を流すと、失恋のフレーズが流れてきた。今の俺には刺さりすぎる。
〜〜〜
ずるいよ、1人にしないで
わたしを好きと言って
さよなら、なんてもう言わないで
あなたを嫌いになんてなれない
嘘でも好きっと言って、もう離さないで
ふとした時に思い出してしまう
あなたの笑顔・・・
〜〜〜
ダメだ。どうしたらいい?ますますおかしくなる。俺は重症らしい。
また、片思いしていた頃に戻ってしまった。いや、それ以上前にだ。
しかも、あの頃と違って周りはユウリの魅力に気づいている。
まったく眠ることができず、俺はベランダの窓を開け、居間でキツめのウイスキーを飲んだ。
ふと、部屋のカーテンが夏仕様に変わっていることに気づいた。厚手のカーテンは洗濯してクローゼットにしまったようだ。
新しいカーテンは、ユウリがこの前気に入って買った、フレンチリネンの薄ブルーのものだ。
それに合わせて、薄いリネンのクリーム色のレースカーテンが風になびいている。
まるでユウリが、「夏が来たぞ、久我!」と言っている気がした。
留守番の俺への気遣いを感じ、しばらく初夏の夜風をひとりで感じていた。
ユウリ、元気にしてるかな…
そしてふと、大切な人を守りきりたいとハッキリと気持ちが固まった。
ユウリが無事に帰ってくるように、何とか仕事で理由をつけて札幌に行くことに決めた。
指を咥えて、ユウリを危険にさらすことは俺にはできない。
日本酒二合くらいで酔っ払い、何が俺一人で大丈夫だ。バカを言うな。
俺は自分の執着心に心底呆れつつ、これが俺だと納得した。
明日からさっそく、仕事の調整をして作戦開始だ。




