第二話「工房」
リナウスの工房へと招かれたフレア。
さて、一体どんな展開となるのでしょうか?
『工房を作りたいのだがね』
しばらく前にリナウスはそんなことを口にしていた。
リナウスの唐突な提案というのはもはや恒例行事となっていた。
気まぐれで言っているのか、それとも大真面目で言っているのだろうか。
いずれにせよ、予算の範囲内で行えるよう配慮してくれるし、その時もフレアはついつい笑って軽い気持ちで同意した。
彼の頭の中には物置を大きくしたものぐらいしか考えていなかったのだが、いつの間にやら財団代表取締の言質を取ったということになり、翌日から本格的な工事が始まってしまった。
現場監督は言うまでもなくリナウスで、屋敷の敷地内で手伝いの亜人達へ細かく指示しているのを彼は唖然と眺める他なかった。
そして無事に竣工したのだが、彼は今まで一度も工房へ入ったことはなかった。
――ワクワクすればいいのか、それともビクビクすればいいのだろうか。
フレアは複雑な表情で工房の入り口へと近づく。
見た目はごく普通の小屋だが造りはしっかりとしているらしく、鉄製の扉には『入室中』との札が下げられていた。
「入るよ」
フレアは恐る恐る扉をノックする。
「入りたまえ」
――はっきりとした声が返って来た。
威厳に溢れている訳でもなく、かといって優しい声でもない。
それでも、この声を聞いているだけでフレアは安心してしまう。
扉を開けると、眼前の光景に彼は言葉を失った。
思った以上に予算を費やしているらしく、炉や金床が設置されており、作業机には金槌や火箸といった工具まで置かれ、空調設備に防火用の非常扉まで用意するこだわりだ。
しかし、フレアにとってそんなことはどうでもよかった。
目の前にリナウスがいた。
艶やかな黒髪に、ゾッとするようほど美しい顔立ち。
ほっそりとした体で、どこか深窓の令嬢を彷彿とさせる。
だが、今のリナウスは作務衣にねじり鉢巻き、それに愛用している赤いスカーフを身に着けている。
深窓の令嬢のイメージを全力でぶん投げた姿なのは置いといて、フレアは工房の奥にいる二つの影が気になっていた。
「ふふふ、どうだい? 我ながら素晴らしい出来だと思っているんだがね」
「え、うん。凄いね。ところで、部屋の隅にいるのは――」
「おっと、紹介しよう。まずはセキショウ、いいかい?」
リナウスの呼びかけに対し、赤い短髪の女性が弓から放たれた矢のような勢いでフレアの元へと近づく。
「大丈夫っす! あなたがフレアさんっすか!」
セキショウは目を輝かせながらも頭を下げる。
その左目には眼帯をしており、衣装もまた和服の裾を短くしたやや露出の多いものとなっており、一見風変わりな女性という印象が強い。
「え、ええ。初めまして。セキショウさん」
「呼び捨てでいいっすよ! いやあ、リナウス様のカミツキに会えるなんてとても光栄っす!」
「いえいえ、こちらも光栄です」
フレアは引きつった笑みを返す。
彼にはわかっていた。
目の前にいる相手は人間とは別種の存在であり、彼らからすれば人間など吹けば消し飛んでしまう矮小な存在に過ぎない。
セキショウの背に担いでいる大きな金槌――破城鎚を彷彿とさせる異質な武器を目にしていると、フレアは萎縮せざるを得なかった。
「どうぞ、ユキセグとお呼び、ください」
セキショウの隣にいた少女が小さく返事をする。
その泥色の髪は油で固めたかのようにギトギトとしていた。
服装もまるで囚人服のようで、赤黒い染みが服のあちこちにこびりついている。
ぼそぼそと喋るその姿を目にして、セキショウとは正反対の性格だなとフレアは率直な感想を抱いてしまう。
「で、その、セキショウとユキセグは――異法神なんだよね」
「勿論さ。是非とも君に会ってみたいそうでね」
彼女ら、そしてリナウスは人間でなく、異法神と呼ばれる存在である。
人間にそっくりな姿をしているが、厳密に言うと生きてはいない。
飢えることも、老いることも、病にかかるといったこととも無縁の存在なのだ。
何せ生命とは別種の高次元存在だというのだが、一見すると人間と区別が付かない。
人間とは異なる法則で存在する神――のはずなのだが、妙に人間臭いのが多いのはフレアの気のせいではないはずだ。
「ちなみに自分は焔と鋼の神っす!」
「焔と鋼……」
異法神は二つの神権というものを持ち合わせており、セキショウの場合からすると鍛冶を得意とするのだろう。
先程セキショウが口にしていたカミツキというのも、異法神から力を授かり人間の身でありながらも神権の一部を行使できる者を指す言葉だ。
フレアが頷きながらもユキセグを注視すると、意外な答えが返って来る。
「私は、言いたくない」
「あ、ごめん――ではなく、す、すみません!」
フレアは心中で後悔する。
本来ならば敬意を払うべきなのに、ユキセグの見た目の関係もあってか失礼な喋り方をしてしまった。
「怒ってないよ?」
「ふふ、許してあげてくれたまえ。神々にもそれぞれの事情があるからね」
フレアは胸を撫で下していると、あることを思い出す。
「で、どうして僕を呼び出したの」
「おっとすまない。君にプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
フレアは首を傾げるも、その理由はとっくに知っている。
リナウスを傷つけないよう彼は自然に振舞う。
「おいおい、バースデイプレゼントさ。今日は君の誕生日じゃないか」
「あ、ありがとう」
フレアは照れ笑いを返す。
クロミア大陸では誕生日を祝う風習というものはない。
新年が始まる際に、盛大な祝いことを行うためだろうか。
彼が地球にいた頃には誕生日を祝って貰ったことすらなかったため、何月何日が誕生日かすら覚えていなかった。
思い返してみると、何年か前に唐突にリナウスが彼の誕生日をこの日だ、と強引に決めてしまったのだ。
その時も単なる気まぐれだと思っていたが、よくよく考えるととても意味のある考えだった。
「プレゼントか……」
だが、これまたよく考えると素直に喜べなかった。
何せ、ここは工房だ。
単にプレゼントを作るだけならばわざわざ自前の工房を作る必要はなく、王都の工房を丸ごと借りてもいいはずだ。
何か、何か嫌な予感がする。
フレアは笑いながらも、必死に冷や汗を堪えた。
「ふふ、私のハンドメイドさ」
「はいはい。こちらっす!」
そう言ってセキショウがフレアへと細長い包みを手渡した。
果たして包みの中身とは一体?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。