第5話 体育教師、完璧美少女を語る
何だったんだろうなあ、さっきのは。『また、あとで』?
俺はグラウンド整備をしながら、用務員室での出来事を思い返していた。
自分で言うのはアレだが、俺はモテない。
それなりに身体は鍛えているつもりだが、いかんせん、顔が怖い。さっきも何もしてないのに新入生をビビらせていたし。
あと、地味。
だってそうだろ。生まれてこの方二十六年、一度も地元を出たことがない人間だぞ、俺。都会の華々しくウェーイな空気なんて知る由もない。こう考えてる時点で田舎モン確定である。
ま、別に引け目に感じてはいないけどさ。そうしないと約束、守れないし。
とにかくだ。
マジモンのお嬢様がさらに完全無欠の大和撫子へと進化した美少女、西園寺ことりが、まさか俺に食べさせるために弁当を持ってくるとは完全に予想外だ。
「……というか。あの子、俺がこの学校に勤めてるって、どこで知ったんだ?」
知っていなければ、入学式のその日に、あんな立派な弁当を作ってくるなんてできないはずだ。
確か、十年前に会ってから間もなく、あの子は家族とともにこの街を出たはずだ。
だから連絡は取っていない。取ったこともない。
俺が一方的に、約束を守ってきただけだ。
また戻ってきたのだろうか。
横目で中庭の方を見る。
もう少しで昼休憩も終わりだが、まるでテレビで見るライブ会場のように盛況だ。
彼らの中心に、西園寺さんがいる。
俺は自然と微笑んだ。
――ルリの元へ毎日通った甲斐があった。西園寺さん、ちゃんと立ち直って元気に過ごしてるみたいだな。
あの調子なら、きっと家庭の問題も乗り越えられたのだろう。
これはルリにも報告しなければ。よかった、よかった。
……なんて、まるで親戚の兄のような気持ちで作業に打ち込んでいると、不意に背中を叩かれた。
「精が出るね、中里せんせ。あたしも手伝いますよ」
「岸島先生」
さっぱりした容姿の女性が、道具片手に笑っている。
岸島桐花。この学校の体育科教師である。
俺とは同い年――というか、元クラスメイトだ。見た目通りのサバサバした性格で、昔から男女問わず人気を集めていた。
彼女がこの学校に赴任していると知ったときは驚いたものだ。それは向こうも同様だったらしく、以来、こうして親しく話をさせてもらっている。
ちなみに既婚者である。
彼女の旦那さんに会ったこともあるが、菩薩みたいな人だった。俺もああなりたい。
「かー、こうして見るとすげぇなあ西園寺は。あたしらの想像を遙かに超えてきたよ」
岸島――周囲の目がないときは呼び捨てでいいと言われている――は砕けた口調で言った。
そういえば、彼女は西園寺さんクラスの担任を務めることになっていた。
岸島いわく、大企業の社長令嬢が入学してくるということで、教師ミーティングでも対応について協議されたらしい。
そんじょそこらのお嬢様とは格が違う――と、多くの教師が腰引け気味だったところ、「あたし、担任やるっすよ」とあっさり手を上げたのはいかにも岸島らしい。かっけえ。
「生徒の出自なんて気にしない岸島でも、そんなこと言うんだな」
「そりゃお前、品行方正、文武両道、カリスマの塊で、おまけにあれだけ美人とくれば、誰だってすげぇと言いたくなるだろ」
「……まだ入学して半日だよな?」
岸島は指折り数え始める。
「入試の成績はトップ、新入生代表挨拶は完璧、午前中にやった体力測定は隣の男子をブッちぎってたし、昼休憩になればたちまち大名行列の完成だ」
「すげぇ」
「ああ、そういえば、ちょっとした小競り合いもアイツの一声で収まったっけ」
小競り合い? 首を傾げると、岸島はカラカラと笑った。
「新入生にアイドルがいるとたまにあるんだよ。『この女は俺のもんだ』ってイキるお子ちゃまが湧いてくる」
「ああ……」
入学式前の騒ぎを思い出す。
もしかして、あの男子生徒、懲りずに西園寺さんにアプローチをかけたのか?
そしてまた斬り捨てられた、と。
……大丈夫かね、西園寺さんの学校生活。
「なあ、岸島」
「あ?」
「西園寺さんのこと、頼むな。気にかけてやってくれ」
「……中里よぉ」
岸島が声を潜め、俺の肩に肘を置いてきた。
「てめぇ、まさかロリコンか?」
「呪うぞ」
「あ、やめて。今のナシ」
「……冗談だからな?」
「お前が言うとホントになるくせえんだよ。うう……」
割とマジでビビっている。こんな性格をしているが、意外にオカルト話には弱いらしい。
こほんと咳払いする体育教師。
「真面目な話、ちょっと聞いておきたかったんだよ。中里、あんたさ。『西園寺ことり』とどういう関係なんだ?」
「関係ってほど深いわけじゃないが……昔、彼女と会ったことがあるんだよ」
かいつまんで話す。
といっても、たった数時間の出来事。話せることは多くない。
だが、岸島は真剣な表情を崩さなかった。
「するとアレか。あんたはその日の約束を律儀に守り続けてるわけか。十年間、一日も欠かさず」
「ま、そうなるかな。だから彼女が元気に立ち直ってくれて嬉しいんだよ、俺は」
この先の学校生活も、このまま平穏に過ごしてほしいと思う理由はそこだ。
岸島なら、うまくやってくれるはず。
――予鈴が鳴った。俺はともかく、担任を持つ岸島はやることがあるだろう。
「ほら岸島、そろそろ行かないと」
「……」
「岸島?」
人望厚い体育教師は、顎に手を当て何事か考え込んでいる。
やがて彼女は俺の両肩に手を置いた。ぐっ、と力を込める。
まるで死地へと向かう兵士を激励するような口調で、岸島女史は言った。
「いいか中里一等兵。卒業までは清い関係のままでいろ。だがキスまでなら許してやる」
「お前は何を言っているんだ」
俺も真顔で返した。
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