57話 未練なんかないもんッ……(涙)
「……あれ、オジサン……」
ボクが家の前に到着すると、そこにはいつものようにオジサンの姿があった。
ボクが学校に行くようになってから、オジサンは毎朝学校の近くまでボクを見送ってくれていた。
正直言って恥ずかしかったけど、最初の数日はやっぱり学校に行くのが億劫だったから、近くまで付き添ってくれたのは嬉しかった。
それから、下校の時間になるまでオジサンがどこで何をしてるのか、実は全然知らなかったんだ。
オジサン、玄関にいるコンシェルジュさんが怖いみたいで、一人でマンションの部屋に戻ることができなかったみたいだから、外で過ごしてたんだよね。
いつも、ボクが帰るのを見計らったみたいに、マンションの前で待ち合せてたんだけど……今日は何か様子がおかしい……
最初の一週間くらいは、「オレでも、やればできるんだな!」とか「やっぱ、大人たるもの、真面目に働かなきゃいけないよな!」とか、オジサンらしからぬ物騒なことばかり言ってたんだけど。
今日のオジサンは、その時の不気味な明るさはどこかに消し飛んだみたいだ。
うつむき気味なオジサンの顔を覗き込む。ボクは、すぐに気づいた。
「……ねえ、ひょっとして、泣いてる?」
「泣いてねえし!全然悔しくなんかねえし!!オレだって、伊達にオレを30年もやってきてねえから、自分の得意不得意ぐらいとっくにわかってたしィ!!」
赤く目を腫らして、何故か急にムキになって否定してきた。
……分かりやすい人だなあ……
「せっかくの機会だから、ゲームから離れてまともな社会人に戻れるかも、なんて、微塵も思ってねえし!オレには……オレには……ゲームしかないって、最初から分かってたし……」
「……なんか、ゴメン。無駄に傷穴広げたみたいで……。ほら、これで涙拭きなよ」
ポケットからハンカチを取り出す。
「泣いてねえし!…………………アリガト」
何か、観念したみたいに素直にハンカチを受け取るオジサン。
涙を拭って、ボクに返してきた。
「しかし、お前のハンカチ、ずいぶんと可愛らしいデザインだな。こんな少女趣味のハンカチなんて持ってたっけ?」
「……ああ、それ。クラスメートの玉城さんが貸してくれたんだ。朝の休み時間、いじめっ子から逃げる途中に擦りむいたのを見られちゃって」
……あ、またオジサンが震えだした。
「全っ然っ!悔しくなんかねえし!女子からこんな優しい扱い受けたことねえけど、そんなの普通だし!むしろ、そっちが当たり前だし!」
言葉とは裏腹に、心が折れたのかその場に座り込んじゃった。
面倒な人だなあ、本当に……。
「……オジサン、とにかく家に帰ろ。ほら、通行人たちにジロジロ見られてるし、それに……」
いじけて座り込むオジサンを引っ張り上げながら、ボクは頭の中でどうやってゲームのことを切り出そうか悩んでいた。
もともと、お母さんを見つけるために始めたんだけど、迷いの森の帰り道でバグった階層に迷い込んだ時に声だけは聴けたんだよね。
急がなくていいから、ゆっくり攻略しなさいとも言ってくれたし、オジサンが学校に行けってうるさかったら、ずっとゲームは封印してたんだ。
でも、郷田君との約束もある。
ゲームをプレイすれば、ひょっとしたら彼らとも仲良くなれるかもしれない。
……いや、違う。
ボクはあの時──ゲームの話でみんなと盛り上がった、あの瞬間──心から楽しいって思ったんだ。
だから、また学校に行って、あの話の続きをしたい。そう思ってるんだ。
だから、オジサンに素直にそう言おう。
でも、そんなこと言ったら、また「学校でゲームの話題で友達と仲良くなっちゃっても、全然羨ましくなんかねえし!オレなんか、ゲーム自身が友達だったし!」とか言っていじけるんだろうなあ……。
ボクが、そんなことで悶々と悩んでいると、
「ベン!家に帰ったらゲームの続きやるぞ!」
「……へ?」
立ち上がったオジサンの目には、何の迷いも消えていた。
というよりも、あらゆる未練や希望を捨て去った、どうしようもなく虚ろな目にも見えるけど……。
「やっぱり、オレにはゲームしかないんだよ……。この一か月で、よくそれが分かった。だから、ゲーム……やろう」
徐々に声に覇気が無くなっていくのが分かるけど、また泣きだされても困るし(コンシェルジュさんがいよいよ人目を気にしだしてるし)なにより、ゲームを始められるなら願ったり叶ったりだ。
「……それじゃ、早く家に帰ろうよ」
「おう!ちょっとくらいは寝不足は覚悟しとけよ!久しぶりで、うっぷんがたまってるからな。今日は、あちこちしゃぶり尽くしてやるぜえ……!」
頼もしいのか、気持ち悪いのか微妙な言葉を玄関に残して、僕とオジサンは、再びドルクエの世界に戻ることになったのだった。
みっともないものをお見せしました。
次回から、ゲームパート再開です




