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修行

狼男との戦闘で負った怪我は、師匠の家から拝借した小瓶、いわゆるポーションという回復薬で完治した。

切断された手首と腕を合わせて、緑色のポーションをかけると立ち所に手首は繋がり傷跡は消えた。

あまりに非現実的過ぎて酷く驚いた記憶があるが、その前に色々ありすぎてあまり覚えていなかった。


その後は路地裏から大通りに出て、王国の中心の方へと向かった。


向かった先は冒険者ギルドという、言わばこの世界で戦闘や依頼を生業とする職業の、ライセンスを発行する場所だった。発行されたのは一番最低ランクの


やはりと言うべきか、魔物という生物が存在しており、このランクであればゴブリンやコボルトという魔物までが討伐出来る限度となっていた。

修行の際にお目にかかれる事があるなら、是非とも見てみたいものだ。


「では修行の地に向かう」

「修行の地?どこなんですか?」

やっぱり魔物と戦ったりしちゃうんだろうか?いやでもこういう偏屈な老人は基礎的な修行が大切だと言って、ランニングでもさせられそうである。絶対そんなのは御免だが。

迷宮(ダンジョン)だ。修行するには丁度いい」

「ダンジョン?」

ダンジョンというと、ゲームでよくある魔物の潜む洞窟的なやつだろうか?もしかしなくてもこれは実践的な魔法の練習をさせて貰えるのでは!?

俺はこの時偏屈な年寄りじゃなくて心の底からよかったと思えた。しかしこれは後程後悔する羽目になるのだった。


冒険者ギルドから数分歩いた先にあったのは、巨大な金属製のマンホールのようなものだった。直径は2、30メートルはあるだろうか。

地面に蓋をするように被せられており、蓋の手前側には人が数人通れる程度の扉が付いている。どうやらあそこから入れるらしい。

俺は門番にギルドカードを見せると、師匠と二人でダンジョンの扉をくぐった。地下に続く階段を降りると次第に開けていき、広い空間を通路が繋ぐ形でダンジョンは広がっていた。そこからはまたひたすらに歩き、階段を下ること十数回、ようやく一つの部屋で立ち止まった。

ダンジョンと言うからにはもっと魔物なり出てくるものと思っていたが、そんな物には一切出会す気配も無く、少し検討外れだった。


「本来であれば手始めに30日はダンジョンに閉じ込めておくつもりだったが、先の戦いで体得したようだな」

ん?何の事だ?何も体得していないんだが。しかも30日間閉じ込めるつもりだったとか恐ろし過ぎる·····

何か体得した覚えは無いが、体得した事にしよう。何かを体得した俺、ナイス。

「顔も覚えておらんがあの犬も塵芥程度の価値はあったようだ」

俺はさっき殺し合いをしたはずの狼男に少し同情の念が湧いてしまうのだった。


「魔法とは、それ即ちその者の精神である。研磨し精錬する程その魔法は鋭利さを増す」

唐突に師匠はそう言い放った。唐突に俺の方に向き直る。

するとローブの隙間から、無いと思っていた左腕が現れた。


あれ?てっきり左手は無いものだと思っていたんだが。


しかしその左腕は到底人の物とは言えず、半透明で実態が無いかのように揺らめいていた。さらに本来あるべき姿を象っているのか爪は伸びきっており、殆ど骨と皮だけのミイラを彷彿とさせる外観だった。

「その節穴によく刻め」

師匠は人差し指を立てると、俺を、いや正確には俺のすぐ横を指差した。


その瞬間師匠の指先から、辛うじて半透明な"何か"が放たれるのが分かった。こちらの世界に来て異常に身体能力が上がったお陰で目に追えない物は無かった。

しかしそれは知覚する事も困難で、辛うじて見えたのは放つ瞬間のコンマ数秒のみ。

そして驚く暇も無く、背後の壁が爆ぜた。

少し遅れて爆音が轟く。


俺は息を呑んで絶句するほかなかった。


「これが魔法。今の技は他の魔法と異なるが、基本は己の魔力を着火剤として周囲の魔力を燃やす。貴様もやって見せよ」

「や、やって見せよと言われましても·····やり方が分からないのですが·····」

うん、分からんよ、見ただけで使える物じゃないでしょこれ!

「考えるものではない。ただ成すのみ」

「それDon't Think.Feelを和風に言っているだけでは?」

「訳の分からぬ事を申す前にやれ」

もうやるしかないんだろう。この爺さんに説明を求めたところで、具体的な方法も教えてもらえそうにない。


俺は深呼吸をすると腕を前に突き出した。

そう、感じるんだ俺·····

こういうのはやっていると何か掴んじゃうのがお決まりなのだ。


しかし一向に魔法が使える気配は無い。そもそも手なんか突き出しちゃって何やってんだよ俺。恥ずかしくなってきたわ。

いや元から恥ずかしい格好だったのだが。

「何をしておる?貴様のような未熟者に無詠唱など出来るはず無かろう。呪文を唱えよ」

「いや先に言ってくれ!しかも呪文を知らないんですが!」

何なんだよ、呪文なんて知るわけないじゃないか。しかもいつそれを知るタイミングがあったのか。基本的に師匠は自分基準でしか物事を考えていないんじゃなかろうか·····

既に慣れてきてはいたが、この時ばかりは勘弁して欲しいと思った。

師匠は先程ののように半透明な左腕を出現させると、纏っているローブの中から古びた辞書のような物を投げてきた。

「そこの始めに書いてある魔法でも使ってみよ」

なんちゅう投げやりな·····

俺は仕方なくそれを開くと、知らない字がページ一面に書かれていた。普通こういうのは転生したら不思議と読めてしまうのがお約束ではないんだろうか。俺はまた理不尽に罵られること覚悟で師匠に尋ねた。

「読めないんですが·····」

「無能め」

シンプルなのが一番傷付くんだよなぁ·····

俺は心の傷を庇いながら、師匠に呪文を読み上げてもらって、何とか内容を知る事が出来た。

「まずは階級節と属性節を唱える·····えー【下位(エレメンタリー)水魔法(アクアマジック)】、次に呪文節、【溢るる杯(オーバーグレイル)】·····うわ!水が!」

唱え終わった途端俺の手の平に水色の魔法陣が現れ、そこから水が溢れ出した。焦って魔法を止めようとすると、瞬時に意識が伝わったかのように魔法陣は消え、残ったのは下半身ビチャビチャの俺だけだった。

「魔法とは己そのものである。手足と同じように、誰に教わる事もなく操る事が可能だ」

「一体どうなってんだこれ·····」

俺はただひたすらに困惑し、そして感動した。なんたって自分の手から水が止め処なく溢れてくるのである。一体全体どういう仕組みなんだろうか?

「俺の手の平で水素原子と酸素原子が化合している事は間違いないはず·····でも酸素はわかるが水素は一体どこからだ?空気中の含有率では絶対足りないが·····」

そう、やはりと言うべきか、行き着く先はこれである。俺は手の平から溢れる出処不明な水を見つめ、人が変わったように独り言が止まらなかった。

「やっぱり魔力とかいう物質なのか元素なのか、この世界特有の物質Xが原因か·····光学的に可視出来るなら電子顕微鏡なり欲しいけど無いんだよなぁ」

「何を言うておる」

「いだっ」

そうこうして、俺は師匠の杖で殴られる事で正気を取り戻すのだった。


「貴様も魔法を身に付けた事だ。よって50日、いや·····60日、ここダンジョン20階層以上から出る事を禁ずる。必ず下に進み続けよ。時が来たら連れ戻しに行く」

「は?今なんと?あと地味に10日伸びなかったか今!?」

「二度言わせるな」

「待て待て待て待て、聞いていた話と違うぞ、俺は何かを体得しちゃったからここでの修行はもう終わりなんじゃないのか!?」

「馬鹿を言うな、修行はこれからじゃ。では儂は上で待つ。貴様には、今立つ階層から少しでも退くと爆ぜる魔法をかけた。一日以上留まり続けても爆ぜる。死にたくなければ死ぬ気で生き延びよ」

それだけ残すと師匠はその場から掻き消えてしまった。いつもならそれに驚きそうなものだが、今はそれ以上に見ず知らずの大穴に置いてけぼりにされて、しかも戻ろうとすれば爆死してしまうという事実にただ呆然とするしか無かった。


──


俺は立ち尽くしていた。なんでも俺は少しでもここから逃げるか、一日でもその場でいじけようものなら爆散四散してしまうそうだ。

冗談だと思うでしょう?いやあのジジイなら本当にやりかねないというか、多分やってる可能性が高い。死なないとしてもそれに準ずる何かは必ず起こる。

俺の中にはそう確信めいたものがあった。


それから俺は地獄のような日々を送った。師匠が居なくなった途端、どこに姿を隠していたのか次々とおぞましい魔物が現れた。俺は命からがら逃げ切り、何とか身を隠す事で難を逃れた。

そんな時、通りかかった冒険者のパーティに入れてもらおうとしたが、幾ら頼めど素人は要らないと言われ、それどころか20階層に中位魔法も使えず単身乗り込むなど無謀もいいところ。それ所か、ここまでどうやって来たのかと言われた。

しかも俺のギルドカードのランクだと、ギルドの規定に5階層が限度とあるのを知らないのかと言われる始末。

次々と明らかになるベリーハード要素に、希望を見い出せる要素は無かった。

元よりこの状況に放り込んだ師匠は、一体何を考えているんだろうか。もしかして最初から生きて帰すつもりは無かったのか·····?そんな説まで浮上していた。


そんな状況で、若干の希望を見い出せる要素もあるにはあった。いや比較的であり、頑張って探すと辛うじて、である。一つは師匠の家から持ってきたいくつかのポーション。そして地獄にぶち込まれる直前に貰った魔法の書いてある本だ。通りがかる冒険者のパーティに内容を聞いて、どうにか生き繋いでいる。

命がかかっているだけに、まるで大学の受験勉強の時以上に頭に詰め込んだ。なんせ幾つも聞くわけにもいかず、一度聞いたらそれを全て覚えるしかない。文字も読めるよう、聞いた内容と文字を照らし合わせて解読に近い事をした。


最初の頃こそ魔物が現れては初級レベルの下位魔法で目くらまし、聴覚視覚を奪う、などセコい手を使って逃げていたが、だんだんと反撃出来るようにもなりつつあった。

と言っても20階層以下はベテランの領域で、戦いにすらならない事も多かった。

しかも下に進み続けなければならないと来たものだから、それはそれは比喩抜きで地獄である。

それから俺は師匠の言い付けを守って、一日で一層を踏破していった。つまり60日で一層なので、最終的に行き着く先は80層。40層辺りからは殆ど人も見かけなくなり、寧ろ魔物に八つ裂きにされた亡骸、いつ死んだかも分からない白骨化した遺体と出会う事の方が多かった。


「はぁ·····はぁ·····っ!」

今日も今日とて俺はダンジョンを駆け回っていた。精神的に少しは休みたかったが、ある一定層まで潜ると逆に留まっている方が危険だった。しかも生憎この身体は異様に丈夫で、睡眠も食事も少しだけで数日は持った。勿論食料は魔物だが、イノシシや鳥に似た魔物は決して美味しいものではなかったが、食べられないことは無かった。


一体今日は何日目でここは何回層だろうか?

体感時間などとうに狂ってしまい、いつが朝で夜なのか、当然そんな事は分からない。最初の頃こそ数えていたが、途中からそんな余裕は無く、ただ師匠の迎えを待つだけだった。


(一日一階層は行っているとして、多分50日は超えているはずなんだが·····)


おおよそで日にちのあたりを付けてみるも、あまり自信は無い。せめて太陽光ぐらい欲しいものだが、ダンジョン内にもジャングルだったり、地底湖だったり色んなバイオームがあって、どこから光源を取り入れているのかは分からない明るい場所もあった。

しかしそれも序盤のみで、そこを越えてからはただ岩の壁が続くばかりか、次第に光源も無くなっていった。常人なら気が狂ってしまいそうなものだが、未だ自分の気が狂う感覚は無いのが不思議だった。


そんな時、俺の足元に何かが当たった。木の破片のようだ。この辺りにはダンジョンの壁面に紫紺に光る不思議な鉱石が埋まっている。まるで街頭のように点々とあるそれを、俺は手に取って辺りを照らした。


木の破片は俺の足に当たったものだけではなく、通路の奥へ奥へと続いていた。


なんだろうか。こんな深くにまで、物資など運び込むのは困難だと思うが·····


俺は警戒しつつ、足音を立てないようにその跡を辿った。これもダンジョンに潜ってから身についたもので、何日も、それも四六時中やっているお陰で随分様になっていた。

通路を進むと、ついに広い部屋へと繋がっているのが確認できた。


「グッチャ·····グッチャ·····」

「·····?」

部屋の中から何か音が聞こえる。

俺は身を潜めて通路の陰から部屋を覗いた。


「グルルルルル·····」

そこにいたのは、全身が漆黒の大きな狼のような魔物だった。飢えた眼光は赤く鋭く、凶悪な口もとからは炎が零れているのが見えた。

よく見ると何かを食べている様子だった。そして通路に散らばっていた木片の正体も分かった。

部屋の中央には壊れた荷車があり、漆黒の狼はその荷車の中に顔を突っ込んで何かを貪っていた。


なんだあいつは·····


これまで遭遇した中で一番ヤバそうなやつだ。出来れば戦いたくはない。どこかへ行くのを待とう。

それにしても、よく見ると周囲にも血の跡がある。まだ肉が付いているが、数だけ見るに四人は食われているな。見たところまだ新しい。俺が来る数十分前に襲われたといったところか。出会していたら俺も危なかった。

しかし、一体こんな深くで何をしていたんだろうか。ここ最近、死体を除けば人には会っていない。

疑問は残るが、俺はヤツがどこへ行くか見届けるために身を潜め続けた。


「ガアアアア!!」


そんな時、突然狼が荷車の中に向かって吠え始めた。

息を荒らげながら何かを加えると荷車の外に向かって投げ飛ばし、それは地面に打ち付けられた。


あれは·····人?しかも子供か?


白いローブを纏っていて分からないが、大きさ的に子供だった。

漆黒の狼は大粒の涎を落としながら、それに向かって歩いて行く。ローブを噛んで振り回すと飛んで行ってしまった。

その光景に目を見開いた。

青い髪、海のような濃い碧が特徴的な年端もいかない幼女だった。

気は確かなようだったが、目は虚ろで何故か抵抗する気配は無い。

俺は躊躇っていた。ここで出て助ければ俺が喰われてしまうかも知れない。あの子供だって今助けに行って間に合うかも怪しい。

狼が横たわる幼女を睨めつける。


俺は葛藤していた。行くべきか?隠れて自分の身を守るか?


狼がその凶悪な口を開いた。しかし幼女の目は虚ろなまま、まるで生きる事を拒んでいるかのようだった。


助けるべきか?このまま見過ごすのか?


狼が幼女の首に牙を立てた。


────。


俺は駆け出していた。


「ああああああぁぁぁぁあああ!!!!」


大声を出したのは自分を奮い立たせるためか、狼を引きつけるためか、自分でもよく分からなかった。

しかし俺の考えなど関係なく狼は俺に気付き、すぐさま噛み殺そうと走ってくる。

俺はバッグに入っているナイフを取り出すと、バッグごと狼に投げつけた。

狼男に使った手と同じ手を本物の狼にもする事になってしまったのは何の皮肉か。狼男と戦った時の記憶が蘇り、死闘の再来を予感した。


「【二重(デュアル)下位(エレメンタリー)水魔法(アクアマジック・)貫く(ペネトレイト・)(オブ・ウォーター)(ニードル)】!」


俺はこの修行で覚えた魔法の中で、一番殺傷能力の高い魔法を使った。さすがに今までの道のりで自分の身もボロボロだっただけに、何とか短期決戦で終わらせたかった。二つの魔法陣が出現し、文字通り水の針が投げ飛ばしたバッグごと貫く。

しかしその先から現れたのは、炎の大玉だった。

驚愕のあまり目を見開いた。狼の癖に炎を吐くとは一体どんな体をしているのか。案の定水の針は蒸発してしまい、咄嗟に両腕で炎の大玉を防いだ。

すると俺の腕を、あの時のように純白の鱗が覆った。


俺は爆風で後ろに吹き飛ばされた。部屋の壁までかなり距離があったはずだが、背中から壁に打ち付けられて肺の空気が全て出てしまう。

「ぐっ·····フッ!」

数メートル落下して地面に叩きつけられた。

こんなの勝てる見込みがない。

そもそもこんな深層など、自分の実力には明らかに見合わないのだ。数日前に襲ってきた魔物とは攻撃の重さが違う。


どうする?どうすれば勝てる?どうすればここを乗り越えられる?そうだ、師匠だ。前みたいにどこかで見ていて、実は危なくなったら助けに来てくれるんじゃないのか?

「し、師匠·····いるんでしょう!?助けてくださいよ!このままじゃ俺も、あの子も死にますよ!」

俺は辺りを見回しながら、叫んだ。今にも襲わんとする狼をそっちのけで、なぜか不思議と半笑いになってしまっていた。

しかし幾ら呼ぼうが叫ぼうが、当然誰かが助ける気配は無い。

「本当に、俺一人だけ·····?·····ぁ·····」

狼は口から微かに炎の弾ける音をさせる。次で止めとばかりに狙いを定めていた。


狼の方へ顔を向けた。凶悪な牙、肉を抉らんとする爪、ギラつく眼、それらを備える狼は、純然たる死に直結する何物以外にも見えなかった。

それを諸に感じてしまったが最後、身体の震えはどうしようが止まらない。

死への恐怖とは何度味わっても薄れるものではなかった。


俺の心は折れかけていた。いや、とうの昔に限界だったのかもしれない。これはきっかけに過ぎないのだ。

狼が通り道の、肉片となった死体を踏みつける。


あぁ、死ぬんだ·····


死を目前にして過ぎったのは、元の世界で死ぬ直前の出来事だった。

揺れる俺の視界に、倒れ伏す幼女が目に入る。

あの時も、あの女子高生が居なかったら俺は一目散に逃げていただろうな。

「ガルルルル!」

ついに狼が、項垂れる俺に向かってくる。


「人に頼って、見捨てて·····1回死んだのに何も変わってねぇな·····」


狼が疾走しながら炎の大玉を吐いた。先程のとは比較にならないほどの熱気で、練られた火球は俺を焼き付くさんと迫った。


驀進する火球は避ける隙すら許さず、標的に着弾した後大爆発を起こした。天井をも抉る爆発は、直撃すれば生き延びる手段が無いことは想像に難くない。

土の混ざった黒い煙が辺りを覆う。狼も敵のあっけなさに拍子抜けした様子だった。地面の匂いを辿り、弱肉強食を実行するべく這い寄ろうとしたその時、異変を感じ慌てて顔を上げた。


有り得ないその光景に攻撃どころか威嚇も忘れ、辛うじて身構える事しか出来なかった。


そこには半身の殆どが純白の鱗で覆われた少年が立っていた。額には龍を彷彿とさせる、左右で大きさの異なる二対の角。片方はまだ短く、もう片方は歪曲していた。

目に付くもの全てが非対称なそれは、帰って神々しさすら思わせた。


その異様なまでの威圧感に、一歩、また一歩とたじろいでしまう。歴戦の強靭な深層の魔物である狼ですら、かつて経験した事の無いほど己の本能が警鐘を鳴らしているのを感じていた。


「フゥゥ────」

少年の吐いた息には火の粉が混じっていた。


呼吸が熱い。まるで腹の中に溶岩でも流し込まれたような感覚だ。

それに暑さのせいか意識も朦朧としてきた。早くあの狼をどうにかしなければいけないのに、視界もぼやけて距離感すら掴めない。

立ちくらみでふらつく足をなんとか堪えるも、思わず頭を抑えてしまう。


一体何がどうなってんだ·····前もこんな事があったような·····


次第に定まる視界の中、狼が未だ威嚇を続けているのが見えた。

「ったく鬱陶しい·····いい加減【失せろ】·····」

そう口にした途端、俺の意識が飛んだ。地面に倒れた衝撃で一瞬目を覚ますと、狼は情けない鳴き声を上げて逃げて行くのが見えた。

「ぁ·····」

声にならない声を出すと、俺の意識はそこで完全に途絶えてしまうのだった。

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