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55話 8逃げ勇者たち 光と影の一か月

「あら、恩田先生。どうしたんです?鼻歌なんか歌って」


 職員室で自席に座る、4-A担任の恩田(おんだ)(ひさし)は、同じ4年生を受け持つ同僚の教師にそう尋ねられた。


 完全に無意識だったし、音楽は苦手であったため若干恥ずかしかったものの、それでも喜びの方が今は勝っていた。

 手にしていた書類を、自慢げに手渡す。


 共通模試の成績であった。


「わ……!全国でも一桁に入るって……。うちの学校じゃ初めてのことじゃありませんか?」


 成績表に記された名前に目をやると、そこには意外な名前が記されていた。


「墨田って……()()墨田くん?不登校になってたと思ったのが、どうしちゃったんですか?」

「それだけじゃないんですよ」


 テスト結果など序の口と言わんばかりに、恩田はここ一か月の出来事を話し始めた。


「勉強だけじゃないんです。体育の時間でペアを作れずに()()()()()の子がいたら率先して声をかけてくれるし、自由課題でクラスメート同士で取材をさせてみたら、一人残さず入念に、()()()()()()()ように徹底した記事を書き上げたんです」

「へえ~……。そんな真面目な子だったなんて驚きですねえ」


「おかげでクラスも活気づきまして。彼に引っ張られるようにみんなの成績まで上がってきたんですよ」


 誰かに話したくてうずうずしていたのか、自慢話に拍車がかかってきた。

 恩田はクラス全員の成績表を並べて見せる。

 

()()()()。どの子も勉強に熱心になりましてね。自習中も、よく『どうしよう、この問題が分かんない。()()()()()』と真剣に悩む子ばかりで。墨田はそんな子がいると必ず教えに回るんですよ。あれは、もう私よりも教え上手かもしれんですね」


 「あっはっは」と、普段おとなしい恩田にしては大きな笑い声をあげる。

 同僚も、釣られて目じりが思わず下がった。


 自慢話ではあったが、子供の成長に触れるのは教師として嬉しい限りだ。

 同僚は嬉々として恩田の話を促す。


「男子の方はどうなんです?」

「男子は、体育がめざましいですよ。特に、かけっこの練習にやたらと熱心でしてね。『今度こそ逃がさねえぞ。絶対に捕まえてやる』なんといって、血走った目でグラウンドを走ってますよ。タイムだけ見れば、0.3秒近く速くなってますから、相当頑張ってる証拠でしょう」


「墨田くんの家も、色々と複雑な家庭みたいだったから心配してたんですけど、良かったですねえ」

「保護者の方も、何かとお忙しそうで面倒が見れてないんじゃないかと思ったんですけど、休んでる間に何かあったんですかな?」


 恩田は、ベンの生徒情報が書かれた用紙に目を落とした。

 この学校に来るまでの大雑把な経歴がそこに記されている。


 アメリカにいた頃は、各地を転々としていたようだ。ロクに友達も作れなかったに違いない。

 保護者である墨田チエの勤務先である『ノルン』がアメリカにあるせいなのだろうが、これほど転勤が多いものなのかと驚いたものだった。


 同僚は、安物の椅子に思いっきり体重をかけて、大きく背伸びをする。


 窓の外に目をやると、校庭に枯葉が舞っていた。

 夏休みが終われば、すぐに秋が来る。

 もうすぐ家庭訪問の時節だ。


 ベンの写真を見ながら、恩田は何気なくこんなつぶやきを漏らして職員室を後にした。


「ひょっとして、優秀な家庭教師でも見つけたのかもしれませんな」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「なあ、オッサン。あんた、明日からもう来なくていいぞ」

「は……?」


 どこか聞いたことのある台詞に、オレは同じように間の抜けたリアクションを返すことしかできなかった。


「……ええと、意味が分からないんだが?」


 続く言葉も、いつか言った覚えのある台詞だった。

 だって、本当に理由に思い当たる節がないんだぜ?


 俺のその言葉に、困ったような、呆れたような表情を浮かべる青年。


「……まったく、なんで一回りも年上のオッサンに俺がこんなこと言わなきゃなんねえんだよ……」


 もしもーし。心の声がしっかりと滲み出ちゃってますよー!


「オッサン、ここ一か月の間、アンタがやってきたことを言ってみなよ」

「……分かったよ」


 そう言われて、オレはこの一か月の出来事を思い出していた。


「毎日、店の中を隈なく見て回り、何か異常がないか、しゃぶり尽くすように調べまわってた。そして、もしも困ってるお客がいたらすぐに助けられるようにいつも耳を澄ませていた」

「……」


 胸を張っていうオレ。その言葉を聞いた青年──コンビニのアルバイトリーダー──は深々とため息をついた。


 いったい、オレの何が悪かったというのか……?

 コンビニとは、いわばあらゆるアイテムを取り扱う超便利な道具屋だ。


 そこを任された以上、最善を尽くすのがプロの流儀のはずだ。

 そう、オレがやってきたことと言えば──


「ポーションが切れかかったらすぐに補充しなくちゃいけないだろ?客が急に風防付きレイピアを求めて殺到する日もあったから、大慌てで鍛冶屋に取りに行ったこともあったな。もちろん、定期的に呪文書を読みに来る熱心な学生の邪魔にならないよう、近くを通る時は細心の注意を払ったさ」

「暑い日にスポーツドリンクが売れるのは当たり前。雨が降った日にビニール傘を出すのは俺の仕事だ。それに、いつも漫画を立ち読みする奴を追い払うマニュアルは、最初に説明したよな?」


 この青年は何を言ってるんだ?

 オレのプレイスタイルの、何が間違ってるって言うんだ?


「そもそも、アンタの仕事はレジ打ちだろ?なんでレジをほっぽり出して、あの狭い店内を隈なく探索してくれてんだよ?」

「いや、周回を重ねれば新しいアイテムを仕入れるフラグが立つかもしれないだろ?店の隅にレアアイテムが落ちてたりするし……。そういえば、よくプレイヤーが入れない壁の向こうに宝箱が置いてあったりしたよなあ。あれって、何が入ってたんだろ?」


 オレが独りでブツブツと呟いていると、青年はしびれを切らしたのか、声を荒げ始めた。


「どの商品を仕入れるかを決めるのは俺の仕事!大体、アンタさあ。お客に声をかけられても恥ずかしそうに目線逸らして逃げてくだろ!?なにが、困ってる客がいないか見て回る、だよ!」

「いや、人と面と向かって話すの……苦手で……」


 オレは、つい本音を漏らす。


 青年は、断固とした口調で、最後にこう言った。



「出てけ。アンタ、この仕事向いてない」



 と言うわけで、オレは人生二度目の、あまりにも理不尽な追放の憂き目にあったのだった。


 あ?薄々理由が分かってるのに誤魔化すな、だって!?

 うっせえよ!現実を直視できるメンタルがあったら、今頃真っ当に働けてるわ!



うん、このおっさん、ダメですね。

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