会話
俺は目を覚ました。
今回は安らかな目覚めだ。そこでふと先程の記憶、麻痺毒に侵されて記憶が刈り取られる直前の記憶が蘇る。
あぁ、また死んだのか。ダンジョンであれば、こんな安らかな起床、許されるはずもない。
気が付く間もなく喰い殺されるのは目に見えている。
多分あのサソリとムカデを掛け合わせたような魔物にでも喰われたのだろう。痛みが無かっただけマシだ。
俺は何とかポジティブに考え、ぼやける目を開いた。
(あれ·····おかしい·····飽きるほど見た景色だ·····)
そこには黒みがかった、まるでダンジョンの深層のような壁面が見えた。死んでも尚ダンジョンを見せるとは、神様も相当に性格が悪い。
俺は何とか首を動かして、周囲の様子を確かめた。
「·····ぇ·····?」
あれ、おかしい·····いつぞやに助けた幼女の顔が見える·····
いや、俺が死ねばあの女の子も死ぬか。天国的な場所で顔を合わせていても不思議ではないな。
こんな近くで顔を見るのは初めてだが、やはり人形の様に整った顔だ。陶器のような白く透き通った肌、顔のパーツもAIで最適化したみたいな·····というのは失礼か·····?とにかくこの世界の平均値でさえも飛び越えた美少女と言えるだろう。
それにしても、目線の位置的に膝枕でもされているんだろうか。にしては地面に近いので、正座ではなく脚は伸ばし切っているのだろう。
「·····」
相変わらず無口だ。そういえば声聞いたことがあっただろうか?死んだのだから、この際声の一つでも聴いてみたいところだ。
「·····ぁ·····し·····死んだ·····のか·····」
何とか声を絞り出した。少し視界はボヤけるが、幼女が表情を変えた様子はなく、いつも通り無表情だった。
暫く静寂が流れる。そうして一向に死んだ実感が湧かず、俺はなんとか唇を動かした。
「·····生きて·····る·····?」
期待薄ではあったが、若干の希望を込めて誰ともなく問いかけた。
すると視界に映る幼女が、コクリと小さく頷いた。
え?
「ぇ··········あ·····」
言葉に詰まって思わず何とも取れない声を発してしまう。
俺は徐々に動くようになったてきた身体を起こすと、幼女の方に振り返った。
「し·····死んでない·····?」
俺の問いかけに、幼女は視線のみで肯定している様子が見てと取れた。
状況が分からない。どうして俺はあそこから生き延びられたのか、どうやって今この場所に居るのか。
「·····助けてくれたのか?」
少し首を傾げる素振りを見せるが、幼女はまたしても頷いて肯定の意を示した。
俺が状況を理解出来ずにいると、幼女がゆっくりと落ち着いた声で話し始めた。まともに表情を見るのは今回が初めてで、眠たげな印象を与える目付きはどこか安心感を感じさせた。
「·····助けてくれたお礼です·····私は·····置いていってください·····」
「は?」
いやいや、突然だな。そして理解に苦しむ発言だ。
「待て待て、置いてけってどういう·····」
身体を起こしながら、幼女に詰め寄った。
「気にしないでください·····元より私は死ぬ身です·····」
なんとも容量を得ない。俺はそのまま幼女を問い詰めた。そこで年端もいかない幼女にそんな態度をとってしまった事に後悔したが、幼女は嫌な顔一つせず、ゆっくり話し始めた。
しかし声色からは、どこか後ろめたさのような気配も感じられた。
「·····私は竜拝国アドランシアの第1王女·····そしてこの迷宮の最下層に眠る竜の巫女であり生贄です」
「王女?で巫女で生贄·····?また色々詰め込んだな·····」
身なりや口調から何となく上流階級っぽさはあったが、まさかの王女とは·····といっても馴染みは無いのであまり実感は湧かないな。それにしても、こんな小さな女の子が生贄とは、酷いものである。
「それで、王女で巫女で生贄なのに死んでいいのか?」
「·····もう良いのです·····私達に勝ち目はありません。もとよりこちらが敗戦する事は目に見えていました。今更手遅れなのです·····」
「敗戦?戦争でもしているのか」
すると幼女は俺を怪訝そうに見てきた。
あ、やらかした。戦争なんて一大事、特に物騒なこの世界で認知していない方がおかしい。
「あー·····実は最近山から降りてきたもので、世の中の情勢などさっぱり分からないんですよ、良かったら教えてもらえませんかね」
「山から·····?そんな方が、こんなダンジョンの深層にどんな御用が·····」
「えぇと、そう、修行です。これは本当に。自分の師匠が鬼みたいな人でして·····」
「そ·····そうなのですか·····分かりました。少し長くなりますが·····」
山から降りてきたとかいう設定には若干引かれてた気がするが、まぁなんとかなっただろう。
何とか丸め込むと、早速この世界について話を聞いた。幼女の話によると、この戦争はいわゆる宗教戦争というやつだった。
まず自分達が居るのは、東方のやや北寄りに位置するこの世界で二番目に大きな大陸、リベリル大陸というらしい。そしてこの大陸の東側に位置するアドランシア王国勢力、北側のフェルメス教が束ねる数国の勢力で戦争が起こっているそうだ。
しかしアドランシアはその国特有の少数信者宗教を信仰する閉鎖的な王国だそうで、フェルメス教と両者のプライドの高さが災いして、いざこざが戦争まで発展したというのが事の顛末らしい。戦争になる前から戦力的にアドランシアの負けは確定していたが、宗教関係の都合上白旗を上げるに上げられないというのが現状だ。
ちなみに今滞在している国はドーメル王国というダンジョンで栄えた国だそうで、アドランシアからは南に馬車で二ヶ月はかかる距離にあるらしい。
うーむ、早速面倒事に関わってないか?
「それで、そんな大変な時に王女様が生贄になってていいものなのでしょうか」
一応、無礼な口を聞いて打ち首にでもされたら一溜りも無いので、言葉遣いは正しておく事にした。
「私がこの迷宮に封印されている竜の生贄となり、目覚めた竜を従える事で勝利を目論んでいるのです。しかし従者も死んだ今、ゆく術はありません」
「·····自分に出来ることがあるなら力を貸したいですが·····」
「いえ、大丈夫です。もとより私は戦争など望んでおらず、民の死者は数万に登ります。それにこのような戦争で神聖なる竜の力を借りようとは愚かにも程があります。私が死んだと分かればアドランシアも負けを認めざるを得ないでしょう」
「·····」
返す言葉も無かった。自分が死ぬ事で戦争が終わるなら安いもの、ということか。子供には荷が重すぎる覚悟だ。
「逃げるという選択枝は無いんですか」
「アドランシア王家の長女は必ず"巫女"の能力を持って産まれます。その代の巫女は必ず一人しか産まれず、また一人を下回る事もありません。つまり私が死ななければ巫女は産まれないのです。逃げ延びても王国の総力を上げて探し出されるでしょう。見つかった後はどうなるか想像もつきません」
「巫女が産まれなければ生きているのはバレてしまうと·····」
八方塞がりというかなんというか·····物事には大抵解決法があるものだが、打開策の一つも思いつかない。
理不尽で不条理で不平等で、この世界の残酷さを目の当たりにした。
黙りこくる幼女を見遣ると、内心を吐露したお陰か、出会った時より幾分か顔色は良くなっている。こんな事ならいっその事関わらない方が良かったのかもしれない。
しかし一度関わってしまった以上、こちらも責任を果たすのは当然だ。こちとら今でこそ見た目は子供だが、中身は成人した大学生である。
「ところでその、巫女というのは一体どういう存在なんですか?王国の総力を上げてまで探し出すほど凄い能力があるんですか?」
「·····え、っと、·····巫女というのは王国の象徴なのです·····表向きは·····。真の役目は来るべき時の竜の解放と、名のある竜と子を成すことです」
日本で言う天皇陛下みたいなものなのだろうか。確かにそんな存在が国を見捨てて逃げたとなると、象徴もクソもない。
「ん?」
そこで俺はある事に引っかかった。幼女は急に固まった俺の動きに、少し首を傾げる。
「どうやって竜と?」
「·····?」
確かにさっき、竜と子を成すと言った気がするが、俺の知る竜というやつは巨大な爬虫類みたいな見た目だ。
その、何がとは言わないが無理だろう。まさかリザードマン的なのも竜に含めるのか?
しかし意味が伝わらなかったのか、幼女は首を傾げたままだった。
「いや、その·····竜とはどうやって子供を?」
するとようやく意味を理解したのか、「あぁ」と声を漏らす。
「儀式を行うのです。この大陸唯一の竜の集まる霊峰に出向き、成人になる一年前の十五歳になる時、巫女として一人で三日三晩を過ごします。すると必ず子宝に恵まれると聞いています。私は11歳なので、あと四年後です」
「えっと·····それは·····契約的な·····?」
「詳細は伝えぬ決まりになっているので、詳しいことは知りません。しかし、霊峰の祭壇で祈りを捧げるそうなので、仰るものに近いのかもしれません」
いやそれは多分きっと絶対アカンやつじゃないのか。
詳細は教えないとか如何にも怪しすぎる。そもそも染色体の数の関係で、異なる動物間では交配不可能なはずだが·····やはり異世界ならなんでもありなのか?
「お母さん·····じゃなくて女王様は儀式について何か言っていたりしました?それと竜の大きさについても」
「いえ特には聞いておりません。竜の体躯は見上げる程の大きさで、その荘厳な佇まいたるや息を呑んでしまいます」
「見た事があるのですか?」
「はい、一度お父様と対談なされる時、王城内でご挨拶した事があります」
「なるほど·····」
見上げるほどの体躯·····
まさかロ〇コンドラゴンとか·····いや、アウトだろ!
「かなり竜に興味をお持ちなのですね」
「え?あ、ま、まぁ·····そうですね·····」
幼女は信仰対象である竜に興味津々な俺を好印象に捉えているらしい。
いやそうなんだけど、そうじゃないんだよなぁ·····
「この話は一旦終わりにしましょうか·····」
「·····?」
またしても、幼女は俺の様子に首を傾げるのだった。
──
俺は話を切り上げると、今後について話し合う事にした。
ここまで話を聞いて見捨てるわけにもいかない。首を突っ込んだなら責任は果たす、大人として当然だ。
そこで俺は妙案を思いついた。そうだ、ジジイ、じゃなかった師匠なら解決できるんじゃなかろうか。
また人頼みだが、この際師匠に助力を乞うのが最大限俺の出来ることだ。そしてそれには、この迷宮をこの幼女と二人で進むという困難が付いてくる。
「聞いて欲しいんですが、俺の師匠が結構凄い人っぽいので、もしかすると何か解決法があるかもしれないです」
「·····いえ、折角ですが大丈夫です。王家の血に刻まれた巫女の祝福は、人の手出し出来る代物ではありません」
幼女の決意は硬かった。そして何より、俺自身が師匠について知らなすぎる故に、なんとも頼りない提案だった。これでは頼れるものも頼れないのは明白だった。
「··········」
「そもそも貴方には関係が無かった事です。責任を感じる必要はありません」
取り戻しかけていた感情も、今や会話からは消え失せていた。最初の頃のように、無機質な声が耳朶を振るわす。
「私の事は気にせず置いていってください」
「·····何か·····出来ることが·····」
「ありません」
幼女の語気が強まり、俺はハッとした。また以前のように、己の無力さを全身から浴びせられる感覚が襲った。
「ですが·····お願いできるなら、どうか私をここで殺してください」
「な、なんで·····そんな·····」
手が震えた。
この願いを聞き入れなければ幼女は魔物によって苦しんで死ぬ、逆に聞き入れればこの幼女は苦しまず死ねるだろうが、俺にその覚悟がある筈がない。
いや、覚悟など出来ないし、許容してはいけないのだ。
しかし覚悟が出来なければ、一番苦しむのは俺ではなく彼女だ。
幼女が俺の目を見つめる。
紺碧の瞳は何もかも見透かされているようだった。
鼓動が鼓膜を激しく打った。
悩んだ末に数分後の俺は彼女を殺しているのか、それともこの場から逃げ出しているのか、予想がつかなかった。
それから数分、いや十数分は経過しているのかもしれない。激しい葛藤の末、俺は決断した。
「·····さ、最後に·····名前だけ聞いてもいいですか·····」
幼女は悟った表情で暫く目を瞑ると、少し瞳を潤ませこう言った。
「·····私の名前はシルヴィア・アドランシア·····」
遅すぎる自己紹介だった。彼女は敢えて俺の名前を聞いてくることは無かった。
「必ず助ける·····【中位魔法】」
俺は魔法を唱えた。
幼女の額に紫色の魔法陣が展開される。
彼女は目を瞑る。数秒の後、壁には魔法が発動した光が彼女の影を映し出した。そして意識は途切れてしまうのだった。
一人少年は、覚悟に竦みそうになる脚を堪えて、横たわる"それ"を持ち上げ再び歩みを進めた。