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69話 初体験

発売から35年もたって新しいバグが発見されたんですって!

「ねえ、お兄さん。あたしといいことしない?」

「……?」


 盗賊の根城に向かう途中に寄った街で、ボクは奇妙なお姉さんに声をかけられた。

 ……いや、話しかけたのはボクの方だから、正確には違うんだけど、とにかく随分と抽象的な”お誘い”だった。


 今までのゲームのキャラたちは、あからさまなほどに分かりやすい要求やヒントを口にしてきた。

 「娘が突然いなくなったんです!」「武器や防具は装備しないと意味がないんだぜ」みたいに、初対面の相手によくもここまで打ち明けられたもんだと呆れるようなものばかり。

 

 でも、目の前に立っているお姉さんはそうじゃない。少し露出の高そうな服装で、意味ありげな視線をボクに向けてくる。

 ここまでくれば、ゲームに疎いボクでもさすがに分かった。


 これは、重要なイベントなのだ。貴重なアイテム、もしくは必要なフラグを立てるためのイベント起点になるに違いない。

 ボクは、黙ってお姉さんの話を聞くことにした。


「”ぱふぱふ”っていうのよ、どう?やってみない?」

「……ぱふぱふ?」


 ──何かの隠語だろうか?

 真っ先に浮かんだのが、ファンデーションを塗布するための化粧用品。次が乾燥した米を膨らませた駄菓子だ。でも、どっちも表記は”ぱふ”だ。繰り返して使うことはしない。

 しかも、お姉さんの口ぶりから推測するに、”ぱふぱふ”とやらは動詞らしい。うーん、こうなってくると推理の仕様がない。


「……うん、やってみよう」


「おい、ベン。お前も随分とやるようになってきたじゃないか」

「……ボクも、このゲームのことは少しは分かってきたつもりだよ。これが重要なイベントだってことくらい、すぐに分かったさ」


 珍しくオジサンが素直に褒めてくれたもんだから、ボクも少し気分が良くなってきた。

 

「しっかし、リカちゃんを連れてんのに、大した度胸だな」

「……?どういう意味?」


 気のせいか、オジサンの声に妙な含みが混じってる気がする。

 “ぱふぱふ”ってのは、そんなに危険なものなんだろうか?


「うふ。それじゃあ、こっちへいらっしゃい」


 お姉さんに誘われるままに、建物の入り口にやってくる。

 

「あら、お連れの人がいるの?二人いっぺんにはお相手できないわ。一人にして頂戴」

「──!?」


 お姉さんのその台詞を聞いて、ボクの背筋に緊張が走った。

 このイベントは、どうやらボクが想像していた以上に重要なものらしい。


 勇者の単独行動を余儀なくされるなんて、よほどの秘密情報を開示するに違いない。

 ボクはいよいよ覚悟を決めて、後ろのリカちゃんに声をかける。


「……というわけで、ここからはボク一人で行ってくるよ」

「うふふ~。勇者様、行ってらっしゃい」


 いつものように少しだけ不気味な笑い声で、リカちゃんに見送られる。

 そこから先は、恒例のイベントモードに切り替わったらしい。自身での操作を受け付けず、お姉さんの後ろを自動的についていくことになった。


 階段を上がり、こじんまりとした小部屋に連れ込まれる。

 なるほど、周囲に秘密が漏洩するのを防ぐための作りというわけか。ボクが感心していると、


「いよいよ”ぱふぱふ”のはじまりよ。じゃあ、電気を消すわね」

「!?」


 瞬間、視界が真っ暗闇に閉ざされる。

 なんという用心深さだろう。声だけでなく、視界すらも塞いでしまおうというのだ。やはり、このイベントではよほどよそに漏れたらまずい情報が知らされるに違いない。


 そして、”それ”はついに始まった。


「そーれ、ぱふぱふ……ぱふぱふ……」

「……」


「ぱふぱふ……ぱふぱふ……」

「……」


 暗闇の中で繰り広げられるその行為に、ボクはひたすら無言を貫き、耐えた。

 耐えた、というのは実は正しくない。ボクは、正直に言って混乱していた。今、行われている行為が何を意味しているのかが分からなかったからだ。


 やがて、”ぱふぱふ”が終了したらしい。

 部屋に明かりが灯る。


 すると、ボクの背後には見知らぬ男性が立っていた。筋骨隆々の、むしろこの人の方が勇者に向いてるんじゃ?と思わせる立派な体格だ。

 喜色満面の笑みで、男性は


「むっふう……。どうだ、ワシの”ぱふぱふ”は?肩こり腰痛など一瞬で吹き飛んだろう?」


 そういうと、小部屋の脇にあった隠し扉からさっそうと去っていった。


「……?どういうこと?」


 完全に混乱しているボクに、オジサンが話しかける。


「お前、このイベントのこと、何だと思ってたんだよ?」

「……極めて秘匿性の高い、重要な秘密の伝達……」


 ボクが答えると、オジサンは大層呆れたようにこう続けてきた。


「なあ、ベン。お前、美人局(つつもたせ)って言葉知ってるか?」

「……”餌”となる女性が、顧客対象の男性に声をかけて密室に呼び込み、その先にいる“釣り針”の役割たる男性たちによる暴力行為によって金品を搾取する行為でしょ?」


「いや、そこまで赤裸々に言わなくても……」

「……今回は全然違うケースじゃないか。小部屋にいた男性からは一切の暴力行為はなかった。っていうか、単なるマッサージを受けただけだし……。それに、金品だって──」


 言いながらステータスウィンドウを開く。

 そこには、ボクの現在の所持金が表示されている。


「……確か、所持金は65545Gだったはず。今は、65541Gだから、支払った金額はわずか4Gってことになる。搾取、と呼ぶにはあまりにも些細な金額だよ」

「いや、まあ……。そうなんだけどさ……」


 さっきまでの浮かれた様子とは打って変わって、オジサンの声は歯切れが悪い。

 

「……きっと、さっきは何かの条件を満たしていなかっただけかもしれない。もう一度行ってみようか」

「おま……。悪いことは言わんから、もうこれくらいにしとけって」


「……?オジサンの癖に変なことを言うね。こういう時は、何か変化があるまでとことんしゃぶり尽くすぜ!とか言う癖に」

「しゃぶり尽くすなんて下品な言葉、ここで使うんじゃない!」


 ……さっきから、微妙にオジサンと会話の軸がずれてるような気がするけど、気のせいだろうか?

 とにかく、一度一階に下りてリカちゃんと合流しないといけないらしい。そうしないと、一度起こったイベントをリセットできないみたいだ。


 階段を降りると画面が暗転する。一階に降りて、入り口の方を振り向く。

 すると、そこには──


「おかえりなさい、勇者様。”ぱふぱふ”はどうでした~?」

「……」


 何と答えていいのか分からなかったので、黙っていると、合流イベントが終わったようで再びリカちゃんがボクの背後に張り付いてきた。


「……」


 胸をぐっと抑える。なんだか、息苦しい。

 いてもたってもいられずに、背後を振り向く。しかし、そこにはリカちゃんの姿はなかった。やはり、ボクは常に彼女に背後を取られ続ける宿命にあるらしい。


「……仕方ない。もう一度状況を整理しよう」


 さしあたっての問題は、やはりこの”ぱふぱふ”だ。

 物語の根幹にかかわりかねない、重要なイベントなのは間違いない。どうにかして情報を引き出すための条件を探らないと……。


「……おそらく、情報を握っているのはあのお姉さんじゃない。個室の向こう側にいた、あの男性に違いない」

「おい、ベン……」


「……イベントが終わった後、男性が入ってきた方の扉はロックされていて入ることができなかった。この事実も、あの男性との接触の希少性を示唆している。どうにかして扉の向こう側に行かないと──」

「もしもーし。聞こえてるか?」


「……いや、むしろ何らかの条件を満たすことで”ぱふぱふ”中に彼と会話できるようになるのかもしれない」

「ダメだコイツ。早くなんとかしないと……って、まあいいか」


「……ヒントは、きっと”ぱふぱふ”の代金に違いない。4Gってのは、明らかに中途半端だ。今までの傾向からして、何度か通うことで金額が変動してフラグが立つパターンか?」

「うふふふふ~」


 一人で静かに考えていると、背後から不意に不気味な声が聞こえてくる。

 ──しまった!

 その声が何を意味するのかを理解したとほぼ同時に、目の前が真っ暗に暗転する。


 思考に没頭しすぎて、完全に忘れていた。リカちゃんの()()()()が爆発したのだ。

 

「俺は忠告したからな、ベン。それと、これはお前の良いところでもあるが悪癖でもある。一度何かに集中すると、周りが見えなくなることがあるな。気をつけろよ」

「……それ、オジサンには言われたくない」


 言い返してみるけど、オジサンには負け惜しみにしか聞こえなかっただろう。

 とにかく、今のボクはリカちゃんの体を操作している。背後を見ると、どこで用意したのか、棺が後をついてくる。考えたくもないが、ボクの遺体が安置されているんだろう。


「……仕方ない。とにかく、このままもう一度”ぱふぱふ”に挑戦してみよう。キャラクターが変わることで何か変化が起こるかもしれない」

「おまえ、よくもまあ女の子の身体でこういうところ行こうなんて思いつくよな……。それに、この状況は非常にまずい……って、まあいっか」


 相変わらず意図の読めないオジサンの発言は無視して、さっきのお姉さんに再び話しかける。


 何か、些細な変化でもないか。そんな期待を込めてみたが、結果は何も変わらなかった。

 “ぱふぱふ”を終えて一階に降りると、ボクの棺がぽつんと床に転がっているのが若干不気味だったが、その程度だった。


「……やっぱり、なにかおかしい。もう少し情報が欲しいな」


 そう呟きながら、ステータスウィンドウを開く。

 先ほどは4Gという中途半端な代金だったのが、何か変化しているかもしれない。


 そう期待しながら所持金を確認する。すると──


「……え?1G……?」


 何かの見間違いかと思ったが、間違いない。ボクの今の所持金は1Gだ。

 つまり、二回目の”ぱふぱふ”の代金は65540Gという、途方もない金額だったということになる。


「……どういうこと?」

「しかたねえなあ。今回ばかりはネタバラシだ」


 途方に暮れているボクに、オジサンが話しかけてきた。


「この店自身は、大したイベントは隠れてない。いわば、ちょっとしたおまけ要素だよ。何度通ってみても、イベントが発生したりはしないさ」

「……じゃあ、この所持金は一体?」


「このゲームにしては珍しい、ありきたりなバグさ。通称”ぱふぱふバグ”って、名前そのまんまだけどな。代金を決定するプログラムが参照する場所を間違えてるらしく、プレイヤーの生存人数を参照して代金を決定しちまうらしいんだ。桁数が狂ってるせいで、数値がオーバーフローして2の16乗──65536に元々の金額4Gを足した数字だけぼったくられるってわけだ」


 滔々と説明するオジサン。

 なんなの、その根本的なミスは……!そんなバグのせいで、ボクは所持金の全てを失ったって言うの?


「まあ、これに懲りたら、いかがわしい店に通おうなんてことは考えないことだな」

「……ねえ、”ぱふぱふ”っていかがわしいことなの?」


 ボクの素朴な疑問に、オジサンは苦笑いするだけで何一つ答えてくれなかった。

 




この作品は、内藤かん先生のyoutube配信なしには生まれなかったと思います。

気になる人は検索してみてね!

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