47話 夢の国 中編
「どうだ、初めてのリアルアトラクションは。こんな旧式だけど、まだまだ捨てたもんじゃなかったろ」
「……魂抜かれるかと思った」
まるで信心深い日本人みたいな感想だな、おい。
ジェットコースターから下りたベン。柔らかい金髪をぼさぼさに逆立てて、上気した顔で心ここにあらず、といった具合だ。
ぷぷぷ、コイツ。足が震えてやんの!
VRが普及しても、実際の五感をフルに駆使するアトラクションにはまだ軍配が上がるみたいだな。
「……オジサン、昔、母さんとここに来たって言ってたよね?」
「そうだぞ。アイツも、今のお前みたいにブルブルと震え上がってたっけな」
「……それは嘘。母さんは、こう言うの苦手だったって言ってなかったし。それに……」
ベンの奴。何故か冷め切った視線をオレの足元に向けてやがる。
「……それに、足が震えてるのはオジサンもでしょ?」
はい、その通りです!
よく考えたら、オジサンもジェットコースターなんか乗るの20年振りでしたー!
リアルの体験が、ゲームよりも数倍刺激的だってのを実感したのはオレの方だったんだぜ!
「フッ、ユグドラもまだまだ改善の余地があるってことさ」
「……今更強がっても、遅い」
ツッコミを止めないベンの頭に手を置いて、無理やり発言を止めさせる。
とにかく、今日はツッコミよりもガッツリ遊ぶためにここに来たんだからな。
近くの売店でソフトクリームを買ってやり、園内のマップを見せて作戦会議を始める。
「さて、ベン君。今日、オレ達が挑むダンジョンの見取り図だ。君ならどう攻略するかね?」
「……」
渡された地図をじっと見つめるベン。その顔は、迷いの森に挑んだ勇者と同じく、真剣そのものである。
「……このルートで回る。たぶん、これが一番早いと思う」
一瞬で最短ルートを編み出しやがったよ。こいつにRTAやらせたら、絶対最速タイム叩きだすだろうなあ……。
しかし、このベン。全部のアトラクションを回りきるつもりだ。ノリノリである。
「よっしゃ!そんじゃ、今日はこのダンジョンをしゃぶり尽くすとするか!」
久しぶりに、オジサンもはしゃぐとしますか!
きっと、はた目には仲の良い親子に見られてるんだろうなあ……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……次は、もう一度あれに乗る」
つやつやした表情でコースターを指さすベン。
強引にオレの腕を引っ張り、グイグイと進んでいく。
一方の俺と言えば──
「ベン君。オジサン、もう燃料切れだよ……」
気分は20年前に戻ったつもりだったが、体はすっかり衰えきっていたらしい。
縦揺れ、回転、横G。あらゆる運動エネルギーで全身を揺さぶられたせいで、もはやまともに立って歩くのも困難だった。
「ちょっと、休憩しよ」
縋りつくように、ベンにそう懇願するのだった。
「……オジサン、体力なさすぎ」
「お前の方こそ……引きこもってたくせに、どうしてこんなに元気なんだよ」
いや、わかってるって!これが若さってやつなんだよな!
家にずっと籠ってゲームばっかりしてりゃ、こうなるのも無理はないって……
一人落ち込むオレを見かねたのか、ベンが昔の話を聞いてきた。
「……昔、母さんと来た時は、どんなだったの?」
ベンのその言葉に、オレは視線を前に送り出す。
ベンチから見上げた景色は、多少色褪せてはいるが20年前と変わっていなかった。
一瞬で記憶のメモリーカードがロードを始めた。
「そうだったな。あの日は、二人とも大はしゃぎだったよ。もっとも、二人とも楽しみ方が結構独特だったけどな……」
苦笑しながら、記憶を掘り起こすように目を閉じる。
チエの奴は、コーヒーカップの回転軸を一身に眺めて「こんな簡単な仕組みで、ここまで複雑な機構を再現できるのね」とか言って感心してたっけ。
アイツの目線は、いつも物事の仕組みや原因を探ることに向いてたんだよな……。
そうだ。あの日も、一通り遊び終えてこのベンチで休んでたんだよ。
そして……そうだ!
「そうだった。あの日、オレ達は最後にちょっとした口喧嘩を始めたんだ」
「……へえ、珍しいんじゃないの?」
「そんなことはないさ。オレ達は毎日のように揉めてたからな。あの日は確か、どっちがこの遊園地に詳しくなったかって内容だったかな」
「……随分変なことで喧嘩するんだね」
「確かにな。でもな、驚くのはここからだ。口論の末、チエがこんなことを言い出したんだぜ?──あんたがこの遊園地をしゃぶり尽くしたって言うんなら、今から私がどこに隠れても、必ず見つけられるはずよね?──ってな」
一瞬の沈黙の後、呆れたようにベンが呟く。
「……遊園地で、かくれんぼ?」
「その通り!売り言葉に買い言葉。オレはさっそくその勝負に乗ったんだ。目を閉じて1分数えて、それからチエの奴を探して回った」
「……それで、結果は?」
少しだけ興味を引かれたのか、ベンが身を乗り出して聞いてきた。
しかし、この話には大したオチはない。肩を竦めて、簡単に結果だけを教えてやる。
「オレの完敗。閉園時間になっても見つけられなかったオレの前に、勝ち誇った顔でチエの奴がやってきたのさ」
「……母さん、ずっと逃げ回ってたんじゃないの?」
「そんな小ズルいことをする奴じゃないさ。でも、確かにオレは地図をもとに園内を隈なく探し回った。チエがどこに隠れてたのかは、結局わからずじまいだったな」
「……」
話を聞きながら、ベンは遊園地の地図に目線を落とす。
なにやら真剣な表情で園内の施設を眺めまわしている。
「そういえば、あの時こんなことを言ってたかな。『アンタの意識の空白に隠れてたのよ』ってな。何のことやら、さっぱりだったけどな」
「……ひょっとして、分かったかも」
ベンが地図から顔を上げてこっちを見上げてくる。
今日一日、オレは今まで見たことがないベンの表情を色々とみてきた。
コースターに怯える顔。観覧車から身を乗り出して目をキラキラさせる顔。ソフトクリームを夢中で嘗め回す顔。
そして、今目の前にあるのは、イタズラを思いついた悪ガキの表情だった。
挑発するように、含むような笑顔でベンはこう言った。
「……せっかくだから、リベンジしてみない?」




