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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

耳勿の村の殺人

作者: MAGURO

初投稿です。よろしくお願いします。場面描写が苦手です。

私が聞いてきた話によると、学生が休日に友人と旅行へ行くとなると必ず事件が起きる。

それは小説の中のような大事件もあれば、着替えを持っていくのを忘れたなどのしょうもない事件まで様々だ。

私はサークルなどで旅行へ行かなければならない人々をとても可哀想に感じる。なぜなら事件が起きるとわかっていながら行くのだから。

決して羨ましがったりしていない。

冬休み目前、様々な人が休み中の計画を練る中、私の隣にいる人たちも例外ではないようだ。

食堂の隣の席で騒ぎながら旅行の計画を立てているサークルに聞き耳を立てながら私は、『旅行は社会人になってから行く』という誓いを立てた。

しかしこの誓いはものの十分で破られることになる。


「また嫌味なことを考えてるな」

私の横に、許可もなく一人の男が座ってきた。

誠実さを感じられず、やや平たい顔をした男は、小馬鹿にしたように話を続けた。

「君はそうやって暗いことや嫌味なことを考えすぎる。だから一生友達と呼べる人が出来ないんだ」

「余計なお世話です」

この男は私の考えを何も分かっていない。

「私に友達がいないのは思考のせいではありません。意図的にそうしてるんです。友達とか言う人といたら、いずれ何かしらの溝が生まれて気まずい関係になるだけですよ」

「君もなかなか俺に反抗できるようになってきたな。よし、今から君がさっきまで考えていたことを当ててあげよう」

私は溜息をつきながら、その男の話を聞いてあげた。

「君はさっきまで嫌味なことを考えてる顔をしていた。君が嫌味なことを考えることと言ったら一つ。友人関係のことだ」

当たってるっちゃ当たっている。

私は昔から友人関係が苦手なため、そのことについて考える事が多い。最初に考えていたことはポジティブなことだった。しかし、時を追うごとにネガティブな思考へと変わっていってしまった。その理由は分からない。

男は話を続けた。

「友人関係と言うと」

一瞬話しを切って、確信したように次の言葉を発した。

「ついさっきまでサークルの人達が君の隣で旅行の計画を立てていたね」

私はもう一度、深いため息をついた。

その様子を見た男は満足したように席を立ち、

「飲み物を取ってくる」

といい、昼の人混みの中へ消えていった。


私の名前は梶西凪海かじにしなぎみ。関東有数の私立大学、任文にんもん大学の一年生だ。

小学生の時から友好関係を築くことが苦手な私は、大学でも静かに勉強生活を送るつもりでいた。

しかし、入学早々に私の家の鍵が消える事件が起きた。その時に助けてくれたのが、この大学の三年生で大学内でも有名な二大探偵と呼ばれるうちの一人、私の隣へと座ってきた男、七原一瀬ななはらひとせだった。これが全ての不幸の始まりだった。

七原さんは見事に私が鍵を落とした場所を当て、その探偵ぶりを遺憾無く発揮した。

その後、七原さんは私に助手になるように頼んできたのだ。七原さんは、上田探偵事務所というところに所属しており、簡単な事件を何度か任されたことがあったらしい。その時に助手の存在が必要に感じ、ちょうど良さそうな私をスカウトしてきたのだ。

助手になれば探偵事務所からの報酬が貰えると聞き、簡単な事件だけならと思い助手を引き受けた。

事務所に所属してすぐ、私に一つの仕事が出された。それは、『七原を守れ』ということだった。彼はあらゆる事件に首を突っ込んでは、危ない目にあうことも少なくないらしい。事故にでも遭って事務所の評判が下がるのも困るため、助手の私は彼のブレーキ役を任されたのだ。しかしまあ、今の所この仕事も悪くは無い。今のところは。

「君はもう少し人と関わった方がいい」

七原さんが片手に水を持って帰ってきた。

「だから余計なお世話ですって。私は大人数で騒ぐより、少人数か一人で大人しくしてる方が好きなんです」

「それだけじゃ人生は楽しめないぞ?もっとアクティブに生きないと!」

「別につまんない人生でもいいです」

私は早口で反論する。しかし、ああ言えばこう言うという信念が彼にあるのか、私の反論にもすぐ反論してくる。

「人生は一度きりだ。つまんない人生は大損だ。……そうだ」

私は不吉な予感を感じた。

この人、よからぬ事を思いつきやがった。

「旅行に行こう」

「はぁ?」

思わず食堂に響き渡る声が出た。

「何を言っているんですか?」

「実はな、この大学のミステリーサークルとかいう輩が、今度温泉旅行に行くらしくてね。本物の探偵がいたら事件が起きるかもということで呼ばれているんだ。君も一緒に来るといい」

まずい、ついさっき立てた誓いが破られる。何とか阻止しなくては。

「嫌ですよ。私、事件に巻き込まれたくないし」

「別に巻き込まれることが決まった訳では無い。俺はどこぞのメガネ少年と違い事件を引き寄せる習性もないしな」

「だったら行く意味無くないですか?」

「何言ってる。行く意味なんてただ一つだ。俺が楽しめるから行く。それだけだ」

ダメだこの人。そもそもこの話が出た時点で私の負けは確定している。

「いいのか断って。俺は旅行となると羽目を外して酒を飲みまくるぞ。もし部屋が崖に面した場所だったら……。俺は危ない目に遭うかもな」

私の仕事は一つ彼を守ること。絶対に危ない目に遭わせてはいけない。私の収入源が無くなる。

「分かりましたよ行きますよ」

私はため息混じりに言った。

「初めからそう言えばいいんだ。出発は明後日の午後二時。遅れるなよ」

「ちょっと待ってください。準備期間短すぎません?」

「じゃ、俺は授業へ戻る」

「待ってください。ちょっと!」

彼はまた、人混みへと消えていった。

こうして私の誓いは破られた。


十二月の寒さの中、私たちは屋根のあるバス停の中で凍えていた。

「おい梶西、次のバスは何時に来るんだ?」

「えーっと……十六時四十五分。だいたい二時間後ですね」

私はスマホの画面にあるアナログ時計を確認しながら言った。今の時間は十四時五十五分くらいだ。

ミステリーサークルの人達と合流する温泉地は、大学の最寄り駅から二十駅ほど行った駅から、さらにバスを乗り継いで行ったところにある山奥の秘境だ。

しかし、私たちは両方ともバスの中で眠りに落ち、気付いたら知らないバス停にいた。

「この寒さの中で二時間も待っていたら二人とも凍死するぞ!」

彼が嘆いた。確かに今日は朝のニュースでも今期最大の寒波とか言ってたっけか。

「確かにこの寒さは耐え難いですね。そういえば、さっきバスの中から集落が見えましたよ。ここから少し歩けば着きそうでしたけど……」

「よし行こう。お前確か地図を持っていたよな?集落で少しの間匿ってもらおう」


バス通りから木々の生い茂る小道を抜け、一分ほど歩いたところに集落はあった。

「ここはどこの集落なんだ?」

地図を開いて見ている私に七原さんが問いかけてきた。

「ここは早原(さわら)村の一部ですね。見える限りの民家は……ここからだと五件くらいでしょうか」

私は目の前の集落を見渡しながら言った。

田んぼとその輪郭に沿うように敷かれた小道が広がる中で、民家が点々とある。まさに田舎の情景と言ったような感じだ。

「人の気配は…しませんね」

そう言ったとき、横から男の人の声がした。

「あの、もしかしてここの集落の方ですか?」

突然声をかけられたので少量の悲鳴が出た。

そこにには、二十代前半と思わしき、やや顔立ちの良い青年がいた。少なくとも七原さんよりかはモテてそうだ。

びっくりして声が出ない私の代わりに、七原さんが彼との会話をしてくれた。

どうやら彼は、私達とは別のバス停からここに来たらしい。

彼が言うには、田んぼの中に点在する民家の、どこにも人が居ないというのだ。

「ということは、ここは廃集落だと言うことですか?」

七原さんの問いかけに、彼は横に首を振った。

「廃集落だとはおもえません。どの家もカーテンが締め切っていて、まだ綺麗な車がある家もありました。バス停も近くにあることだし、ここが廃集落だとはとても考えにくいんです」

たしかに、見える限りの家を見たら、どこも生活感がある庭を作っている。とても人が住んでいないとは考えにくい。

「なら、少し待てば集落の人が来てくれるでしょう」

七原さんの言葉に答えるように、後ろから数人の話し声がした。

「もしかして、集落の方?」

振り返ると、大学のサークル仲間と思われる三人組がいた。

背が高くロングヘアの女性と、背が低くポニーテールの女性、そして髪が短めで少し筋肉がある男性の三人で構成されている。

「いえ、私達はバスに乗ってたらここに来てしまって、集落の人を探しているんです」

私が彼らに説明すると、彼らはとても驚いた顔をしていった。

「あなたたちも……私たちもバスで来たんですよ。でも、バス停に繋がる道がなくなって……三人で手分けして探してたんですけど……」

「道が無くなった?」

七原さんが聞いた。

「そうなんです。こっち来てください」

私たちは三人について行った。

「ここに道があって、この先にバス停があった筈なんですけども…」

彼女は眼の前に広がる雑木林を指さしていった。

「本当に、ここにあったんですか?」

三人は首を縦に振った。しかし、どう見ても目の前にあるのは雑木林だ。とても道があるようには思えない。

「私たちが来たバス停に屋根があったから、野ざらしよりいいかなと思って戻ろうとしたんですけど……」

「まぁ、知らない土地ですしね。迷うのも仕方ないですよ。我々が来たバス停にも屋根はありましたから、そこへ向かいましょう。」

七原さんは笑顔でそう言い、小声で私に

「おい。道、覚えてるか?」

と聞いてきた。

私の記憶にかかれば、数分の道のりなんて簡単に覚えていられる。そう思っていた。確かにここだ。ここから来た。この奥にバス停があるはずなのだ。

「もしかして…道、無くなってます?」

心細そうな青年の声に、私は酷く落ち込んだ。私の予定では、ここにあったはずの小道を抜け、一時間半ほどバスを待てばすぐに温泉に入れるはずだった。しかし無情にも、眼の前には雑木林が広がっていた。

「もしかしたら、僕が来た道もなくなってるかも…」

そう言って小走りで青年は姿を見えなくした。そして十分後、彼は私達と同じ顔で帰ってきた。私が結果を聞こうとした瞬間、彼は首を横に振った。

「無かったです。確かにあったはずなのに…」

あまりにも突然過ぎて心の整理ができなかった。人のいない集落、無くなったバス停への道。訳が分からない。事実は小説より奇なりなんて次元の話ではない。

極寒の師走の中、帰路が閉ざされた私達は、集落の中心部分にある廃れた屋根とベンチの下、ただ時間が過ぎていくのを感じることしか出来なかった。

夕暮れ時になり、辺りが暗くなった頃、ポニーテールの女性が提案してきた。

「あの、このまま夜を迎えると寒いし明かりもないしで大変だと思うので、集落のいろんな所から枝とかを拾って火を起こしません?もしかしたら道も見つかるかもしれないですし……」

多少火災の心配もあったが、命には変えられない。私はバス停があったはずの場所へもう一度戻り、何度かその場所をうろうろした。

やはり道が無くなっている。そのまま集落をぐるっと一周しようとしたところで、ポニーテールの女性とあった。

「どのくらい拾いましたか?」

女性が聞いてきた。

私は笑い混じりに返答した。

「すいません。道がないか探してて拾えてないんです。この集落、山に囲まれてるから、端に沿って歩けば出口があると思うんですけど……」

すると突然、悲鳴が聞こえた。

「この声は……」

女性は持っていた枝を投げ捨て、悲鳴の元へ走っていった。

全員が悲鳴の元に集まった。悲鳴の主は、三人サークルのロングヘアの女性だった。彼女の目の前には、白装束を身にまとい、、髪はボサボサになり顔が見えなくっている、血塗れの包丁を持った老女らしき〝なにか〟が居た。

「逃げろ!」

短髪の男性が叫ぶと、女性は我に返り、私たちの元に駆け寄ってきた。するとその老女も、呻き声を上げながら、ジリジリとこちら側に歩み寄って来た。

本能的な恐怖を感じた私達は、全員がバラバラの方向へ、思い切りそこから走り出した。

辺りは暗くなり、周りがよく見えなくなっていた。誰が何処にいるのかも分からない。ただただ走った。街頭は付いていない。足元もよく分からない。寒さに晒され続けた体は、悲鳴をあげていた。しかし、走った。走らなければ、殺される。そう思った。

「こっちだ!来い!」

七原さんの声がした。その方向を向くと、ほんのりと明かりのついた、大きな家があった。私がそこへ行く途中、老女には奇跡的に出くわさなかった。

私はその家の門へと一直線に走っていった。門の中には、三人サークル、青年、七原さんの他に、もう一人の人影が見えた。私はその門の中へ飛び込むように入った。その瞬間、門が大きな音を立て、素早く閉められた。

閉められる門の隙間から、遠くにあの老女が見えた。


「皆さん、ご無事ですか?」

喪服のような黒い服を来た、四十代ほどの女性が、私たちを見回しながら言った。

「あの、あなたは…」

ロングヘアの女性が聞いた。

「それを話す前に、まずは屋敷の中へお入りください。寒い中、〝あれ〟から逃げるのは大変でしたでしょう」

私たちはその黒服の女性に案内され、大きな屋敷の中へと入っていった。

屋敷へ足を踏み入れた瞬間、寒さで固まった身体がほぐれていった。

屋敷全体にほんのり線香の香りが漂い、オレンジ色の照明、体の芯まで温まる室温など、全てが身体のリラックスを促していた。

正面玄関から入った私達は右に曲がり、、窓を開けると縁側になりそうな廊下を渡り、二十畳ほどの和室へ案内された。部屋の右側には仏壇があり、それとは反対側に案内された。すると黒服の女性は、仏壇側から和室を二分するように襖を閉じ、仏壇の部屋は見えなくなった。

三時間ほど寒さに耐えた後、謎の老女から逃げ惑い疲れが溜まった私は、そこへ倒れるように寝転んだ。部屋の真ん中に置いてあるテーブルに突っ伏す者もいた。座椅子に項垂れるように座る者もいた。七原さんはテーブルに置いてある菓子類を漁っていた。すると、襖から音を立てずに黒服の女性が入ってきた。

「皆様、今回はお騒がせしました。私は、この地を治める黒宮(くろみや)家の家事等をしています、常葉朱鷺(とこはとき)と申します。数日間、よろしくお願いいたします」

そう言って、彼女は深々と礼をした後、私たちに温かいお茶を配った。

「あの、数日間とは、どういう事ですか?」

青年が聞いた。

「それをお答えするにはまず、〝黒宮の呪い〟について語らねばなりません。」

常葉は言葉の節々に上品さを感じる話し方で語って言った。

「この地は古くから、黒宮家が治めて参りました。その象徴として、この集落を見渡せる山の上に、黒宮神社がございます」

「呪い……と言うのは?」

七原さんが興味ありげに質問した。

「この地には昔、老人となった女性の耳を切り取り、この地の神〈ミミナシサマ〉へ贈り、傷をから多量の血を流させ絶命させることを風習としていました。」

「なんでそんな風習が…」

ポニーテールの女性が顔をしかめて言った。

「全ては、この地を治める神への贈り物でした。これらの風習を辞めるため、ミミナシサマに代わり、黒宮家が神社を造り、この地を治めるようになったのです」

「地方には面白い歴史があるものだな」

短髪の男性が言った。

「しかし、これにより、呪いが生まれてしまったのです。これまでミミナシサマに命を捧げていた者たちの魂は行き場をなくしてしまいました。行き場を無くした魂はひとつとなり、先程皆さんもご覧になった、あの姿になられ、年に一度、ミミナシサマへ捧げる命を探されているのです」

彼女の言葉は、神の為に命を捧げた人々への、慈愛の念を込めた言葉に聞こえた。

「じゃあ、私たちがこうして集まったのは、ミミナシサマとやらに命を捧げる為ってこと?」

ロングヘアの女性が聞いた。

「もしかしたら、そうかもしれません。この時期になると、集落の皆様は呪いを恐れ、数日間この集落から出ていかれます。そしてそれと同時に、迷いこんでくる方々がいらっしゃるのです。今回で言う、あなたがたのような人達が」

「それも全部、黒宮の呪いって事か」

七原さんが嘆くように言った。

呪いなんて存在するのか?恐らくここにいる全員がそう思っているだろう。

「数日間ここで過ごすことですし、皆様の名前と、ご職業などを教えていただけないでしょうか?」

私たちは、常葉の言うとうり、順番に名前を言った。まずは私、次に七原さんといき、最初にあった青年が続いた。

「僕の名前は刀坂司(とうざかつかさ)。テレビ局で働いてます。観光で近くまで行こうと思ってたんですが、気がついたらここに…」

次に、三人サークルのロングヘアの女性が続いた。

「私は志濃沙苗(しのさなえ)。大学三年生。この二人と同じサークルに入ってて、ここに来た目的はみんなと同じよ」

ポニーテールの女性が、心細い声で続いた。

「私は井原(いはら)なのかです。志濃さんと同じ大学の学部で、二年生です」

最後に、短髪の男性。

「俺は葉同坂輝(はどうさかき)。サークル代表で四年生。志濃と井原とサークルに合流する予定だったけど、ここにたどり着いちまったよ」

「皆様、ありがとうございました。この屋敷には、あと二人の住人がいます。一人は黒宮家当主、黒宮神社の神主である、黒宮ミキ様です。この家の一番奥に居られています。なるべく、奥の部屋へは近づかないようにお願いいたします。もう一人は、藤波冬野(ふじなみとうや)様です。現在は部屋で仕事をなさっていますが、夕飯時に顔合わせが出来ると思います。詳しいことは、本人からお聞きください」

常葉は素早く私たちの飲み終えた湯呑みを回収した。

「夕飯時にまたお呼びいたします。アレルギー等がある方は、調理場に居ますのでお申し付けください。それでは、ごゆっくりお過ごしください」

最後まで礼儀を崩さず、常葉は部屋を出ていった。

「私たち、いつになったら帰れるんでしょう…」

井原が志濃に話しかけた。七原さんと葉同も何かを話している。

「さあね。神のみぞ知るって所かな。ま、ここにいれば安心みたいだし、三日後には帰れてるよ。きっと」

志濃は優しい口調で答えた。心の整理も少しついてきた。そうだ。ここにいたら安心だ。誰も死ぬことはない。襲われることもない。

そう、思っていた。しかし、黒い影は、私たちのすぐ側まで、もう迫っていた。


夕飯時になり、藤波から話を聞いた。

「藤波冬野です。半年前の土砂崩れで家を失ってから、ここに住まわせて貰ってます。短い間だけど、よろしく」

目にかかる前髪を細かく分け、視界を確保している。

「さあ、出来ましたよ」

常葉が作った夕飯は、赤い鍋に入った、真っ白なシチューだった。

温かいシチューが身に染みた。ここまで美味しく感じたのは初めてだろう。これは寒さのせいか、常葉の料理が上手いのか。どちらにせよ、何のルーを使っているかを後で聞こう。

時々会話があった食事を終え、シャワーを終えた私たちは就寝準備へ入った。

私は二階の部屋で、常葉の部屋で寝ることになった。

「すいません、私なんかが来ちゃって」

「良いんですよ。黒宮様に使え始めた時から、このようなことはよくありましたから。お怪我などが無くて良かったです」

いい人なんだな。礼儀正しくて、人に優しくて。私や七原さんとは大違いだ。

「そういえば、黒宮ミキさんは、どこにいるんですか?」

「黒宮様は、この期間はずっと、黒宮神社の方におられます。もうお疲れでしょうし、電気を消しますね。御手洗は、部屋を出てすぐ左手にございます」

「分かりました。ありがとうございます」

部屋が暗くなり、私は気絶するように眠りについた。

寝ている間に、悲劇が起きているとも知らずに。


目が覚めたのは、常葉の悲鳴が聞こえたからだ。

「どうしましたか!」

七原さんの大声が聞こえた。その他にも、志濃や井原の悲鳴も続々の聞こえてきた。

私は飛び起き、滑るように階段を降り悲鳴の元へ駆けつけた。

みんなは廊下の窓を開け、そこから外を見ていた。同じように外を見た私は、例にも漏れず小さな悲鳴を上げた。〝ホンモノ〟を見るのは初めてだった。窓の外に広がる、灰色の砂利が敷き詰められた庭。そこへ飛び散る、紅い液体。その出処は、うずくまるようにして倒れている人の腹だ。引き攣ったまま固まるその顔は、私たちに嫌な想像と、今後忘れないであろう衝撃を与えた。

「葉…同?なん…で?」

途切れ途切れに、震えた声色を上げる志濃の肩に、井原は顔を埋めていた。肩が大きく震えている。

七原さんが即座に倒れている葉同の元へ駆け寄り、首筋に軽く手を当てた。

「この家にいる人を集めてください」

七原さんは、そっと立ち上がり、怒りや悲しみ、様々な感情が渦巻いた声で言った。

「これは、殺人事件です」


私たちは、昨夜8人で食事をしたダイニングに集められた。

しかし、そこに集まったのは6人しかいなかった。

「藤波様がおりませんね…」

「普段は、この時間に家にいるのですか?」

七原さんの質問に、常葉は頷いた。

「部屋へお声がけしたのですが返事がなく、ドアを開けたのですが姿がありませんでした」

まさか、葉同を殺してそのまま逃げたのか?

「梶西、この家を探すぞ」

「え?私?」

探偵事務所の一員として、事件が起きても冷静でいなければならない。彼にその信念があるのだろう。

ダイニングから廊下に出て、私は二階を、彼は一階を探した。

私が二階について、二階にある二つの部屋を見た。一つは私が寝た部屋、もう一つはトイレだった。何も無いことを確認した私は、一階におりて、和室を開けた。

部屋に入ったら、そこへ立ちすくむ七原さんの姿が見た。

「何かあったんです…」

そこから先、私は声が出なかった。

部屋の中央に、仰向けに倒れる男性。藤波だ。目を瞑り、口を閉じ、まるでまだ寝ているかのような様子だった。

彼の隣には、まだ煙を出している線香が、皿の上に置かれてあった。その皿の上には、二つの〝耳〟が置かれていた。

「これは何なんだ?」

彼がどの程度混乱しているのかが、言葉を聞くだけで分かる。

「俺たちが寝ている間、この屋敷で、何が起きていたんだ?」


ダイニングに戻った私たちは、藤波のことを伝えた。各々は、おおよそ私や七原さんと同じような反応をした。

ここにいるのは、志濃、井原、刀坂、常葉、七原さんの五人。この中に、犯人がいるのか。

一度ダイニングに集めたものの、心の整理などが追いつかないだろうという七原さんの提案で、自由にしていいとの事になった。

志濃と井原は二人で寝ていた部屋へ戻り、刀坂はダイニングに残り、常葉はその近くのキッチンで食器の洗い物をしていた。

私と七原さんは、もう一度葉同の遺体の元へ行った。

「とりあえず、写真を撮っておくか…」

そう言って彼は、合掌をした後、スマホで遺体の全体像を撮った。

それを確認した私は、恐る恐る遺体に手を伸ばし、横向きになっているのを仰向けにし、傷口がよく見えるようにした。

「腹の真ん中辺り…へその上に傷口があるな。見た感じ傷口は一箇所か。相当苦しんだろうな」

「なんでそんな生々しいこと言うんですか」

「色々言った方が覚えられるし、直視できない君もわかりやすいようにと思ってな」

さすがに私は、遺体を直視出来なかった。人の遺体を見ることなんて、葬式ぐらいでしか見た事ない。ましてやそれも小さい時の記憶。そして目の前にあるのは、葬式の時なんかとは違う、憎悪と怨念が渦巻いているであろう遺体だ。直視できるわけが無い。

「七原さんは初めてじゃないんですか?こういう遺体を見るの」

「前に一回…探偵事務所に入りたての頃にあった。俺もあの時、最初は見れなかったな。けど、俺もお前も探偵事務所の一員だ。だから、目の前で事件が発生した時は、解決まで導かねばならない。それは盗みでも、殺人でも変わらない」

彼の、探偵事務所の一員としての熱意がこもっている。

「いきなりとは言わない。ただ、少しづつ見れるようにしろ。想像だけじゃ、解決できないぞ」

その言葉を聞き、私はチラリと、遺体の方を向いた。よりによって向いた方が顔の方だった。引きつった葉同の顔が見えた。最初はすぐに目を逸らしたが、何度か見るうちに、直視できる時間が伸びていった。

「左耳が……無くなっています」

「本当だ。皿の上に置いてあったやつか?」

なんとか七原さんに貢献できたような気がした。次は視界をどんどん頭から下の方へ向けていった。首、肩、肘……。そして、視界の端に、赤黒く染った傷口が見えた。目を半開きにし、そのまま視界を左に向けていく。目の中に飛び込む、赤黒い傷口。ナイフで刺されたのだろう。細長くなったその傷口は貫通しており、奥の光がちらりと見えた。目を段々と開いていく。傷口から血が流れ出したあとが、灰色の砂利を赤く染めていた。

「犯人は、葉同を窓がある方と逆側から刺したようだな」

そう言って彼は遺体の後ろへ回った。私もそれについて行った。

そこには、血が飛び散っている。アニメやドラマで見る血しぶきとそっくりだ。

「彼は、ここで何をしていたんでしょうか」

少なくとも、犯行が行われたのは、私たちが食事やシャワーを終え、就寝準備に入った後だ。ここに来る理由は限られている。

「これを見ろ」

彼の元へ目を向けると、そのそばにタバコが落ちていた。

「タバコを吸っていたんだろうな。そしてその最中、包丁のようなものでグサリと…」

「包丁といえば、昨日私たちを襲ってきた老女が包丁を持ってましたよね?」

「あの呪いとかいうやつか」

もしかして、それが入ってきて葉同を殺したのか?

「彼は後ろから刺されたんでしょうか?」

「なんでそう思うんだ?」

「タバコは、恐らく庭へ向かって吸っていたはずです。わざわざ窓に向けて吸う必要はないように思えますし。それに、サンダルのつま先が庭向きに脱ぎ捨てられています」

遺体のすぐ側には、片方のサンダルが置いてあった。恐らく、この庭へ窓から出るためのものだろう。刺された時、一歩後ずさりした際にそのまま脱げたのであろう。

「確かに、庭に向かって吸っていたら、正面から襲われる時は分かるだろうからな」

そう言って彼は、遺体の写真を撮り続けた。

「残る謎は…この耳か」

切り取られた左耳。一体なんの意味があるんだ?

「そういえば、ミミナシサマとやらに耳を捧げた女性たちの憎悪が、あの老女を生んだんですよね?もし葉同さんがその老女に殺されたんだとすれば、何か繋がりがありそうですね」

私がそう言うと彼は少し黙りこみ、

「今の状況では判断しかねるな」

と言って、葉同のポケットに手を当てた。そして彼はその中に手を突っ込み、中から緑の手帳を出した。

「これは……」

数ページめくった彼は呟いた。私もその手帳の中を見た。そこには、こう書かれていた。

『俺は殺したのか?謝って死ぬ それが一番 俺は死ぬべきだ』

次のページにも同じようなことが書かれ、自殺の名所が続々と書かれたページもあった。

「これは一体……」

「一応、俺が持っておく」

そう言って彼は窓から入っていった。

私も彼の後に続いて、藤波が倒れている和室へと向かった。


遺体はいつになっても見慣れない。三分も経てば、さっきまで見れていた葉同の遺体も見れなくなるだろう。

藤波の遺体は、十畳ほどある和室の中央に、仰向けに倒れている。

「本当に…亡くなってるんですか?」

私は七原さんに尋ねた。藤波の遺体は、静かに目を瞑っていて、大きな音を出せば、今にでもその目を開きそうであった。

「残念だが、もう息はしてないな」

彼は少し悲しそうな、辛そうな声で答えた。

「首に締められたような跡は特にない。手や足にも痣のようなものもないし、死因をすぐに断定することは無理だろうな」

そう言って彼は、頭の元に置いてある皿に目をやった。

二つの耳が置かれたその皿は、耳から出た血が固まっていた。

「葉同の片耳はこの中の一つだろうな」

「耳の形は人それぞれ違うんですよね。右耳と比べれば、どっちが葉同さんのものか分かるかもしれません」

「警察が来るか犯人がわかるまではこのままにしておこう」

「あ、その存在を忘れてた。警察って来ないんですか?」

「どうやら電波が悪くて警察に繋がらないらしい。スマホを見てみろ。多分圏外になってるぞ」

私はスマホを確認した。確かに圏外になっている。

「電波が通らないって、ここら辺の人はどうやって生活してるんでしょう?」

「電子機器に頼らない生活を送ってるんじゃないのか?どの家も車があったし、ネットショッピングとかも必要が無いんだろう」

「でも、警察すら頼れないのはまずくないですか?救急車とかも呼べないし」

「そこは町医者とか駐在刑事がいるんだろう」

本当にドラマなどで出てくる田舎は存在したんだ。こんなところが舞台のドラマがあるかは知らないけど。

「こっからはどうしますか?この写真を持って東京に戻りますか?」

「東京に戻る道が絶たれたからここにいるんだろ。常葉は数日間ここにいるべきだと言っていた。暫くはここから出られない。だったら俺らが犯人を見つけるべきではないか?」

彼はポケットから茶色の手帳とペンを取り出した。

「ほんとに解決するつもりですか?」

「さっき犯人を突き止めると言っただろう」

「てっきり事務所に戻ってからのことかと」

「現場が目の前にあるのに事務所に戻る探偵がどこにいる」

「だったらまずは事情聴取からですね。誰から聞き取りますか?」

彼は咳払いをしてからいった。

「まずは常葉からだ。もしかしたら、耳の存在についてのヒントが得られるかもしれないからな」


常葉はまだダイニングにいた。二階に案内してもらって、そこで話を聞くことにした。

一通り昨夜の動きについて話を聞いたあと、耳についての話をした。

「そうですか。葉同さんの耳が…」

「何か、思い当たることはありますか?」

私が常葉に聞くと、彼女は少し間をあけ、ゆっくりと喋り出した。

「黒宮家の血筋は、古くから〝呪い〟を執り行う儀式をしてきたと聞いたことがあります」

「呪い?それは、昨日言っていた呪いとは別のものですか?」

「はい。これはミキ様から少しばかり伺った話なんですが……黒宮家は元来、呪われた血筋として別の地方を支配していました。その地方で反乱が起こり、ここへ越して来て、この地を治め始めたといいます」

常葉さんは私たちから目を逸らし、何かの顔色を伺うように話を続けた。

「私が以前聞いた話によれば、その呪いを行うためには、二つの耳が必要だと。もしかしたら、それがこの事件に関係しているかも知れません。詳しいことは、黒宮様に直接伺った方が宜しいかと」

「確か、黒宮神社にいるんですよね?」

七原さんが聞いた。

「はい。しかし、今は極力外へ出られない方が良いです。あれが徘徊してますから」

〝あれ〟とは老女の事だろう。もしあれが犯人だとすれば、むしろ会った方がいいかもしれない。

「ありがとうございます。検討します。常葉さんは、ゆっくり休んでいてください。ショックも大きいと思うので」

彼はそう言うと席を立ち、部屋を出てき、私も一礼してから部屋を出ていった。

「どうします?七原さん」

彼は少し考えてから言った。

「取り敢えず、他の人の話も聞いてからだな。今は何時だ?」

「九時二十七分です」

「十時十五分までには行けるようにしよう。次は刀坂だ」

彼は大きく息を吐いて、階段を急ぎ足に降りた。


刀坂はリビングにいた。彼は私たちを見ると、読んでいた本をそっと閉じ、

「探偵から事情聴取を受けるなんて、今後の人生でないかもしれませんね」

と言って、彼と七原さんが寝た部屋へと案内された。

その部屋は廊下を挟んだ隣に和室の壁があった。もし葉同や藤波が襲われた時に大声をあげたら、寝ていても気づきそうな距離だ。

「夜は…特に何もしなかったですね。七原さんも僕と同じ部屋だから、大体は分かるんじゃないですか?」

「確かにそうだが、念の為」

いつの間にかタメ口を使っている。七原さんは基本的に敬語は使える人だから、きっと部屋にいる間で仲良くなったのだろう。

「何か怪しい人影とかは見ませんでしたか?」

私が聞くと、彼は少し考えた。

「人影…では無いんですが、夜中に上から、ドスンという大きな音が聞こえました」

彼はサラサラと手帳に書き込んでいた。

「他に何か見たりとかは?」

「そういえば、寝る前にトイレを探したんですが、その時に葉同さんと和室の扉の前ですれ違いました。そのままあの庭の所へ向かっているようでしたね。確か、煙草とライターを持っていたような気がします」

やはり煙草を吸っている最中に襲われたのか……。想像するだけで鳥肌が立つ。

「以前に葉同さんと会ったりとかはありますか?」

「無いですね。昨日会ったのが初めです」

「ありがとな。もう大丈夫だ。この部屋で休んでいてくれ」

そう言って私と彼は部屋を出ていった。


井原と志濃の部屋は、七原さんと刀坂の部屋の隣にあった。そのさらに隣には、藤波の部屋がある。

私たちが彼女らの部屋にノックをすると、志濃がすぐに出てきた。事情聴取の旨を話すと、

「悪いが、井原に話を聞くのはもう少し後にしてくれ。かなり弱ってる」

と言って、志濃だけが出てきて、藤波の倒れている隣の和室へ向かった。

「悲鳴とかは聞こえなかったな。もし聞こえてたら、一生のトラウマだな」

彼女はそう言うと、少し鼻で笑った。

「葉同さんはどういう人なんですか?」

「どういう人って…ま、敵を作りやすい性格だったな。合う人とは合うし、合わない人とはとことん合わない、そんな感じだった。私は敵側だったけどな」

彼女は終始半笑いで話をしていた。

「敵を作りやすい…というと?」

「あいつ、後先考えずに色々やるからさ、周りに迷惑かけやすいんだよ。しかも中途半端に終わらせるから、敵を作るって訳。語気も強くなりやすくて、ヤクザ相手にして姿を消したって噂もあるくらい」

もし犯人が志濃じゃないとしたら、葉同殺しはほぼ井原で確定となる。彼女と井原は、強い関係にあるかもしれない。だとすれば、志濃は井原を庇うかもしれないし、逆の可能性も有り得る。彼も私も、慎重に彼女の話を聞いた。

「昨日の夜は……井原と帰れるかどうかずっと話してたな。あいつ、呪いのこと信じきって、帰れない帰れないってずっと騒いでてさ」

「呪いを信じてないんですか?」

私が聞くと、彼女は大きく笑った。

「あんたも呪いを信じてるの?そんなの存在しねーよ。あの襲ってきた女はただヤバい女なだけ。道が無くなったのはただ迷っただけ。常葉とやらに聞けばすぐ分かる」

彼女は淡々と話し、七原さんの方を向いた。

「私も井原も、二人を殺してない。特に井原は絶対。あいつは私とずっと居た。寝てる間も、絶対隣にいた。そもそも本気で呪いを信じてるやつに、殺人なんて大事、出来るわけが無い」

彼女は声を張って言うと、井原がいる部屋へと戻って行った。

「なかなか怪しいな。志濃と井原は」

「志濃さんは井原さんを庇っているように見えますね」

彼はポケットに手帳とペンをしまった。

「志濃は何か、井原の異変に気づいているのかもな」

そう言って彼は部屋を出ていこうとした。

「どこ行くんですか?」

「決まってるだろう。今聞ける人全員に話を聞いた。黒宮神社へ向かう」

「外、出ていいんですか?」

「俺は志濃と同じ考えだ。呪いを信じない。それに、老女が犯人の可能性はまだ大いに有り得る。遭って会話を試みる価値は十分にある」

そう言って彼は玄関へ向かった。私は一度、二階の部屋へ戻り、スマホを持ち、貧血の薬を飲んみ、常葉へ声をかけてから、七原さんと外へ出た。彼女は危ないことがあればすぐ戻るようにと言い、私たちを玄関から見送った。


この集落の中に、老女が徘徊していると考えると、昨日とはまるで景色が違って見えた。

「黒宮神社はどこにあるんですか?」

私が彼に問うと、彼は集落をぐるりと見回して言った。

「あの山の麓にある」

彼が指した方向を見ると、集落を抜けた向こうに、赤い鳥居が小さく見えた。大体十五分くらいで着きそうだ。

「行くか」

彼は大きく歩き出した。


外に出た瞬間、冷たく乾いた風が肌に触れた。陽は照っているが、空気を暖めるには弱すぎる。

昨日はゆっくり集落を見ることが出来なかった。今も老女に対する警戒心はあるが、昨日の帰路が閉ざされた焦りの感情よりかは落ち着いている。

集落の家は、五十年ほど前に建てられたような家と、つい最近建てられたような家がまばらにあった。昨日は五件ほどしか見えなかったが、神社に向かうまでに十五件ほど家があった。しかし、隣合う家は無く、全て田んぼの中に点々と置かれていた。私たちが歩いたのも田んぼに沿って引かれた細い道で、直接隣の道を歩いた家は数件しかなかった。

「七原さんは、犯人の目星はついてるんですか?」

彼は少し考えて言った。

「まだだな。殺されたのが葉同だけなら、犯人は志濃か井原かその両方に絞られる。だが、藤波も殺されているとなると話は別だ。井原と志濃は藤波と関わりは無いから、藤波を殺す動機は無い。逆も然り、殺されたのが藤浪だけなら、常葉と黒宮が犯人になる。だが葉同とは関わりがないから、動機がない」

「刀坂さんはどちらの殺人にも関係ないと?」

「刀坂は、ほかの四人と違い、どちらか一方とのみ関わっている事は無い。故に、二人を殺す動機が無いかもしれないし、動機があるかもしれない。彼が殺人に対して愉悦を感じるような人だった場合は、彼が犯人になるな」

「なかなかに難しそうですね」

「君が犯人の可能性もあるな」

「え、わたし?」

「当たり前だろ。探偵事務所仲間だからと言って色眼鏡をかけるようなことは当然しないからな」

「だったら私は七原さんを疑わないといけないですね。怪しい言動があればすぐに指摘しますから」

そんな会話をしているうちに、老女に出くわすことなく鳥居の元へと辿り着いた。

「ここが黒宮神社…」

赤黒くくすんだ鳥居の向こうは古びた石段になっていて、そこら中に苔が付いている。

石段は一段が大きく、十秒登るだけで足が痛くなる。三十秒ほど登るのに時間がかかった。

登った先には小さな神社の本殿と、横に滑り台とブランコがある公園があった。随分と使われてないようで、その全てが錆び付いていた。

「中に入るか。」

本殿扉は少し開き、中からは明かりが漏れていて、人がいる気配がした。

しかし、そこに人はいなかった。そこにあったのは、一つの遺体だった。

藤波と同じように、まだ眠っているような遺体が。

「これって…」

その遺体には見覚えがあった。

「襲ってきた…老女に似ているな」

襲ってきた時は暗く、顔はよく見えなかったが、一瞬だけ、街灯に照らされた瞬間に見えた顔に似ていた。

「だから会わなかったのか…」

彼は震えた声で言った。

遺体をよく見ると、右耳がないことに気づいた。

「藤波さんと同じ状況ですね……誰がこんなことを?」

私がそう言うと、後ろからいきなり、老女の声がした。

「それは呪いの仕業だよ」

振り返ると、そこには遺体とそっくりの老女が立っていた。

「馬鹿な女だ。呪い返しにあって死んだよ」

「あなたが黒宮ミキさんですか?」

「常葉から聞いたかい。呪いの詳細について聞きに来たんだろう。教えてやるよ。本当の黒宮の呪いについて」

そう言って彼女は遺体の傍に座った。そして彼女は、時々声を張って説明をした。

「黒宮は呪いの血筋だとは聞いただろう。黒宮は代々呪いが使えたんだ。私を含めてね。前の土地は呪いを使わずに治めたんだがね、住民に反乱を起こされたからここへ越してきたんだよ。そしてこの地は、呪いを使い支配してきた。今は意味は無いがね」

老女は遺体を見つめながら、淡々と話を続けた。

「ミミナシサマの伝説が伝わるこの地と耳を呪いに使う黒宮は相性が良くてね。この地はすぐ支配できたそうだよ」

私が状況を呑み込めてないなか、彼は黒宮に質問をした。

「耳を呪いに使うというのは?」

「簡単な話だ。耳を二つ用意して、黒宮の者が祈祷をすれば呪いをかけることができる」

「かけられた相手は?」

「眠ったように死ぬよ」

藤波や目の前の遺体と同じだ。

「徘徊していた老女と黒宮とは関係があるんですか?」

「老女とはこいつのことか?」

彼女は目の前の遺体を指さした。やはりこれが、昨日私たちを襲った老女なのか。

「こいつは双子の妹だ」

あまりに突然の情報に、小さな声が出た。隣の七原さんを見ると、彼も驚いた様子だった。

「こいつはミミナシサマに最後に捧げた者でね。これまでの憎悪と怨念の塊が、こいつの体に乗り移り、人々を襲うようになったんだよ」

彼女は遺体に対し、哀れみの目で見つめていた。

「呪い返しというのは?」

「そのまんまだ。呪いをかけたものの、相手がすでに死んでたり、同時に呪いをかけたら呪いが返ってくる。手順でも間違えて返ってきたんだろうね」

そういった彼女は、時が止まったようにピタリと動かなくなった。そして膝の上にあった手が、ダラりと力無く垂れた次の瞬間、彼女は私たちの膝元へ倒れ込んだ。手は胴体の横にピタリとつき、遺体の横に並ぶように、仰向けに倒れた。苦しむ素振りすら見せず、一瞬の間に倒れた姿は、まさに眠りに落ちたと言っても過言では無かった。私は一生、この光景が、まぶたの裏から消えることは無いだろう。

「死ん…だのか?」

彼は震えた手で首を触った。私が彼の顔を見ると、静かに首を振った。あまりにも突然の出来事で、恐怖と驚きが交互に襲う。

「これは…呪い…ですか?」

彼は下唇を噛み、いかにも悔しそうな声で言った。

「呪いは存在したのか?」

私たちは二人を本堂の真ん中に並べて置き、手を合わせてから神社を後にした。

石段から降りている時、後ろから視線を感じたような気がしたが、振り返ることは出来なかった。

「もし呪いによって三人が殺されたと主張するなら、それはかえって呪いを否定することになるかもな」

すでに切り替えが済んでいるのだろう。彼は彼の考えを述べ始めた。

「仮に藤波が呪いで殺されたとしよう。だとすると、藤波殺しで使った耳は、葉同の左耳と、あの老女の右耳になる」

「じゃあ、その老女を呪い殺すために使う耳は?」

「そこが謎だ。もしかしたら耳のストックが大量にあるかもしれないが、藤波殺しを呪いに仕立て上げるために耳を置いたと考えると、呪いなんて存在しないことになる」

「ストックが多くあるのかもしれませんよ?」

「確認してみるか?」

彼は立ち止まって、後ろをちらりと見た。後ろにはまだ、赤黒くくすんだ鳥居が見える。

「あの中を探せば、耳のストックがあるかもしれんな」

前に進めば藤波と葉同。後ろに戻れば黒宮とその妹。どっちにしろ遺体まみれじゃないか。

「神社に戻れば、無くなった帰路について何かわかるかもな」

「七原さんは戻りたいんですか?」

私は苛立ち紛れに聞いた。

「君の判断に任せる」

私は大きく息を吐いて決断した。

「分かりましたよ。戻ります」


神社に戻ってみたものの、そこまで広い神社ではない。短い参道に、二十畳ほどのお堂があるだけだ。三十分ほど、神社の周囲も含め探してみたが、それらしいものは見つからなかった。

ただ一つだけ、気になるものだけあった。

「七原さーん!こっち来てくださーい」

私は神社の裏手に回っていた。

「何かあったのか」

「そんな重要なことじゃないんですが…これ」

私は、神社の裏手から枯れた木々の生い茂る斜面に続く道を見た。

「これ、山頂まで繋がってるんでしょうか」

「別に登った所で何かある訳じゃ無さそうだが」

「いやでもほら、山が御神体の神社とかあるじゃないですか。もしかしたらこの山も御神体で、頂上に何かあるかも」

私は登山道に対し興味ありげに彼に話した。

「この神社は黒宮家がここら一体を支配するための象徴だ。御神体も何も無いだろう」

「でも登ってみましょうよ。神社の裏にあるってことにもなにか意味がありそうだし」

「ったく」

彼は渋々、斜面に足をかけた。

十分ほど歩くと、頂上のような広場に出た。周囲が木の柵で囲われ、展望台のようになっている。

私は黒宮の屋敷を見た。遠くにぽつんと、しかし存在感のあるその家は、不穏な空気に包まれていた。しかしそこにだけ唯一、人の気配を感じることが出来た。

「おい見ろ。こっちにも集落があるぞ」

反対側を見ていた七原さんが私を呼んだ。私も屋敷とは反対方向を見た。

そこには二十数件ほどの家と、それを囲うようにして敷かれた田園があった。その奥にはバス通りがあり、一台のバスが通り過ぎていた。

「早くここに気づけば、この悲劇は避けられたのかもしれませんね」

集落の中心部にある公園から、小さな子供が手を振っているのが見えた。

「まだ道が無かったら、ここを強引に突破するしかないな」

私はこの二つの集落の対立が面白くて、写真を撮ろうとした。その時に気がついた。

「あれ……圏内になってる」

スマホの上に表示される通信速度の数字が零以外になるのを見るのはいつぶりだろう。

マップを開くと、現在地を示す点が青々と表示されていた。

「ここなら警察を呼べるかも…!」

「今更連絡しても無駄だろう」

そう言って彼はこの山を降りようとしていた。私は写真を撮り終えていなかったので、急いで反対側の写真を撮り、出口の方を向いた。そこには七原さんがいたが、彼は崖の下を見ている。

「何見てるんですか?」

私も同じ方向を見ると、そこには土砂に押しつぶされた一件の家があった。

「あれ、藤波の家だろうな」

すると彼は、滑り出した土砂に沿って崖を下って行った。

「ちょっと七原さん!?」

私は大声で彼を呼び止めた。しかし彼は気にする素振りもなく、崖を下り続けた。少し下ってから、彼は左を向いて立ち止まった。そこにはより一層、葉の落ちた木々が生えていた。彼は暫くそこを見つめたあと、そこへ向けて歩き出した。

「ほんとに何やってるんですか!?」

私は数回躊躇いの動作をした後、ここで彼が怪我をしたら収入が無くなることを思い出し、

「あーもう!」

そう呟いて私もその木々の中へ入っていった。

少し進むと、枯葉が溜まる窪地があった。そこには、窪地の側面に、朽ちた木の扉が付いていた。

「あれって……」

「あの中に、事件を解決する鍵があるかもな」

私と彼は、恐る恐るその扉に入った。

その中は、高さ二・五メートル、広さは五、六畳ほどの小部屋があった。その部屋には四方に机が置かれ、そこには集落の中でよく見た紫の花やすり鉢、そして紫の液体が入った瓶が置いてあった。

「これは……」

「毒かなにかか?」

「それが正解でしょうね。こんなところに見えないように作るなんて……よほど隠したいものなんでしょうか」

さらに部屋を見渡すと、机の角に包丁が置かれているのを見つけた。

その包丁の柄の先に、『黒宮』と掘られているのが分かった。

「あまりものに触れるなよ。毒みたいな物がついてるかもしれない」

包丁を触ろうとした手を引っ込め、彼の方を向いた。

すると彼は人差し指を立てた右手を上げ、私の方を向いた。

「この時点で、二つの事件の流れが分かるな。まずは呪いがある時の流れ」

「呪いがある時?」

「もし呪いが実在し、藤波と黒宮姉妹を呪いで殺したことにしよう。呪いがどのタイミングでどのように起きるかは知らんが、耳を二つ集め、祈りをしたらすぐに発動するとしよう。犯人はまず、呪い返しにあい死んだ老女から耳を奪い、次に葉同を呪い以外の方法で殺し耳を奪い、藤波をその耳で呪い殺す。そして俺らが神社で話を聞いている時に、黒宮を呪いで殺した」

「呪いがある時……ということは無い時の場合も考えてるんですね?」

「呪いが無い時は、この紫の液体が毒だと考える時だ。この毒は強力で、触れたり食べたりしたら、苦しむ素振りすら見せることなく死ぬ毒だとする。まず犯人は、老女の住処を突き止め、持っていた包丁に毒を塗る。それは恐らく、俺たちが襲われる少し前にしていただろうな。俺たちは寝るまで全員で過ごしていたため、老女の耳を奪うのはまだ先だろう。次に藤波が部屋に居ないタイミングで、藤波の部屋のどこかに毒を塗っておく。やがて就寝時間になり、タバコを吸いに庭まで来た葉同を殺し、耳を奪う。そして犯人は黒宮神社まで深夜に来て、老女の耳を奪い、ついでに黒宮を殺すために毒をどこかへ塗る。その後屋敷に戻った犯人は、藤波の遺体を部屋から和室に移し、耳を皿に入れ置いたら、あとは朝を待つだけだ。順番は前後するだろうが、これが大まかな内容かもな」

「さすがに犯人までは分かりませんか」

「ああ、葉同と藤波と黒宮姉妹の四人を殺す動機があり、さらにアリバイが無い人を見つけるのは、苦労するだろうな」

そう言って彼は外へ出ていった。


屋敷に着いた頃には十一時半になっていた。

私たちは常葉に、黒宮と老女が亡くなっていこと、老女と黒宮が双子だったことを伝えた。山の中で見つけた小部屋のことについては伏せておいた。

「そうですか……黒宮様と……」

彼女は今まで以上に悲しそうな表情をした。

「なぁ、だったら私らはもう帰れるんじゃねーの?」

話を聞いていたであろう志濃が奥から出てきた。

「そうですね…数日と言わず、もう帰られても良いでしょう」

常葉がそう言うと、志濃はまた奥へ戻って行った。

「だったら、僕も帰る準備をしなければ」

本を読んでいた刀坂も部屋へ戻って行った。

常葉さんはリビングを出て行った。恐らく、黒宮の部屋へ向かったのだろう。

「どうします?犯人はまだ見つかってませんけど」

「これはまずいな……」

彼はそう言って、藤波が倒れている和室へ向かった。そこには藤波と葉同の遺体が並べてあった。恐らく常葉らが動かしたのだろう。葉同の下にはシーツが敷かれてあったが、そのシーツは所々赤黒く染まっていた。

「さっき七原さんが言ってた手順に合う人物はいないんですか?」

彼はしばらく黙り込んで言った。

「まだ一人、話を聞けてない人がいる」

「井原さんですね。でも彼女はなんか……殺人なんてできない気がしますけどね」

「なんでそう思うんだ?」

「だって、葉同さんの遺体を見た時に一番悲しんでいたのは彼女ですし。志濃さんが彼女を庇っているように見えるのは気がかりですけど……」

「とりあえず、彼女を和室に呼んでくれ」

私は志濃と井原がいる部屋に向かった。

部屋をノックしようとしたタイミングで、ちょうど井原が出てきた。

「次は……私の番ですか?」

「ちょっと話を聞くだけですよ。和室に来てください」

私はなるべく優しい口調を意識し、彼女を和室に招いた。


「昨日の夜は、ずっと志濃さんと過ごしてました。特に葉同さんに変わった様子もなかったですし……」

「以前に彼と刀坂さん、藤波さん、常葉さんなどと会った可能性は?」

「さぁ、そこまでは……でも彼は顔が広い人でしたから。いい意味でも悪い意味でも」

これは志濃も言っていたことだろう。ただ、こんな限定的に会うことなんてあるか?

「最初にサークル内で旅行に行こうと提案したのは誰なんですか?」

「私たち三人の中じゃないです。でも、今回の計画を立てたのは葉同さんです。志濃さんは反対してましたけど」

「なぜ?」

彼女は笑い混じりに話した。

「葉同さんの事が信用出来ないらしいです。葉同さん、流されやすい性格で、特に先輩方の言いなりになりやすくて。それで、流されやすいお前には務まらないって志濃さん言ってて」

その性格が故に、敵を作りやすいということなのだろうか。

「あの、私もう準備しなくちゃ。ここからは警察に任せるんですか?」

ここは警察にも繋がらない。恐らく、事件は闇に葬られることになるだろう。私はそのことを伝えようとした矢先、

「恐らくそうなるでしょうね。ここからは警察に任せるとしましょう。我々は東京に戻って警察に情報資料の提供をして、できる限り協力しますよ」

そう言って彼はリビングへ戻って行った。

警察に引き渡すのも無理はない。二人の大学生より、探偵事務所の人と警察が加わった方が、真実に辿り着きやすいだろう。

部屋の隅には、まとめられた刀坂の荷物と七原さんの荷物があった。

私は二階へ向かい、自分の荷物をまとめた。七原さんが言っていたミステリーサークルの人達は、今頃何をしているのだろう。警察に行方不明届けでも出されていたら困るな。そう思いながら私は、圏外になっているスマホを見た。時刻は十二時ちょうど。ここに来てからまだ二十四時間すら経っていないのか。嫌な時間は過ぎるのが遅いというのは、どうやら本当らしい。私は二泊三日分の服を詰めたリュックを部屋の端に置き、もう一度葉同と藤波に手を合わせようとして和室へ向かった。

そこには七原さんもいた。

彼はただ、座って二人の遺体を見つめていた。

「この後、どうするんですか?」

私は二人に手を合わせながら、彼の返答を聞いた。

「ま、とりあえずミステリーサークルの奴らと合流するか。心配かけただろうからな」

「この体の疲れは、温泉でとれるものなんでしょうかね」

温泉には疲労回復などの効果があると言うが、正直感じたことはない。

彼は立ち上がって、庭を見ていた。

「この疲れをミステリーサークルの人達と交換したいものですよ」

私が彼の方を向くと、彼はピタリと動きを止め、呟いていた。

「交換……か」

何かまずいことでも言ったか?私が言ったことを振り返っていると、彼は私の方を見て言った。

「君、中々いいことを言うじゃないか」

「え?何?私何か言いました?」

「交換か……だとしたら」

彼は興奮したように手帳に何かを書き込んだ。

「もしかして、犯人がわかったんですか!?」

「あまり大声で言うな」

そう言って彼は手を止め、和室の襖を全て閉めた。

「どうします?全員集めます?」

「そんな事しなくていい。まずは君が俺の推理を聞いて、矛盾が無いかを確かめてくれ」

そう言って彼は、手帳を見ながら話を続けた。

「まず犯人から言おう。生きている犯人は、井原なのかだ」

「生きてる犯人は?どういうことですか?」

「この事件は複数の犯人がいる。そしてこの事件は、交換殺人だ」

交換殺人……。互いに殺したい相手を交換し殺人をする。動機を持つがアリバイがある、動機が無いがアリバイが無い人が出てきて、犯人の捜査が一層難しくなる。

「この事件は二回の交換が行われている。一つは藤波と井原。もう一つは藤波と老女だ。最初に藤波と老女と井原が出会ったのは、葉同、志濃、井原の三人がバラバラになってバス停を探していた時のことだろうな。井原は黒宮神社の奥にある登山道を登り、あの山の頂上へ登った。その時だろう。藤波と老女が、あの小部屋から出てきて、登山道とは外れたところから出てきた。当然井原は藤波らのことを不審に思う。それに老女は包丁も持っていただろう。殺されると思っただろうな。しかし彼女は殺されなかった。何故だと思う?」

突然彼は私に問いかけてきた。

「まさか……殺人の交換を提案した?」

「その通り。藤波は彼女に、殺したい人がいないかと聞いてきた。そこで彼女は、葉同のことを挙げた」

「なぜ井原さんは葉同さんを選んだんですか?」

「怨恨か何かだろうな。葉同の手記に書かれたことと、なにか関係があるだろう。葉同を殺したいと述べた彼女に、藤波は提案した。殺す相手を交換しないか、と。彼女はその提案を受け入れた。恐らく殺したいと言っていた相手は、藤波は常葉朱鷺、老女は黒宮ミキだろう。そして交換した殺した相手は、藤波は葉同坂輝、井原は黒宮ミキ、そして老女は常葉朱鷺だ。まず最初の殺人は井原が起こした。彼女は焚き火をしようと提案し、全員に枝を拾わせ一人になった。その時、事前に袋にでも入れて受け取っていた毒を黒宮神社のどこかに塗り、そのままそこを後にした」

「待ってください、黒宮ミキは私たちの目の前で亡くなりましたよ?」

「俺たちの前で死んだのは、黒宮ミキに扮した老女だ。あの罵倒具合から、かなり恨んでいたんだろうな」

彼は淡々と説明を続けた。

「その後彼女は、神社のどこへ毒を塗ったのかを言うために老女と会おうとした。しかしそこで、君と会ってしまった。だから彼女は老女に伝えることなく、そのまま襲われる役に徹した。その後屋敷に入った彼女は何もすること無く、葉同が殺されるのを待った」

「じゃあ、藤波さんはなぜ殺されたのですか?誰も殺意は持っていませんでしたよ?」

「藤波は老女が殺した。藤波が殺したい相手は、本当は老女だったんだ。常葉を殺したいなんて、微塵も思っていなかっただろう。藤波は全員が襲われる前、屋敷を抜け出し老女が持つ包丁に毒を塗った。しかし老女は、その事に気がついた。理由は分からないがな。藤波に狙われていると知った老女は、黒宮の包丁を持って俺らを襲った。その後彼女は、葉同を後ろから刺し殺した藤波と出会い、藤波に毒を塗った。その場で藤波は死んだだろう。そして彼女は黒宮と葉同の耳を、藤波の遺体のそばに置いた。そして黒宮神社に戻り、黒宮ミキに扮装した」

「じゃあ、老女が死んだ原因は?」

「それは、藤波が黒宮神社の別のところに毒を塗り、老女を殺したんだ。藤波は、老女を包丁に毒を塗っただけで殺せるとは思っていなかったんだろう。たがら二段構えで彼女を殺した」

「自分が殺されるのも承知の上で、老女を殺したということですか?」

「藤波の部屋を一瞬見た時、彼の机の上に家族写真が乗っていた。まだ彼が小さかった時の写真だろう。その写真には、母親と父親、そして姉らしき姿があった。恐らく彼の姉は、黒宮家がここを支配する時に呪いで殺された人だったのだろう」

私は神社で聞いた話を思い出した。

『呪いを使い支配した』

呪いで数人殺し、その存在を示したのか。そして住民を脅して、この土地を支配した。なんて恐ろしい話だ。

「そして彼は復讐を果たすため、黒宮の血を持つ者を殺すことができた」

「井原さんに、直接動機を聞きますか?」

すると後ろから、井原の声が聞こえた。

「凄いですね。さすが探偵さんです。いいですよ。葉同を殺す動機、話しますよ」

彼女のその優しい口調が、逆に恐怖を際立たせていた。

「彼、殺人者なんです。直接人を殺した訳じゃないんですけどね。一人の女性を自殺まで追い込んだ。私の姉です。葉同と同学年で、生きていたらきっと、いい会社に内定を貰っていたでしょうね」

彼女は葉同を、怒りと哀れみの目で見ていた。

「彼、先輩方の話の言いなりになりやすいって言いいましたよね?それが原因なんです。私の姉、正義感が強くて、ダメなことはダメってしっかり言うんです。私はそんな姉を尊敬していて、大好きでした。でも、葉同のいるサークルに入ったのが、私の姉の過ちでした。サークルの歓迎会で、未成年がお酒を飲むのはよく聞くでしょ?葉同とかもそうだった。上の人達に言われて、彼らは未成年でお酒を飲んだ。姉は即座に停めたんですけど、言う事聞かなくて。姉はそれでサークルを追い出されたと言いながら帰ってきました。そしてそれを大学側へ言って、彼らにお酒を飲むように強要した先輩らは退学処分となりました」

そこから彼女は、怒りの感情が強くなったように、力強く話した。

「でもその人たち、姉を酷く恨むようになって。そこでそいつらは葉同を利用したんです。姉に日々嫌がらせやらストーカーやら、変な噂を流させたりを葉同にさせて、最終的には姉は気を病んで、そのまま自殺しました」

彼女は手を強く握った。

「私は復讐しようと思いました。私を自殺に追い込んだヤツらを殺して、これからの被害者を無くすんです。まずはサークルに入り、まだ大学にいた葉同を狙いました。あの人、同じ苗字なのに全然気づかなくて。本当はこんなところで殺す予定じゃなかったんですけどね。チャンスだと思って、藤波さんらの計画に乗りました。そこからは、七原さんの推理通りですよ」

彼女は虚ろな目で、七原さんを見た後、襖を開けて庭を見つめた。

「本当はこの後、葉同に命令させた人達を殺すつもりでした。でももうダメですね。警察に突き出されちゃう」

彼女は笑いながら言った。すると七原さんは、真剣な声で彼女に向けて言った。

「あなたを警察に突き出すつもりはありません。警察に行くかどうかは、自分で決めてください」

井原は七原さんを、驚いた目で見た。

「あなた、探偵なんでしょ?だったら私の姉と同じ、正義を持つ人じゃないの?」

すると彼は、ポケットから緑の手帳を出した。それは七原さんのものでは無い、葉同の物だった。

「これは葉同さんの手帳です。ここには、彼が自殺を考えていることを示唆する内容が書かれてあります。それから、あなたに対する、謝罪の言葉が」

七原さんは井原にその手帳を見せた。

彼女は数ページをめくった後、涙ぐんだ声で言った。

「ダメですね、私。葉同を殺しておいて、今更それ以外の方法が無かったか探してる」

彼女はその場で呟いた。

「別の方法、あったのかな……」


私たちは常葉に案内され、別の道から無事に元いたバス停に辿り着いた。他の三人も、それぞれのバス停に辿り着いただろう。

「井原さんは、この後どうするんでしょう」

私は七原さんに言った。

「さぁな。ただ、しばらくはニュースを気にする生活になるだろうな」

もし彼女が改心したのなら、復讐の鬼では無くなったのなら、彼女はどんな生活を送るのだろうか。

「もしかしたら、志濃さんは井原さんが犯人だって気付いてたのかもしれませんね。だから過去の話をしなかった。そう考えたら、彼女らは切っても切り離せない関係になるかもですね」

「二人がそれでいいなら、俺たちが干渉することは無いだろう。別の殺人が起きても、俺たちが関わる必要は無い」

「そんな無責任な!」

私は彼の方を向いて言った。

「だったら君は、これから起きるかもしれない殺人を防ぐことができるのか?」

彼は前を向き続けて言った。私も前を向き直し考えた。もし彼女が別の殺人を犯したら、また別の復讐を産むかもしれない。私はそこに関わる必要があるのか?

そう考えているうちに、誰も客のいないバスがやって来た。

「そういえば、道がなくなったのは何故でしょう?」

「神社に小さな木が植えられた植木鉢があった。それを運んだんだろう」

「あの年齢で運べますかね?」

「そこは呪いの力だのなんだのを使ったのだろう」

都合の悪い時だけ……。

まだまだ知りたいことはあったが、これ以上私が干渉することでは無いだろう。

私は窓から外を見た。木々の間から集落と黒宮神社が見えた。この集落に人が戻るのはいつになるんだろう。もう、私が関わることは無いのかな。

「絶対に寝るんじゃないぞ」

隣から七原さんの声がした。私は圏内になっているスマホで、溜まった通知を確認していった。

バスは、山間の道を走り続けた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 些末な指摘で申し訳ないのですが、 関西の学校であれば、一回生という表現で違和感ないのですが、 関東であれば一年生の方がよいかと思います。
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