64話 潜みしモノ
「……オジサン。次からはこういうのは事前に教えてほしい……」
「お前、まだそんな甘えたこと言ってんのか。ゲームってのは、人生と同じで一寸先は闇なんだ。そして、だからこそ面白いんじゃねえか」
「……このゲームが、人生と同じ?少なくとも、ボクの人生では今まで一度も薬物依存症の農家に瞬殺されるなんて経験はないんだけど?」
「一風変わった他の人生を経験できるってのも、ゲームの醍醐味だよな。知ってるか?RPGの正式名称は『ロール・プレイング・ゲーム』。つまり、自分とは違う役割を楽しむゲームなんだよ」
……ダメだ、このおじさん。さっきからの発言、全部本気で言ってる。
こんな突拍子もない出来事を楽しめ?今のボクには、そんな余裕はとてもない。
教会で蘇生したボク達は、改めて町の中を散策することにした。
図らずも、2章のボスキャラである農家のコーサクさんと出くわしたわけだけど、きっと彼を倒すためのヒントもこの町の中にあるはずなんだ。
……ていうか、本来の目的は彼を倒すことじゃなくて、彼の育てている幻のスパイスを分けてもらうことなんだけど……
「どうだった?2章のボスキャラと戦ってみた感想は」
「……とにかく素早い。そしてとんでもない攻撃力だった。先手もとれず、防御もしきれない。本当に倒せるの?って思ったよ」
どうやら、普通のゲームだと敵キャラのステータスはプレイヤーに見えないことが多いらしい。
敵のHPが残りどれくらいなのかを調べる魔法があるらしいけど、攻撃力や素早さは普通にプレイしていても分からない。
でも、ユグドラを通してプレイしてみると、そのステータスが感覚として理解できるんだよね。
例えば、さっきのボスバトルも、コーサクさんの動きの素早さは、自分の目で見て実感できる。そして、それは自分自身の素早さと比較すればおおよそ数値化できた。
「……ボクの素早さが53だから、ざっと見積もって素早さは250くらいかな。ターン制だから、素早さが5倍だからといって5回攻撃されるわけじゃないけど、とにかく絶望的な差を感じたよ」
「ご名答!コーサクさんの素早さは255。理論上、このゲームで彼よりも素早く動けるキャラはいないことになるな」
「……攻撃も、なんだか不思議な感じだった。鎧をしていたにもかかわらず、コーサクさんの攻撃はボクの体に直接響くように届いたんだ。まるで、鎧なんてないみたいだったよ」
「それについても、ほぼ正解だな。彼の攻撃は”固定ダメージ”。ダメージの計算式なんてものがなくて、こちらの防御力とかを無視して必ず同じダメージを与えてくるんだ」
「……」
嬉々として話すオジサンに、ボクは無言で抗議の意思を示した。
この人、自分が言ってる意味分かってるのかな?
必ず先手を取られて、こちらの防御を無視して必ず致命傷を打ち込んでくる相手なんだよ?
「……そんなのに、どうやって勝てって言うんだよ」
「それを考えるから、楽しいんだろ?」
……ダメだ。何を言っても、最後にはこの一言で跳ね返されてしまう。
それにしても、なんて意地悪な人なんだ。
オジサンは、昔このゲームをクリアしたことがあると言っていた。つまり、この先の攻略法も全部知っているんだ。
それなのに、ボクにはなんのヒントもくれやしない……。
……ボクが、どれだけその情報が欲しいか、知らないくせに……
「……はあ」
事情を話す気にもなれないボクは、仕方なくヒントを求めて散策を続けることにした。
「……それにしても、この町には変わったアイテムがいっぱい並んでるね」
道具屋に話しかけて、アイテムラインナップを眺めながらボクはそう呟いた。
「……毒消し草。毒消し消し草。消しの実。痺れ草。不思議な木の実。怪しいパイプ。薬草……っていうか、食べるタイプのアイテムが多いんだ」
「その通り。コーサクさんをはじめ、この町には様々なスパイス、つまり香草を育てている人がいるんだ。だから、他の町にはない、ここだけでしか手に入らない草がいっぱいあるんだぜ?」
「……でも、ちょっと危なそうなものばかりだと思うけど……」
気のせいか、この街の住人ってみんな言動が少しだけ怪しいんだよね。
会話の途中に、突然「キヒヒ」とか奇声を挟んできたりするし……。
ひょっとして、コーサクさんの”スパイス”が町中に飛散してたりして……。
「安心しろ、ベン。ここの住民は、みんな元々こんな感じだ。町に滞在したからといって、お前までああなっちまうことはない」
ボクの嫌な予感を察してくれたのか、オジサンがフォローを入れてくる。
──と、その時だった。
「ウフフフ~」
どこか気の抜けた、間延びしたような声が聞こえると同時に、ボクの全身は磔にされたみたいにその場で動けなくなってしまう。
(この感覚は……!)
全くといっていいほど、体が動かなくなるこの現象には心当たりがあった。おそらく、ゲームのイベントが始まったんだ。このゲームでは、イベントが発生すると勇者の行動が規制されることが度々あるからね。
でも、背筋にチリチリと電気が流れるようなおぞましいこの感覚は、今まで感じたことが無いものだ。
「勇者様~、背中が隙だらけですよ」
「「……ひゃっ!?」」
自分で聞いても、あまりにも間の抜けた声が口から漏れ出る。
……って、あれ?
「……オジサン。今、ボクと一緒に悲鳴を上げなかった?このゲーム、やったことあるんだよね?」
「わ、忘れてたわけじゃないかならな!記憶に残ってても、こうしてリアルに体験するとどうしても声が出ちゃうもんなんだよ!」
じゃあ、どうしてそんなに慌てた様子で言いつくろうんだか……。
「あのう、勇者様~、聞いてますか?ここまで隙だらけだと、私、本当にヤっちゃいますからね?」
「……ええと?」
可愛い声と口調は裏腹に、その台詞にはゾッとするほどに説得力のある迫力、というか殺気が込められていた。
訳も分からず背後を振り返る。するとそこには……
「……あれ?誰もいない?」
「勇者様~。後ろですよ」
振り返っても、そこには誰もいない。でも、相変わらず声は背後から聞こえる。
もう一度振り返ってみるけど、
「……やっぱり、姿が見えないや。ひょっとして、幻聴なのかな?」
「幻聴じゃありませんし、透明人間でもないですよ」
相変わらず、声はボクの真後ろ──というか、死角から聞こえてくる。
「……どういうわけか、物凄い素早さで常にボクの真後ろに移動し続けてるみたいだ」
「その通り。このNPCは、オレ達の背後に常に張り付き、そして決して顔を合わせて会話することはない!」
オジサンの説明を聞いて、ボクの脳裏に嫌な予感が湧いてくる。
「……ねえ、ひょっとして、それって……」
「勇者様~。お願いです。どうか、わたしのお兄ちゃん、コーサクの目を覚まさせてほしいんです。そのためなら、私、どこまでの勇者様についていきます」
……やっぱり!
「2章のヒロインにして、初めての仲間だよ。仲良くしてやんな」
「勇者様~。名前はリカっていいます。よろしくです!」
噴き出してくる汗は止まらない。
だって、マダムの時と違って年齢が近い女の子だし(顔が見えないから声からの想像だけど)、いまだにとんでもない殺気を放ち続けてるし……。
色々なことが同時に押し寄せてきて、ボクも頭が混乱してきた。
でも、彼女の発言を聞いて、ボクが真っ先に思い浮かべたことがあった。
それは──
「……お兄さんの目を覚まさせるっていうけど、あんなに覚醒しきった人はそうそういないと思うけど……」
「オイ、ベン!発言がギリギリすぎるぞ!いくら非公開プレイとはいえ、ゲーム内の発言にはコード(制限)が設けられてんだからな!」




