52話 俺の城 お前の箱庭
ベンを学校に送り出した後、オレは随分と懐かしい景色の中を歩いていた。
「懐かしい、とは言っても……ちょくちょく顔は出してたんだけどな」
ひとり呟きながら商店街を進む。
初めてチエとここを訪れてから、もう20年が経つ。
「まあ、さびれたとはいっても、基本的に顔ぶれは一緒。だから、懐かしいと言えば懐かしい。変わらないといえば変わらない……。そんな感じかもな」
どうでもいい独り言が止まらない。
最近はベンにつきっきりだったから忘れていたが、オレは元々真性の引きこもりだったんだ。
家から一歩も出ずにゲーム三昧。生身の人間相手に会話なんかほとんどやってこなかった。
実況配信はよくやってたけど、あれも独り言みたいなもんだしな……。
要は、元々俺は独り言が多かったってことね。だから、あんまり不気味そうな目で見ないでくれよな!
いや、理由を説明したところで不気味なもんは不気味なんだけどさ……
そうこうするうちに、オレは目的地の前にたどり着いていた。
20年前と変わらない。何度もペンキを塗りなおしたおかげで、それほど古臭さは感じないな。
人とほとんど会話してこなかった俺だが、唯一の例外がここにいる。
少しきしんだドアを思いっきり開け、中の人物に話しかける。
「おっちゃーん。久しぶり!」
「おう、ツトムか。久しぶりだな」
ドアの向こうには、20年前と変わらない、ひげ面の厳ついオッサンがいた。
オッサン。どうしてこうも見た目が変わらんのだ?このままいったら、見た目年齢でオレが追い抜いちまうかもしんないよ……。
「何か探し物か?」
「いや、久しぶりに一人で外出したから、ちょっと寄っていこうかなと思ってね」
店を見渡してみるが、ひょっとしたらソフトのラインナップすら20年前と変わらないんじゃないかって言うくらいに、古い。
透明な袋に吊り下げられた裸のカセットが何十本と壁にぶら下がっている。
値札を見ると、どれも数百円。オレは呆れてため息をついた。
「おっちゃん、ちょっとは商売っ気出しなって。このソフト……ウィンターフェスティバル『吹雪』じゃん。持ってくと持ってけばこの値札の100倍は値が付くぜ」
「ここは俺の城だ。ここでは、俺が決めたことが全て。客がイチイチ口を出すんじゃない」
ほんと、言ってることも20年前と全然変わっちゃいないんだから……。
ここに来ると、毎回小学生に戻ったように錯覚しちまうよ。
「──じゃあ、せっかくだし、"一呼吸"遊んでいこうかな」
店の隅っこに鎮座する、これまた骨とう品級のゲーム筐体。
筐体──とはいったが、実はアーケードゲームでは全くない。
ブラウン管テレビと、ゲーム機のワンセット。家にあるゲームが、そのまま店の中に置いてあるだけ。
唯一違うのは、テレビの横にコイン投入口が設けられていることだけ。昔旅館によくあった奴だ。
投入口の横には、手書きでこう書いてある
──1時間100円──
「旅館のテレビですら20分100円とかだぜ?それにゲームがついてこの値段って、昔から狂った料金設定だったよな」
「地デジになったから番組は見れないしな。それに、大抵の奴は1時間も遊べば満足して帰っていくさ。例外はお前だけだ」
コインを投入してテレビの前に陣取る。
この店の"サービス"として、売られているゲームを試しにプレイさせてもらえるのだ。
いや、この店の存在自体がすでに"サービス"みたいなもんなんだけどさ……。
「久しぶりに、御面ライダー倶楽部でもやるか……!」
「ツトム……そいつはどうやっても1時間で終わらないやつだろ……」
頬杖をついてため息を漏らすオッサン。
そうは言っても、髭に隠れた口元は嬉しそうに歪んでいるのは丸わかりだ。
なんだかんだ言って、このおっさんはゲームが好きなんだ。そして、ゲームをしている人を見るのも、同じくらいにな……。
「さあ、オレの16連打が火を噴くぜ!」
塗装の禿げたコントローラを優しく握る。
久しぶりの2次元のゲーム空間だ。でも、ヘッドマウントディスプレイなんかなくても、一瞬でゲームの中にダイブできる。
安っぽい電子音が、オレの心を揺らし、角ばったドット絵に胸が躍る。
やっぱり、こう言うのも悪くないな……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よっしゃ!ようやく首領を仕留めたぜ!」
画面には、壁に吹き飛ばされてペチャンコになる敵キャラの姿。
ラスボスにしてはあっけないやられ方、そして続くエンディングも非常に淡白だ。
「何度見ても、意味不明なエンディングだよな。"ライダー全員集合!"とか言ってるけど、首領倒す前にすでに全員集めてるっての」
そもそも、このゲーム。仲間を自動販売機で購入するという、非常に画期的なシステムを搭載しているのだ。
天井に頭をぶつけると、顔がぺしゃんこになるサマも実にシュール。
だが、それがいい……!
「いやあ、1号のレベルを最大に育てるとどれくらい強くなるのかやってみたんだけど、やっぱ1号は1号だったな。必殺技を使わなきゃ、本当に弱いったりゃないよ」
「おまえ……本当に何しに来たんだ?まさか、本当にゲームだけやりに来たんじゃないだろうな……」
何故か若干引き気味のオッサンの声。
いい歳したオジサンが、昼間から何時間もゲームやってれば、そりゃあ不安にもなるか。
いや、ベンと一緒に外に出ちまったもんだから、アイツが学校終わるまでは外で時間潰さなくちゃいけなくてさ……。
「そろそろ放課後の時間かな。それじゃ、また来るよ」
ゲーム機の電源を落として、改めて店内に視線を戻す。
代り映えのしないゲームカセットたちの顔ぶれの中に、ふとオレの琴線に触れる何かが映った。
近寄って、よく観察してみる。すると、すぐにそこに視線が吸い寄せられた理由が分かった。
吸い寄せられるように、2本のカセットを手に取る。
「おっちゃん、このカセット2本、買っていくよ」
「今時そんな古カセットどうするんだよ」
おいおい、売ってる本人がそんなこと言ってどうすんだよ……
ツッコみたい気持ちをぐっとこらえて、オレはピンクと白のカセットを差し出した。
「2本で800円な」
硬貨で支払って、ポケットに押し込む。
「おっちゃんは知らないだろうけどさ。この2本のゲーム、今はちょっとばかりプレミア扱いなんだぜ?」
「フン、ナージャ=シベリ……か」
「え!?おっちゃん、知ってるのか!?」
まさか、オッサンからナージャの名前が飛び出してくるとは夢にも思わず、オレは目を見張った。
「20年前、おまえが買ったドルクエを作ったプログラマーらしいな。そいつがドルクエの前に手掛けた二本のゲーム。ネットなんか見ない俺でも知ってるくらい、有名な話だ」
オッサンの言う通り、この『毒マリ』と『星のカビ』は、ナージャが開発に携わったゲームで、昔から一定層のコアなファンがついていたんだ。
だが、『ノルン』が仕掛けたイベントのせいでナージャのソフト自体にプレミアがついてしまい、今ではどこも売り切れてしまった。
「別に、他の店に売ったっていいさ。好きにすればいい」
「そんなんじゃないよ。ちょっと、昔を思い出して懐かしくなったのさ」
「……」
オッサンが急に黙り込んでコチラを睨みつけてきた。
まるで必殺技のタメを作るみたいな、独特の凄味のある顔だった。
オッサンは、何か大事なことを言おうとしている。
「ツトム……俺は最近のゲームは全く詳しくない。VRだとか、仮想現実だとかいうが、何のことやらさっぱりだ。ただな、箱庭の中での遊びだったゲームが、見る間に世の中にあふれ返っちまった。それだけは分かる」
無口なオッサンが、これだけ饒舌になるのは初めてかもしれない。
そして、オッサンがどうして今、このタイミングでオレにこんなことを言うのか……。
「それに加えて、たった一本のゲームの攻略に、想像すらできないような馬鹿でかい懸賞金がついた。人一人の人生狂わせても、十二分におつりがくる金額だ」
眉間にしわを寄せてるけど、オッサンの眼は真っすぐに俺を見ている。
その目を見て、オレは唐突に悟った。
そうか……これは、"警告"なんだ……
「ツトム、この店を見ろ。寂れちゃいるが、それなりにゲームのラインナップはそろってる。そして、もうすぐ夕方だ。そうすれば、近所のガキだって遊びに来る。ここは、そういう店だ。そして、ゲームってのはそういうもんだ……違うか?」
オッサンの言いたいことが分かる。
オレは頷いた。
「おっちゃん。おっちゃんは知ってるだろ?オレは、そういうもんに、人生捧げたんだ。別に、現実と虚構の区別がつかなくなったわけでもなければ、金に目がくらんだわけでもない。好きなゲームをプレイして、みんなにもゲームを好きでいてほしい。それだけだよ」
ふっ……と、何か空気が抜けるような音が聞こえた。
どうやら、オッサンが嘆息したらしい。肩の力が抜けて、口元がぐにゃりと歪んだ。
オッサンって、こんな顔で笑うんだ……
「そうか、それならいい」
「そんじゃ、またね」
それだけ言うと、オレはオッサンの城を後にした。
そろそろベンが帰ってくる頃だろう。
そしたら、宿題やらせて、たらふく飯を食わせてやろう。
久しぶりの学校がどうだったか、きっとアイツはグチグチといろんな不満を言うに違いない。
しばらくはゲームのことも忘れさせればいい。
ゲームは楽しい。でも、ゲームだけが全てじゃない。
他にも大事なことは、山ほどあるさ……。
ちなみに、うちの近所では10分100円でした。
超ボッタクリ!




