37話 迷いの森 その7
「……ぜえ……ぜえ……」
もう、何度目になるかわからない戦闘を終えて、ベンがその場に跪く。
持っている薬草を使ってHPを回復させるが、精神的な疲労からくる衰弱はそのままだ。
「なあ、ちょっとは休憩したらどうだ?」
「……ダメ、無駄に時間を使えば、またモンスターが強くなる。多分、次に強くなられたら、もう勝てない」
モンスターとの戦闘は、ストレスの連続だ。
いくら慣れたとは言っても、人間の数倍の大きさの魔物に襲いかかられるんだ。とんでもないプレッシャーのはず。
いつものこいつなら、とうの昔に『疲れた』とか『もう、詰んだ』とかいって投げだしそうなものだが。
今日のベンは、人が変わったようにひたむきにゴールを目指していた。
「あれから2回目のモンスター強化があったからな。たしかに、そろそろ限界も近いか……。で、何かわかったことはあるか?」
オレの問いに、ベンは黙って頷いた。
「……まず、時間経過で入れ替わるとはいっても、2回目の変化では元に戻るだけ。A→B→CだったのがC→B→Aに変化して、またしばらくするとA→B→Cに戻る……。だから、どちらかと言うと、森よりは塔に近い構造なんだと思う」
オレは、心の中でそっと「ご明察」という言葉をかけてやった。
ベンの言う通り。実は、このダンジョンの構成は塔のように『階数』でマップを管理している。
つまり、マップの切れ目が担っている役割は、階段の『上り』『下り』に相当して、時間が経過するとそれらが入れ替わるってことだ。
「……でも、肝心な"最上階"への行き方が分からない……。そもそも、階段の上下が入れ替わるだけなら、行ける場所はそのままのはずだし」
思考に酸素を使いすぎているのか、ベンの呼吸は一向に戻る気配がない。
心配そうに声をかけるマダムに、ベンは安心させるように笑みを返す。
こいつ、いつの間にそんな頼りがいのある仕草を覚えやがった!?
やっぱり、このダンジョンに入ってからのベンは、少しおかしい。よっぽど、オレが提示したご褒美に心惹かれたのか?
いや、確かあの時はそんなそぶりも見せなかった気がするんだが……。
オレの思考を無視して、ベンの独白は続く。
「……きっと、"見せかけの最上階"が設定されてるはずなんだ。そこに行って、時間経過させれば"本当の最上階"への上りルートが出てくるはずなんだけど……!」
ベンの読みは、どこまでも正しい。
この森のゴールは、階数にして『13階』が割り振られている。しかし、今のベンがいける範囲は『12階』まで。
この森の一番厄介なところ。それは、『12階』に下りの階段しか用意されていないところなんだ。だから、どうやっても『12階』から上にはたどり着けない仕様になっている。
ただし、先ほどベンが言ったように、『12階』まで登って一定時間を経過させられれば話は変わる。
下りしか用意されていなかった階段の上下が入れ替わり、『13階』への道が開けるといった仕組みだ。
ただし、問題は……
「……問題は、どこが"見せかけの最上階"なのか、分からないってこと……」
一部の階段が2段・3段飛ばしで上り下りが設定されているせいで、どこが『12階』なのかがわかり難い。
まともにやれば、全部のマップで時間経過を待つという総当たりをやらなくちゃあ、いけない。
しかし、そうは言ってもヒントは隠されている。
オレは、さり気なくベンにこう尋ねた。
「そういえば、ここに来るまでの間、どんなモンスターと戦ったか覚えてるか?」
「……?」
疑問符を返すベンに、オレは強引に質問を続ける。
「いいから、言ってみな」
「……怪力ねずみ、あばれウシ、手乗りタイガー、2本角ウサギ、スモールドラゴン、猛毒ヘビ、小悪魔のウマ、催眠ヒツジ、いたずらモンキー、オオハゲトリ、腐れイヌ、ガッツいのしし……」
後は、それぞれのモンスターの上位種を並べ上げる。
「……で、それがどうしたの?」
「いや、何か気づくことはないかな?って……」
「……別に、何もない。各フロアで1種類ずつしかモンスターが出てこないってことは妙だったけど、それだけ」
淡々と話すベン。俺の脳裏に、嫌な予感がよぎる。
「なあ、ベン。おまえ、ひょっとして『干支』って言葉に聞き覚えはないか?」
「……エト?なにそれ?」
ああああああ!なんてこった!
こいつ、海外の暮らしが長いとか言ってたから、日本の干支のことが全く分かってないんだ!
肝心な常識がすっぽ抜けてると思ってたから、まさかと思ったんだよ!
「……オジサン、さっきからどうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
一人悶絶するオレ。肝心のヒントに全く気づけないんじゃ、いつになってもクリアできねえぞ!?
もう気づいてると思うけど、この森の"見せかけの最上階"を見破る方法は、モンスターの種類を見ることだ。
森の各マップには、それぞれ一種類ずつ干支にちなんだモンスターが配置されている。
子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥。
この森を突破するには、"ガッツいのしし"が出るマップで一定時間経過させて、階段の上下を入れ替える必要があるんだが……。
「……ぜえ……ぜえ……」
息を荒げるベン。やはり、こいつの限界も近いのかもしれない。
しかし、ここでオレがヒントをやるわけにはいかない。そもそも、干支を知らないこいつに、さりげなくヒントを教えてやる方法なんてあるのかよ?
悶々としているオレの耳に、ベンの呟き声が聞こえてきた。
そして、その一言を聞いて、オレは再び目を見張ることになった。
「もう、少し……もう少しで、正解が見える……!」




