54話 その名も パンイチ勇者
「まったく、久しぶりに顔を見たかと思ったら、相変わらずだな」
「あっ、カイエンさん!久しぶり~」
背後から声をかけられると、ファミリアは嬉しそうにそれに応じた。
それもそのはず。ゲーム空間とはいえ、これだけのキワモノに声をかける勇気のあるプレイヤーはそうは多くない。
業界では古参であり、付き合いも広いカイエンは、その例外の一人であった。
「随分と遅い参戦じゃねえか。お前のことだから、こんなイベントにはすぐ食いついてくると思ったんだがな」
「うん。ニュースでは知ってたんだけど、そのまえにやってた縛りプレイに結構はまっちゃっててね~」
あっけらかんとした様子のファミリアであったが、それを聞くカイエンの表情は対照的にどんよりと暗い。
濃厚豚骨スープを飲みほした後のように、げんなりとした顔で続きを促す。
「はまっててって言うが、このゲームのニュースが流れてもう二か月近く経つぞ。いったい何やってたんだよ……?」
「うん。初代ポッケモンの縛りプレイだよ~」
「このゲームほどじゃねえが、随分とレトロなゲームじゃねえか。お前の実力なら一か月もかからないはずだろ。どんな縛りをしたんだよ?水属性縛りか?それともモンスターボール個数縛りか?」
いずれの問いにもかぶりを振る。
ニンマリ笑い、ファミリアは両目を閉じた。
「目隠し縛り」
「……また、訳の分からんことを思いついたな……」
相手の心理を読むことを得意とするカイエンだったが、さすがにこの男の考えていることを読み解くのは不可能だった。
覚悟していたはずだが、その予想をさらに超えてくる返答だ。
「ポイントは、壁にぶつかったときの”ブブー”って効果音と、カーソルが移動する音を聞き逃さないことだよ。モンスターの鳴き声を一通り覚えておけば、敵が出てきても対処法は分かるしね」
「そんなことを得意げに語られてもなあ……」
「プレイ中に救急車が近くを通った時が一番焦ったなあ。自分の位置が分からなくなると、途端に難易度が跳ね上がるんだもん。仕方ないからデスルーラで初期位置に戻る羽目になったし」
「なんか知らんが、苦労したみたいだな」
頭を抱えてひそかにため息を漏らす。
この男と話すと、自分の常識が徐々に崩れていくような錯覚に襲われるのだ。
幻覚を振り払うように頭を振って目を開けるが、よくよく考えればファミリアの今の姿はパンツ一枚の半裸だった。
開いた眼をもう一度塞ぎたくなるのをぐっと我慢して、カイエンは話題を強引に元に戻した。
「それで、ようやくこのゲームの攻略に乗り出したってわけだ。しかし、その恰好は何とかならかったのか?」
呆れるカイエンに、またもニンマリと笑うファミリア。自分の性癖……もとい、プレイスタイルを誇る時、彼はいつも人懐っこい子供じみた笑みを浮かべるのだ。
「少しプレイしてから決めたんだ。今回は”防具なし縛り”でいくってね」
「人のプレイスタイルに文句を言うつもりはないが、そんなんじゃいつか詰むぞ?」
「どうして~?むしろ、このゲームの攻略に防具って必要かな~?」
皮肉や、ギャグで言ってるのではない。カイエンは、ファミリアが本心からその疑問を投げかけているのに気づいていた。
「このゲームって、今のところ勇者一人でプレイしてるから、道具の枠は最大8個まで。そんな中で”鎧”、”兜”、”盾”の三つの防具でその枠を潰しちゃうのってもったいないよね~。煙玉とか、いくらでも戦闘を有利に進めるアイテムはあるのに」
「使い捨てではない戦闘用アイテムが充実しているのは認めるが、それでもこのゲームのモンスターは強い。防具なしではすぐに死んでしまう」
「別に、逃げればいいじゃない。逃げるコマンドの成功率は、他のゲームに比べて高めに設定されてるし~。4回目には絶対成功するようにもなってるよ~。どのみち、モンスターを倒してレベルを上げても、その恩恵もたかが知れてるしね~」
「……」
楽しげに語るファミリアの持論に、カイエンはしばし瞑目した。
カイエンも、別に単なる好奇心からファミリアに接近したわけではない。
このゲームを攻略するためには、とにかく情報が必要。それがカイエンの出した結論だ。
そして、人の心理を読むことに長けた彼は、その情報源をほかのプレイヤーに求めることにした。
ファミリアがとった戦術と、その根拠を聞いて、カイエンは今までため込んだこのゲームの攻略情報の重要項目の、いくつかを修正する必要があることを認めた。
「まったく、ふざけたやつだが、お前のこういうところだけは、いつも感心させられる」
縛りプレイの本質は、”そぎ落とす”ことにある。つまり、余分なものを省き、最も必要なものだけを残すということだ。
長年縛りプレイを続けてきたせいか、もしくはもって生まれた才か、ファミリアは攻略するゲームの最も大事な要素をいち早く見抜くことに長けている。
彼の眼が捉えた、このゲームの重要な項目は"アイテム"
「聞いたところ、迷いの森をクリアすると手に入るアイテムも捨てられない貴重品なんでしょ~?コソ泥の鍵だって持ってないといけないんだから、残りの枠はたった二つ。みんなすぐに大変なことになると思うんだけどな~」
「……確かに、一理あるな」
カイエンは、ファミリアの主張を受け入れることにした。
今のところ、アイテムボックスも、倉庫も存在しないこの現状では、確かにアイテム枠の使い方は重要になる。
──しかし、
瞑目した片目を開いて、カイエンは一つだけ反論を付け加えた。
「だが、防具はやはり必要だろ。3つ全てとはいかずとも、一番防御力の高い鎧くらいは残すべきじゃないか?」
冷静な指摘に、ファミリアはまたもニンマリと笑った。
「だって、その方が面白いじゃない。僕らは、見られてなんぼのプレイヤーだよ~」
「やれやれ、呆れたプロ意識だぜ。だが、その姿格好は、万人には受け入れがたいからな?」
パチンと胸を叩き、ファミリは大きく胸を張った。
「それでいいんだ。観客も削ぎ落すのが僕のスタイルだし。それに……」
こんどは、パンツのゴムをパチンと弾く。
「やってみたら、この格好も中々刺激的でね~。癖になっちゃうかも」
「あっそ……。やりすぎてBANされねえようにな……」
今度こそ食あたりしたような顔色で、カイエンはその場を後にするのだった。




