最終話「日常」
今回で最終話となります。
フレアとリナウスの一週間ぶりの再会。
さて、どんな展開となるのでしょうか?
「リナウス、戻って来てくれたんだね」
フレアの視線の先には、リナウスがいた。
黒髪を靡かせ、優雅な足取りで歩み寄ってくる。
大きなシダ植物でくるまれた包みを手にしており、とても上機嫌そうだ。
その笑顔はとても絵になるなとフレアは思いながらも――顔を背けた。
「フレア? どうしたいんだい?」
「あ、あのさ! わざとやっていない!?」
甲高い声を上げるフレアに、リナウスは『あれ?』と小さく呟く。
リナウスとしては再会のハグを期待していたのだが、想定の範囲外の行動に驚く他なかった。
「え?」
「もうさ、僕は心配したんだ! 何度も君を呼ぼうとした! でも、僕は頑張った!」
フレアは顔を背けたまま叫ぶ。
その声には、怒りと悲しみ、そして複雑な感情が入り混じっていた。
「だというのに、あんまりだよ! いくらなんでもその悪戯は――!」
「フレア……」
「僕への誕生日プレゼントやサプライズは別にいいんだ。僕は、今もこうして自分らしく生きていられているだけで幸せなんだ……」
フレアは目頭を抑える。
こうでもしていないと、話すのが辛かった。
「す、すまない……」
リナウスは謝るしか選択肢がなかった。
自身に否がある以上、軽口で誤魔化すという行動が出来る訳もない。
このまま亀裂が入ってしまったらどうするか……。
リナウスが焦っているその時だった。
「あの、ひょっとして気づいていなかったりする?」
何を言っているのだろうか。
リナウスが戸惑い答えに困っていると、フレアは突如安心した声を上げる。
「そうか、そうだよね。僕も誤解していたよ」
フレアは力無く笑う。
呆れてしまっているその声を聞いてリナウスは安心するも、フレアは顔を背けたままだった。
ややあって彼はリナウスの方を向き直る。
その顔には疲労の他にも、どこか恥じらっているような様子が伺える。
そして、彼は呼吸を整えてから、力強く叫んだ。
「下着が! 見えているんだよ!」
「え?」
その声でとっさにリナウスは自身の衣服の状態をチェックする。
作務衣を身に着け、首に巻いたスカーフが破けるといったアクシデントが起こるはずはないのだが、その代わりに服の一部が大きく裂けている。
そのせいで黒い下着と新雪のごとき肌が露出してしまっていたのだ。
「ああ、そうだった。リデクルを大衆の前で逆さに吊るして、刀で刺している時にうっかりと反撃を受けてしまった。その時かな」
「一体、何をやっているんだよ……」
「いやさ、君に相応しいプレゼントを探すついでに、不愉快な異法神共に罰を下してやっていたのさ。ただ、どいつもこいつも相談に乗ってくれなくてね」
「えっと、意味がわからないよ。罰を下す相手にプレゼントの相談をしたの?」
「そうさ」
フレアは再度呆れる。
どうしてこんなに捻くれた性格をしているのだろうか。
それでも、フレアのためという率直な感情がどこかくすぐったかった。
「君の事だから、多分相談というよりも自分で答えを見つけたかったんじゃないかな?」
「う、それは……」
「で、大方いい考えが思い浮かばなくて、身体を動かしていれば何か閃くと思っていたとか」
「わ、私はそんなに乱暴者に思われているのかい? そうそう、これを受け取りたまえ」
話を強引に切り上げながらも、リナウスは手にしていた包みをフレアへと手渡した。
「これは?」
「君への誕生日プレゼントさ。開けてみたまえ」
「あ、うん」
どうしてこんな変わった包装なのだろうか。
見たことのない植物の包みを外すと、中から木彫りのペンダントが出て来た。
「護符さ。それさえ付けていれば、毒で苦しむことはなくなるのだよ」
「あ、ありがとう」
護符に刻まれている文字には一体どんな意味があるのだろうか。
フレアは不思議に思いながらも護符を自身の首に掛けた。
「護符というのは異法神の力を込め、身に着けた者を守る品のことを指すのさ。ただ、最近は取り扱いが厳しくなったのか、ハルモリアがうるさくてね」
「領域と調和の神だっけ?」
「よく知っているじゃないか。ま、ハルモリアの許可を得るには骨が折れたよ」
「そうなんだ……。ところで、あの刀は?」
その瞬間、リナウスは小さく呻いた。
「無常無間はその時に取り上げられてしまってね……。まったく、ケチな奴さ」
フレアは思った。
ハルモリアも苦労しているのだな、と。
もしや、日ごろから他の神々のクレームを受けていると思うと、同情せざるを得なかった。
「リデクルの奴と話していると、人間はやはりか弱い存在だと思い知らされた。私の力がある君でも弱点はあることにも気が付いてね。この護符は君に長生きをして貰いたいという私の我儘さ」
「その気持ちだけでもありがたいよ。ところで……」
フレアはまだ目を逸らしながらもリナウスに語り掛ける。
やはり、純粋な彼には刺激の強い恰好だ。
「勿体ぶらずに言ってくれたまえ」
「あの、仕事が溜まっていて。リナウスが抱えていた案件は大丈夫だよね?」
その瞬間だった。
フレアはデジャヴを感じた。
そう、つい先日この表情を見てしまったような。
そうだ、あれはエシュリーと同じ、あの顔だ――。
「ふふふふ、私が忘れる訳ないだろうに! では、先に屋敷へ戻らせて貰おうか!」
そう言いながらも、リナウスは駆け出した。
人間では到底出せない速度で走り出し、あっという間にその姿は見えなくなってしまう。
「わ、忘れていたのか……」
フレアは力なく笑う。
たまにはこんなトラブルがあってもいいかもしれない。
リナウスが落ち着いたら、サジルタ族の件を相談しないと。
「大変な一週間だったな……」
フレアは小さく笑いながらも歩きだす。
順風満帆な人生よりも、トラブル続きの人生なのかもしれない。
ただ、僕にはリナウスがいてくれる。
どんなトラブルも、共に乗り越えていけるだろう。
「ん?」
ふと、どこからか暖かな風が吹いて来る。
悪戯好きな春風に驚きながらも、彼は小さく笑った。
思えば、リナウスもどことなく春風に似ているのかもしれない。
気まぐれで、強引で、それでも優しさがあって――。
「さてと、仕事を頑張らないと」
プレゼントされた護符を握り締め、フレアは舞う風と共に歩き出した――。
完
これにて外伝は終了となります。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
短い話でしたが、楽しんでいただければ何よりです。
前作をお読みになっていない方は、これを機にお読みいただければ幸いです。
それではまたどこかでお会い出来れば、その際はどうぞよろしくお願いいたします。