38話 迷いの森 その8
「もう、少し……もう少しで、正解が見える……!」
「なに?ベン、お前何か言ったか?」
「……ぜえ……ぜえ……」
問い返すオレ。しかし、息の上がったベンはまともに返事すらできない。
確認しようと再び口を開き替えたオレを遮るように、本日何度目になるかわからないモンスターの襲撃。
─ド腐れオオカミがあらわれた─
「……もう少し、なんだ……ここで、負けるわけにはいかない!」
疲れ切った体に鞭打つように、ベンが剣を握りしめてモンスターに向かっていく。
このモンスターの適正レベルは、すでに今のベンの実力を超えつつある。正直言って、オレもここまでこいつが戦い抜けるとは思ってもいなかった。
そもそも、この森の正当な攻略方法は、1度目のモンスター強化までに"見せかけの最上階"にたどり着くことなんだよ。
2度目の時間経過で再び上り階段は下りに戻る。そうなったら3度目の時間経過を待たなくちゃいけない。そこまで強化されたモンスターには、よほどの装備を強化しないと太刀打ちできない。
しかし、ベンは予想に反して善戦していた。
その理由の一つは……
─勇者の攻撃 ド腐れオオカミに23のダメージ─
─ド腐れオオカミは遠吠えを上げた。勇者は身をすくませた─
─勇者の攻撃 会心の一撃! ド腐れオオカミを倒した─
やっぱり。
オレは再びベンの持っている類まれな才能を確信した。
最後の会心の一撃のことを言ってるんじゃないぞ?まあ、それがあったから今回も早くカタがついたんだけどな……
オレが言いたかったのは、モンスターの攻撃パターンだ。
先ほどド腐れオオカミがとった『遠吠え』は、1ターンの間勇者を行動不能にする効果がある。集団で襲われた挙句に初手でこれをやられると、無防備な状態でタコ殴りにされるから相当やばいんだよな。
ただし、勇者が先制をとった場合は全くの無意味な攻撃、いわゆる『デレ行動』ってやつに代わる。
もちろん、モンスターがどの攻撃を選ぶかは"乱数"によって決まっている。
そして、どういうわけだか、ベンに対してのみ、モンスターたちは『デレ行動』をとる確率が高いのだ。
「これも、才能と呼ぶしかないのかねえ……」
オレがしみじみと呟く中、ベンは重い足を引きずってマップを移動する。
「……ぜえ……ぜえ……」
完全に息が上がっている。
格上のモンスター相手に、幸運も重なっているとはいえここまで連戦したんだ。無理もない。
肩で息をするベン。
しかし、こいつ。いくらなんでも息が上がり過ぎじゃないか?
オレがそんなことを疑問に思っていると、不意にベンの呼吸が止まった。
「お、おい!大丈夫か?」
「……………はあ……はあ……」
ギョッとするオレだったが、ベンは再び息を吹き返した。
いや、と言うよりもこれは……
「なあ、ベン。お前、その呼吸の荒さ、わざとやってるだろ?」
「……よく、わかったね……?」
「いや、だってお前。さっきワザと息を止めてたろ?なんで、わざわざそんな真似してんだ?ひょっとして、ドMなの?」
「……もちろん、"見せかけの最上階"を見つけるためだよ……!」
ベンがあえて"見せかけの最上階"という言葉を使ったことで、ようやくオレもベンが何をしようとしていたのか、理解できた。
コイツ……!とんでもない方法でこの森の謎を解きやがった!しかも、ユグドラでしかできない方法で、だ!
「……ぜえ……間違いない。ここだ。……ここが、"見せかけの最上階"だ……。だって……ここが、一番空気が薄い……!」
さっきも言った通り、この森のマップ構成はどこまでも平たんな森ではなく、いくつかの階層を持つ"塔"に近い。
おそらく、だだっ広いマップを用意するよりも、同じサイズのマップのレイアウトをいじって使いまわす方がゲームの容量を喰わなくて済む、ってチエが言ってたっけ。
とにかく、この森のマップにはプログラム上の"階数"が割り振られているんだ。
そして、ユグドラは可能な限りゲームのプログラムを忠実に再現し、プレイヤーにフィードバックする。
つまり、階層が高くなればなるほど、空気が薄くなるように設定されていたんだ。
ベンは、そのわずかな空気の薄さを感じられるように、あえて呼吸の回数を減らして肺に負荷をかけていたってことになる。
「ベン、おまえ……!」
「……この森の構造に気づいた時点で、これしかないと思ったんだ。そして、どうにか間に合ったようだね」
ベンの声に合わせるように、空間に僅かな違和感。どうやら3度目の時間経過、モンスターの強化が終わったらしい。
このガキ、モンスター強化のタイミングも完全に把握してやがったか……!
「……さあ、おばさん。お待たせ。きっと、娘さんはこの向こうにいるよ……!」
そう言って、来た道を引き返す。
時間経過によって、『下り』の道は『上り』の道に変化している。
そして、"見せかけの最上階"を一階層上ったその先に、この森の最大の罠が潜んでいるのだった。
ひょっとしたら、この時点でこのダンジョンのオチに気づく人もいるかもしれませんね。




