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第25話 ログハウス、非道な宣告と救いの手


 それからさらに、西園寺ことりは山道を歩かされた。

 ライトの光が、ようやく草木以外のものを捉える。


 開けた土地に、一軒のログハウスが建っていた。平屋だが、それなりに広い。暗くて詳細はわからないが、元は誰かの別荘だったのかもしれないと思わせた。

 先を行く四故槍少年が「うへえ、気味が悪りぃ」とつぶやく。確かに、()()がいてもおかしくないほどの雰囲気を醸し出していた。


 屈強な男に退路を塞がれたまま、ログハウスの中へ入る。

 四故槍少年の護衛がいくつかのランタンに灯りを(とも)した。リビングにあたる部屋の一画が、ぼんやりと浮かび上がる。誰かが住んでいるのかと錯覚するほど、インテリアは充実していた。


 相手を刺激しないように、慎重に室内を観察していたことりは、ふと、四故槍少年が部屋の奥をじっと見つめているのに気がついた。

 彼の視線を追い――そして背筋を凍らせる。


 その先は寝室だった。大人がふたり並んでもじゅうぶんに余裕があるキングサイズのベッド。


 四故槍少年の口元が緩んでいる。心なしか充血した目が、彼女を見た。

 ことりはこのとき初めて、強い焦燥感と恐怖にかられた。

 彼の『目的』が、理解できたからだ。

 粘性の高い煙の中に入ったかのように、息が苦しくなる。


「おお、いいねえ。その表情。お前でもそういう可愛げのあるカオができるんだなあ。これは楽しみが増える」


 へっへっへ、と(わら)う四故槍少年。ことりの側に歩み寄ってくる。

 息が荒い。

 ことりは緊張と不安で。

 四故槍少年は興奮と歓喜で。


 ことりは唇を引き結んだ。眦を決し、鞄を強く胸に抱く。

 同時にポケットに手を入れ――。


「ん? 何やってんだ、お前」


 四故槍少年は目敏(めざと)くことりの仕草に気づいた。

 彼女の手首を掴み、引き上げる。

 眉間に皺を寄せたことり。その手から、小型のスマートフォンがこぼれ落ちた。


 スマホを手に取った四故槍少年が勝ち誇る。


「へえ、さすがことりだ。まさかスマホをもう一台隠し持ってたとは。だけどざんねーん。アプリ起動は間に合わないのでした!」


 下手な芝居口調で舌を出し、ことりを煽る。それから四故槍少年はスマホを床に叩きつけ、さらに上から思い切り踏みつけた。

 バキリ、という音にことりの顔が悲痛に染まる。

 四故槍少年はスマホを足蹴にした。ランタンの光が届かないところに、スマホは消える。


 少年がことりを睥睨(へいげい)する。ことりは睨み返しながらも、息を呑み手を震わせる。


 獲物へさらに近づこうとしたところで、護衛のひとりが四故槍少年に耳打ちした。

 あからさまに不機嫌な表情になって、少年はことりから距離を取る。


「ちっ。そーいやそういう約束だったな。面倒くせえババアだ」


 ぶつぶつつぶやきながら、四故槍少年はスマホを取り出し、操作した。音声オンリーのアプリを起動し、近くのテーブルに立てかける。


『ごきげんよう、ことり。気分はどう?』

「お義母様……!」


 聞こえてきた声に、ことりは絶望の色を濃くした。

 通話の相手はことりの義母。向こうはことりの表情が見えているのか、忍び笑いの声が漏れてきた。


『いい表情。昔を思い出すわ。あなたが私の言うことを良く聞いていた、あの頃とおんなじ。どう? そのときの気持ちも思い出せたかしら』

「……」

『そ。まあ今はそれでいいわ。よくお聞きなさい、ことり。あなたはこれから、四故槍少年のものになるの。彼の全てを受け入れ、彼に全てを捧げなさい。そうすれば、あなたと、あなたの大事な人の安全を保障してあげる』

「どうして、そこまで……」

『どうして? 簡単よ。あの人に勝つためだもの。邪魔なの、私。あの人が』


 あっさりと、しかし確固たる情念を持った言葉。


『ことりが四故槍の傀儡になれば、私はさらに大きな発言力を得られるわ。四故槍の坊やはあなたにご執心だったし、Win-Winよね』

「そんなことは……お父様がお許しにならないでしょう……」

『でしょうねえ。だから今からあなたの『身体』に『お願い』するのよ。知ってる? 心って簡単に身体に引っ張られるのよ。現にあなた……私の()が今でも尾を引いてるでしょ?』

「……っ!」

『あの人、あなたにはとことん甘いから。あなたが私たちの言うとおりに動けば、表だって反対することはないでしょうよ理性ではどういう状況か理解していてもね。ふふ。で、今からあなたには、身も心もお人形になってもらおうというわけ』

「……なんて、非道(ひど)い」

『そういうものよ。娘の立場って。ほら、娘とハサミは使いようって言うじゃない。あら? 違ったかしら』


 上品で下劣な笑い声がスマホ越しに聞こえてきた。


 ふと、鳥たちの鳴き声が響き渡る。雑音に興が削がれたのか、義母の口調がぞんざいになった。


『いい加減、問答にも飽きたわ。少年、やっちゃっていいわよ。激しければ激しいほど、この子は大人しくなるから。楽しみなさいな』

「へへ……どうも」

『ああ、それからことり。『お願い』の様子は録画しておくわね。嫌でしょ? 愛しのあの人にあられもない格好を見られるのは。だから綺麗に撮ってあげるわね』


 義母。そして四故槍少年。ふたりの笑声が重なる。

 ことりが唇を噛みしめながらうつむく。


 そのときだった。


 入り口近くの窓硝子が一枚、派手な音を立てて割れる。

 護衛の男たちが一斉にそちらを警戒する。全員の視線が、窓に向いた。


 直後、窓とは反対側にある扉が開く。

 走り込んできた影が、ことりを抱きしめ、四故槍少年から引き剥がす。


 一瞬、表情を強ばらせたことりは、ランタンの光に照らされたその顔を見て、目を細めた。


「礼哉……さんっ……!」

「大丈夫か、西園寺さん」


 飛び込んできた人物――中里礼哉は、ことりを強く抱きしめた。


「助けに来たよ」





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