1 海が見える高台で
久々に新作を書きました。過去に書いた「TS女子の恋は諦めから始まる」に似た話かもしれませんが、こういうお話が好きなのでまた書いています。
TSという言葉は「トランス・セクシャル」のことで、性転換全般のことを指すと思うんですが、この「小説家になろう」では、SFや魔法、天変地異で女性化になることを指すことが多いので、今後は使いません。
私の話はファンタジーではなく、医療技術で女性化する男性の話なのです。これからは「MtF Story」という言葉を使用します。「MtF」は医学の力で女性になることを目指す男性です。実際、日本でも相当数の方がいらっしゃいます。年々、若い人が増えてきて、いわゆる水商売の「ニューハーフ」ではなく、普通の仕事をしている人も多いのです。そんな背景をもとに考えた小説です。
俺は、中山廉。
社会人になって3年めの夏を迎えた。
とある大手企業勤務のサラリーマンだ。
東京で研修を受けたあと、仙台支社に配属となり、ずっと勤務している。
仙台というか東北にはずいぶん詳しくなった。
そろそろ来春はどこかに転勤だ。東北とはおさらばだ。
会社の連中とは平日に付き合って飲みに行くこともあるが、土日は、会社の連中とは付き合わない。趣味に使っている。
俺はドライブが趣味で、東北各地を一人でドライブして、各地の景色や名所を楽しんでいるんだ。
仕事で東北6県を回っているから、知識も増えた。
え?彼女はいないのかって?
モテないのかって?
一人のドライブは寂しくないかって?
そりゃ、俺も男だ。
可愛い彼女が欲しい。
俺は175センチの中肉中背で、イケメンではないにしろ、平均以上の容姿とは思っている。
それなのに彼女ができないのは、俺が好みにうるさいからだろう。
俺は、女の子の容姿や性格、洋服の趣味をかなり細かく見てしまうんだ。
自分でも贅沢だと思うし、しょうもないと思うけど、一度きりしかない人生。わがままでもいいじゃないか?
まず、身長は、158センチ前後が好きである。162センチ以上や155センチ以下は嫌だ。
細かい設定だけど、一緒に並んだ時とか、向かい合った時に、一番可愛いと思う身長だ。
髪の毛はセミロングかロング。長くてきれいな髪は憧れだ。
メイクはナチュラル系。
体格は華奢で細身がいい。
胸はデカいの苦手で、貧乳も嫌だ。Cカップくらいがいい。
服はフェミニンというか、乙女チックな感じがいい。
ひらりとしたスカートに清潔感のあるブラウスとか、女性らしいラインのあるワンピース姿にグッとくる。
性格は、控えめだけど、明るくて話し好きがいい。
何にでも興味を示してくれるタイプがいい。
食事については、好き嫌いがない方がいい。「私はこれダメなの!」なんて言われると幻滅してしまう。
山歩きとかウインタースポーツを一緒にしてもらえるなら嬉しい。俺は本格的アウトドアをしようとは思わないが、軽度の運動を伴う外出は好きだ。
だから、歩くの嫌いとか言われると困ってしまう。
そんな希望を抱えていたら、学生時代から、彼女なんかできなかった。
会社入っても、そんな理想に近い女の子は周りには見当たらない。
いたとしても、彼氏が当然のようにいた。
だから、最近は諦めの境地なんだ。
そんな俺は、今日、一人で、宮城県の三陸海岸に面した景色のいい丘に来ている。
今日は平日だ。
たまには平日に有給休暇をとって、ドライブするのもいい。
何て言ったって、観光地の道路や駐車場が空いている。人気の飲食店も苦労せず入れたりする。
俺は、高台にある展望台のような場所で、スマホで写真を撮って、くつろぐ。
うーん、日ごろのストレスが吹き飛ぶな。
手を伸ばして、深呼吸をする。
素晴らしく爽快だ。
「あの、すみません。シャッターを押していただきませんか?」
俺は、突然、近くにいた若い男女のカップルの一人、女性の方に声をかけられた。
女性が声をかけて来たら、優しい対応になってしまう。まあ、男性にでも親切にするが、対応が微妙に違うかも。
「あ、いいですよ。」
俺は、カップルの写真を撮ってあげた。
「ありがとうございました。」
「どういたしまして。」
カップルたちは礼を言って、その場を去っていった。しばらく眺めていると、駐車場で車に乗り込み、次の場所に向かっていった。
いいな、青春している!
実に楽しそうだ。
なかなかの美男美女だったが、女性は俺の好みじゃない。
ショートヘアだし、背が高いし、パンツ系ファッションだ。
悔しくはない。
でも、二人でドライブはうらやましいな。
ぼんやり、車が立ち去ったあとを見てると、スーっと可愛らしい軽自動車が駐車場に入ってきた。
いかにも若い女の子が好みそうな赤の可愛らしいデザインの軽自動車である。
何となく、見続けていると、降りてきたのは、20代と思われる可愛らしい女性だった。
一人だ。
珍しい!一人で若い女の子が来るなんて!
背は低く、身長は160センチに満たない。
髪の毛はセミロング。
太ってはいない。痩せてもいない。そんなに華奢ではないが、ちょうどいい体格だ。
胸は小さめか?
服装は広がるような可愛らしいフレアスカートに可愛らしくて清純なデザインの白いブラウス。
まるで、デートでもするような華やかさがある。
普通、単独行動の女子ならTシャツにジーンズのようなラフなカッコが多そうだが・・・珍しいな。
お、よく顔を見ると、目が大きくて、まつ毛が長い。つけまつげじゃないのに、見事にカールしている。
可愛いじゃないか?
ほぼ、俺の好みにストライク!!
嘘みたいだ。
ラッキー!
おお、この展望台に向かって歩いてくるぞ。
でも・・・こんなところにに一人で来るなんて、何を考えてるんだ?
俺は、スマホをいじるふりをしながら、展望台の隅に目立たないように移動し、こっそり、彼女の動きを観察してしまう。
彼女は、景色がよく見える場所に来ると、何とカバンからカメラの三脚を取り出した。
そして、その三脚を立てて、カメラを取り付ける。
な、なんだ、景色でも撮るのか?
本格的な景色好き、写真好きの女の子か?
それにしては、カメラはそんなに高そうなカメラではなかった。
安めのデジカメだ。
それにカメラ好きの女の子のファッションじゃない。
あまり、見ちゃいけないと思いながらも、こっそり見続ける俺。
周りを多少気にしながらも、彼女は行動を開始した。
何と、カメラと絶景の景色の間に立って、ポーズを取り出す。
つまり自分の写真を撮り出した。
変な子だ!
観光地に一人で来て、自分の写真をセルフタイマーで本格的に自撮りしている。
SNSにあげるのかもしれないけど、普通、こういうのって、女の子だったら、友達と二人できて、写真を取り合うんじゃないの?一人で来ないでしょ?寂しすぎる。
俺は、自分のことを棚に上げて、そんなことを思ってしまった。
でも、当の女の子は楽しそうだった。
撮った写真を、いろいろ確認しながら、さらに、ポーズと背景を変えながら写真を撮り続ける。
偶然にも俺以外には観光客はその時、いなかった。
もし、いたら、注目を集めてしまいそうだった。
ふとしたタイミングで、俺とその子の目が合ってしまう。
女の子は恥ずかしそうな顔になり、慌てて、カメラと三脚をしまいだした。
俺は、思わず、その子の方に向かって歩き始め、声をかけてしまった。
なぜか声をかけずにはいられなかった。
「あの、景色をバックに写真を撮るのなら、僕がシャッターを押しましょうか?」
「いや、あの・・・その・・・いいです…」
彼女はものすごく取り乱していた。自撮りをいろんなポーズでしていたところを見られて恥ずかしくて死にそうという顔をしていた。
俺はフォローしてしまう。
「いきなり声をかけてごめんなさい。
図々しかったかな?
でも、
ここ、景色いいですもんね。
記念写真撮りたくなる気持ちわかります。
お写真撮ってあげたくなったんです。
ダメでしょうか?」
「あ、すみません・・・あ・・・そうですね。
じゃ、お言葉に甘えて…お願い・・・します。」
彼女は消えそうなくらい小さなかすれた声で、返答した。可愛い声だった。
その後は、俺は彼女のカメラで、彼女を撮りまくった。
あ、俺は、あまり知らない人と話すときは「私」「僕」が一人称だ。
慣れてくると「俺」になるけど・・・。
「ちょっと、顔を上げた方がいいかな?あ、手を組んでみたら?
そうだな、カメラ目線を外すのもいいな?」
いつの間にか俺は、プロのカメラマンみたいに注文を出しながら、シャッターを押し続けていた。
彼女は恥ずかしそうな顔をしながらも、アイドルのような可愛い顔で、俺の注文に応じてポーズをとり、写真に写った。わっ、この子超可愛い!性格もよさそう。どうして、こんな子が一人でこんな場所に来てるんだ?
30枚くらい写真を撮ると、彼女は満足したのだろう。
俺に向かって声をかけた。
「ありがとうございました。もうこれでいいです。あとは・・・そうだ・・・もしスマホお持ちなら、写真をお撮りしましょうか?この景色をバックに撮らないなんてもったいないです。」
「えっ?そ、そうだね。じゃ、お願いします。」
俺は、今度は逆の立場になって、撮られる側になる。
ただし、数枚撮っただけで、終わらせた。
「もう、いいです。男の写真なんて、そんないらないですよ。」
「そ、そうですか?
じゃ、うーん・・・私と一緒に写真撮りませんか?三脚あるので・・・
お嫌かもしれませんが・・・」
彼女は、顔を真っ赤にしながら提案してきた。
まじか?
これは、俺に一目ぼれしたか?そんなわけないな・・・
単に社交辞令だろう。
「いいんですか?よく知らない人と写真を撮っても。
俺は別に構わないけど・・・」
「ええ。これも記念・・・ということで。」
「じゃあ・・・1枚だけ・・・」
実際はうれしかったが、がつがつするのもどうかと思った。
俺たちはぎこちない雰囲気で、素晴らしい景色をバックに並んで写真をとる。
近寄ると、彼女のの爽やかなコロンの匂いがした。
うわっ、いいな。
「チーズ!」と彼女が言ったので、笑顔にはなったが、すごく緊張する。
彼女との距離も微妙に離れていた。
だって、初対面だぜ。しかも、どんな人間か全くわからない。
お互いに。
「あ、ありがとうございました。私、もう、帰ります。」
写真を撮るやいなや、彼女は慌てて帰り支度をする。
赤の他人とこれ以上一緒にいるのは不自然と思った感じだ。
俺は、このままだと、二度と会えないことになってしまうと思った。それに写真のデータが欲しい!
これは運命の出会いかもしれない。
何とか勇気を出して声をかけた。
「では、駐車場まで一緒に行きましょう。」
「あ、はい。」
歩きながら、俺は、最低限の情報を聴かなければいけないと思った。駐車場までの距離は約50メートルほどか?数分の間に聴こう。こんなかわいい子を逃しちゃいけない。俺の理想に近い子だ。
「地元の方ですか?」
「いや、仙台から来ました。」
俺は焦りながら話を展開しようと質問した。
まず、自己紹介をしよう。相手を安心させなければならないと瞬時に思いつく。
「僕も仙台から、ドライブで来たんです。2年前の春に就職して、ドライブが趣味なんで、今日、休みを取って、息抜きでここに来たんです。
地元は東京です。最初の配属が仙台支社だったんです。」
「そうなんですか?
わ、びっくりした!
私も就職して3年目です。就職同期ですね。
東京で採用されて、仙台に配属されたんです。
ここも同じです。
地元は関東です。
景色と一緒に写真を撮るのが好きで、休みをとって、来ました。
土日祝日だと人が多くて、三脚なんて立てたら恥ずかしくて。」
俺は、人が少なくても、三脚の自撮りは目立つぞ!と心の中で突っ込む。
それにしても俺と多分、ほぼ同い年で同じような境遇だ。
地元を関東とぼかされたのは警戒されてるからか?茨城、群馬もありうるな?
ああ、駐車場が近づいてきた。
聴きづらいけど、聴かないと。
「あの・・・初対面で図々しいんですが、僕は中山廉っていいます。
質問を二つしていいですか?」
「はい、何でしょう?」
「あの、名前を教えてください。
それから…彼氏とかいるんですか?」
「え?何で?…」
うわっ、質問に対する質問。これをやられると、ダメージ大きい。
これは、暗に質問を拒否する女の子必殺の技。
過去、何度も女の子にやられている。
そして、それ以上聴けなくなってる。
でも、今日は聴かなきゃだめだ。
過去の失敗を乗り越えろ!ここは勝負どころだ!
「いや、同じ仙台の会社員なら会うかもしれないし。
それから…
こんなに可愛い女の子の名前と彼氏のいる無しは知りたいじゃないですか?」
俺は一気にまくし立てた。もう、心臓はドキドキだ。
大学の時に女の子に告白して以来の気分だ。
超恥ずかしい。自分でもよく聴くなって思う。
彼女の足が止まった。
「うそ・・・可愛い?・・・・・
女の子に見えますか?」
彼女は可愛いという言葉のあと、ずいぶん間を開けて女の子に見えますか?と聴いてきた。
女の子に女の子って言っておかしいかな?
女の人って言って欲しいのかな?25〜26才の女性だし。
まあ、いいか、
女の子って感じだし。
「うん、可愛いと思う。
勤務先の仙台支社に10人くらい20代の女性いるけど、みんな君に負けちゃうよ。」
「うそ!・・・。
てっきり、バレてると思ってたけど…」
「ん?何のこと?」
バレる?
何かまずいことを隠してる?
まさか年齢か?
入社3年目のふりして実はもっと年上だったりして…
でも、多少の年のごまかしは許す。
この顔なら20代は間違いない!と思うけど・・・
30代だったらどうしよう・・・」
「あ、変な事言っちゃいました。
えっと、・・・気にしないでください。」
「う、うん。そうですね。」
やっぱり年齢嘘ついているのかな?
でも、そんなこととりあえず気にしないことにしよう。
こんなに可愛いんだから。
「ありがとうございます。
あ、質問にお答えします。
名前でしたね?
森川汐音です。
彼氏はいません…けど…」
けど?
好きな男はいるって事かな?
でも、チャンスはある。
とにかく繋がないと。
「あの、ここで会ったのって何かの縁だと思うし、同じ仙台勤務だし、友だちになりませんか?
とりあえず連絡先交換しましょう。」
「え?どうしよう…
うーん、フリーメールなら教えてもいいです。
電話番号やラインはちょっと…」
「フリーメールでいいです。
連絡がつくなら・・・。
教えてください。」
その場で連絡先を交換する俺たち。
「じゃ、本日はお世話になりました。失礼します。」
彼女は丁寧に挨拶して自分の車に乗り込む。
もっと話がしたい。
また会う約束が欲しいと思う俺だが、警戒されてるのは事実だし、我慢した。
俺は、駐車場を出て行く車を見送るしかなかった。
でも微かな満足はあったんだ。
とりあえず連絡先はゲットした。
何とか仲良くしたい!
うん、
頑張ろう!
20代の男性が、自分の好みにピッタリの女性と出会ったら、やはり逃がしたくはないでしょうね。
しかも、1対1で会話ができる状況になったのなら、当然でしょう。
ところで、一人で行動するおひとり様旅行女子は時々見かけます。
でも、ガーリーなタイプではなく、ボーイッシュな感じが多いでしょうね。
クルマを運転するなら、もちろんスカートなんか履きません。
汐音さんは、どうしてもオシャレして、写真を撮りたかったんですね。
次回更新は9月23日を予定しています。