51話 8逃げ勇者 学校へ行く 後編
──昼休み──
「よお、下痢ベン。よくもまあ、のこのこと来たもんだな」
「……ご飯食べようとしたら、いきなり両脇を抱えてここに連れてこられただけなんだけど……」
体育館裏に連れてこられたボクの目の前には、郷田君をはじめとする"戦士タイプ"が8人勢揃いしていた。
ここだと、どんなに声を上げても誰かに聞こえることはない。
昔、散々泣き叫んでも誰も助けに来なかったから、間違いない。
「復帰早々、随分と目立ったことするじゃねえか。見てたぜ?あの後、玉城に制服のほつれを縫ってもらってたろ?」
「……はあ」
やっぱり、そのことか。
どうしてこの人たちは、欲しいものがある時に、先に障害となるものを排除しようとするんだろう?
目の前に宝箱があるのに、罠が仕掛けられてないか、他のモンスターに横取りされないか、ひたすら周囲を警戒してるようなもんだ。
「……さっさと宝箱を開ければいいのに」
「あ?何わけわかんないこと言ってんだ?」
つい本音を漏らしてしまうが、郷田君には何のことか分かってないようだ。
「とにかく、もう二度と学校に来る気にならないようにしてやる」
指を鳴らしながら、ゆっくりと丑山君が迫って来る。背が高くて力持ちの郷田君をトロールに例えるなら、丑山君はキラーパンサーだ。
素早くて獰猛。ボクを一番殴った回数が多いのが、この丑山君だ。確か、512回だったっけ?
「おい、殴るなら腹にしておけよ。顔に痣作ると、また玉城が気にするからよ」
だったら、そもそも殴らなければいいのに、という言葉をギリギリで飲み込んだ。
無駄に郷田君を怒らせるだけだ。そして、今郷田君を不用意に怒らせるのは、非常にマズイ。
なぜなら、順番が大事だからだ。
それにしても、やっぱり痛いのは嫌だなあ……
「逃げても無駄だからな。いくら足が速くても、俺を振り切れたことはないだろ?」
その通りだ。
丑山君の素早さは、ステータスに換算すると93くらい。8人の中でも、ダントツに早い。
初めは逃げ出そうとしたボクだったけど、必ず丑山君に捕まってたし。
「……丑山君。今更だけど、どうしてボクはキミに殴られなくちゃいけないの?」
「その顔だよ!ちっとばかり整ってるからって女子にちやほやされやがって!しかも、なんだその仏頂面は!?女子には興味ありませんって態度が、さらに気に入らないんだよ!」
なるほど、要は僕の外見と内面の両方が気に入らないわけだ。
それじゃあ仕方ない。だって、外見も内面もボクが持って生まれたものだ。どっちも簡単に変えられないんだから、ボクはこれからもずっと丑山君を不快にし続けるしかないんだろう。
「……でも、殴らなくてもいいんじゃないかな。思いっきりグーで殴ったりしたら、痛いでしょ」
「その、スカした言い方も気に入らねえんだよ!」
加速をつけて拳を思いっきり振りかぶってくる。
よく見てみれば、キラーパンサーよりもよっぽど遅い。ひょとしたら避けられるかもしれない。
……でも、駄目だ。一回避けても、後が続かない。
幸い、丑山君の狙いは僕のお腹みたいだし……。痛いのも、一回だけなら仕方ないよね?
「おらあ!ぶっとべえ!」
本当に、何の躊躇もなく全力で拳をぶつけてきた。
そんなに思いっきり殴ったら、どうなるか考えたことないのかな?声もでなくなるくらい、痛いんだよ?
「……っ!?」
ボクの予想通り、あまりの激痛に声も出ずに悶絶する。
その瞬間、まるで時が止まったみたいに丑山君の動きが静止した。
「いっっっっっっっっってええ!?」
拳を抱えてその場で丑山君が飛び上がる。
ああ、やっぱり……痛いのは、自分のも他人のも、見るのは嫌だなあ……
「どうした丑山!?」
「この野郎……腹に何か仕込んでやがる……!」
丑山君の言う通り。
4時間目、玉城さんに制服を縫ってもらった時、お腹に鉄板を仕込んでおいたんだ。
─戦闘の前には、装備を整える─
オジサンに叩き込まれたゲームの基本が、ここでも役に立った。
そして、この場で一番足の速い丑山君が戦闘不能になったことで、ボクの『逃げる』コマンドの成功率は格段に跳ね上がった。
ゲームで鍛えた逃げ足で、ボクは一目散に体育館裏と言う名の戦闘フィールドから逃げ出したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
─5時間目、自習─
さすがの郷田君たちも授業中には手を出してくることはないようだ。
丑山君の拳が、可哀そうなくらいに腫れあがってるけど、気にしない。
自習の時間は、好きだ。好きな本をいくらでも読んでいられるんだから。
先生に出された課題をとっとと終わらせると、ボクはカバンから取り出した小説を読み始めた。
──ところが、その時
「あーん。この問題、なんなの?難しすぎ~」
ボクの前の席で、玉城さんが頭を抱えてそんなことを呟いていた。
へえ、玉城さんでも問題が解けずに悩むこともあるんだ……。
家で母さんに出される数列の問題に比べれば可愛いもんだけど、確かに今日の問題は少し難しいかもしれないな。
続く玉城さんの独り言に、ボクのセンサーがピクリと反応する。
「全然解けないよ。困ったなあ」
瞬間、オジサンの教えが脳裏をよぎる。
─勇者たるもの、困っている人がいたら迷わず助けるべし─
次の瞬間、体が勝手に動き出していた。
「……玉城さん、困ってるなら力になるよ」
「ひゃっ!?ベン君……?」
─人に話しかけるときは、1マス隣で─
ボクは、玉城さんのすぐ隣に密着して、算数の問題を一緒に解いてあげた。
「……と、こんな感じかな?どう、解けそうかな?」
「はわあ……なんだか、溶けちゃいそう……」
何故か顔が真っ赤になっている玉城さんを席に残して、自分の席に着く。
特に何かアイテムをもらえるイベントじゃなかったようだけど、これで何かのフラグが立ったかもしれない……って、はっ!?またやってしまった!
オジサンに仕込まれたバグから解放されると、周囲から無数の殺気がボクに向かって放たれているのにようやく気付いた。
……6時間目に、どうにかして早退しよう。
ボクは、そう固く誓うのだった。




