66話 抑えきれない欲望
「……はあ」
ため息までも重く感じる。
ただの街の散策でさえ、異常なまでの緊張感がボクを支配していた。
「おい、ベン。リカちゃんをパーティに迎えたんだ。せっかくだから彼女にも装備を買ってやれよ」
「わあ、勇者様。私にも防具を買ってくれるんですかあ!リカ、嬉しいです」
「……必要なのは、防具だけってことね?」
「もちろんです。私もお兄ちゃんも、戦闘に道具を使うなんて不健全なことはいたしませんわ」
「……敵と戦うって行為自体が不健全だと思うんだけど、そこには触れちゃ負けなんだよね……」
言われるままに武具屋に向かい、品ぞろえを確認してみる。
そういえば、2章に入ってからというもの、僕自身も装備品を買い替えてなかったな。いい機会だから、見直してみよう。
「いらっしゃい。クフフ……お客さん、ついてるね。さっきとっておきの奴が入荷したばかりなんだよ」
「……どうも」
たしか、町に入って最初に話しかけた時も同じこと言ってたと思うけど、まあそんなもんなんだろう。
あの時は時間がなくて焦ってたからよく見れてなかったけど、よくよく見てみると確かに品ぞろえはよさそうだ。見たことのない、高そうな装備品が並んでいる。
「……はがねの剣か。切れ味がかなりよさそうだ。これならきっと魔王でも倒せるぞ……!」
「おい、ベン。わざとやってるなら、古の天然勇者の真似はそこまでにしておくんだ。本気で言ってるなら、魔王の強さを過小評価しすぎ」
「……それにしても、相変わらず値段が高いなあ」
ボルトカの町の武具と比べても、倍以上だよ。この世界の貨幣価値はどうなってるんだろう?インフレがひどすぎると思うんだけど……。
「……でも、やっぱり買うなら武器からだよね。コーサクさんには、いくら防具を装備しても意味がないんだから」
「だが、そのまえに盗賊から前掛けを奪い返すイベントが控えてることは忘れるなよ?分かってるだろうが、防御をおろそかにしたら長期戦に耐え切れないぞ」
「……確かにそうだね。でも、お金もそんなにあるわけじゃないしなあ……」
とか言って、ボクが品定めをしていると──
ふいに目の前が真っ暗になった。
「あれ?」という声すら出せない。ていうか、身動き一つとれやしない。
これって、まさか……!?
ボクの嫌な予感を証明するようなタイミングで、背後から声が聞こえる。
「だめですよお、勇者様。そんなに素敵な背中を私に見せつけちゃあ……。もう、私我慢できませえん」
何故か異様に艶めかしい声で、リカちゃんがボクに死刑宣告をしているのが聞こえた。
「……って、リカちゃんの『死の宣告タイマー』って、どんな時でも有効なの!?」
「あれ?言わなかったっけ?このゲームのタイマーはイベント中でも、どんな時でも常にカウントを続けてるんだよ。だから、気を抜くとさっきみたいにすぐに”ゴキッ”とやられちゃうぞ」
まったく、なんてゲームだよ……。
ボクは呆れてため息をついた。一日で二回も教会に死に戻りするのなんて久しぶりだよ。
色んな不条理を飲み込んで、目の前で突っ立ったままの武具屋のオジサンを眺めていた。
って、あれ?
「……教会に戻ってない?」
それどころか、体が動くぞ?リカちゃんに殺されると、その場で蘇生するとか言う訳の分からない設定でもあるのかな?
ボクの疑問に答えるように、オジサンが声をかけてくれる。
「ベン、ちょっと後ろを向いてみな」
言われるままに背後を振り向くと、そこには見慣れない巨大な箱が横たわっていた。
箱というよりも、これは……
「……棺桶?でも、誰の?」
「誰って、そりゃあ俺達のだろうよ」
あっさりとそう言ってくるオジサン。ちょっと、何言ってるかわかんないんだけど……。
「……あの箱の中に入ってるのがボクなら、今ここでこうやって立ってるのは誰なのさ?」
「気になるなら、自分で見てみろよ」
言われるままに、右手を顔の前に持っていく。
そこには、鎧でおおわれた見慣れた腕ではなく、しなやかで華奢な女の子の細腕があった。
「……まさか……これって」
「そう、今俺たちは生き残ったパーティメンバーのリカちゃんを操作してるってわけ。RPGなら常識なんだが、主人公が死んでも他のメンバーが生きてりゃゲームは続行可能なんだよ。後半になれば、仲間を蘇生する方法なんてのもあるくらいだからな」
「……じゃあ、今はリカちゃんに憑依してるってこと?」
「言い方が微妙だが、そんなところかな」
改めて自分の、というかリカちゃんの全身を見回してみる。
声だけしか聴けなかった彼女の姿を、こんな形で見ることになるとは思わなかったな。
「……思った以上に華奢で、弱弱しいね。こんな体で、あんな強烈な殺気を放ってたなんて信じられないや」
それにしても、女の子の体って柔らかいんだなあ。ほっぺもふっくらとしてるし、髪もサラサラ。子供とは言え、男のボクとは全然造りが違うや。
「おい、ベン。変な気を起こして胸を揉んだりするんじゃないぞ」
「そ、そんなことするわけないでしょ!?」
ユグドラの仕様上、ゲームの中のボクのボディは現実とそんなに変わらなかったから、かなり新鮮な感覚だ……。
鏡がないから、肝心のリカちゃんの顔がどんなだか見ることはできない。両手で隈なく触ればおおよそ分かるかもしれないけど、またオジサンにからかわれるのも癪だし……。
「……でも、ずっとこのままって訳にもいかないよね。それに、この状態の時ってリカちゃんの人格ってどうなってるの?」
「安心しろ。勇者が蘇生すれば元に戻るはずだ」
教会に行けば勇者、っていうかボクの体を蘇生してもらえるそうだ。
早速教会に向かいかけたボクの足を、オジサンが強引に踏みとどまらせる。
「まて、ベン。せっかくだ、この体に少し慣れておけ。これから、旅の途中で同じことがあっても、すぐ近くに教会があるとは限らない。いざというときのため、この体でのプレイを経験しておくんだ」
「……なんか、そこはかとなく卑猥な響きに聞こえるんだけど?」
でも、オジサンの言うことはもっともだ。悔しいけど、ゲームのことに関して”だけ”はこの人の言うことはほとんどが的を外さない。
アドバイスに従って、このまま町の外で戦闘をすることにした。
蘇生するのもタダじゃないらしいし、お金稼ぎをするためにもちょうどいいか。
そんなふうに軽く考えていたんだけど……
いざ戦闘を始めてみると、ボクはこの華奢な体に秘められた、とんでもスペックを思い知る羽目になるのだった……。
冷静に考えたら、昔のRPGってナチュラルにTSしてたんですよね。




