35話 迷いの森 その5
「それで、ベン。攻略の目途は立ったのかよ?」
「……全然。そもそも、あの森の無限ループの仕組みが全然わかってないから、無理」
とは言いながら、ここ数日のベンの行動力は凄まじかった。
1度目の挑戦でこっぴどくやられた経験から、ベンが導き出した戦略は『地道な戦力アップ』だった。
「ようやく、この村で買いそろえられる一番強い装備を手に入れられた。その過程で、レベルも随分と上がった……。とにかく、話はここからだよ」
ベンの言うことは極めて真っ当だ。
この森をクリアするには、実際に歩いてループのメカニズムを解明する必要がある。
しかし、時間経過の罠で、長時間歩くと次々と敵のレベルが上がっていく。
つまり、このダンジョンの謎解きをするには、高レベルのモンスターと長時間殴り合えるだけの地力が必要になるってことだ。
「しっかし、お前の頭の中はどうなってんのかね……」
「……それ、ひょっとして褒めてる?」
そろそろオレの考え方の癖が分かるようになってきたらしい。俺の意図を見事に言い当てやがった。
「ああ、そうだ。お前のプレイには、本当に無駄がない。おそらく、普通の奴がここまでの戦力を整えようと思ったら、あと2倍は時間がかかるぞ」
「そう……かな?ボクは普通にやっただけなんだけど……」
何が恐ろしいって、自分の地頭の良さを自覚していないところだよなあ……。
きっと、チエと一緒に暮らしてたもんだから、その辺の常識レベルが一般からかけ離れた生活を送ってたんだろうな。
「ほら、森の脇にあるフィールドで稀に出てくる『メダルスライム』。経験値1050のおいしいキャラだったのに、お前は見向きもしなかったろ」
「……普通にプレイしてればすぐに分かるでしょ。このゲームで一番大事なものはお金だってことに……」
ハイ、少年らしからぬ、夢も希望もないド正論をいただきましたー!
「レベルを上げても全然ステータスは上がらない。武器を変える方がよっぽど攻撃力アップするじゃない。それに……」
ベンの言葉が途中で遮られる。モンスターと遭遇したのだ。
─ノコギリばさみが現れた─
暗転する画面。目前に3体の小型モンスター。
もっとも、今のベンの実力では相手にもならないだろうけどな。
案の定、何もなかったようにあっという間に片付ける。
─魔物達を倒した。勇者は36の経験値と3ドルを手に入れた─
表示されたメッセージを見て嘆息するベン。
「……それに、魔物を倒しても全然お金が増えない。貧乏人からお金をまきあげてるみたいで、そもそも気分が良くない……」
ベンの言う通り。『ドルゴン・クエスト』という名前の通り、このゲームはお金が占める割合が極めて高い。
そのくせ、モンスターを倒しても全然お金が増えないという鬼畜仕様なのだ。
「だから、強くなるためには『メダルスライム』よりもお金をたくさん持ってる『お道化た宝石』が出現する南の平原の方が効率がいい。ボク、変なこと言ってるかな?」
若干心配そうに問われても、黙って頷くしかないじゃないか!
なまじゲームというものに対する先入観がないせいで、一般的なプレイヤーが陥りがちな『一見効率的で、実は非効率パターン』に嵌らないんだよなあ。
「とにかく、今からが本番だ。気を抜くなよ」
「……分かってる」
緊張感に体を震わせ、ベンは再び迷いの森に足を踏み入れたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい、ちゃんと着いてきてるか?」
「……すぐ後ろにいるよ……」
ここは迷いの森の片隅。
ダンジョン探索中に偶然遭遇したギルドメンバーの二人は、恐る恐る森の中を進んでいた。
先を行く、臆病そうな顔の勇者が背後を振り返る。
「なあ、ユージ。お前の方がここに潜ってる時間が長いんだろ?そろそろ出口が分かってきたんじゃねえのか?」
ユージと呼ばれた青年は、疲労でやつれきった顔で黙って首を振る。口をきくのも辛い、といった様子だ。
彼らがこうして同じルートを通ることに、実はたいした意味はない。
基本的に、このゲームはプレイヤー間でのデータのやり取りをできない仕様になっている。
端的に言えば、協力プレイができないのだ。
アイテムの受け渡しや、モンスターバトルの共闘など、一切不可能である。
したがって、ただ隣同士でソロプレイをしているだけに過ぎない。
もちろん二人ともそんなことは承知であった。
それでも、臆病そうな勇者はユージの持っている情報が欲しかったし、ユージの方は特にそれを拒む理由がなかっただけだった。
歩きながら、少しは元気が戻ったのか、ユージが重い口を開いた。
「このあたりに入ってから、急にモンスターのレベルが上がった……。おそらく、ゴールが近いんだ」
「……え?」
ユージの指摘に、臆病そうな勇者は不思議そうに声を上げた。
そのリアクションが不満だったのか、気力を絞って口数を増やすユージ。
「なあ、シュウジ。これってゲームの常識だろ?ダンジョンでは、ボスキャラに近づくにつれて敵も強くなる。だから、オレ達が今いるこの場所は、間違いなくゴールに近いんだよ」
「……」
ユージの必死の説明も、シュウジと呼ばれて臆病そうな勇者には伝わっていないようだった。
頭に浮かんだ疑問符は取れないままである。
「なあ、ユージ。俺だってこのあたりに来て何度もモンスターと遭遇してるが、別にそのあたりの奴らと何も変わってないように思うんだが……」
「……え?」
今度はユージが疑問符を浮かべる番となった。
その時、聞き慣れた小気味良いBGMな鳴り響く。シュウジがモンスターに遭遇したのだ。
─怪力ネズミがあらわれた─
「……本当だ。どうして……?」
シュウジのいうことは本当だった。隣で戦闘をしている勇者は、森の入り口と変わらない雑魚キャラと戦っていた。
「どうして、俺だけあんな強敵と遭遇するんだ?」
一人呆然としているユージ。そうこうしているうちに、戦闘を終えたシュウジがこちらの画面に戻ってきた。
「な、俺の言ったとおりだろ?」
「確かに、そうだ。でも、俺の方はもっと凶悪なやつが何体も出てきたんだ。本当だ、信じてくれ!」
実際に証明してやりたいところだったが、正直言ってもう一度遭遇したら勝てる自信はなかった。
同じギルドに所属する仲間に、別に嘘をつく理由はない。シュウジは彼の言うことを信じることにした。
「ひょっとして、そのあたりにヒントがあるんじゃないか?」
「どういう意味だよ?」
ユージの問いに、シュウジは肩を竦めるばかりだった。
何となくで話し始めたはいいが、結論が出てこなかったのだ。彼の悪い癖である。
そんな会話をしていると、マップの切れ目に到着した。
一歩先は完全な闇。闇の向こうに踏み出すと、次の瞬間に新しいエリアが開けてくる。この時代のゲームによくある演出である。
「そんじゃ、お先に」
前を歩いていたシュウジが先に切れ目に飛び込む。最初は暗闇の中にダイブするのに随分勇気が必要だったが、今では慣れたものである。
次のエリアも、ひとつ前のマップと大して変わり映えのしない、木で覆われた単調なマップである。
「この時代のゲームじゃ、オブジェクトの種類もそんなに増やせなかったんだろうな。ほんと、単調な景色だよ。これだけでも、十分に迷いの森って感じだよな、ユージ……」
数歩踏み出して背後を振り返る。
しかし、そこには誰の姿もなかった。しばらく待ってみても、一向に姿を現す気配もない。
シュウジの血の気がさっと引く。
「おい、ユージ!まさか、モンスターと遭遇したのか?」
慌ててきた道を引き返し、マップの切れ目に再び飛び込む。
だが、元のマップにもユージの姿はなかった。戦闘中であれば見ればわかるはずだし、瞬殺されるにしても、あまりに早すぎる。
念のため、再び次のエリアに進んでみたが、やはりユージの姿はどこにも見当たらなかった。
「まさか……本当に消えちまったのか?」
ここがなぜ"迷いの森"と呼ばれるのか、その恐ろしさの一端を垣間見た気がして、シュウジはしばらくその場に立ち尽くしたのだった。
まあ、大体ネタはバレましたかね?




