第一節 すれ違い
札幌出張編の第一話となります。
第一話 俺だけの秘密
<久我の失言: 酔いの迷言>
近頃、ユウリの様子がおかしい。
なにか怒らせたろうか…
いや、何となく分かってはいる。ただ、どうしたら良いか俺は悩んでいる。
先日、酔って帰宅した。
取引き先で女性に囲まれ、久しぶりに女性の香りやボディタッチの柔らかさに、少なからずドキっとした。
結婚して数年経つし、男なら普通の反応と思う。
その日は大手の取引き先と言うこともあり、女性接待のある店で、しこたま飲まされた。
解散した時には深夜一時を回っており、その後はカラオケの誘いをなんとか振り切り、タクシーに飛び乗った。
「ただいま、起きていたの。ありがとう」
ユウリは俺を心配してたのか、寝ていなかった。扉の開く音を聞いて、玄関まで走ってきてくれた。
眠たそうに目を赤くはしているが、本を読んでいたのか、栞が無造作に挟まった本がソファにポンと置いてある。
そして、香水の匂いをプンプンさせた俺に文句も言わず、ジャケットを脱がせてくれた。
ただ、流石にワイシャツに複数のキスマークが付いていたのには引いたらしい。
明らかに女性に抱きつかれた形跡に、ユウリは可愛い顔をしかめてチクリと怒った。
「接待、お疲れさま。お持ち帰りされなくてホッとしたよ。でも、今日はそこまでする必要はあったのか?
こんなに抱きつかれて、いつもの久我だったら上手くかわしそうなのに」
俺はキツめの酒を飲まされたせいで、頭があまり回らずつい言った。いや、言ってしまった。
「俺だってこんなに飲みたくないよ。でもごめん、不愉快かけて。仕事だから断れなくて。
それに、ユウリも男だから分かるだろ?男はふつう、柔らかくて良い香りが好きだろ。本能的に触られるの避けられなくてさ」
ユウリはあまり女性とのアレコレは知らない。
俺がユウリのことを何となく気になってから、俺はあらゆる飲み会やデートらしきイベントに、ユウリと一緒に参加をした。
初めは良い女性に巡り合うための同期としてのお節介な気持ちだったが、今考えると完全に営業妨害ならぬ恋愛妨害だ。
ユウリに近づいてくる女性が気に入らず、上手くいかないように邪魔をしたこともある。
そのため、社会人になってからユウリには、女性との恋愛経験はほぼない。
なので、男としての一般論は軽率だし失言だった。
ユウリは珍しくムキになって、目を見開いて語気を強めて怒っていた。
「俺で満足しているとか言って、やっぱり女の人の柔らかさが好きなんだな。久我はさ、モテるからそんな事言うんだよ。俺のこと、女の経験少ないから分からないと思ってるんだろ。バカにするなよ」
珍しく頬を赤く染めて目を見開いた。
なんで、あそこでフォローしてあげられなかったんだ、俺のバカ。思わず、言わなくても良いことを言ってしまった。つくづく、酒の失敗は怖い。。
「ごめん、そんなつもりなくて。
俺にはユウリが一番なのは分かってるだろ?
ユウリは今まで通りで良いんだ。キスだって、口紅がベッタリついて、こんな風にシャツ汚れるしさ、いいモノではないよ。俺が代わりにこんなことされたらいい。怒ってくれるなんて、本当にユウリはかわいいよな」
ユウリは、耳まで真っ赤になって黙ってしまった。
このやり取りが、彼のプライドを傷つけたのかもしれない。悪気はなかったが、言葉選びが超ミスチョイスだった。
その後、眠たくてフラフラしている俺の服を脱がせてくれて、布団に押し込んで水を飲ませてくれたようだ。
その後の記憶はない。
朝、目を覚ますとユウリはすでに起きて朝ごはんを作っていた。朝一の業務があると言って先に会社に行ってしまったが、変わった様子は特になかった。
だから、何となく昨夜の出来事は終わったと思っていた。それがこんなに尾を引くとは…
・・・・
それから3日間が普通に過ぎたが、ユウリはいつもに増してどこか上の空だった。
通勤時も空を見上げてボーとしていたり、話しかけてもいつもより反応が少ない。
自宅でも1人で本を読んでいる時間が増えた。
夜に抱き寄せても、お腹の調子が悪いと言ってキスまでしか許してくれない。
話しかけても気持ちが付いてきていない感じだ。
何度か話し合う時間を持とうとしたが、ちょうどその頃、お義母さんが骨折して入院した。
ユウリは10日ほど妹さんと交代でお義母さんの世話をして、リモートワークで仕事をしたため、家にいない時間が増えた。
俺も仕事の忙しさも重なり、話し合いはうやむやになっていた。
一週間近くたった頃だった。
仕事帰りに後輩の沢田が、おもむろに言った。
「雨夜さんがまた業務サポートで数週間出張ですね。今度は札幌らしいですよ、寂しくなりますね。
最近、俺、気になる人の話を相談してたんです。雨夜さんには仕事以外にも助けてもらってて。
雨夜さん、ホント優しいですよね。本当に好きな人と結婚しろとかアドバイスくれて。久我さん、愛されてて羨ましいですよ。ホント、良い人と一緒になりましたよね。あんなピュアな男の人ってあんまりいないです。俺も惚れそうです」
ん?札幌?聞いてないんだけど。
というか、ユウリに惚れるとは。思わず沢田を睨んでしまった。もう一度教育する必要があるな。
とりあえず札幌の話をもう少し詳しく聞いてみると、今日の外出前に部長が話していたのを、偶然エレベーターで聞いたらしい。俺は、妙な胸騒ぎがした。
今日は直帰することにし、沢田と別れてユウリの携帯に連絡をした。
「久我?今日は早いんだな。お疲れさま。
え、そのこともう知ってるの?うん、今夜話すつもりだったよ。ご飯作って待ってるからその時な」
ユウリの普段と変わらない返事に、俺は焦る気持ちが一旦落ち着いた。
そして、今夜こそはきちんと話そう心に決めた。
第ニ話 ひとりにしてくれ
<ユウリのプライド: 過保護への思い>
久我の帰宅にあわせて、近ごろ作るのが上手くなったドライカレーを作った。
「ユウリ、札幌出張の話を沢田が偶然聞いたらしんだけど、また開発サポート?短期間で済みそうなの?」
久我は転がるように居間に入ってきて、俺に尋ねた。
「久我は地獄耳だな。そうなんだよ、ひと月弱の長期の札幌出張で、今回は社内システム導入のサポートと、店舗立ち上げの最終フェーズの確認だよ。
まぁ、メインは後手に回っていた業務を片付けてこいと言うことらしい。そんなに長くかからないよ。
そう言えば、ホテルではなく社宅をウィークリーマンション利用させてもらえるんだ。
部長が大阪の業務経験もあるから頼りにしてるってさ。短い期間だし、ちょっと行ってくるよ。いいよな?」
久我は捨てられた子犬のような寂しげな顔をした。
意外だった。いつもだったら仕事は前向きに送り出してくれるのに。
「久我、、そんな顔するなよ。出張から帰ってきたら、札幌のスープカレー作ってやるよ。美味しいらしいよ。キチンと札幌で覚えてくるから」
俺は、久我の泣きそうな顔を覗き込んだ。
これは本気で落ち込んでる。困ったな。
俺は安心させたくて、少し冗談ぽく言った。
「久我、俺がいない間に少し羽伸ばせよ。仕事ばっかりでなく、俺といて出来なかったこととか。
浮気は嫌だけど、誘われたら飲んでくるくらいはいいぞ。それに札幌は飛行機で1時間ちょっとだし、大阪と同じくらいだ」
いつもは俺が留守番なのに、今度は久我を置いて行くのか。。久我は大丈夫かな、と心がちくりとした。
久我はまだ納得行かないのか、俺の腕を掴んだ。
いつもと違う反応に戸惑ってしまう。
「ユウリ、俺が他の人と遊ぶなんて思われると心外だ。それに、ひと月も離れることに耐えられるか不安だよ。
札幌の仕事、本当にお前でなければダメなの?その仕事、お前はやってみたいの?」
久我からの思わぬ言葉に、俺はついカッとなってしまった。
「久我どうしたんだよ?大阪にいく時だって応援してくれたじゃないか?
あの時はむしろ俺がお前と付き合いたてで離れる自信なかったし、自分の能力では無理と思ったから断ろうと思ったけど、今は違うよな?
俺、仕事今は楽しいし、お前とも結婚したし。何を心配してるんだよ」
久我はその場に正座して言い直した。
「ユウリを1人で札幌に行かせるのが心配なんだ。1人だと誰かの毒歯にかかるかもしれないし。俺はお前が凄く心配で・・・」
俺は我慢できなくて、自然と声が大きくなった。
「それが嫌なんだよ。なんで俺だけお前に守られないといけないの?女性との経験が少ないから?
だから簡単に誰かに誘われてついて行くとでも思った?
お前はモテるから余裕なんだよ。俺だって年と共に色々経験して、守られるだけの男でなくなっているんだよ。
俺だってお前を守りたいし、お前に寄ってくる女性にむかつくし、愛想笑いするお前も本当は見たくもない。
だから、少し考えたいし、ひとりでも問題ないって、久我いなくても1人の男として大丈夫って証明したい。
もちろん今回は仕事がメインだぞ。だから俺は札幌行ってくる。お前、絶対に遊びに来るな」
あっ、と言う顔を久我はして、急に慌てはじめた。
「ごめん、ユウリ。俺がこの前酔って帰ってきて、お前に何も知らなくていいって言ったこと、やっぱり気にしているんだな。
許してくれ。女性経験なんてどうでも良いんだよ、ユウリはユウリで・・・」
あぁ、俺はやっぱり気にしてるんだ、自分の経験の少なさを。
認めたくなかったけど、俺は卑屈な気持ちを抱いている。自分の器の小ささに釈然として嫌になる。
もう、この件は、久我と話し合いたくない。
「お前は俺に甘すぎる。お前、俺のオカンじゃないんだから、子供の成長に戸惑う顔なんてするなよ。俺がいい歳して反抗期みたいじゃないか。
俺のこと信じられないなら、もう、それでいい」
俺は久我から逃げるように風呂場に向かった。
卑屈な気持ちと、久我への劣等感でぐちゃぐちゃになった頭を冷やしたかった。
久我が息を飲む音を、俺は背中で感じていた。




