56話 8逃げ勇者 再び戦場へ
「くそっ、相変わらず逃げ足の速い奴め……!」
息を切らして、郷田君が悪態をつく。
放課後になると、いつものように追いかけっこが始まるんだけど、最近はボクの方もコツを掴んできたみたいだ。
段々と"逃げる"コマンドの成功率が上がってきた。
「最近、また足が速くなってないか?」
「丑山でも追いつけなくなってるもんな。逃げ足って言うか、どっかに隠れてんじゃないのか?」
何気ない言葉に、ボクの全身が泡立つ。
その通り、ボクは逃げるのが速くなったんじゃなくて、隠れるのが上手になっただけ。
今も、目の前で会話している郷田君たちに見つからないように、必死に息をひそめているところだ。
「下痢ベンのやつ。最近は玉城だけじゃなくて、クラス中の女子からちやほやされやがって、調子に乗ってるからな……!」
「ちょっとだけ顔がよくって、勉強もできて、しかも困った奴全員に丁寧に勉強を教えただけの癖しやがって……!」
いや、ボクも別にやりたくってみんなに教えてるわけじゃないんだけど……。
オジサンに叩き込まれた"勇者の呪い"のせいで、『困ったなあ』って言葉に反応するようになっちゃっただけなんだ。
最近、女子のみんなにその習性がバレたみたいで、勉強を教えてもらうためにワザとその言葉を口にしてるんだよなあ。
別に、ボクなんかに教わらなくても先生に質問すればいいのに……。
「しょうがねえ、今日はもう帰ろうぜ」
「あれ、郷田君。今日はやけに諦めるの早くない?いつもはもっとしつこく探して回るのに」
確かにそうだ。
最近は特にしつこい。
オジサンのプレイを見てるみたいに、あちこちを隈なく調べつくしかねない勢いなのに。
「それがよ、最近ちょっとハマってるんだよ。だから、早く帰って続きをやりたくてさ」
「ハマってるって、何に?」
「お前らもニュースで見ただろ?ドルクエってゲームだよ。ユグドラで無料開放されてる、超難しいやつ!」
あ、ママが作ったゲームの話してる。
「郷田君、あれに挑戦してるんだ!実は僕もなんだ」
「クリアしたら1億円だっけ?もしもクリアできたら、僕たちにもなんか奢ってよね」
へえ、みんなもユグドラを持ってるんだ。
お母さんが開発したユグドラシル=ドライブ、通称"ユグドラ"は、VR専用ゲームコントローラなんだけど、もう一つ特徴があるんだ。
それは、『一人一台専用』ってこと。つまり、一つの端末を複数人で使いまわせない仕様になってるんだ。
コントローラが初回設定で個人の特性に完全に適合させる仕組みになっていて、一度そうなったら他の人向けに変えられないのがその原因らしい。
いくら廉価版が発売されたとはいえ、ボク達小学生に一台ずつ買い与えられるほど安いものでもないから、実はクラスでも持ってる子は少ないんだろうな。
「それで、今どの辺まで進んだの?」
「それが、最初のダンジョンはクリアしたんだけどよ。その後の"迷いの森"ってところで詰まってるんだよ」
……へえ、盗賊親分は倒したんだ……
「ネットで検索したら、すぐに最初のダンジョンの攻略情報は見つかったんだけどよ。次のダンジョンは全然ダメなんだ。ガセ情報ばっかりでさ。課金したら教えてやるとか言う怪しいサイトばっかりで……」
ボク達がクリアしてからもうすぐ一か月経つけど、情報が拡散してないんだ。
ひょっとして、情報自身にプレミアがついて規制されてるのかもしれない。
クリア報酬を受け取れるのは一人だけど、攻略情報を欲している人は山ほどいるからね。
「そういうわけで、ここ一週間くらいはずっと迷いの森でハマってるってわけだ。今日こそは、何とかヒントだけでも掴もうと思ってんだ」
郷田君の声が、心なしかはずんでるように聞こえた。
あんな乱暴者だけど、ゲームに夢中になってる姿は僕らとあまり変わらないんだな。
と、ボクが妙なところに感心している時だった──
「でも、そろそろクリアしないとまずんだよ。母ちゃんにいい加減にしないとゲーム没収されちまうかもしれないんだ。一日3時間以上やっちまってるからな……ああ、困ったなあ」
その言葉に、ボクの中の"勇者の呪い"が発動する。
自分の意思とは裏腹に、ボクは隠れていた場所から外に飛び出した。
「げ!下痢ベン!……お前、そんなところに!?」
廊下に設置されていた消火栓の中から出てきたボクを見て、郷田君たちがギョッとしている。
でも、そんなことはお構いなしに、ボクは郷田君の前でノートを開いておもむろに説明を始める。
「……あの、迷いの森は、実は森じゃなくて階層構造を持った"塔"に近いんだ。そして、その"上り"と"下り"は時間経過で入れ替わるようになってる……」
滔々とノートに森のマップを掻きながら説明を始めるボク。
想像もしていないところから現れたボクが、さらに想像もしていないゲームの攻略情報を語り始めたものだから、みんなその場でフリースしていた。
「……隠されているゴールは13階にあるんだけど、自分がどの階にいるのかを把握する方法は──」
クリアした後、オジサンから十二支について説明を受けていたから、簡単な方を教えてあげることにした。
ボクのやり方は、あまり真似しない方が良いだろうしね。
「……それで、これが一番重要なんだけど……ジェシーさんの居場所は──」
「ちょっと待った!」
一気に話し終えようとしていた僕を、郷田君が止める。
「……はっ!?」
その勢いで、ボクも併せて正気に戻った。
──しまった!またやってしまった!
しかも、今度は逃げてる相手に目の前に現れるなんて……!
後悔してももう遅い。周囲を隈なく囲まれた状況じゃいくらなんでも逃げられっこない。
ボクが観念して、目を閉じようとした時だった、
「おい、下痢ベン!すげえじゃねえか!まさか、おまえもあのゲームやってるなんて思わなかったぜ!」
「……え?」
予想もしなかった郷田君の声に、今度はボクの思考がフリーズする番だった。
ボクの肩を揺さぶる郷田君は、目をキラキラと輝かせてボクを見ている。
「この地図を見りゃわかる。プレイしてる奴じゃねえと絶対に分からないからな。ネットにだって、ここまで正確な情報は出回ってないし」
あれだけしゃぶり尽くすようにマッピングさせられたんだ。
記憶力の良い僕じゃなくっても、これくらい覚えちゃうよ。
「そうか……。あの森にはそんな秘密があったんだな……。全然気づかなかったぜ」
「おい、ベン。やるじゃねえか、おまえ!」
郷田君だけじゃない、周りのみんなも感心したようにボクの肩をバシバシと叩きまくってくる。
いつもみたいに殺気がこもってない、親しみや尊敬の念が乗った手のひらだ。
……不思議と、全然痛くないし。むしろ心地よかった……
「……みんなも、ゲーム好きなんだ……」
「当たり前だろ!特に、ユグドラはみんなの憧れだよ!俺だって、小遣い貯めて買ってやるんだ!」
みんな、目をキラキラ輝かせてる。
すごい……お母さんが作ったゲームって、こんなにみんなが夢中になるんだ……!
「おい、ベン。それ以上は言わなくていい。やっぱ、最後は自分の手でプレイしなくちゃ面白くないからな。全部の攻略法を聞いたんじゃ、つまんねえだろ?」
「……うん」
オジサンも同じようなこと言ってたっけ。
あの人の言うこと、ゲームに関することだけはことごとく的を射てるんだよなあ。
「でも、ありがとよ。おかげで、どうにかクリアすることができそうだ」
少し恥ずかしそうに、郷田君が笑った。
なんだ……こんなふうに笑う子だったのか……みんなと一緒だ。
ボクが感心していると、
「続きは、また今度教えてくれよな。約束だぞ!」
「……うん、分かった」
同級のクラスメイトと、初めての約束だった。
そして、そんな郷田君の顔を見ていると、なぜか胸の奥が温かくなるような感覚がした。
そうか……ひょっとして、これが友達ってやつなのか……?
「じゃ、また明日な!」
「……うん、また……明日……」
頷いて帰路につく。
そして、重要なことに気づいた。
誰もいない帰り道で、ボクは一人ぼそりとこうつぶやいた。
「……そういえば、あれ以降は僕もプレイしてないんだった……!」
……どうやら、ボクは生まれて初めて、ゲームをプレイしたくてたまらないという感覚に襲われたらしい。
帰ったら、オジサンに相談してみよう。




