7 人事部訪問
大会社や官公庁では、LGBT、特にMtFが確実に出現しています。昔のように、その人たちの性指向を拒絶できなくなっているわけですから、人事部とかは大変だと思います。実際、訴訟とか起きてますね。
汐音です。
東京本社にある勤務先の人事部に面接で来ています。
会社の制度を利用し、人事部に自分がトランスジェンダーで女性社員になりたいこと、そして性転換手術を予定していることなどを直接メールで人事に送ったら、本社で面接することになり、東京に来ることになってしまったのです。
会社がLGBTに対して、どこまで理解して、どこまで希望に沿ってくれるのかはわかりません。
だいたい、うちの会社に、LGBTがいるかどうかもわからないのです。
たぶん・・・いるのでしょうけど、守秘義務があるから、一般社員は知ることができません。
いるとすれば東京、名古屋、大阪等の大きな事務所だとは思います。人が多い事務所ならば、変わった人間を隠すことができます。
さて、・・・私は、人事部の柴田さんに誘導され、ちょっとしたスペースがある会議室に来ました。
会議室の中は、私と柴田さんだけです。
「山川さん、これから佐久間人事課長と面接してもらうんだけど、その前にチェックしたいことがあるから、そこに立ってくれますか?」
私は、会議室の中のスペースで立たされます。
腕を組みながら、柴田さんは私を頭から、足まで、じっくりと観察します。
「じゃ、そのまま後ろを向いてください。」
私は言われるとおり、背中を見せる態勢になります。
「はい、ありがとうございます。今度はこっちを向いてください。身長はいくつですか?」
「158センチです。」
「髪の毛は地毛?」
「え?・・・あの・・・男性社員では、さすがに、こんなに伸ばせません。
地毛はボブくらいの長さです。簡易エクステで、ちょっとセミロングに見せています。」
「なるほどね。ウイッグではなさそうだったから不思議だったですけど、工夫してるのですね。
じゃあ、応接室に行きましょう。」
私は、柴田さんに連れられ、人事部の応接室に通されます。
そこで、やっと座ることを許されました。
「ええと、8月に性別違和の診断、9月からホルモン投与、そして、来年夏には性別適合手術っていうことで、いいんですね。
それで・・・4月から女子社員としての勤務希望と。
それから・・・独身ね。結婚歴はなく、当然子供はなし。
念のために聴きますけど、結婚予定はないですね?
勤務希望地の希望はなくて、場所にはこだわらないけど、性転換手術のフォローが必要だから、性別変更についてのエキスパート医師がいる大病院がある地域がいいんですね。うん、三大都市周辺なら、大丈夫かと思います。
時期としては、ギリギリのタイミングですね。
申請してもらってよかった。
もう12月になっちゃったから、来年の人事異動の作業が始まってるんです。
幸いにして、今、性別違和で、相談をしてきているのは、山川さんだけだから、何とかできると思います。
女子社員として働き始めるのに最適で、しかも、性転換手術の間、ゆっくり休むことができる部署あると思いますよ。」
「え?そんなに配慮してもらえるんですか?
嬉しいんですけど・・・ちょっと信じられません。」
「まあ、LGBTに対して、いろいろ配慮する時代だし、うちの会社では、10年ほど前にLGBT社員と揉めたことがあるんです。揉めた社員はもう退職しているんですけど・・・。
その結果、人事では、いろいろ裁判所の判例や海外の事例とかを参考にして、LGBTの処遇を研究して対応策を作り上げました。今のところ、数人のLGBTの方の処遇を取り扱っています。
でも・・・、誰でも、うまく対応できるわけではないんです。やっぱり素質とか資質は見ざるを得ないんです。
あなただから、スムーズに進みそうと私、思いました。。
山川さん、あなた、普通に女性に見えます。顔は可愛いし、小柄だし、声も作ってるんでしょうけど、女性の声に聞こえます。
過去の女性社員への変更希望を出した職員の中ではトップクラスだと思います。身長が低いのは恵まれてますよ。
私、LGBTQ担当者になって3年経つけど、私が対応したLGBTで、あなたほど性別変更が似合う男性は初めてかな?
私も、あなたくらいの身長がよかったなー。
私のことモデルみたいだと思ったでしょ?それは良く言われますけど、私は男性から、可愛いって見降ろされる小柄の体つきがよかったんです。私は生まれつき女性だけど、そういう面ではあなたを羨ましいと思っています。」
「ありがとうございます。恐縮してしまいます。
あの、その、女性になりたいと思っている人で、性別変更が似合いそうもない人も希望出してるんですか?どんな人ですか?」
「うーん、体格がいいとか、顔が女性向きではないとか、性格に難があるとかですね。そういう場合は、あまり営業的な仕事はさせられないんから、困るんです。何とか対応して、問題のない部署に配置しています。けっこう大変でした。
あ、そういえば、LGBTといえば、中途採用で女性として入社してきた人ですごい人がいます。
元男性なんですが、あなたのように、小柄で可愛いんです。生まれつきの女性にしか見えません。仕事もできて尊敬できる人です。もう40才過ぎてますけど、可愛い感じで、男性に大人気です。あなたを見た時にその人と同じだと思いました。」
「ええ?そんな方がいるんですか?
ぜひお会いしたいものです。」
「ふふふ、今日、会えますよ。」
「そうなんですか?
うわーっ、何か楽しくなってきました。」
「さあ、そろそろ時間ですね。佐久間人事課長に先ほど私が確認したことを伝えた上で、呼んで来ます。緊張しないで、面接してくださいね。」
「はい、わかりました。よろしくお願いします。」
柴田さんが、応接室を出て行ったあと、私はやっぱり緊張します。
人事課長と言えば、人事を握っている切れ者のイメージがあります。
厳しい目で見られる可能性が高そう。
「女性社員として働いてもらうのはいいとして、実績を上げてもらわないとダメだぞ。昔とちがって、女性だからと言って、甘やかされる時代ではないんだ!女性活躍推進というのは、女性も男性以上の成績を上げてもらうということなんだ。」なんて、強く言われたらどうしよう?
怖いなあ。
そして、5分ほどたち、ついに応接室の入口がノックされました。
立ち上がった私の心臓は止まりそうでした。
次回も次の土日のどこかで更新予定です。