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前編

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 改行を多用している都合、スマホでご覧のかたは文字サイズ80%以下でご覧ください。


元システムエンジニアが書く、SF短編です。舞台は未来ですが、空気感はちょっとレトロです。ふだんは趣味でイラストを中心に創作しており、手前味噌ですが挿絵も描きました。


セリフ中心なので、小説というより脚本……?でも、柱とかト書きとか全然ちゃんとしてないです。地の文のかわりに演出とイラストでなんとかしようという試みですが、多分なんとかなってない。脳内補完しながら楽しんでいただけたらなと。


これまでの人生の集大成のつもりで書いたので趣味全開ですがご了承ください。ストーリー自体はいたって真面目です。心象風景、女性像、惹かれるモチーフ……クラスメイトの自由帳を覗き見る心持ちでどうぞ。


挿絵(By みてみん)



 さかさまの


 みなもにうつる


 まるいつき


 みつめるぼくの


 せかいのつまさき




○第1節 : Travelers -旅行者たち-

 ――或る列車の中、朝


挿絵(By みてみん)


 金髪の少女「ね、ムウ子。ちょっと訊いてもいい?」

 黒髪の少女「いいよ? って、なにやってるの?」

 金髪の少女「大学の課題。ニュートロイド史の」

 黒髪の少女「ニュートロイド史って、一般教養科目の?

       もう、コールったら、

       連休までに済ませてこなかったの~?」


 コール「昨日までは気分が乗らなかったの!

     あの科目、講義はわりと面白いんだけど、

     レポートがちょっと面倒でさ。

     で、これ。ムウ子だったらなんて書く?」

 ムウ 「『西暦2099年、旧人類が地上を去ったのはなぜか?

      あなたなりに理由を考察してください』。

     難しいこと訊かれるんだね。

     こんなの、わかるひといるのかな?」

 コール「や、いないでしょ。

     学者にだってわかってないんだから。

     この手の課題は、結論はどうでもいいのよ。

     そこまでの推論で、知識がきちんと

     身についてるか見たいだけ。

     で、あたしはあんまり身についてないからさ。

     どうなの?」

 ムウ 「どうって……んー、

     進みすぎた文明をリセットするため

     何者かの陰謀によって滅びた……とか」

 コール「オカルトねえ。

     そこらのページビュー稼ぎ目的のブログと

     変わんないよ、それじゃあ。

     一応、ムウ子もニュートロイドなんでしょ?」



 ムウ 「むむむ……そうはいっても、当時の記憶は

     みんな削除されてるんだもん。

     わかんないよ」

 コール「そっかあ。ま、そもそもあんたたちが

     1200年も前の古代から生きてるってのが、未だに

     実感わかないけどね。

     ムウ子だって、どう見たって年下じゃん」

 ムウ 「そんな、古代っていうほど古いかなぁ。2099年って」

 コール「あたしたち新人類にとってはそんなもんよ。

     はあ。なんか、陳腐すぎず高度すぎず、

     ちょうどいい記事がネットに転がってないかなあ」

 ムウ 「もう、適当に終わらせちゃいなよ?

     せっかく涼みにきたのに、ゆっくりできないよー?

     どうせ単位だけなら大して難しい科目じゃないんでしょ?」

 コール「そうは云うけどさあ。

     ニュートロイド系の科目は、スコアが悪いと

     ゼミの六備田(ロビタ)博士がうるさいのよ。わかるでしょ?」

 ムウ 「ああ、まあ……目に浮かぶけど、さ」


 コール「なんならもう一つ課題が残ってるから、

     宿で空いた時間に付き合ってよ。

     課題図書を読んで所感を述べよってやつ」

 ムウ 「それ、わたしが手伝えるところある?」

 コール「ムウ子なら大抵の大学図書館の本は内容わかるでしょ?」

 ムウ 「さては読む気ないなー?

     ちなみに、なんて本?」

 コール「『硝子の国』ってやつ。著者不明」

 ムウ 「あー、古典文学ね。

     2150年ごろに書かれたとされていて……」

 コール「や、ちょっと……あとで聞かせてください……」




○第2節 : A Thousand Seasons -1000の晩夏-

 ――或る駅の構内~民宿への道、昼


挿絵(By みてみん)


 コール「やっと着いたわね。んー、自然のいいにおい!

     ど田舎~って感じ!」

 ムウ 「ちょっとコール……大声でそれはマズいよ……」

 コール「ああ、や、ごめんごめん。でも褒め言葉よ。

     空が広いわあ~」

 ムウ 「せっかくだから街を見て歩きたいけど、

     とりあえずは荷物を置きたいねえ」

 コール「今回はビジホじゃなくて小っちゃい旅館って云ってたっけ?」

 ムウ 「ん。和風のほうが雰囲気出るかなって」

 コール「あたし、ニホンのいわゆる布団って初めてなんだけど、

     寝られるかな?」

 ムウ 「だめそうだったら、わたしの寝袋、貸したげる。

     慣れっこでしょ?」

 コール「うげ、出た……。あたし、一応

     お年頃のいたいけな女のコなんですけど……」

 ムウ 「…………」

 コール「あっ、つっこんでくれないのね?」

     *

 ムウ 「外は結構あっついね~」

 コール「一応まだ八月だからね。あたしは割と暑いの平気なんだけど……

     あんた、あんまり暑いところにはいたくないでしょ?」

 ムウ 「できればねえ。わたし本体は、ちょっとくらい過酷な環境でも

     どうこうなる程ヤワじゃないんだけど……

     エネルギー供給器のこの子がねえ」

 コール「ああ、クレイドルのほうがね。よくそんな

     厄介なモノ抱えて1000年以上も生きてこられたわね。

     電源が外部備え付けになってるニュートロイドなんて

     ムウ子以外にいなくない?」

 ムウ 「わたしも見たことないんだよねえ。

     実際、もともと何が目的で

     こんな構造になってるのかわかんないんだもん。

     まあ、生まれたときからこうだし、

     さすがにもう慣れっこだけどね」

 コール「ま、休み休みいきましょ。わたしは平気だし。

     なんなら、ちょっと海岸を覗いていく?

     宿にいく途中にあるんでしょ」

 ムウ 「いいけど、いろいろ荷物もったままで大丈夫?

     潮のにおい、うつらないかな?」

 コール「さすがに海沿いを歩くくらい大丈夫でしょ。

     あたしは大したもの持ってないし、全然おっけー」




○第3節 : "Retria" -抗新種(レトリア)-

 ――海岸、昼


 赤毛の女「こらこら、あなたたち、なに勝手に入ってるの!」

 コール 「ん?

      なにかしら」

 赤毛の女「こら! ここは今、立入制限区域ですよ!」

 ムウ  「え? でも、海水浴場ってここのはずでは……」

 赤毛の女「そうだけど、いまは危ないから立入制限してるんですよ。

      ふたりとも旅行客さん?

      オンナ二人で?」

 コール 「失礼しちゃうわね。あたしだってオトコと来たかったわよ」

 ムウ  「ふふ、コールって恋愛弱者だもんね。そんななりして」

 コール 「ひとこと余計よ」

 赤毛の女「あはは。おもしろいひとね。

      なに云ってるかよくわかんないけど。

      あ、申し遅れました。

      わたしは国際考古学協会、

      ニホン支部所属のビビットです。ニュートロイド。

      仲間にはよくビビと略されますので、よろしければどうぞ」


 コール「考古学協会? なんかここで見つかったの?」

 ビビ 「この海岸は現在、

     『抗新種(レトリア)』の調査のため人払いさせていただいているのです」

 コール「なんて……? れと……?」

 ビビ 「む。ニュースを見てないですね~?

     先月、旧ハワイ諸島周辺に出現した猛獣、および

     その系譜と思われる危険生物たちの総称です!」

 ムウ 「あ、わたしそれ知ってるよ。抗新種(レトリア)

     ひとが襲われたんだよね?」

 ビビ 「そう。その詳細はまだよくわかっていません。

     米国では最初の抗新種の捜索が続いています。

     一説では、旧文明が秘密裏に遺した

     生物兵器であるともいわれていますが……。

     その後も、恐らく同一のルーツをもつと思われる生物が

     世界各地で目撃されています。

     わたしたちは、民間人の安全確保を目的とする各自治体と

     協力する形で、旧文明の研究のために

     抗新種を追っているのです」


 コール「って、ことは……この海岸にも?」

 ビビ 「いかにも」


 コール「えっ……じゃあ、せっかく来たのに泳げないのー?」

 ビビ 「お嬢さん。そもそも、こんなに夏も深まった時期、

     泳ぐには遅すぎますよー。

     海はもうかなり冷たいし、クラゲも出ますよ?

     あなたたち学生?

     夏休み?」

 コール「まあ……。あたしの大学は、

     いま夏休みってわけじゃないけど」

 ムウ 「あ、わたしはただの学校職員です」

 ビビ 「いずれにしても、タイミングが悪かったようで残念です。

     今回はご遠慮いただいて、日を改めて……」

 コール「ええええ、そんなあ。せっかくこんな遠くまできたのにぃ」

 ムウ 「んー……。まあ、仕方ないよ。どっちみち今日、

     海は覗くだけの予定だったし、気晴らしに

     あとで駅の周りにでもいってみよ?」

 コール「はあ、最悪ね~」

 ビビ 「あ、おふたりさん」

 コール「? まだなにか?」

 ビビ 「一応、ここにご職業とお名前を。

     すみませんが形式上、報告が要りますので」

     *

 ビビ 「……?

     六備田(ロビタ)研究室?

     というと、ニュートロイド研究の権威の?」

 ムウ 「え、ええ……たぶんそうです。

     けっこう有名なかただと思うので。お知り合い?」

 ビビ 「何度かお会いしましたよ!

     我々の研究のお手伝いをしていただいたんです。

     旧人類時代末期といえば、情報技術全盛ですからね。

     痕跡が消されていることもあって、物理的な遺構は

     ずいぶん減ってきている時代ですから、

     当時の状況を知るのは難しいのです。専門家のかたの助けがないと

     もはや人類史の研究もままならないのですよねえ」

 コール「へええ……

     ……あの、じゃあ、知り合いのよしみでちょっとくらい

     海で遊ばせてもらっても……?」

 ビビ 「だめです」

 コール「けち」




○幕間

 ――民宿への道、昼


 コール「はあ~。なんか、いきなり

     出鼻をくじかれちゃったわね。どうする、ムウ子?」

 ムウ 「まあ、今回は街を見て回ったりするしかないよねえ」

 コール「そうなるわよねえ。水着も買ってきたのになあ……

     っていうか、よく考えたらあんた

     そもそも泳げるんだっけ? 海水、平気なの?」

 ムウ 「むっ。失敬な。スペックの高さを見せられないのが残念」

 コール「要は、平気なのね……」

 ムウ 「ほかに遊べるところ、探してみるね。

     あとで旅館のひとにも聞いてみようよ……あ」

 コール「あ、ってなによ、あ、って。どうかした?」

 ムウ 「『海鮮食堂りゅうざき』……だって」

 コール「……あたしたち、さっき駅前でお昼ごはん食べたばっかりよね?」

 ムウ 「けさ水揚げされたアナゴだって。ねね、食べていこうよ」

 コール「あんたってほんと、へたな人間より

     食い意地はってるわよねえ。べつにいいんだけど、

     お高いんじゃない? あたし一応、一介の学生なんですけど」

 ムウ 「えへへ。こういうときはお姉さんに任せなさいって。

     奢ったげるから一緒に食べよ?」

 コール「もう、こうなるとすぐ保護者ぶるんだから。

     なーにがお姉さんよ。でも……はあ、

     お金のことを持ち出されると強く云い返せないわ……」

     *

 ムウ 「ん~、おいしー!

     いやあ、海が近い街のひとは幸せねえ」

 コール「確かに、高いだけのことはあるわね……。

     あたし、でもあんまり上等なものって、ちょっと

     不安になっちゃうわ……」

 ムウ 「そんな、アナゴくらいで……」

 コール「いや、そうは云うけどさ。いつもあたしが

     美味しく食べてるレベルって、スーパーの惣菜とかよ?

     あんまりいいものばっかり食べると、

     それで満足できなくなっちゃいそうで……

     いや、美味しいからいいんだけどね?

     でもなんか、手放しで楽しめないっていうか……」


 ムウ 「……コールって、所帯じみてるというか、

     貧乏性みたいなとこあるよねえ。

     北米の実家から家出してきた不良娘なのにねえ。

     いやあ、大胆不敵よねえ」

 コール「や、やめてよもう。

     学校職員が苦学生つかまえてそういう弄り方するの、

     あたしとあんたの関係じゃなかったら問題よ?」

 ムウ 「でも、コールは気にしないんでしょ?」

 コール「ううん。すっごく傷つくからやめて」

 ムウ 「え。ご、ごめん……」


 コール「……ま、ウソなんだけどね?」

 ムウ 「ほんとに……? 強がってない……?」

 コール「ああもう、悪かったわよ!

     あんた、ひとのことは平気でからかうくせに

     いざ自分の番になったらそんな顔するの、ずるいわよ。

     こっちまで悲しくなんのよ。

     たまには手玉にとってやろうと思って云っただけだから

     安心しなさいってば」


 ムウ 「でも、昔のことを掘り返したのはほんとにごめんね?」

 コール「いいわよ。あんたと喋るのに、んなこといちいち

     気にしやしないわ。べつに、アレに関して

     後悔も負い目もないし。それに、あんたが……」

 ムウ 「……?」

 コール「ムウ子が、ほかの人間みたいにね。築いてきた関係に

     胡座をかくようなやつじゃないって、わかるから。

     だから、ほかのやつが云うのとはわけが違うの。

     あたし、あんたのことが好きで一緒にいるのよ。心配しないで」

 ムウ 「え、や、やだ、コール……こんなところで、恥ずかしいよ……」

 コール「あの、ヘンな解釈しないでもらえますかね……?」




○第4節 : The Paradise City -おとぎの国-

 ――民宿、夜


 コール「『硝子の国』は、2126年以降の

     ニュートロイド時代に書かれた、著者不明の小説。

     ヒトを模倣するように作られた人造人間、

     ケル・カ・ドットの苦悩が描かれており、

     物語の一部は消失している。

     一説では、実在したニュートロイドをモデルにした

     ノン・フィクションではないかといわれている……」


 ムウ 「お、例の課題?」

 コール「ん。とりあえず、インターネットで能書きを見てる。

     難しそうな本だったら読むのイヤだし」

 ムウ 「じゃあ、内容についてはわたしが

     大学図書のデータベースから

     要点をざっくり引用してあげる」

 コール「お願いします。どうぞ」


 ムウ 「『劇中では、主人公ケル・カ・ドットの誕生から

      史実どおり人類が2099年に

      地上を去ることが描かれ、その後の人類は

      ル・バクウという架空の都市に

      たどり着いたことになっている。

      また、ル・バクウへと続く道は様々な関門があり、

      人間以外がくぐると身を焦がされるという炎の門、

      霧が立ちこめる迷いの杉並木、などを通り抜けた

      先にようやくたどり着けるという。


      主人公ケル・カ・ドットは人類とともに地上を去り

      ル・バクウへ行こうとした。

      が、人間として認められず、炎の門に身を灼かれ、

      衰弱した身で杉並木の中をさまようことになった。

      序文に綴られた短い詩は、ケル・カ・ドットが

      杉並木の中で死ぬこともできないまま

      苦しみつづけるうちに歌ったとされる』

      だって」



 コール「メルヘンな内容ねえ。突拍子のなさが

     いかにも昔のひとが書いた本って感じ」

 ムウ 「いや、まあ……読んだことあるけど、一応

     わりと人文学というか、そういう内容だと思うよ。

     わたしはニュートロイドだから、ちょっと難しくて

     わからなかったけど……」

 コール「なるほどね。ありがと。

     ま、気が向いたら読むわ。

     ついでといったらなんだけど、

     ヒマなときに大学図書館から本のデータを貸出しといてよ。

     あたしの端末にダウンロードしといてくんない?」

 ムウ 「……いいんだけどさ、コールの端末、その……

     容量がけっこういっぱいだから」

 コール「ああ、なんか適当なデータ消していいわよ」

 ムウ 「いや、容量を圧迫してるのがその……

     ……この際云うんだけどさ、

     私物のマンガとか、大学の端末に入れないほうがいいよ?

     とくにその……えっちなマンガとか」

 コール「ぎゃあっ! なんであんた、それ知ってんのよっ!」

 ムウ 「もう、コールが端末の管理

     わたしにまかせっぱなしなんじゃない。

     べつに、わたしはいいんだよ?

     コールが趣味でそういうのをコレクションしてるの

     知ってるし。でも……」

 コール「わ、わかった。自分でやるから置いといて。

     まったく、まさかバレてるとは思わなかったわ……」


 ムウ 「あれ、コール? どこいくの?」

 コール「んー……ちょっと、夜風にでも当たろうかと」

 ムウ 「あっ? さては、こっそり海岸へ行くつもりじゃあ?」

 コール「や、さすがのあたしもそこまでワルじゃないわよ……。

     海沿いの遊歩道を歩いてみようかと思っただけよ。

     せっかく来たんだし、磯のにおいだけでも嗅がないと

     やりきれないわ」

 ムウ 「あ、そゆことね。わたしも一緒に行ってもいい?」

 コール「ん」




○第5節 : Curiosity -好奇心-

 ――海岸沿いの遊歩道、夜


挿絵(By みてみん)


 コール「田舎は道路が広いわね」

 ムウ 「ここが特別みたいだよ?

     すんごい昔、戦争があったときに

     この辺りは戦闘機が発着する滑走路だったんだって」

 コール「それって、旧人類のときの話?」

 ムウ 「うん」

 コール「なんだ、やっぱりおぼえてるんじゃん?

     旧人類の記憶は削除されてるとかいって」

 ムウ 「あれ? ほんとだな、おかしいね……」

 コール「や、冗談よ。最近どっかで読んだか何かでしょ。

     さすがにあんたが直接見聞きしたわけじゃないでしょ?」

 ムウ 「そうなのかな?

     最近、そんなの読んだ記憶もないけどなー……」

 コール「まあまあ。ほい、あんたの分」

 ムウ 「なに?

     あ、さっき街で買ったハンバーガー?

     もってきたの?」

 コール「ん。せっかくだし食べ歩こうよ」

 ムウ 「もう、お行儀わるいよ」

 コール「堅いこと云いなさんなって。田舎なんだし」

 ムウ 「なんか関係あるの、それ?まあ食べるけどさあ。

     こぼしたりなんかするとこ見られたら

     地元のひとの心象よくないよ?」

     *

    「…………」

 ムウ 「コール、なんか云った?」

 コール「ううん?

     え、ちょっとやめてよ、怖いこと云うの」

 ムウ 「いや、なんか……

     聞こえた、ような……」


 ムウ 「あ。きっとこれだ。見て、ここから風が吹いてたんだね」

 コール「地下道? ……にしては、周りの雑草がものすごいわね。

     気づかなかったわ。いまは整備されてないのね」

 ムウ 「ねね、こういうのってわくわくしない?」

 コール「……あんたまさか、入ってみるとか云わないでしょうね」

 ムウ 「ちょっと、中がどうなってるのか見るだけ……」

 コール「せ、せめて明るいときにしない?

     なんか、出そうでコワいんだけど……」

 ムウ 「ちょっとだけ! ね?」

 コール「しょうがないわね……」




○第6節 : Invitation -邂逅-

 ――海岸への旧地下道、夜


挿絵(By みてみん)


 ムウ 「へえ。ここ、短いトンネルになってるんだね。

     さっきの遊歩道と、海岸とをつないでるんだ。

     海からの風が吹いて、音が鳴ってたんだね」

 コール「ど、どうでもいいけどここ、なんか異様に寒くない?

     怖いんだけど……。ね、はやく戻ろうよ……」

 ムウ 「ごめんごめん。じゃあ戻ろっか……あ」

 コール「な、なに?」

 ムウ 「ここに脇道が」

 コール「あたしはもうイヤよ……」

 ムウ 「一瞬、待ってて。ちょっと覗いてくるから」

 コール「はやく戻ってきてよ……」


 ムウ 「…………」

 コール「どうだった?」

 ムウ 「んー。なんか、鉄格子に仕切られた部屋が、いっぱい」

 コール「あんた、それって……」

 ムウ 「牢屋みたいだね……」

 コール「みたいじゃないわよ。

     やっぱりここ、ワケアリじゃない?

     もうムリ。戻るわよムウ子……」

 ムウ 「ま、待って、コール。うしろ……」

 コール「?」


挿絵(By みてみん)


 コール「ぎゃあっ! こ、こいつ、なにっ?

     いつからここにっ?」

 ムウ 「あー、これはやばいよコール……きっと、この子が

     例の抗新種(レトリア)だよ」

 コール「なんであんたそんなに冷静なのよっ。

     ひい~っ、食べないでえ」

 ムウ 「こ、こういうときは騒がないほうがいいよ。たぶん」

 コール「あたしなんか食べても美味しくないわよ……」

 ムウ (また古典的な……)

 コール「ほ、ほら……ハンバーガーすき?

     美味しいわよ……これあげるから許して……」





 コール「……あ……あれ?」

 ムウ 「なんか、おとなしいね……」

 コール「もしかして、マジにジャンクフード好きだったやつ?

     安上がりなやつね案外」


 コール「ひっ。そんな催促してももうないわよおっ。

     ちょっとムウ子、こいつの食べかすなんて見てないで

     あんたが持ってるのもよこすのよ!」

 ムウ 「ねえコール、この子、別にハンバーガーが

     好きなんじゃないかもよ。

     レタスとか、チーズとか、綺麗に避けて食べてるね。

     器用だねえ」

 コール「な~~にを感心してんのよっ。

     はやくしないと、あ、あたしが食べられるってば!」

 ムウ 「はいはい。でもちょっとだけ待って。

     どうせなら具材を別々にしてあげてみようよ。

     もし、この子の好きなものを探ることができたら……」

 コール「こいつの好物なんて知ってどうすんのよっ。

     せめて苦手なものを調べてちょうだいよお」

 ムウ 「もう、最後まで聞いてってば。

     コールだって、云ってたじゃん。この子にとって

     ヒトなんかより美味しいものがあったとしたら、

     わざわざヒトを襲ったりしないかもよ」

 コール「ええ……?

     こいつを好物で懐柔するつもり?

     そんなうまくいくかしらね?」

 ムウ 「ビビットさんも、まだ抗新種については

     よくわかってないって云ってたしさ。

     ヒトを襲うのも理由があるかもよ。

     ひょっとしたら案外、仲良くなる方法があったりして」


 コール「あ、あんた……自分がニュートロイドだからって、

     襲われる心配がないから平気なのかもしれないけど……

     この状況、あたしは生きてる心地がしないわよ。

     のんびり餌付けしてて、あげくあたしも

     食べられちゃったりしたら呪うわよ……」




○第7節 : Prescription -処方箋-

 ――海岸沿いの遊歩道、夜


 ムウ 「ふむ……大学図書館のデータベースに遠隔で接続して

     調べてみたけど、これは確かに不思議な生きものねえ。

     全然それっぽい動物は文献にはなさそう。

     まあ、わたしじゃあ見た目上の特徴しか書けないから

     かなり甘い検索しかできないけど……。

     そっちはどう、コール?

     なにかわかった?」

 コール「な、なんであたしが餌付け係なのよ!

     ふつう調べるほうがあたしじゃない?

     ムウ子、食べられる心配ないんだし……」

 ムウ 「ごめんごめん。でも、文献の走査は

     わたしがやったほうが速いでしょ?

     コール、ただの人間だし」

 コール「やかましいわよ。

     ああ……で、こいつの好物ね。

     あんたが言ったとおり、チーズは顔を背けるわね。

     このピクルスは?

     イヤ? あっそ。

     んー、パティには食いつきがいいけど、ま、当たり前か……」

 ムウ 「単に、肉食なだけなのかなー?」

 コール「そうでしょ。だって見てよ、こいつの頭、

     ひとくいザメみたいじゃない?

     陸上に出てくんなってのよ……

     どうでもいいけど、ニホン人が好きなB級映画に

     こういうやつが出てくるわよね……

     ……ちょっと、いま選り分けてんだから待ちなさいって!」

 ムウ 「あ。なんか反応いいね。それ、なに?」

 コール「えー? これ……なんだろ?

     果物っていうか、木の実?

     あたしも今日、初めて食べた。

     妙な味だけど、甘くて……なんなのかな、これ?」

 ムウ 「地元のハンバーガー屋さんで売ってたくらいだし、

     この地域の特産とか?

     ちょっと貸して」

 コール「ちょっ……ムウ子ってば!」


 ムウ 「うーん……世界の果実……いろいろ当てはまるけど、

     見た目と分布的にはこれかな……

     『ニホンの山地で一般的に見られる、

      樹高十メートルほどの落葉広葉樹……

      直径三センチほどの赤い果実は食用で甘い……

      五月から七月ごろに白い花を咲かせるように見えるが、

      花弁に見えるそれは実は葉であり……」


 コール「ね、ねえ……ちょっと……

     まだ時間かかりそ……?」

 ムウ 「あ、ごめん、そろそろ限界かな。はい、どうぞ」

 コール「……で、なに? 野山に生えてる木の実なわけ?」

 ムウ 「うん。べつに、このへんだと珍しいものじゃないみたい」

 コール「なら、最初から人間の街になんか顔出さないで

     山に行きなさいよ、山に。

     好物がたんまりあるんでしょ。

     まして、この辺りは海岸からすぐ北が丘隆地帯なんだから。

     その羽でひとっ飛びでしょ」

 ムウ 「……ね。この子、ひょっとして飛べないんじゃない?」

 コール「こんなに立派な羽があんのに?

     ……あいたたた、なにっ? 気を悪くしたの?

     こいつ、言葉がわかるわけじゃないんでしょうね?」

 ムウ 「なにか理由があって飛べないのかも。

     怪我してるのかな。

     そう思うとなんか、びっこ引いてる……って表現は、

     脚じゃないから変かもだけど……そう見えるような」

 コール「そのへんは詳しいひとに任せようよ。

     案外おとなしくしてるし、あのビビとかいうやつに連絡だけ

     入れといたら後はいいようにしてくれるでしょ」

 ムウ 「そうだね。ちょっと連絡先調べるから待ってて……」


 ムウ 「……ビビットさんたち、すぐには来られないって。

     こっちにくるのに朝までかかるから

     それまで逃げないようにしてくれってさ」

 コール「あいつら海に常駐してるんじゃないわけっ?

     も~~民間人の安全がどうとか、

     御託をならべるわりにテキトーねっ!

     あたしたちだって民間人なんだけど?

     ……いいわよもう、ここまできたら朝まで見張るわよ!

     ムウ子、二時間ごとに交代。いい?」

 ムウ 「あ、引き受けるんだ。

     コールも意外とやさしいよねえ。

     でも、ここだと目立ちすぎるね」

 コール「どこか、コイツを隠すところを探しましょ。

     待ってて。辺りを見てくるついでに、ご機嫌とりのために

     その木の実とやらもあたしが採ってくる。

     あ、見た目わかんないから画像よろしく」

 ムウ 「え? ……あ、そういうことね?

     うん。お願い」

 コール「ふふん。ま、自慢じゃないけど

     あたしも立派な『羽』を持ってるからね。

     まあ、こういうときは……」


挿絵(By みてみん)




○第8節 : Just Wanna Have Fun...

 ――磯の近くの山中、明け方


 ムウ 「おつかれさま。調子どう?」

 コール「ぼちぼち。幸い、例の木の実で手懐けられてはいるわ。

     ま、ちょっと予定とは違うけど、こういうのも退屈しなくて

     たまには悪くないわ。泳げなくなっちゃったぶん、余計ね」

 ムウ 「ちょくちょく旅行先でこういうことってあるよねえ、わたしたち。

     ……ね、きのうから気になってたんだけどさ。

     コールってさ、ひょっとして本当は結構……

     動物好きなの?」

 コール「なによ急に。

     いや、まあ……見る分には。動画とかよく見るし」

 ムウ 「ええ~? ひょっとして、コールも

     イヌとかネコの動画でにやにやしてたりするの~?

     カワイ~~! 案外、そういうとこあるよね~~」

 コール「うっさいわね……。あたしが見るのはあれよ……。

     世界の危険生物ベスト、とか深海魚のふしぎ、とか

     そういうやつ……」

 ムウ 「ああ、ドキュメンタリー系かぁ……。それも意外だけど」

 コール「ま、犬猫も見るけどさ……」

 ムウ 「飼ってたりは?」

 コール「ううん。世話するのは好きじゃないの。

     なんでも叶えてあげられるならいいけど、

     そういうわけにはいかないし。

     やさしさにも限界あるっていうか」

 ムウ 「まあねえ」

 コール「あたしにも生活あるじゃん。忙しくて疲れて

     構ってらんない日もあるし、ご近所への体裁とかもあるし」

 ムウ 「あ、体裁とか気にするタイプなんだ?」

 コール「だって、ペット飼うと案外いろいろあるわよ?

     夜中に鳴いたりとかさぁ。ま、そういうのもさ、

     あたしのエゴで飼い始めて、体裁があるからって

     束縛するのは違うじゃん?って思うわけ」

 ムウ 「へえ、いろいろ考えるのねえ。

     気にしない人も多いと思うけどなあ。

     コールって意外と気難しいとこあるよねえ。

     まあ……でも、なにも考えないような人のほうが

     グレたりしないのかもね」

 コール「どういう意味よっ」


 コール「……そもそもさ。

     別の生きものなんて、敵でも味方でもないじゃん。本来。

     友だちじゃないんだし。こいつにしたって、

     お腹が空いたらやっぱりあたしたちの命もわかんないわよ。

     多少は頭がいいみたいだけど、義理だの人情だの、

     期待するのは甘くない?」

 ムウ 「やっぱりそうなのかなあ。ちょっと寂しいね」


 コール「そりゃまあ、ちょっとは……ね。

     でもあたしはその程度の関係のが気楽で

     好きだけどね。人間同士でも。

     余計な利害関係もつとさ、ややこしいじゃん。

     気まぐれに何かもらったら、お返ししないといけない

     気分になるし……逆にそいつが嫌なやつでも、

     変に義理があると邪険にしづらいし」

 ムウ 「ふふ、気難し。気持ちはわかるけどさ。

     そんなの気にせず生きてる人もいるけどなー?」

 コール「あんたみたいにね。

     いいの! ムウ子みたいに素直じゃないし、

     愛想よくできないもん、あたし。

     いずれにしたって、野良猫にエサやるようなマネ

     ほんとはしたくないの!」




○第9節 : "Arzach" -アルザック-

 ――磯の近くの山中、朝


    「はあ~、たいしたもんだ。思ったより

     ずいぶん人に慣れてるみたいじゃないか」

    「片方、左の羽がやられてるみたいですよ。

     ここだけ、触ろうとすると嫌がりますから、気をつけて……」


 ビビ 「まったく、びっくりしましたよ。

     まさかあなたたちが、抗新種『アルザック』と遭遇したあげく

     匿って手懐けているなんて」

 ムウ 「ごめんなさい、勝手なことしちゃって……」

 ビビ 「いえいえ、構いません。むしろありがたいです。

     結果的に、ここ数日は被害も目撃情報もありませんでしたし。

     こんな真相があったとは、思いもしませんでしたが」


 ビビ 「しかし、まさかとは思いますが元々あなたたちのペット

     というわけではないんでしょうね?」

 ムウ 「い、いえ、とんでもない。先日、夜に遊歩道で偶然……。

     そのときたまたま、この子がおとなしかったので

     いろいろ調べて……お世話してたんです」

 ビビ 「お世話というけど、あなたが面倒みてたの?」

 ムウ 「あ、わたしと、このひとです」

 ビビ 「ああ、お連れのかた」

 コール「コールよ」

 ムウ 「コールが空を飛べるおかげで、この子の好物を

     首尾よく集めてきてくれるんですよ」

 ビビ 「は? 空を飛べる?」

 コール「生まれつき、頭に羽が生えてるの。

     いろいろヘンな体質で、小っちゃいときに

     お医者さんに診てもらったけど全部は治らなかっただけ。

     残ったのは羽と、あと発電用の筋肉?があるんだって。

     電気ウナギと一緒。このへんに力を入れると

     電気が流れるんだけど……ビリッとするけど、やってみる?」

 ビビ 「やや、わたしの回路が駄目になってしまいますので

     電気はご勘弁を。

     いやしかし、不思議なひともいるもんですね。

     人体の神秘を感じますよ」


 コール「で、話は戻るけど、あとは任せちゃっていいわけ?」

 ビビ 「ええ、ええ。どうも助かりました。

     われわれは、これからこの抗新種(レトリア)に関して

     いろいろと調べてみたいと思います。

     ……と、ここからはご提案なのですが、どうです?

     せっかくのご縁ですから、調査に立ち会っていっては?

     六備田(ロビタ)先生の教え子さんでしたよね?」

 コール「は、はあ……」

 ビビ 「この生物について新しいことがわかれば、

     旧人類の謎に二歩も三歩も迫れますよ!

     こんな貴重な機会、逃すには惜しいです!

     アルザックも随分、あなたがたに懐いているようですし……」

 コール(懐いてるか……?)

 ビビ 「……われわれもいろいろと仕事がありますから、

     その間、世話役がいてくれると助かるというか、

     とくにそのよくわからん木の実を調達するとなると……」

 ムウ (あ、そっちが本命ね、きっと……)

 コール「ええ……? どうする、ムウ子……?」

 ムウ 「うーん、わたしはどっちでもいいけど……」

 コール(世話役か……)




    (……あんたがいつも、あの子を

     ほったらかしにしてたんでしょ!

     子どもたちの世話役はいつもわたしだったじゃない!)



    (ぼくだって子どもの面倒は見てたぞ!

     君だけじゃない!)



    (じゃあ云ってみなさいよ!

     あんたがあの子たちに一体なにをしてあげたっていうの?

     コールが子宮の手術したときだって……)




 コール「……はあ。いやな響きね。……はい、はい。

     ま、()()()()()ですしね。

     やるわ。そいつの世話役は任せて」

 ビビ 「おお! 心強いかぎりです!

     ではではこちらへ。

     いろいろと今後の作戦を立てましょう……」




○幕間

 ――民宿への帰り道、昼


 コール「あ~疲れた。こっちは旅行先でいきなり

     寝ずの番だったっていうのに、人使い荒い連中よねえ」

 ムウ 「さすがに今日はへとへとだねえ。

     そういえば民宿の女将さんに聞いたんだけど、

     ここ、近くに温泉があるんだって。帰りに寄ってみない?

     ゆうべはお互いがんばったんだし……あ」

 コール「? どうかした?」

 ムウ 「……そういえば、ビビットさんたちの調査の手伝いって

     いつまでやることになるのかな?」

 コール「ああ、学校のことを気にしてるの? まあ、少々平気よ」

 ムウ 「だ、だめよ! 授業さぼっちゃ!」

 コール「大丈夫。出席足りてるし、友だちに

     ノートとってもらうから。

     あいひーに電話してみよっと」

 ムウ 「もう、そういう問題じゃないでしょー?

     わたし、担当が六備田博士だから

     いろいろ見逃してもらえてるけど、職員の身で

     授業さぼってる学生と一緒に旅行となると

     いよいよ印象よくないんだからねー?」

 コール「ままま、勉強の一環ってことで。ってか、ムウ子は

     仕事あるんだし、あたし一人でも残ってやるよ?」

 ムウ 「む~……。大学に年休の連絡いれとくわ……

     日合さんにも、あまりコールを甘やかさないように

     伝えとこっと……」



《後編へつづく》


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