41話 迷いの森 帰り道
「胸を張って言うことかあああああ!」
マダムの渾身のアッパーが炸裂し、ジェシーは華麗に宙を舞う。
うーん、この場合、ジェシーにも同情の余地があると思うんだがなあ……。
そんな母娘のやり取り(殺り捕り?)を見つめながら、ベンはぼそりとこうつぶやいた。
「……よかった」
「は?ベン、今お前、なんて言った?」
「……よかったって、言った」
「この結末の、どこが良かったってんだよ?毎日DVを受け続けたと思えば、結婚未遂で陰湿ないじめにあった挙句に、手切れ金押し付けられて放り出されたんだぞ?」
言ってて、なぜだか猛烈に悲しくなってきた。
大人になってわかることもあるが、このシナリオ、えぐすぎだろ……。
オレが自分の発言にゲンナリしていると、ベンは勇者の身体を動かして、視線をマダムの顔に向けさせた。
五感を共有しているオレにも、ベンと同じ景色が映りこむ。
「……だって、オバサン、本当に嬉しそうだもん」
ジェシーに手厳しい言葉と拳をぶつけているマダムの眼には、再びうっすらと涙が光っていた。
ユグドラのシステムはキャラクターの心情を可能な限り正確に推測し、あたかも実在の人物であるかのようにリアルに表現する。
力いっぱい娘と触れ合うマダムの涙。先ほどまで、土砂崩れを起こしたように泣いていたマダムの涙を思い出した。
本気で怒っているのは、本気で心配していたことの裏返しだ。
「そうだな……。ここに来るまで、ずっと心配してたもんな……。確かに、会えて、良かったかもな」
「……うん!」
年相応の少年らしく、ベンは嬉しそうに頷いて見せた。
「……それじゃ、帰ろうか」
「はい、勇者様!」
ベンの言葉に合わせるように、今度はマダムとジェシーの二人がピタリとベンの後ろに張り付いた。
NPCだけで3人パーティを組むゲームも、結構珍しいんじゃなかろうか……?
──と、そこまで考えた刹那、オレはとある事実を思い出した。
「……あ!」
「……どうしたの、オジサン?」
ヤベエ、すっかり忘れてた……。どうしよう、こんないい雰囲気で、言いだせることじゃねえよな……。
オレが黙りこくっていると、ベンは追及を諦めて森の出口に向かって歩き始めた。
つまり、『隠された13階』から『偽りの12階』に移動したってことね。
「……あ!」
移動した先のマップを見て、ベンが先ほどの俺と同じような声を漏らした。
ベンよ、おまえもようやく気付いたか……
何かを確認するため、ベンは『12階』の別のマップの切れ目に向かって歩き出す。
幸運にもモンスターに出くわすことはなかったが、マップの切れ目の向こうには、さっきと同じ、いたずらモンキーの亡骸が横たわっていた。
「……オジサン、これって……」
チョットだけ涙目になって、ベンがそう尋ねる。
黙っていても仕方ないので、オレはさっさと現状を説明してやることにした。
「その通り。今、『12階』の階段は、時間経過の影響で全て『上り』に変化している。つまり、どの道を選んでもこのマップに行きつくことになるわけだ……」
「……それを解消するには?」
「もちろん、もう一度時間経過させればいい。そしたら、階段は全て『下り』に代わり、1階、つまり出口を目指せるってわけだ」
「……でも、それをやると?」
コイツ、分かってて言ってるだろ!?
まあ、現実を認めたくないときってのは往々にしてあるもんだよな……。
「モンスターの強さももう1ランク上がるな。これで、合計5回目の強化になるが、確かラストダンジョン級の強さにまで成長するんだったかな」
「……勝てないよね?」
ま、いくら《8逃げ勇者》なんて言われても、即死級の攻撃を一発も喰らわずに入り口まで戻るのは不可能だろうな。
「まあ気にすんな。全滅しても、またダンジョンの入り口からやり直せばいいだけだ。攻略方法はもう分かってるんだから、次は無駄に時間経過させずに一発で『13階』にたどり着ける。そうすれば今の強さでも外までたどり着けるさ!」
せっかく盛り上がった後に、もう一度同じイベントを見るってのはかなり興ざめなんだが、こればかりは仕方ない。
別に詰んだわけじゃないんだから、胸張ってもう一度やり直せばいいんだよ。
しかし、それに対するベンの返事は、またも俺の予想を裏切った。
「……嫌だ!」
「ベン?」
「……嫌だ!絶対に嫌だ!やり直したりなんかしない!このまま、このまま無事に二人を村に連れて帰るんだ!」
「わがまま言っても仕方ねえだろ?無理なもんは無理なんだから」
なだめようとするオレの言葉にも、ベンは一向に取り合わない。
それこそ年相応の少年が駄々をこねるように、ひたすらに「どうにかして!」と叫んでいた。
「ベン、落ち着け。そもそも、このダンジョンイベントに入ってからのお前、少しおかしかったぞ?あんなに嫌々やってたお前が、このイベントに入ってから急にやる気出して……。今だってこんなに駄々こねるなんて、おまえらしくないじゃないか」
「……」
肩を震わせ、ベンがその場に立ち尽くす。
頬にあたる生暖かい気配に、オレはベンが涙を流していることに気づいた。
「……だって……だって……」
しゃくりあげながら、必死に言葉を紡ごうとしている。
そして、ベンが絞り出したその一言は、完膚なきまでに俺を打ちのめした。
「……だって、せっかく親子が再会できたのに……また離れ離れにさせるなんて……嫌なんだもん……!」
オレは、大馬鹿野郎だ。
ちょっと考えればわかることだったじゃないか。
失踪した子供を必死で探す母親。それは、今まさにベンが置かれている状況とうり二つだ。
あいつは、離れ離れになった親子が必死で再会しようとする姿に、いつの間にか自分を重ね合わせていたんだ。
せっかく再開した親子を引き裂くなんて、確かにこいつにできるわけがない。
「はあ……しょうがねえなあ!」
頭をぼりぼりと掻きむしりながら、オレはベンから操作権を奪い取る。
本当は、この技をここで使うつもりはなかったんだが。
ベンの気持ちを理解しちまった以上、ここはノーコンティニューでクリアさせてやるしかねえだろ!
「ベン、見ておけよ……といっても、真似をするにはあまりに危険なバグ技だから、良い子は真似するなよ!」
20年ぶりのバグ技だ。
見せてやるぜ!危険度マックスの大技《階層バグ》をな!
『かいそうバグ』と聞くと『階層バグ』よりも『回想バグ』の方が先に思い浮かぶのは私だけ?
どちらも、『任意コード実行』と言う神の領域に足を踏み入れる禁断の技です。




