〝カモ〟の話
「私ら娼婦の中でも結構格上の方でしょ? 衣装もアクセサリーも家具もそれなりにお高いものばっかり使ってるから」
「商売するのにも投資が必要だからね」
「ほつれたドレスなんか着るわけいかないしさ」
「そういう時にお金を落としてくれる〝カモ〟が必要なのよね」
「あ、それであのおぼっちゃんってわけか」
「そういうこと。愛想の良くない鉄仮面のようなお坊ちゃんなんか、金払いがよくなければ相手なんかしたくないわよ。避妊に失敗したらば絶対手のひら返すに決まってんだから」
「あら、サーシャって堕ろしたことあったっけ?」
「私はない」
「ないのになんで?」
「ん? 昔あたしに娼婦のいろはを教えてくれた先輩娼婦がいたんだけどさ、エセルさんて人、相手の男にほだされてのぼせ上がって一生添い遂げるなんて相手の言葉を真に受けて信用しちゃった人がいたのよ」
「あー、で、避妊しないでやっちゃったわけだ」
「『僕のために子供を産んでくれ』なんて言われたらしいのよ。本気にして孕んでみたら」
「無しのつぶてだったと」
「そういうこと。その時は女将さんとかも間に入ってくれて相手と交渉したけど結局認知もしてくれなくて金だけ払ってさよならだったわ」
「そのエセルさんって人は?」
「死んだ。やけ酒飲んで体壊して娼婦としてもダメになって。店から追い出されたわ。最後は路上で酒浸りで冷たくなってたって」
「おぼっちゃんって、そういうのがあるから困るのよ」
「金と権力があるから女の関心を自分に向けさせるのは大好きなんだけど、いざ相手が本気になると、世の中のしがらみとか、周りとの仁義の切り方とか全然わかってないから、大抵親族ご一同に反対されて土壇場でケツをまくって逃げ出すのよ。私の知ってる限りでちゃんと最後まで誠意を通してくれた上流階級のご子息って数えるほどよ」
「だから金だけ必要ってわけか」
「当然じゃない。私はエセルさんの二の舞はごめんだわ」
「それならだったらなおさら、軍人さんや傭兵さん狙いね」