7話 オッサンゲーマー 異世界(高級マンション)に召喚される
「ねえ、ツトム。さっきのシーン、もう一度やって見せて頂戴?」
「やっぱり、ここの戦闘シーンだけ乱数生成に偏りがあるわ。きっとこれ、プログラマーが意図的に仕込んだのよ!」
「ツトムって、やっぱりおかしいわ。こんなダンジョンの隅っこを何度も行き来するプレイヤーなんていないもの……」
「ツトム」
「ねえ、ツトム?」
はい、以上がオレがフリーズしていた間に脳内で再生されていた新手の走馬灯でした!
人によっては、ただの昔の甘酸っぱい思い出ということもあるだろうが、あまりにショッキングな出来事を経験したオレにとっては走馬灯と呼んでも差し支えないだろう。
「というわけで、だ。少年よ、もう一度名前を教えてくれないか?」
「……墨田ベン。墨田チエの子供。もっとも、い……」
「なんてこったあ!あの女!ゲーム以外に興味ありませんってツラしておきながら!ちゃっかり結婚して子供まで作りやがってたのかあ!」
玄関を開けっぱなしにしていたのも忘れて、オレはその場で頭を抱えて絶叫していた。
いやー、こんな大声で叫んだのって久しぶりだったわ。
それに、こうやって叫ぶといろんなモヤモヤが吹き飛んですっきりするね。さっきまで、チームをクビになったのがちっぽけに思えてきたぜ!
「って、ちっぽけなもんかああ!あの女の作ったマシーンのせいで、オレがどんだけ辛い目に遭ったと思ってんだ!?あんなもんが世の中に出回んなけりゃ、今でもオレは昔と同じようにゲームを楽しんでたものを!」
「……オジサン。ボクの首を絞めても……解決しない……」
小柄で華奢な少年の首をグイグイ締めながら、オレはこの世の不条理と必死に戦っていた。
墨田チエ。俺の人生を徹底的に狂わせた元凶。
かれこれ20年以上連絡を取っていなかったが、まさか本人より先にその息子と会うことになるとは思わなかったぞ……。
オレは改めてベンの顔をじっくりと観察する。
金髪碧眼、線の細い坊ちゃんって感じだな。俺とは生涯縁のないタイプのお子様だ。
「しかし、全然似てねえな……。父親は、外国人なんだよな?」
「……うん、ママはアメリカで出会ったって……」
思い出の中のチエの顔を、目の前の少年と重ね合わせてみる。
あいつも確かに整った容姿をしてたが、この少年とはタイプが違う。よっぽど父親に似たんだろう。
「……オジサン。そろそろボクの話、聞いて」
オレを部屋から引っ張り出しながら、ベンは少し焦った様子でそう話しかけてくる。
そうだ、さっきは色々とショッキングな話を聞かせてくれて混乱したが、確かこの少年はさっき……
「なあベン。さっき、お前、チエが失踪したって言わなかったか?」
「……ウン。家に帰ったら置手紙が。それが、これ」
手渡された紙には、確かに俺の名前とここの住所が記されていた。
そして一言、『このおじさんと二人で、ゲームを楽しみなさい。そうすれば私の居所もわかる』と添えられていた。
「二人でゲームを楽しむ?随分と曖昧な表現だな。ベン、今からゲーセンでも行くか?」
「……ゲーセンじゃなくて、ボクの家。オジサンだけがクリアできるゲームだって……」
「オレだけがクリアできるゲームだと?少年よ、なかなかゲーマー心をくすぐる誘い方をしてくれるじゃねえか……!」
どうせつい先程、完全無欠の超暇人になったばかりですから!
オレはすぐに身支度を整えた。
チエはオレと同い年。30歳になったあいつにも、久しぶりに会ってみたいしな。
いや、失踪したとか言ってるから、そう簡単には会えないんだろうけど……。
いずれにせよ、世界中でオレだけがクリアできるゲーム、なんて言われて心が動かない奴なんていないだろ!
「なんだか知らんが、そんなゲームがあるなら一度プレイさせてくれよ!」
「協力、してくれる?なら、一緒に来て」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
タクシーに乗せられて着いたのは、都内の一等地に立つタワーマンション。
真下から見上げても、最上階が霞んで見えるんですけど……。
ヤベエ、オレ、完全に浮いてるよ。
エントランスで管理人のおっちゃんにめっちゃ睨まれてたもん。
え、あの一見優しそうだけど、瞳の奥に獣の光を宿したおっちゃん、管理人じゃなくてコンシェルジュっていうの?
そういえば、昔超有名タイトルの初のオンラインゲームにそんなNPCがいたような……。
頭の中でゲームの世界に勝手にダイブしてしまったオレは、ベンに連れられるままにエレベータに乗せられ、最上階に。
音もなく開いたドアの向こうには、オレが今まで見たことのない景色が広がっていた。
エレベータを降りると、そこは異世界でした。
いやいやいや……。
プロゲーマーの収入も上がってきた昨今だけど、これは格が違うね。
壁にシミひとつないのは当たり前。ていうか、めっちゃ高そうな絵がかかってるし。
それに、すげえ静かなの。歩いても足音ひとつ聞こえない。
フカフカの絨毯に、分厚い扉。
ここでだったら、大音量で音ゲーや実況プレイしても隣人に壁パンされずに済むよ!
やっぱり、プレイヤーとメーカーの上下関係って、絶対なんだよなあ……。
ましてやチエは、世界中で爆発的なヒットを飛ばしたマシーンの開発者だ。
オレなんかとは、住む世界が違いすぎるや……。
「……ここ、ボクの家。プレイしてもらいたいゲームは、中にある」
慣れた手つきで、ドアを開けて中に入るベン。
少年よ、小さい頃からこんなところに住んじまうと、将来価値観狂っちまうぞ。
いや、狂ってるのはオレの方かもしれないんだけどさ……。
「部屋には他に誰もいないのか?」
「……ウン。ボクと母さんの二人。母さんは、ほとんど家にいなかったけど……」
淡々と語る少年の顔には、慣れ親しんだ寂しげな表情が浮かんでいた。
その顔を見て、オレは20年以上会っていないゲーマー仲間に激しい怒りを覚えた。
おい、チエ。
いくら仕事が忙しいとはいえ、自分の子供にこんな寂しい思いをさせちゃいかん。
お前もそうだったから、分かるはずだろ!?
なんだか知らんが、メラメラとやる気がミナギッテキタ。
こうなったら、是が非でもゲームを遊び倒して、お前の居所を見つけて説教してやる!
母親失格だぞ、この野郎!ってな。
いや、社会人失格のオレが言っても説得力ないんだけどさ……。
そんなことを考えながら、オレはダンジョンみたいにだだっ広くて深い廊下を進む。
「……この部屋にあるのが、それ……」
「どれどれ……って、まさか……!」
そこにあったゲーム機とソフトを見て、オレの思考は再びフリーズした。
冗談みたいにだだっ広いリビングのど真ん中に鎮座していたそれは、オレ達の出会いと別れの原因となった、因縁のゲームだったからだ。
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