8 素敵な先輩
人事課長との出会い。どんな感じになるでしょうか?
汐音です。
応接室の入口のドアが叩かれ、私は、立ち上がります。
「はいりますね。」その声は女性のものでした。あれっ?女性社員と一緒に来たのかな?
私の目の前に現れたのは、私と身長が同じくらいの小柄の女性だけでした。あれっ?と私は戸惑います。
40代くらいの女性で、大人の雰囲気がありましたが、キレイなロングヘアとこぎれいなメイク、そして、細身の体型が、美人の雰囲気を作ってます。
「はじめまして。今年から人事課長になった佐久間です。よろしくお願いします。」
ニコッと笑顔で挨拶されました。けっこう可愛いらしい。40代でも、これだけの容姿だったら、モテそう!と瞬間的に思います。
「あ、仙台支社の山川です。私の希望について検討していただき、ありがとうございます。」
「ふふふ、確かに可愛いのね。柴田さんが羨ましがってたわよ。私よりモテそうって。」
「とんでもありません。私、柴田さんみたいな美人女性の足元にも及びません。」
「うふふ。うまい返答ね。
人間って、自分にないものと求めてしまうから、難しいわね。
隣の芝生は青く見えるってことかな?
柴田さんほどの美人でも、不満点はあるってことで、人間っぽくて、それは魅力だと思いますよ。
あなたも謙虚で素敵です。
そういえば、ホルモン投与を始めて、効果が出て着た頃ね。会社の同僚には隠しているんでしょうから、大変よね。副作用とかない?」
「幸いにしてありません。でも、ものすごく不安なんです。あと数か月で、自分の体つきが変わってしまうってこともあるので・・・。手術の予定も入れちゃったし・・・」
「うん、そうよね。
でも、安心してください。3月には女性社員として働けるように、転勤の予定を組みましょう。
あなたのような人を私は最大限支援したいと思っています。
まだ、部署についてはまだ言えませんけどね。」
「本当ですか?
信じられません。ありがとうございます。申請してよかったです。」
「ちゃんと社内の制度をチェックしたからですよ。
やはり自分にとって最適な環境を得るには、勤務先の福利厚生や人事制度を100%熟知しないといけませんね。あなたは、ちゃんとチェックしたからここそ、メリットを享受できるんです。
ホント、よかった。
ところで、独身と聴いてますけど、仙台には彼氏とかいるの?
あ、こういう質問はセクハラっぽくてよくないけど、あなたの人事異動に関わることだと思って聴いているから、許してね。」
「あ、大丈夫です。
そういう人は・・・いません。
気になる人が社外にいるんですけど。
その人、私が男性であると打ち明けたら、連絡してこなくなって・・・
でも、気になって・・・。」
「まあ。それは悩ましいわね。
でも、いいなあ、コイバナ!
若いからこそできる恋はあるのよ。
もし、その人の事が気になるなら、連絡してみるのも手かな?
私は結婚して、何年もたつから、そういう話を聞くと、胸がときめいちゃう。
LGBTだからと言って、恋愛に消極的になることない。
私は何度も失恋したけど、最終的にいい人に出会ったから、結果オーライと思ってる。
山川さんも失恋を恐れないで、いっぱい恋をしてね。応援するから。」
「え、その話の流れ・・・課長って、もしかしてLGBTですか?
あの・・・レズとかだったりして・・・
ごめんなさい。憶測でモノ言って。」
「あ、うっかりした。
うん、話の流れからすると私もLGBTって匂わせている感じよね。
どうせ、お話しようと思ってたから、説明します。
私もあなたと同じMtF。男性から女性に性別を移行したの。
この会社には中途採用されたんだけど、その時は、戸籍はもう女性だった。
以前勤めていた会社にいるとき、手術や戸籍変更手続きをしたの。
つまり仲間だからよろしくね。
先輩として頼りにして。」
私は、課長と面接に入る前に、柴田さんに言われたことを思い出します。
そうか、課長が、性転換女性だったんだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。
こんなに早く、LGBTの先輩にお会いすることができるなんて、ラッキーです。
私は・・・女性としては、全然素人だと思います。まだ、入口に立ったばかり・・・。
これから、一生懸命勉強しますので、ご指導ご鞭撻のほどお願いします。」
「うん、謙虚でよろしい。
力むことはないけど、少しづつ成長していくことは大事。
わからないことあったら、何でも、聴いてね。
そうだ。今日は金曜日だけど、このあとすぐ仙台に帰っちゃうの?
よかったら、私と柴田と3人で飲みに行かない?無理には誘えないけど。」
「ぜひ、ご一緒させてください。
人生の先輩から、いろいろご教示いただきたいと思います。」
「そんな・・・大袈裟ね。でも、私も、こんな可愛いMtFの後輩に出会えるなんてラッキーだと思ってる。いろいろおしゃべりしましょ。
さて、じゃあ、これから面接をはじめます。
今まで、どんな仕事をして、どんな成果をあげてきたか、お聞きします。
仕事で悩んだこともお聴きします。答えてくださいね。これからの配属に影響しますから。」
「はい、わかりました。」
それから、30分ほど、今までの仕事のことについて聞かれ、説明しました。
何が得意で、何が不得意とか、人間関係で困ったこととか、いろいろです。
そのあと、性別変更に関わる手続き方法と性転換手術を受ける時の休暇取得方法等について、説明を受け、面接は終了します。
「まだまだ、わからないことだらけだと思うけど、担当の柴田さんにフォローしてもらいます。
今は、3月末の引っ越しの準備と、女性としての生活に移る準備をしてね。」
12月から、転勤がわかるというのはすごい。
そして、女性として働けることが決まるというのはすごくうれしい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帰りの新幹線の中で、私は、中山さんのことを考えます。
中山さんは、私が男性であることを明かしたら、連絡を絶ってしまいました。
やっぱりそうだよね。とは思ったけど、もしかしたら、悩んでいるのかなとも想像します。
もしかして、時間が経って、連絡してくるかも・・・
もし、連絡が来たら、会ってみたい。
そう考えてしまいます。
勝手な希望だけど。
性別違和の診断が下りて、女性ホルモンの投与が始まってから、彼氏が欲しいという気持ちが強くなってきました。
以前は、普通の男性が、私のような人間を好きになるわけない思っていたけど、最近は可能性があるかもと気持ちが変化してきました。
肌がきめ細かくなり、脂肪で体が包まれるようになり、胸と尻が大きくなりつつある感覚を実感してくると、恋がしたいと心の底から気持ちが噴き出てきます。
佐久間人事課長にも励まされてしまいましたし。
アフター5に、佐久間課長と柴田さんと軽く飲みに行ったときは、さんざんからかわれてしまったのです。
そして、恋愛はした方がいいと言われたんです。
柴田さんも、現在恋愛進行中だそうです。
まだ、結婚は決まっていないそうですけど。
新幹線が福島を過ぎた時、スマホが鳴ります。
ついに、来ました。
中山さんからのメッセージが来ちゃいました!
「汐音さん、ご無沙汰してます。
性別の件を教えていただいた時は混乱してしまい、どうしていいかわかりませんでした。
数ヶ月経ち、冷静になった今、やはり仲良くしていただきたいという気持ちになりました。
本当に図々しいし、自分勝手だとは思いますが、友達になっていただけませんでしょうか?
もう一度お会いしたい気持ちがあるんです。
お返事をお待ちしています。」
私は、奇跡を感じました。
諦めていた恋?動き始めるのかな?
次回は来週の土日のどこかで更新します。