14 女性社員としての生活
汐音のその後です。女性社員として過ごす日常とは?
汐音です。私、6月に33才になってしまいました。
では今までを振り返ってみましょう。
仙台で3年間過ごした後、4月から女性に性転換する予定の社員として配属されたのは、何と人事部でした。
もちろん女性の姿での通勤と勤務が認められます。
私をサポートしてくれる柴田さんと、性転換女性の先輩である佐久間人事課長と一緒に仕事ができるとは、何にも増して嬉しいことでした。
女性として、24時間過ごすのは不安でいっぱいで、戸惑うことばかりです。
まずは、毎朝の支度です。
ボブからちょっと伸びたくらいの長さの地毛で女装する事になりましたが、これが意外に大変。寝癖がついたり、ヘアスタイルが決まらなかったり、すごく気になります。美容室に行って、いろいろアドバイスをもらって、綺麗に整えてもらうまで苦労しました。
メイクも大変。休みの日だけやってた時と違ってスピードが要求されます。それに同僚に顔をじっくり見られる機会が多いから手が抜けません。
次に、服装です。
スーツ系を基本に東京のど真ん中に似合う服装を毎日考えないといけません。
今時の会社員女子はスーツ系とカジュアル系ファッションを上手く使い分けています。
昔のOLさんと違って、制服はなく、通勤時と仕事時が同じ服装だから、そこも考えることが大事。
仕事も会社にこもってばかりではなく、外に出ることも多いので、社外の人の目も気になります。
さらに、男性のように、いつも同じようなカッコでいるわけにはいきません。女性は男性よりファッション・センスを見られます。甘いファッション、辛めのファッション、ファーマルっぽいファッションといろいろヴァリエーションを作ります。ある日はバシッとしたパンツスーツ、ある日はロングスカートでフェミニンに、またある日はタイトスカートでキャリアガール風になどコーデに頭を使います。
すごく大変!!
次は、通勤の満員電車!
これは、柴田さんのアドバイスの通り、早い時間の出勤や女性専用車両の利用で何とかなります。
痴漢も怖いのですが、満員電車で髪型とか服装が乱れるのが嫌です。せっかくきれいにしても崩れてしまうのは耐えられない。
会社では何と普通に女子トイレ、女子更衣室が使えました。人事部の女性は私のような性別移行を目指す女子?に慣れている人が多いみたいで全く問題にならないようです。
更衣室は、制服がない我が社では下着姿になって着替える人はいません。だから大丈夫。
そのほかにも女性特有の習慣等で、戸惑うことはありましたが、柴田さんと佐久間さんに教えていただき、慣れていきます。
仕事は、社員のメンタルヘルスの管理、LGBT社員の相談と柴田さんの仕事の一部を引き受けることになりました。
ただし、8月から性別適合手術にために3か月ほど休暇を取得する予定があり、見習いみたいな感じ?でやることに。
気楽でした。
あとは、採用活動の手伝いとかやっているうちに、ついに予定していた8月がやってきます。
そして、ついに性別適合手術、つまり性転換手術に突入。
男性器との別れとなります。
両親や姉には事前に説明済みでした。まあ、1度しかない人生だから、後悔ないようにやりなさいと言われたときは。ワンワン泣いてしまいました。
手術とその後の入院、そして、リハビリがあって、11月から、仕事に復帰します。
本格的に人事部の仕事を開始します。
まあ、専門的な話になるんですが、手術はS字結腸法を適用。その後、ダイレーションという女性器の拡張訓練等があり、大変でした。
性転換に関するネット記事とか読めばわかるので、ここでは詳細の説明を省略させていただきます。
まあ、11月の段階では、仕事をするのには全く問題なくなっていたので、長い休暇をいただいてホントに助かりました。
人によっては、手術後1カ月以内に仕事に復帰する人がいるそうですから、私はいい会社にいたと思います。よかった。
身体が女性になってうれしかったのは、更衣室、トイレで、変な緊張をしないですむようになったことです。自分は女だと自覚できるので、すごく気楽になりました。
そして、嬉しくて、女風呂にも、積極的に入るようになります。
銭湯、健康ランド、温泉など、暇なときは行くようになりました。
下半身を気にしないでいいというのは天国でした。
そして、年明けには、家庭裁判所に性別の変更と名前の変更を申請。無事、許可されます。
ついに、山川汐音が本名に!
戸籍謄本で、自分の名前と性別が変わったことを確認した時は、やっぱりワンワン泣いちゃいました。
でも、仕事は大変でした。もう1人前とみなされ、自分から企画するように求められたりして、苦労の連続。それでも、柴田さんと、佐久間課長の支えがあり、何とか合計6年間、人事部での仕事をやり遂げました。
そういえば、人事部にいる間、喉仏の切除をやりました。
ちょっと目立っていたので、気になっていたのです。
仕事中、ポニーテールにすることが多く、喉仏を見つけられる可能性がありました。
そういえば声を高くする手術も受けています。
訓練で女性の声を出せるようにはなっていましたが、より自然な声にしたくって。
気になるところを徹底的に直すと、気持ちは充実しました。
人事部のあとは、地方にでも転勤するのかなと思ったら、本社の宣伝、広報関係の部署に異動になります。30才になってました。
社外との交渉、折衝が増え、私は、若手とベテランの中間的存在として、バリバリ働きます。
いかに、世の中に自分の会社の存在をよく見せて、社会貢献ができるかみたいな命題を基本に、仕事第一で、がんばります。
仕事に夢中になりすぎて、大好きなスカートやワンピースを着なくなり、パンツ系ファッションばかりになりました。だって、機能的で楽なんだもん。
恋愛についてはどうだったかというと・・・
けっこう、社内の人や、取引先の方からアプローチを受けました。
自分で言うのは嫌味なんですが、私、そこそこの美人に見えるようです。
誘われて、軽く付き合う事もありましたが、本格的な付き合いにはなりませんでした。
私の方がブレーキをかけて、断ったんです。
理由は、元の性別を隠していたから・・・
だって、生まれながらの女性だって思わせたかったんだもん。
元男性だなんて、カミングアウトしたくなかった。
そんなこと言ってたら、一生、彼氏できないし、結婚もできないよって、私の正体を知っている同僚には言われました。
そういえば、社内では、私は元の性別をオープンにはしていません。というか、手術をして戸籍を変えてしまえば、普通に女性社員なので、問題はないのです。
まあ、カミングアウトしたければしてもいいという事にはなっていますが、私はしたくなかったのです。
32才になるころには、もう、恋愛や結婚はどうでもいいやと思い始めてました。
女性として、生活して働ける歓びで、満足しようと割り切るのもいいかなって考えたのです。
でも皮肉なことにスタイルは良くなっていました。
胸はDカップに、ウエストは細くなり、ヒップもほどよく大きくなります。後輩女子に「羨ましい〜」とか言われるようになりました。
でもパートナーがいなければ宝の持ち腐れです。
そんなある日、6月のことです。
仕事で他の会社に行くために、わが社がある丸の内から大手町まで歩いている時、あるビルの前で私は立ち止まってしまいました。
「あ、このビル。中山さんの勤務している会社の本社が入っている。懐かしいなー。」
中山さん、今は日本のどこで勤務しているだろう?
全国企業だからなぁ。
私が見かけた同僚の女性と付き合って、結婚したのかな?
それとも、別の女性とくっついたかもしれないなー。
あれから、もう8年経ってる。あの後1年くらいで結婚してれば、子供も生まれて、そろそろ小学生かな?
それにしても、出会った時はドキドキしたなー。
そう言えば、東京本社に女性社員で働くことについて人事部に相談に行ったときは、彼に本気で恋しちゃった気分だったかも。
一緒に旅行して、キスもしたなー。気持ちよかった。
あれから、お遊び程度に男性と付き合って、何度かキスもしたけど、あの時ほど、気持ちいいキスはしてないよ。
立ち止まって、ビルの入り口をぼんやり見てると、私は、信じられないものを見てしまった。
「ウソ!!
もしかして・・・ビルから出てきて、先の方を歩いている男性、中山さん?」
8年も経っているから、間違いかもしれないと目をパチクリしているうちに、男性は横断歩道をわたり、離れてしまった。
走って追いついて確認したいという気持ちがあったけど、今は仕事の途中。道草を食うわけにいかない。
「よし、本社に勤務しているのかもしれない。会えるかも!」
私は、会ってどうなるもんでもないという冷めた気持ちを持ちながらも、会いたいという気持ちを抑えられませんでした。
あれあれ?今度は汐音が中山君らしき人を見つけました。でも、東京です。そう簡単には出会えません。
次回は来週です。




