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第五話「深淵」

今回はリナウス視点の場面となります。

果たして、リナウスは今どこにいるのでしょうか?

「誰ぞ……」


 その声は闇の奥から聞こえた。

 暗く重いその声は、耳にする者の恐怖を煽り立てる。

 前方には深く淀み、一切の希望すらないような、おぞましい闇が漠然と広がっていた。

 並大抵の人間ならば数分も立っていられないであろうその場所にかの神はいた。


「久しぶりだね、アビシレイア」


 その声色は明るかった。

 TPOを一切弁えない自由気ままな声に、闇の奥に潜む者はさぞ辟易している違いない。


「リナウスか……。我に何用ぞ……?」

「いやさ、ちょいと相談に乗って貰いたくてね」


 リナウスがはにかみながらもそう言うと、闇の中から大きな目玉が一つ浮かび上がる。

 人間の背丈よりも大きく、禍々しい瞳は迸る殺気を隠そうともせずにリナウスを睨んでいた。


「相談だと……? この我にか? 深淵と不帰の神であるこの我にか?」


 声は煮えたぎる溶岩のごとき熱を帯びていた。

 聞く者の精神をも焦がす怒りが込められているのだが、リナウスは涼しい顔で受け止めている。


「そうさ。それにしても、相変わらず人間にちょっかいを出しているとは。少しは懲りてくれたまえ」


 すると、今度は闇の中から何対もの目が浮かび上がった。

 弱々しく正気を失った目が恨めしそうにリナウスを見つめている。

 

「ほざけ。愚かで浅ましい愚者に罰を与えるは世の摂理ぞ」

「深淵を覗いただけで? 見て減るもんでもないだろうに」


 リナウスは知っていた。

 アビシレイアは知識を求める人間を虜とする。

 囚われた人間はこの深い闇から抜けられず、今もこうして意識だけの存在となって彷徨っている。

 実に悪趣味であり、どれほどの年月が経とうが悔い改める気はないようだ。

 

「この我に、人ごときに情けを掛けろとぬかすか? 世迷言も大概にするがよい」

「やれやれ、相も変わらずだね。さて、少しお仕置きしてやるかね」


 リナウスが口にしたその瞬間だった。

 暗闇に浮かんでいたいくつもの目玉がリナウスを取り囲む。


「勝てると思うのか……?」

「まあね。アポなしで来てしまったのは謝るよ。準備運動ぐらいはしたかっただろう?」

「ぬかせ。その不愉快な口が利けぬよう、永劫に続く深淵の底にまで落としてやろうぞ」

「勘弁してくれたまえ。こんな陰鬱な場所で過ごせって? 当然かと思うけど週刊誌の配送ぐらいはサービスしてくれるんだろう?」


 リナウスは笑う。

 その瞬間、何かの潰れる音が空間全体に広がる。

 例えるならば、巨大な何かが金属の塊を力づくで握りつぶしたような音だ。


 ――ふと、風が吹きすさぶ。


 圧縮された空間から逃れようと風が荒れ狂い、その様子はまるで大気そのものが身悶えしているかのようだ。

 常人では立つことはおろか呼吸も出来ない中でもリナウスはやはり平然としていた。


「そんなに週刊誌は贅沢だったかね。ま、少しは手を抜いてやるさ」


 リナウスはやれやれと思いながら、それを取り出す。

 誕生日プレゼントとして作ったのだが、もしかすると実戦での機会がないまま忘れ去られてしまうかもしれない。

 鞘から引き出されたそれは、蠢く闇の中でも異質な存在感を放っていた。

 

 ――ほんの微かであるが、どこからか呻き声がした。


 それはアビシレイアのものに相違ないだろう。

 リナウスは再度笑う。

 妖艶なその笑みは、周囲に浮かぶ虜とされた目玉達を惹きつける。


「さてと、初陣だな。行こうか、無常無間」


 リナウスは自身の首に巻いている赤いスカーフを優しく撫でてから、刀を上段に構える。


「来るが良い!」


 アビシレイアの怒号を聞き流しながらも、リナウスはこう考えた。


 次は誰に会いに行こうかな……。


 リナウスは次の予定を気にしつつも、目の前に広がる深淵へと立ち向かっていった――。

リナウスはいついかなる時でも自由気ままなようです。


面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。


次回はフレア視点の場面となりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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