3 本物の女の子と思われてる?
女装した男子が、男性から本物の女性と思われているというのは、けっこうドキドキ物かもしれません。状況によっては、カミングアウトしなければと悩むでしょう。
僕は、山川雅樹。
一応男性で、社会人3年目。
でも、僕は女の子になりたい男子なんだ。家にいる時と土日祝日など、休みの日は女装して過ごしている。
女性の時の名前は森川汐音。
苗字は少しだけ変えて森川にして、下の名前は行きつけの歯科医院の歯科衛生士さんの名前をもらっちゃった。歯科衛生士さん、無断でもらっちゃってごめんなさい。だって汐の音なんて、素敵なんだもん。
さて、僕はひょんなことから、三陸海岸のある場所にある展望台で、偶然居合わせた男性と一緒にセルフタイマーを使って、写真を撮ってしまった。
凄く恥ずかしい。
「あ、ありがとうございました。私、もう、帰ります。」
写真を撮るやいなや、僕は慌てて帰り支度をする。
赤の他人とこれ以上一緒にいるのは不自然だもん。連絡先の交換?
もう、いいや。彼も僕と一緒の写真を欲しいと思わないだろう。
すると、「では、駐車場まで一緒に行きましょう。」と声をかけられた。
明るい感じが、爽やかだ。実に好青年。
断れないよ。
「あ、はい。」
どうしよう?もし、「何で、女装しているの?」なんて、聴かれたら、落ち込みそう。
変な質問来ないといいんだけど・・・
「地元の方ですか?」
わー、やっぱり質問キター!
「いや、仙台から来ました。」
嘘は言えないよ。
「僕も仙台から、ドライブで来たんです。2年前の春に就職して、ドライブが趣味なんで、今日、休みを取って、息抜きでここに来たんです。
地元は東京です。最初の配属が仙台支社だったんです。」
嘘?!僕と社会人同期?就職した年が一緒。もし大学が現役入学だったら、同い年だ。
最初の配属が仙台なんて、凄い偶然!僕はこの自己紹介に食いついてしまう。
「そうなんですか?わ、びっくりした。
私も就職して3年目です。東京で採用されて、仙台に配属されたんです。同じですね。
地元は関東です。
景色と一緒に写真を撮るのが好きで、休みをとって、来ました。
土日祝日だと人が多くて、三脚なんて立てたら恥ずかしくて。」
僕は、思わず、いろいろと個人情報を開示してしまった。
思わぬ偶然に興奮したのだろう。
神奈川県出身というのは隠しちゃったけど。
ああ、駐車場が近づいてきた。これ以上の情報開示はやだ。
でも、彼は話しかけてくる。
「あの・・・初対面で図々しいんですが、僕は中山廉っていいます。
質問を二つしていいですか?」
「はい、何でしょう?」
「あの、名前を教えてください。
それから…彼氏とかいるんですか?」
「え?何で?…」
僕は、激しく動揺した。名前を名乗られちゃうと、こっちも答えざるを得ない。
それから彼氏?初対面で聴くのか?大体、僕のことを女装した男子と見抜いているのか?
それとも本物の女性と思っているのか?
どっちなんだろう?
もし、女装した男子と見抜いているなら、同性愛指向と見られていることになるよ。
「いや、同じ仙台の会社員なら会うかもしれないし。
それから…
こんなに可愛い女の子の名前と彼氏のいる無しは知りたいじゃないですか?」
ええっ?!可愛い?
しかも、本物の女性と勘違いしてる?!
まじ?
うそ!うれしいっ!!
僕の足は止まってしまった。
「うそ!・・・可愛い?・・・・・
女の子に見えますか?」
僕は本音を言ってしまった。女の子に見えるの?なんて、まるで、自分が男性って言ってるようなもんじゃないか。しまった。
彼は、ちょっと目を白黒させたが、僕を女装した男と見破ったわけではなかったようだ。
言っている意味がわからないという反応だった。
ただし、可愛いという根拠については説明してくれた。
「うん、可愛いと思う。勤務先の仙台支社に10人くらいは
20代の女性いるけど、君にみんな負けちゃうよ。」
やだっ!
嬉しいこと言ってくれる!どうしよう?
「うそ!・・・。
てっきり、バレてると思ってたけど…」
「ん?何のこと?」
しまった!また本音を言ってしまった。
まるで、自分が女装男ってカミングアウトしてるのと同じじゃないか?
「あ、変な事言っちゃいました。
えっと、気にしないでください。」
「う、うん。そうですね。」
何とかごまかせた?
わからないけど・・・
でも、追及なさそうだから・・・とりあえず大丈夫・・・かな?
そうだ、こんなに褒めてくれるんだし、ちゃんと質問には答えよう。
「ありがとうございます。
あ、質問にお答えします。
名前でしたね?
森川汐音です。
彼氏はいません・・・けど・・・」
彼氏がいるなんて、嘘付けないよ。
ここは正直に・・・と。
「あの、ここで会ってのって何かの縁だと思うし、同じ仙台勤務だし、友だちになりませんか?
とりあえず連絡先交換しましょう。」
うわっ、やっぱり、この人、私のこと、本物の女性だと思ってるんだ。
どうも、私のこと気に入ったみたい。
嬉しいような、申し訳ないような・・・
困ったな。
ラインとかは嫌だな。
「え?どうしよう…
うーん、フリーメールなら教えてもいいです。
電話番号やラインはちょっと…」
「フリーメールでもいいです。
連絡がつくなら。
教えてください。」
わ、食いついてきた。
フリーメールならいいや。
教えても問題なし。
その場で連絡先を交換する僕と彼。
連絡先を交換した直後、僕は女の子に成りすましていることがものすごく恥ずかしくなってきた。
それに、ばれてる可能性はゼロとは言い切れない。
もしかして、男だとわかっていて、面白がってたりして?
それは、やだなー。
とにかく、一刻もここを去りたい。
「じゃ、本日はお世話になりました。失礼します。」
僕は丁寧にあいさつをして、すぐ自分の車に乗り込んだ。
そして、すぐ車を走らせる。
彼は、自分はすぐには乗らず、僕を手を振って送ってくれた。
何か、名残惜しそうだった・・・。
もしかしたら、いい人かもしれない。
僕は、そのまま仙台の自宅に直行した。
男の人に、連絡先を聴かれるなんて、初めてだから、すごく動揺して、帰りの車の中もドキドキしっぱなし。
連絡来るだろうなー。
どうしよう?
また、会ってくれとか言われたら・・・困るよなー。
優しそうだし、性格良さそうだし、容姿もまずまず。
私が本物の女の子だったら、恋しちゃうかもしれないけど・・・
「にせもの」だから、もう会っちゃだめだよね・・・
でも、でも、可愛いって言ってくれた。
1回くらい会ってもいいかなー。
いや、ダメだ。もし誘われたら、男であることを明かそう。
誤解が進むと、彼を傷つけるかもしれない。
だから・・・
あー、もったいないなー。
男性のことを好きになったことないし、男性と恋愛なんて、考えたことも無かった。
なぜか・・・すごくドキドキする。
男性との恋愛っていいかも・・・。
でも、身体は男なんだよね。無理だよ。
次回は、来週の土曜日か日曜日を予定しています。お楽しみに。