45話 消えた《8逃げ勇者》
現在、迷いの森のそばにある森の町は、"盗賊親分"を撃退した勇者でたちまち溢れ返っていた。
揃いも揃って、背後に娘の安否を気遣うマダムを張り付けている。
イベントに挑み、そして誰もクリアできていない証拠だった。
そして、その数は毎日のように増え続けた。
『ノルン』社の衝撃の発表から一か月経つが、序盤のダンジョンで皆行き詰っているという情報が拡散し、『今から始めても、まだチャンスがあるかもしれない』というプレイヤーが殺到したせいだった。
そんな中、教会から一人の勇者がノソリと這い出てくる。
Aランクギルド『鋼の盾』のカイエンである。
蘇生によって体は全快しているが、痛みの記憶だけは早々抜けるものではない。
顔をしかめて、一人で毒づいていた。
「クッソ……!なんだ、あのネズミ野郎はよ。いきなり巨大になったと思ったら、ワンパンでK.O.とか、おかしかろうが!」
情報を得るためにダンジョンに潜るようになったカイエンだったが、そんな彼にすらも迷いの森は牙を剥く。
「他のプレイヤーを観察するために中に入っただけなのに、いつの間にかモンスターの強さが段違いに跳ね上がったわ……。おそらく、時間経過で変化するタイプのプログラムか。クソ!ただの『見』すら満足にやらせてくれんとは、つくづく質の悪いゲームじゃい!」
この時のカイエンには知る由もないが、ここまで膨れ上がったプレイヤーの多さが、この森の仕組みをさらに解読困難なものにしていたのだ。
狙ったタイミングで森の中を移動できなければ、『時間経過で通路の移動先が変化する』という森の仕様に気づきにくくなってしまう。
「おそらく、このままじゃモンスターにやられて探索すらかなわん。今やるべきなのは、レベリングってことか……」
カイエンは、『急がば回れ』という言葉は嫌いではない。
彼が得意とする心理戦においても、結局は地道に相手の行動を観察することが重要なのだと、骨身にしみていたからだ。
「そうか、だから《8逃げ勇者》は、あんなに重武装をしとったわけか。やはり、ここのダンジョンは地道にやっていくしかなさそうだ」
レベル1ですら撃破できた"盗賊親分"の直後にこのイベントである。低レベル、軽武装でここまできた勇者はさぞかし苦戦することだろう。
「まったく、人を舐めるのも大概にせえ……よ……。あ、あいつは!」
何かに気づいたようにカイエンが目を見張る。
目ざとい彼は、勇者の群れの中に見知った顔を見つけ出していた。
金髪で小柄な美少年。間違いない、《8逃げ勇者》だ。
人ごみがひどくてよく見えないが、後ろにマダムを引き連れたまま、ひとりで何やら呟いている。
「……このダンジョンは、そのうち皆クリアするだろうね。これだけ渋滞が激しければ、移動の仕組みはわからなくても、偶然『12階』で時間を潰す羽目になる人が出てくるでしょ」
「そうかもな。『13階』まで行けばあとは強制イベントを見て、サファイヤを受け取って終了だ。お前がやったのは単なる隠しイベントで、わざわざやらなくてもその後の攻略には影響はないからな」
カイエンは、そんな少年の姿を見て衝撃を覚えた。
全身ズタボロ。
いったいどれだけ激しい戦闘を潜り抜ければ、ここまでの傷を負うことになるのか……。
そして、少年の顔つき。
以前に会った時の、少しヒネた様な表情は鳴りを潜め、強い使命を帯びた引き締まった顔になっていた。まるで、とてつもない修羅場、それこそ異世界を潜り抜けてきたような凄味を感じさせる。
「あの野郎。どうやらうまくやったらしいな」
カイエンは不敵に微笑んだ。あれだけの傷を負って、それでもこの場にいることがその証拠である。
先を越されたことに違いないのだが、それでもカイエンは奇妙に嬉しさを感じていた。
(やはり、俺の眼に狂いはなかった……!)
人を見るのがカイエンの特技である。その観察眼が狂っていなかったことが証明されたのは、彼にとっては朗報だ。
やがて、少年の周囲に静かなざわめきが広がっていく。周囲の勇者たちが、気づき始めたのだ。
少年の背後には、他の勇者同様に壮年のマダムがピタリと張り付いていた。
そして、そのさらに後ろに、見慣れない若い女性がついているのだ。
「まさか、あれが駆け落ちしたっていうマダムの娘……?」
「ってことは、あのガキ、森を突破したってのか……!?」
「あんな、年端もいかねえガキの癖に」
「いや、よく顔を見てみろ。ギルドに通達があった特徴と一致してる。あいつ……《8逃げ勇者》だ……!」
ざわめきは、あっという間に町の中を駆け巡った。そして、電波、ケーブルを通じて世界中に伝搬した。
──《8逃げ勇者》が、迷いの森をクリアした──
"盗賊親分"を最速でクリアしただけではなく、続く迷いの森まで一番乗りだ。
カイエンだけではない。今度こそ、多くのプレイヤーが確信した。
彼こそが、最速クリアに最も近い勇者だ、と──
しかし、周囲の反応はどこ吹く風。
《8逃げ勇者》はマダムの家によって二人を送り届けると、教会に行ってセーブをした。
彼にコンタクトを取ろうとする者が教会の前に殺到した。
世界中を探しても、どこにもなかった攻略情報を求めて……。
──しかし、いくら待っても小柄な金髪勇者の姿が教会から出てくることはなかった……。
これ以降、しばらくの間《8逃げ勇者》の存在はユグドラの中から掻き消えることになる。
それこそ、世界中の探索の眼から逃げ出したかのように……。
ひとまずここで一区切り!続きの構想を練ります。
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