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第19話 夕食会、父現る


 ひとしきり泳いで堪能した後、俺たちは着替えてプールを出た。

 別荘本邸――どういう意味かと思ったが、どうやらこの島には泊まれる建物がいくつもあるらしい――に向かう前に、ちょっと寄り道。

 行きで通った小路(こみち)から少し外れた場所に、別の小さなログハウスがあった。

 静謐で穏やかな林の中にたたずむ建物。趣しかない。


 西園寺さんは、ログハウスの前に設置されたハンモックを示した。


「少しはしゃぎすぎて疲れてしまいましたね。こちらでお昼寝しませんか?」

「いいね。憧れだったんだよ、ハンモックで寝るの」

「ふふっ」


 夕食までもう少し時間がある。それまで俺たちは、ふたり並んで午睡を取ることにした。


「私、バランスを取るのが下手なので、礼哉さんと一緒のハンモックには寝られませんね」

「なぜ当たり前のことを確認したのか……?」


 ふたつ並んだ別々のハンモックに横たわる俺たち。

 木々の梢が、良い感じの影を作っている。強い日差しも気にならない。

 海風が少し強めに枝葉を鳴らす。それもまた、良い感じのヒーリング音楽だった。

 わずかに揺れるハンモック。適度な浮遊感。

 プールで身体を動かした疲労、なによりそこで強いられた緊張感から解放された安堵で、俺はすぐに寝入ってしまった。


 ――次に目を覚ましたときには、日はだいぶ傾き始めていた。

 目をこすり、身体を起こそうとしたとき、すぐ側で声がした。


「おはようございます、礼哉さん」

「西園寺さん。もしかしてずっと見てたのか?」

「眼福でした」


 とっくに起きていた西園寺さんは、俺のすぐ隣でにこりと笑う。

 敵わないなと苦笑しながらハンモックをおりる。すぐにメイドさんたちが飲み物を持ってきた。彼女たち、ずっと待機していたのか。


 ――眠気を覚ます意味でも、ゆっくりと別荘本邸へ歩く。


「お疲れ様でございます、中里様。どうぞこちらへ」


 建物に到着するなり、俺はメイドさんと執事さん――やっぱ執事も居たよ――に連れられ、別室へ移動。そこであっという間に着替えさせられた。

 恐ろしいほど肌触りの良いシャツに、フォーマルスーツ。ダークカラーのネクタイ、ソックス、革靴。まさか腕時計まで支給されるとは思ってもいなかった。

 完全に着せ替え人形状態のまま、ダイニングルームへ。


 部屋に通される前に、案内役のメイドさんに恐る恐るたずねる。


「すみません。もしかして夕食は……」

「はい。フランス料理のフルコースをご準備しております」


 西園寺さーん!

 叫びたいが、ビジネスフォーマルの格好ではそれもできない。

 半分、処刑場に連れていかれる心持ちでダイニングルームへ入った。


 中央に豪奢で大きなテーブルが設置されている。

 そこにはすでにふたり、着席していた。

 ひとりは、大人びた紫のドレスに身を包んだ西園寺さん。

 そしてもうひとりは――あれ、まさか。あの人は。


「やあ。久しぶりだね、中里君」

「西園寺さんの、お父さん?」


 立ち上がって握手を求めてくるナイスミドル。さすが西園寺さんの父親とあって、遺伝子レベルからイケメンだ。男の俺から見ても、若々しいのに艶がある。

 なんていうか……ただ立っているだけなのに絵になるな、この人。よく見たら姿勢がすごく良いんだ。すげ。


 同じくごくごく自然に背筋を伸ばして座っている西園寺さんが、淑やかに言った。


「父が、どうしても礼哉さんに直接会いたいと申しまして。急なお話で申し訳ありません」

「いや、それはいいんだけど」


 俺はただただ圧倒される。

 西園寺さんのお父さんを見る。にこやかな表情だ。目の輝きは西園寺さんに似ていた。敵意も、相手を探ろうという意志もうかがえない。俺が鈍感なだけかもしれないが。


 普通、娘が別荘に男を連れてきたら、多少なりともヤバいと思うんじゃないだろうか。

 不届きな虫を見極めてやろうとして駆けつけた――そう言われる方がよほど納得できる。言われる側としては生きた心地がしません。

 この状況でフルコースとか。


 ……聞けば、西園寺さんのお父さんが急遽、料理人も一緒に連れてきたそうだ。食材込み。いつ手配したのだろう。


 ガチガチに緊張した俺。目の前の料理の食べ方なんてさっぱりだ。

 とりあえず見よう見まねで口に運ぶ。美味い――のだろうが、味を楽しむ余裕は俺にはなかった。


 西園寺さんのお父さんは、折に触れて俺に話しかけてきてくれた。仕事のこと、日常のこと、日々のルーティンのこと。西園寺さんから日常的に話を聞いていたのだろう。俺が必要以上に構えないよう、居心地悪くならないよう、気遣ってくれているのがよくわかった。

 西園寺さんも父親の気配りに助け船を出す。

 まったく、よく出来た親娘だと思う。


「あっ、そういえばお父様。靴下の件、昨日あれだけ注意したのに、また間違えてましたよ!」

「ん? ああ、すまない。ついつい」

「ついつい、じゃありませんよまったく」

「はっはっは。ずいぶんむくれているが、お前こそ今日のデートで被る帽子。あやうく間違えそうになっていたじゃないか。父さんは見てたぞ」

「うっ。礼哉さんの前でそういうこと言わないで!」

「あっはっは!」


 楽しそうだ。

 フォークで野菜を口に運びながら、俺は西園寺親娘の様子を見ていた。

 話しかけられたり、メイドさんたちになんやかやと気遣われたりするよりも、この光景を見る方が落ち着く。料理の味が、ようやくわかってきた。


「よかった」


 俺がつぶやくと、親娘はそろって首を傾げた。

 仕草がそっくりで、思わず声に出して笑ってしまう。釈明した。


「すみません。けど、おふたりが仲よさそうだったので、つい安心して」


 西園寺さんを見る。


「十年前、そして今。西園寺さんはご家族のことで悩みを抱えていると心配していたのですが……ホッとしました。これだけ仲が良ければ、きっと西園寺さんは大丈夫だ」


 笑いかける。


 すると、西園寺親娘は顔を見合わせた。

 西園寺さんのお父さんがカトラリーを置く。


「それはあなたのおかげですよ。中里君。私は今、それを強く確信した」

「……? それは、どういう」

「私たちには、あなたが必要だ」


 ふたりの視線が、俺を真っ直ぐに射貫いた。




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