63話 極めしモノ
ひょっとしたら、運営に消されるかもしれません。
ボクは、この国に来るまで、母さんと一緒に世界中を転々としてきた。
転々と、という言葉より、もうそれは”旅”と呼んだ方が近いかもしれない。
いったいどんな仕事なのか分からなかったけれど、母さんは一か月と同じ場所に留まることがなかったから。
各地を巡りながら、ボクは世界にはいろいろと変わった人がいるんだってことを目にしてきた。
母さんは、"多様性"って言葉をよく口にしてたっけ。
"少し人に迷惑をかけるくらいがちょうどいい"って意味だったと思うけど、とにかく、世の中には色々と不思議な人が多いんだってことを学んだんだ。
そんな人たちのことを、ボクは頭の中でいくつか数値化するようになっていた。
どれくらい変わった人なのか、平均からどれくらい離れてるのかって意味で"変差値"って名付けて、無意識のうちに採点するようになっていた。
これは、ボクの癖なんだ。
見たものを無意識のうちに数字に置き換えて、そして残さず記憶してしまう。
そういう意味では、ボクの変差値も結構高いんだろう。
幼い頃、ママはかなり特徴的な完全記憶能力だって言ってたけど、ボクの場合、何かを記憶するときに数字に置き換えたほうが覚えやすいってだけだから、別に生まれて今までの全部を覚えてるってわけじゃないんだよね。
そんなボクだったけど、世界中をめぐって蓄えてきた変差値の記録が何度も塗り替えられるなんて思ってもみなかった。
宝箱に罠を仕掛ける王様。DVの仕返しに偽装自殺する娘。
そして、ボクの目の前でせっせとスパイスを育てている農家さん。
間違いない。この人は、今まででブッチギリの変差値だ。ここまでぶっ飛んだ人は、見たことがない。
「……あの~」
「でゅふふふ……」
「……ええと……もしもし?」
「ふでゅふふ」
「……その……あなた、スパイス農家さんですよね?」
「でゅでゅふふ」
三度話しかけてみたが、一向に返事がもらえない。
なにやら、意味不明なことを一人でブツブツと呟いていて、ボクが話しかけるとさっきみたいに『でゅ』と『ふ』だけで構成された不思議な言葉を発するだけだった。
「……」
会話のきっかけを探すために、ボクは話しかけるのをやめて、しばらくその農家さんを観察することにした。
程よく日焼けした肌。256色階調で言えば「#f0e68c」くらいかな。
え?数字じゃなくてアルファベットで覚えてるじゃないかって?
これは16進法だから、数字といえば数字なの。
覚えるものに応じて、2進数が良かったり10進数が良かったりするんだよね。
それはさておき、髪の色は奇麗な黒髪。頭のサイズと麦わら帽子のサイズ比は1:3。僕の好きな比率だった。
身長は171㎝。体重は……さすがに見ただけじゃわからないや。多分、65㎏くらいかな。
身長も体重も、日本人の平均よりも若干大きいくらいだろう。
白いTシャツに、着古したジーンズ。本当に、絵にかいたような農家さんの姿だった。
少し切れ長の目に、トマトでも丸のみにできそうな大きな口が印象的だ。
とはいっても、今はその口はだらしなく半開きになって、ブツブツと独り言をつぶやいているだけだけど。
「……ねえ、オジサン」
「どうした?まさか、話しかけるのが億劫になったと言うんじゃ無いだろな?」
「……億劫なのは今も変わらないけど……。確認したいことがあるんだ。この人が、本当に王様が捜してるっていうスパイス農家さんなの?」
「ここまで探し当てたんだから、もう言っちまってもいいかな。その通り、この人こそスパイス界では知らぬ者がいないといわれる、伝説のスパイス職人。その名もコーサクさんだ」
オジサンがここまで断言するんだから、間違いないんだろう。
この人がゲーム攻略の鍵であることも、そして超一流のスパイス職人であるということも……。
でも、これは……。
ボクは、心の中に沸いた疑問を確かめるためにも、コーサクさんに話しかけ続けた。
「……もしもし、コーサクさん。ですよね?」
「ふふでゅふ」
ボクの話声には耳も傾けず、一心不乱に農作業に没頭している。
不思議なことに、クワも使わずに素手で作業をしていた。普通の農家さんよりも、さらに前傾姿勢で作業しているようで、見ていてとても大変そうだ。
でも、そんなそぶりを微塵も感じさせず、コーサクさんは目を爛々と輝かせて、栽培している植物の葉っぱを素手で千切って収穫していた。
「……その、育てているスパイスを少し分けてほしいんですけど……」
「でゅふでゅふ」
「……」
再び沈黙する。
でも、今度はオジサンが茶々を入れてくるようなことはなかった。
きっと、ボクが感づいたことに感づいたんだろう。
なんだかんだ言って、一緒に生活を始めて二か月近くたつ。いい加減に、お互いの癖もわかってきたところだ。
「……あの、話聞こえてますか?」
「ふでゅでゅふ」
「……もしもーし」
「でゅでゅでゅふ」
やっぱり……。間違いない。
ボクは、コーサクさんの言動に二つの違和感を感じていた。一つ目は……まあ、今は置いておこう。この人の変差値が高いのは、特に理由がないのかもしれないし、このゲームはそもそもそんな人たちの集まりらしいから……。
二つ目は、文字通りコーサクさんの喋っている言葉にあった。
「……あと、9回か」
「やっぱり気づいてたか」
ボクの独白に、オジサンが声を重ねてくる。
「……こんなの、ボクじゃなくてもすぐに気づく。盗賊親分の時と仕組みは一緒。桁数が一つ多いけど……」
オジサンに返事を返しながら、ボクは黙々とコーサクさんに話しかけ続ける。
え、何のことを話してるのかって?
最初の《8逃げバグ》と同じで、コーサクさんの台詞は、話しかける度に2進数で変化してたんだ。
『でゅ』が1で、『ふ』が0。
7回話しかけた時点での台詞が『でゅでゅでゅふ』、つまり『1110』、10進数に直せば『7』ってことね。
後は、《8逃げバグ》と同じ要領で、話しかける回数を増やして、台詞のカウントをオーバーフローさせてやれば、何か変化が起きるかもしれないって思ったんだ。
「……このゲーム。《階層バグ》といい、カウントのオーバーフロー系のバグが多すぎない?」
「まあ、この時代のゲームのバグは大抵そんなもんさ。でもな、バグってのはほとんどが発生した瞬間に『フリーズ』しちまうものなんだよ。それを起こさずに、ああやってゲーム進行にスパイスを加える程度に抑え込んでるともいえる。まさに馬鹿と天才は紙一重ってやつだな。それにな──」
オジサンが何かを言いかけようとした時、ボクの16回目の話しかけるコマンドが成立した。
すると──
「……あの~」
「んだよテメエわぁ!?へ、へへへへへ……!わかったぜぇ……!てめえ、オレの……育てた"ハッパ"をギろうってんだな!そうわさせ……ねえぜぇ……。今年の"ハッパ"は、黒太陽様の赤い紫外線が……ビンビンにきてやがるからよぉ……。特に上モノに仕上がってんだよぉ……!」
爛々と輝いていた目をギョロリとこちらに向け、やたらと抑揚のついた、でも意味の分からない言葉を発してきた。
爛々と輝いていたように見えた目は、よく見てみると真っ赤に充血している。口元からも、泡ぶくなのか涎なのかよく分からないものが垂れ流されていた。
一つ目の違和感の正体が、恐怖と共に一気にはじけた。
「……オジサン……この人が育てているものって、本当にただのスパイスなの!?」
「この人こそ、第2章のボスキャラ。スパイスを極めすぎたせいで神の領域に踏み込んでしまった、悲しきスパイス職人。コーサクさんだ!」
「……この世界にはマトリはいないの……!?」
「そんなモンがいるか!警察もいないから、こうして勇者があちこちで奮戦してるんだろうが!万が一いたとしても、コーサクさんのはブレンドが凄いだけで一つ一つは全て合法なんだよ!」
妙なフォローを入れてくるオジサンだったけど、それに反論をする余裕は僕には残されていなかった。
その直後、強制戦闘に突入した挙句、先手を取られて、なす術もなくワンターンキルされてしまったのだから。
間違いない。このゲームを作った人こそ、今までで最強の変差値の持ち主だよ……。
……だって、こんなやばい人だって思わなかったもん……!
コーサク様「私の変差値は53万です」「さらに変身を2回残しています」




