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第13話 放課後、お誘い


 ――それから数日が経過した。


 新学期の慌ただしさも少しずつだが収まっている雰囲気を肌で感じながら、俺はいつもどおりの日常を過ごしている。


 あれから毎日のように、西園寺さんは昼休憩時に俺のところに来るようになった。

 どうやら岸島センセイが上手く抑えてくれたようで、昼休憩中に西園寺さんを追いかけ回す生徒の群れは激減した。

 例の四故槍少年も、ちょっかいをかけてこなくなっていた。意外である。用務員室に『ナニカ居る』とビビったのが相当効いたようだ。


 ……まあその。あの後、教頭先生から「非科学的な噂を流さないように」とお叱りを受けてしまった。やりすぎたのか、俺? 本当? 冷静に考えると、別に俺、悪くなくない?


 とにかく、ここ数日は西園寺さんにとって、少なくとも昼休憩中は穏やかでいられる時間になったようだ。

「私、ここで授業受けます」と言い出したときは、さすがに止めたが。


 しかし、彼女の不安が完全に取り払われたわけではなさそうだ。

 話していて、表情を見ていればわかる。

 淑やかに微笑んではいるものの、どことなく覇気がない。


 西園寺さんは俺のために、毎日豪勢なお弁当を作ってきてくれる。だが自分の分はほとんど手を付けていなかった。

 本当なら、学校職員が生徒からお弁当を毎日のように受け取るのは良くないと思う。

 でも、俺が食べなければ西園寺さんも口にしない。

 これ以上やつれた姿を見たくない俺は、喜んで食べる姿を見せながら、「一緒に食べよう」とできるだけ西園寺さんに食事を勧めた。


 昼休憩中は、とりとめのない雑談をしたり学校のことについて話す。家庭の事情には踏み込まないことにしている。

 西園寺さんも、俺が敢えて話題に触れないことに気づいているようだ。


 ここ最近は、昼休憩の終わり際、必ず俺の手を握って「ありがとうございます、礼哉さん」と言ってくる。俺を見上げるその瞳が、本当に吸い込まれそうなほど潤んでいて、俺は毎回意志の力を総動員して応対していた。


 ――今日も、終業の時間を迎える。


 部活動をする子どもたちが賑やかにグランド各地へ散っていく中、西園寺さんは足早に学校を後にする。

 岸島の話では、学校に残っていれば四故槍少年とトラブルになってしまう恐れがあるからだそうだ。


 遠目に見る西園寺さんは、柔らかな微笑みですれ違う生徒たちに会釈や手を振って応えていた。あれは人気がでるなと、生徒じゃなくても思う。


 同時に。


「だいぶ無理してるよな、西園寺さん」


 彼女の心からの笑顔を見てきた俺にとっては、クラスメイトに挨拶する際の微笑みが、どこか作り物めいて見えた。

 校舎の入り口に停まっている黒塗り高級車に乗り込み、きゃーきゃー言う生徒たちに見送られ、学校を後にしていく。


 ……西園寺さんは、あれ以来、俺のアパートに来ていない。


 先日、お付きの運転手さんがやってきて、「お嬢様はしばらく、ご自宅で過ごすとのことです」と報せてくれた。どこか悔しそうな表情に見えた。

 代わりに、折りたたみ式の携帯電話――いわゆるフィーチャーフォンをくれた。どうやら西園寺家直通端末らしい。通信費などはすべて西園寺家持ち。最初は断ったが、運転手さんに強く強くお願いされ、受け取ることになった。


 西園寺さんのお義母さんとの間で、相当なもめ事が起こっているんだろうなと俺は感じた。

 西園寺さんは、相当な精神的負担を抱えているに違いない。

 まだ学校も入学したばかり。周囲から注目され持ち上げられ、四故槍少年からは嫌がらせを受け、部活にも入れないとなると、満足に友人を作ることも、その子たちと息抜きすることもできていないだろう。


 あまりにも不憫だ。

 鳥居の奥で眠るルリだって、今の西園寺さんの窮状を望んではいないだろう。

 昼休憩以外にも、せめてもう少し、彼女が安らげる機会を与えられたら。


「……よし」


 自分の仕事を手早く片付け、俺は携帯電話を手に取った。




◇◆◇




 それから数十分後。


「おっ、お待たせっ、しましたっ!!」

「西園寺さん、悪いね。急に呼び出して」

「いえ! とんでもっ、ありませんっ! 礼哉さんからの呼び出しとあれば、たとえ地球の反対側であろうと飛んでいきます!」

「はは、そんな大げさな」

「いえ、本気ですよ?」


 ……まさかね。

 ここまで西園寺さんを連れてきた運転手さんたちが、大真面目にうなずいていた。

 西園寺家ならやりかねぬ。


 とにかく。


 俺は西園寺家直通電話から連絡し、西園寺さんと会いたい旨を伝えた。

 ここのところ精神的に疲れているようだから、気晴らしにふたりで歩かないか、と。

 待ち合わせ場所は、いつもの神社。

 ここなら学校の生徒たちと顔を合わせることがない。


 先に待ち合わせ場所に向かって待っていた俺は、黒塗り高級車でやってきた西園寺さんを迎えたというわけだ。


 しかし――。


「西園寺さん」

「はい!? なんでしょう!?」

「確か俺、電話で伝えたよね? 山道を歩くから、動きやすい格好がいいよって」

「はい! 伺いました!」

「……で、その結果が、それ?」


 俺は西園寺さんの格好を見た。


 純白のワンピース。ブランド物っぽいつばの広い帽子、上品な白のローファー。傾き始めた陽光でもわかる、控えめながらも彼女の容姿を引き立たせる完璧な化粧。

 CMに出てきそうな完璧令嬢のデートコーデである。


「いかがでしょう、礼哉さん! 皆さんに協力していただいて会心の出来です!」

「うん。すごくよく似合ってる。魅力的だよ」

「えへへ」


 ……要件を伝えた途端、電話口でもの凄い喧噪が聞こえていたのは、こういうことだったのか。


 ふと、車の方を見る。運転手さんと護衛さんがまた泣いていた。

 一家、仲が良くて大変よろしいね。

 彼女の身の回りにいる人たちは、どうやら皆、彼女の味方みたいだ。


 こんな空気ですごく言いづらかったが、言わねばならない。


「でもね、これから山道を歩くからさ。さすがにその格好は。汚れるだろうし、危ないよ」

「大丈夫です! 鍛えていますから! どんな状況であろうと、衣服を汚さず移動する術は心得ています」

「そういう問題じゃ――う、うーん……」


 ……西園寺家の完璧令嬢ならやりかねぬ。


 俺はため息をついた。


「わかった。じゃあ、ゆっくりいこう。あくまで気晴らしだからさ」

「はい! ……え?」


 満面の笑顔でうなずいた西園寺さんが、目を瞬かせる。

 差し出された俺の手を見つめている。


「こけたら危ない。さ、手を」

「……! はい!」


 俺は彼女の細い手をそっとつかんだ。




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