2 声をかけられた。どうしよう?
観光地で、声をかけて写真を撮ってあげるって、コロナ前なら普通でしたけど、今は、迷惑行為かもしれませんね。早くコロナが収束してほしいですね。
僕は山川雅樹。
社会人3年目だ。
神奈川県出身。
大学卒業後、東京本社の企業に就職して、最初の配属先が仙台になり、もう2年以上仙台に暮らしている。
たぶん、来春には転勤かな?
僕は独身だ。
そして、彼女はいない。
就職した時は、彼女を作ろうと思った。
入社後、仙台に配属された僕は、同期の身長152センチの小柄な女の子をすぐ好きになる。
僕自身が身長158センチしかなくて、僕より背の低い女の子を彼女にしたかったんだ。
でも・・・配属されて、2カ月で告白したら、見事に振られてしまった。
背が高い男が好きだって言われた。
その子は数カ月後、身長175センチの男子と付き合いだしたから、有言実行だ。
うーん、身長的には僕の方が釣り合うと思うんだけど、女性って、自分との身長の比較とは関係無く、背の高い男性が好きなんだなってつくづく思った次第だ。
女性としての本能的なモノかもしれない。
原始時代は屈強な男じゃないと女を守れなかったわけだもん。
とはいえ、すごいショックだった。
実は好みの女の子に告白して、振られるのは中学時代から数えると10回は超えている。
小柄な女の子でも、顔を見上げて話せるような高身長の男子に憧れるって何となく理解してけど、決定打だと思った。
その失恋で、僕は子供のころからずっと強く抱えていた気持ち…
隠していた気持ち…
その気持ち…を抑えていた堤防のようなものが一挙に崩れる。
それは…
誰にも話した事がない…
そう、
「女の子になりたい…」
という気持ちだった!
実は、僕は幼いころから、女の子になりたいと思っていた。
女の子の可愛い容姿、長い髪の毛、凹凸のある柔らかい身体、可愛い声、キレイな洋服、可愛い下着、女性を飾るアクセサリー、靴、バッグ等、すべてが憧れで、物心がついた5歳の頃、何で自分が男子なのかと不条理に感じた。
でも、別に男子を好きになるわけではなかったので、いわゆる典型的な性別違和ではなかったと思う。
好きになる子は女の子だった。
とはいっても、性的に好きというより、可愛いから好きという感じだったような気がする。
自分の身体は男性に生まれてきたという事実は曲げられないと僕は幼いながらに判断した。僕は家族を含め、人には相談しないまま、成人していく。
でも、常に、女の子になれないか?ニューハーフになっちゃおうかな?性同一性障害と主張して、治療を開始したいって家族に言っちゃおうかなとずっと思いながら成長し、何もせず、就職に至ってしまう。
僕の家族関係は良好だし、何でも相談に乗ってくれる雰囲気ではあるが、言えなかった。
「女の子だったら、かなり可愛いくなったわね。」なんて、母や姉にからかわれたり、「美人姉妹でもよかったな。」なんて、父親が冗談を言ってたりしたが・・・
彼女ができれば、女の子になりたい気持ちはなくなるだろうと期待して、前述したように、女の子に告白を繰り返したけど、ダメだった。僕は女性を好きになり付き合いたいと思う事が度々あったのだけど、全然上手くいかなかった。
実際に行動はおこさなかったものの…
幼いころから、今に至るまで、男性が女性になるための研究を欠かしたことはない。
まずは生物的な男女の違いから理解した。そして、性転換手術を行った先人の話や、性同一性障害やニューハーフ、ホルモンや手術方法や手術手段ということは常に調べていた。
また、メイクやファッション、女性特有の歩き方、仕草も常に勉強する。
髪の毛は理容室ではなく、美容室に行ってカットした。さすがに長く伸ばすことはできなかったので、女性のショートカットにしてもらう。「女の子に見えますね。」なんて言われると、心の中でガッツポーズをした。
身長は伸びなかったのでラッキーだったが、問題は骨格と筋肉だった。
男らしい体にならないように、運動部には入らず、文化部で通した。
筋肉がつかないように、肩幅が大きくならないように、ウエストが太くならないように、運動制限、食事制限には気を使う。
それでも、男性ホルモンの力は大きく、普通の女性よりは男っぽい体つきにはなってしまっているのはどうしようもない。
そんな感じで密かに女性になりたい気持ちを抱えていた僕は…
社会人1年目の失恋により、もう開き直ることにした。
女性になろう!
まずは、女性の姿になってみよう!
とりあえず、家にいるときと、仕事のない休日は…
幸いにして勤務先の借り上げているワンルームマンションで一人暮らしだ。
近所に同僚はいない。
まず、ネットやスーパー、ロードサイドショップなどで、基本的な女装のためのグッズを揃えた。
髪の毛は男性としては長めで、女性のショートカットの髪型なので、地毛でも女装できたが、ロングヘアに憧れてたし、変身度も大きいのでウイッグを購入。
そして、下着に、スカートにブラウス、靴にバッグにメイク用品。最低限の女装のための道具をそろえた。
そして、外出。
最初は下手くそなメイクに、頼りない女子姿だった。
かなり怪しかったと思う。
でも素質はあったようで、2か月もすれば、普通の女性に見えるだけのスキルができた。
服や靴、化粧品等の女性用品も充実する。
かなり可愛い女性として扱われるようになったことには驚く。
男性から声をかけられたり、洋服屋さんでのスタッフの扱いから、何となくわかるんだ。
初めの頃はごますりって感じていた営業用の褒め言葉…それが心の中から出る言葉に変化するのがわかった。
それに、自分で街中にある鏡を見ても、可愛い女の子に見えるし!
そして・・・次の欲求が出てくる。
体つきを女性にしたい。髪の毛を伸ばしたい。そして、女性社員として日中勤務したいという欲望が出てきた。
僕はすぐジェンダークリニックに通い始める。
性転換するためのロードマップについては幼い頃からの研究で知っていたので、早い方がいいと判断して決断は早かった。
もちろん、受診の際は、精神科医が判断しやすいように受け答えをした。長年の研究が見事に活かされる。
幸いに医師は僕の小柄で可愛らしい容姿を絶賛した。
「君は恵まれている。今のままでも女性に見える可愛さだよ。」と前向きだった。
もう2年近く通っている。性別違和の診断を得るにはもう少し時間がかかりそうであるが、手ごたえを感じているこの頃だ。
そんなある日、
海をバックに写真を撮りたくなり、愛車で三陸海岸に出かけた。
実は自然の中で、写真を撮るのが大好きなのである。
自分の女装姿を名所の景色と一緒に撮ると生きている意味を感じる。
実は、女装・ニューハーフ系のSNSで、写真をアップしている。
評判はまずまずだ。
ホントは誰かと一緒に行きたいけど、女装生活をばらしているリアルの友人はいないから、やむなく一人旅行をしている。
SNSの友人は会ったことのない人ばかりで、誘うの怖いし、スケジュール調整も大変だと思った。
旅行と言っても、日帰りで県内のみ。
自分の車で行く。
東北の名所は車でしか行けないところが多いんだ。
日帰りで、県内に限定しているのはリスク回避のため。
泊りでの長距離旅行となると、女装のリスクが気になるんだ。
例えば、車の運転中や駐車時に事故に巻き込まれたら、大変なことになる可能性がある。
だから、県内で、日帰りで帰れるところに限定してお出かけしている。
もちろん、山の中とか、辺鄙なところは避ける。トラブルが起こったら大変。
今日は、海が一望に見渡せる高台の場所。高速のインターから近くてアクセスがいい。
幸いにも、天気がいいし、いい写真が撮れそう。
クルマを降りて、展望台に上ると、男の人が一人いるだけで、しかも、隅の方にいる。よし、ラッキー!
ちょっとは気になるけど、しかたない。一人なら、見られてもいいや。
バンバン写真を撮ろう!
僕は、海をバックに、セルフタイマーをつかって、ポーズをとりながら、次々とモデルのように全身写真を撮る、気分は撮影にきたアイドルだ。多少雲もあるために、日の光が強くて、顔に影ができるということもない。
夢中になって、写真を撮って、一息ついた時だった。
展望台の隅にいた若い男性と目があった。
なんか驚いたような顔をしていた。
うわっ、変な目で見られている。一人で来て、三脚立てて、風景をバックに自分の写真を撮っているって変だよね。
もしかしたら、男って見破られたかも!うん、きっとそうに違いない!
恥ずかしい!
もう十分写真撮ったから、退散しよう。
僕は急いで片付けを始めたところ、予想外のことが起こった。
展望台の隅にいた男性が、こちらに向かって歩いてきて、そして声をかけてきたんだ。
「あの、景色をバックに写真を撮るなら、僕がシャッターを押しましょうか?」
僕は固まってしまう。何で声をかけるんだろう?親切?好奇心?女装した男が珍しい?どうしよう?
こんなのはじめてだ。
「いや、あの・・・その・・・いいです…」
何とか僕は応えた。
断れなかった。
本当は、恥ずかしいから、ここから逃げたいと焦っていた。
でも、親切なことを言っている人に冷たくできない。
彼は優しい声でフォローしてくる。
「いきなり声をかけてごめんなさい。
図々しかったかな?
でも、
ここ、景色いいですもんね。
記念写真撮りたくなる気持ちわかります。
お写真撮ってあげたくなったんです。
ダメでしょうか?」
わっ、ソフトな感じ。嫌な感じがしない。
だったら、頼んじゃおうかな?
「あ、すみません・・・あ・・・そうですね。
じゃ、お言葉に甘えて…お願い・・・します。」
僕はなるべく女の子っぽい声を作って、返答した。
女の子って感じてくれたかな?
いや、男が無理して女声出してると思ってるかも。
その後は、僕は恥ずかしいと思いながらも、ポーズや背景を気にしながら、写真を撮ってもらうことにした。
「ちょっと、顔を上げた方がいいかな?あ、手を組んでみたら?
そうだな、カメラ目線を外すのもいいな?」
わ、この人、プロのカメラマンみたいな言い方する。こういう感じで撮ってくれるなら、変な緊張しないで済むよ。
いつの間にか私は、プロのモデルになった気分で写真を次々に撮ってもらった。
ふとした瞬間に、私は気づく、
あ、私だけ、こんなに写真を撮ってもらって、申し訳ないや。
この男の人も撮ってあげないと。
「ありがとうございました。もうこれでいいです。あとは・・・そうだ・・・もしスマホお持ちなら、写真をお撮りしましょうか?この景色をバックに撮らないなんてもったいないです。」
「えっ?そ、そうだね。じゃ、お願いします。」
彼は素直に応じた。しかし、数枚撮っただけで、ストップをかけてきた。
「もう、いいです。男の写真なんて、そんないらないですよ。」
「そ、そうですか?
じゃ、うーん・・・私と一緒に写真撮りませんか?三脚あるので…
お嫌かもしれませんが・・・」
思わず、ものすごい提案をしてしまった。
初対面の人に一緒に写真を撮ろうなんて、すごく変だ。
何て、馴れ馴れしいんだろう?
僕のことを男と見抜いているのなら、気持ち悪いと思っているかも。
「いいんですか?よく知らない人と写真を撮っても。
俺は別に構わないけど・・・」
「ええ。これも記念・・・ということで。」
「じゃあ・・・1枚だけ・・・」
わー、よかった。拒否されなかった。
僕たちはぎこちない雰囲気で、素晴らしい景色をバックに並んで写真をとる。
身長は170センチ超えている。私の身長とバランスがいいな。
私が本物の女の子だったら、ロマンスになりそう・・・
でも・・・
僕は「チーズ!」ととりあえず、声をかけて写真を撮った。
彼も笑ってくれたようだった。
つづく
次回は9月25日か26日に更新します。