6話 オッサンゲーマー 初恋相手の息子から凸られる
全てを失って、俺はしばらくの間部屋で呆然としていた。
古びたワンルームマンションの中で、無機質なファンの音だけが虚しく響く。
こうなってくると、むしろ完全な無音よりもこっちの方がタチが悪い。
生活費を削って購入した数々のゲーミングマシン達が、寄ってたかって『ねえ、今どんな気持ち?』『悔しい?悔しい?』と挑発しているような気分になってくる。
ああ、イカン。
これは、完全に病気の一歩手前だわ……。
ていうか、こんな幻聴が聞こえる時点で、相当やばい状態じゃないのか?
「ま……いつか、こんな日が来るかもしれないとは思ってたけどな……」
安物のオフィスチェアに体重を預けながら、くすんだ天井を見上げる。
まるで、走馬灯のように今までの人生を振り返ってみる。
子供の頃からゲームだけやってきて、周りから色々と心配されてきてもゲーマーとして生きていく夢を捨てなかった。
Eスポーツというジャンルの黎明期から業界に飛び込み、荒波にもまれながら、ゲームとバイトで食いつないできた。
当時は、ただ夢中だった。
配信しても数人しか観客がいないこともあったが、みんなと一緒にゲームをプレイしている実感が何よりも好きだった。
明日のことなど考えもせずにゲームに没頭していたある日、業界に"革新"が起こった。
「……あの時は、まさかゲームがこれだけの一大産業になるとは思ってなかったもんなあ」
呟きながら、机の上のコントローラを軽く小突いてやる。
プロとして生計を立てていけるほどメジャーになり切れていなかったEスポーツに"革新"が起こったのが数年前のこと。
とある画期的なシステムが開発され、Eスポーツは一気にメジャーへの道を駆け上がっていった。
観客数は爆発的に増え、それに伴い無数のスポンサーがつくようになった。
莫大な広告費と、開発費が業界に注ぎ込まれるようになり、プロゲーマー人口は瞬く間に増加していった。
「思えば、あの時が一番興奮したもんだよなあ」
戦績は芳しくなかったが、古くからのプレイヤーとしてそれなりに知られていたオレをチームに呼び入れてくれたのが、他でもないカイルだった。
奴は、俺の膨大なゲームに対する知識が欲しかったようで、俺は望まれるままに自分の知識と経験をチームメンバーに提供していった。
それに比例するように、チームのメンバーと戦績は伸びていった。
そしてつい先日、ついにEスポーツのトップリーグへの昇格を果たしたのだ。
「それで、いよいよ用済みになったからお払い箱ってことか……。結局は、ただ良いように利用されてたって訳ね……」
今思い返すと変なことが多すぎた。
チームがリーグを勝ち抜いていくにしたがって、メンバーが持ってるPCのスペックやモニタがどんどん豪華になっていってたのに、オレの給料は前と全然変わんなかったもんな。
あ?ちっとは報酬の交渉とかやったらどうだって?
そんな器用な真似ができたら、ここでこうしてくすぶってるわけないだろ!
こちとら筋金入りのゲーマーだぞ!?まともに学校や、会社にもいってねえんだからな!
なめんなよ!
往年の名作、熱血硬派な主人公の物まねをかましたところで、オレはだらしなく床に寝そべる。
「ま、よくよく考えれば、昔と同じに戻っただけか……」
収入は元々低かったわけだし、ゲーマーとしての知名度は、悔しいが『獅子の牙』のおかげで前よりもアップしている。
カイルの言うように、昔みたいに細々と独りでゲーム配信して暮らしていけばいいだけなんだよな。
「むしろ、今の方が幸せかもしんねえや。やっぱりオレ、あのチームのプレイスタイル、肌に合わなかったんだよなあ……」
有名になったのは嬉しかったが、次々と新しいゲームを持ってきては最速で攻略しろ、とか、2つ同時にプレイしろ、とか。
そんな、ゲームを使い捨てるような遊び方が嫌いだったんだよ。
オレって、一つのゲームを徹底的にしゃぶり尽くすスタイルなの。
全部のパラメータはカンストするまでレベル上げするし、ダンジョンだってすべて行き止まりにぶち当たるまで探索しつくした。
子供の頃なんか、今より金がなかったから一つのゲームを何周もプレイしたりしたもんだ。
最初の町でいきなりレベルマックスまで上げて、『自力で強くてニューゲーム』とかやって遊んでたもんな。
……我ながら、暇すぎだろ……
『ねえねえ、悔しい?悔しい?』『今、どんな気持ち?』
不意に精神状態が悪化し、またもファンの音がオレをののしり始めようとしたその時だった。
ピンポーン
「……あれ?なんかパーツの注文してたっけ?」
時代は進んでも、肝心のハードウェアだけはWiFiで飛ばすことはできない。
俺がここ最近でまともに会話したのは、ゲームのパーツを運んでくる宅配便の兄ちゃんだけだった。
「はいはい、今行きますよっ……と」
のぞき窓もないため、俺は何のためらいもなくドアを開けた。
するとそこには、小さな死神が立っていた。
いや、そのガキをそんな風に呼ぶようになるのはもっと後の話なんだけど……。
とにかく、オレはその時、玄関の向こうに立っていた小柄な金髪の小僧に、黄泉への招待状を突き付けられることになったんだ。
しかも、その差出人というのが極めつけにタチが悪かった。
何を隠そう、オレをゲームの道に引きずり込んだ張本人だったのだ。
「おじさん、結城勉?」
その小僧は、挨拶も無しにだしぬけにそう問い詰めてきた。
ちょっと待ってくれ、俺は初対面の相手にそんなにポンポン言葉が出せるほどコミュ力が高くねえんだ。
言葉に詰まっているオレに構いもせず、その小僧は一方的に要件を突き付けてきた。
「ボクの名前は墨田ベン。オジサンを探してた」
「ちょっと待て、小僧。今なんて言った?墨田……墨田って言ったか?」
オレの問いに、ベンと名乗る小僧は黙ってうなずく。
「ボクの母さん、墨田チエが失踪した。だから、ボクと一緒にゲームをプレイして、母さんを探してほしい」
チョット……マッテ……
オレの貧弱ナ……8BitCPUジャ……ショリガオイツカナイヨ……
墨田チエ。
20年前に俺の人生を大きく変えた、いや、狂わせた女。
目の前に立つ少年は、その子供だと言う……。
突然の来訪者の爆弾発言に、オレはその場でたっぷりと5分はフリーズすることになったのだった。
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