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34話 NPCの行動原理

「おい、ちょと待てって!」


 生意気なルーキーを地獄のようなバグに沈め、颯爽と去っていく《8逃げ勇者》を呼び止めるカイエン。

 正直、今更呼び止められるものではないだろうと思っていたが、予想に反して金髪の少年勇者は億劫そうにこちらを振り返る。


「……まだ、何か用?」


 振り返った勇者の話し方、瞳を見て、カイエンは再び目を見張る。

 初めにあった時の、幼さの残る少年のような仕草だ。それを見て、カイエンの疑惑は確信に変わった。


「あんた、いったい何者だ?一つのキャラを、複数のプレイヤーが操作するのは禁止事項のはず。っていうか、ユグドラの仕様上あり得ないと思ってたんだがな」 

「……何の話?」


 問い返す少年の顔には、何かを隠すような卑屈さや後ろめたさは微塵も感じられない。

 もともと、ボードゲームやカードゲームと言った心理戦を得意とするプレイヤーであるカイエン。ユグドラのように、プレイヤーの心理状態が如実にアバターに反映されるゲームで、相手が嘘を言っているかどうかを見抜くことは造作もなかった。


 幼い少年ともなれば、心理を読み取る精度はさらに高まる。なんだかんだ言って、子供は嘘が苦手なのだから。


 その経験をもってして、カイエンは目の前の少年が嘘を言っていないと確信した。


(どういうことだ?本当に2重人格なのか……。あるいは、一時的にコントローラをハッキングされた?)


 カイエンはかぶり振った。ハッキングなど、それこそあり得ない話である。ユグドラの強固なセキュリティを突破できるはずがない。

 今まで、世界中のハッカーをもってしても一切触れることができなかったのだ。


 妄想を巡らせても答えは出ない。駆け引きを打とうにも、相手は嘘をついていない。

 まさに八方ふさがりになって、カイエンは降参するように両手を上げた。


「悪い。邪魔したみたいだ。ただ、俺と組むって話、気が変わったらいつでもここに連絡してくれ」


 言いながら、自分のIDと直通パスを渡す。

 やろうと思えば拒否できるはずだったが、少年は少しだけ迷惑そうにそれを受け取った。


 そのしぐさに、カイエンはこうも思った。


(まさか、DMダイレクトメッセージの拒絶方法も知らないのか?この少年、本当にユグドラの素人なんじゃないだろうな……)


 さらに問い詰めたい気持ちにかられたが、それをやってしまえば、おそらく二度と少年との交流は不可能になってしまうだろう。カイエンは、心理戦で鍛えた自制心で、湧き出た好奇心をグッと抑え込んだ。


「あんた、これから迷いの森の攻略に行くのか?」

「……ウン」


 素直に頷く。こう言う仕草は、やはり見た目通り少年そのものだ。


「攻略の手はずは整ったのか?俺達が追い付くまでここにいたってことは、それなりに苦戦してるみたいじゃないか」

「……確かに難しい。でも、必ずやる」


 答える少年からは、悲壮ともいえる決死の覚悟が透けて見えた。最後の1枚のチップをポーカーにベットする勝負師のような気迫だ。

 少年の気迫に舌を巻きながらも、またもカイエンの脳裏に次なる疑問が湧いてきた。


(おいおい、プレイ済みのゲームのはずだろ?まるで、人生初プレイのガキそのものじゃないか?)


 疑問は尽きないが、いずれも胸の内に押し込んで、カイエンは『頑張るんだな』とだけ告げた。

 今は、この少年とのコネクションを作れたことだけで満足すべきだろう。本人に再会して、確信は深まった。このゲームのクリアに最も近い位置にいるのは、依然変わらずこの《8逃げ勇者》だということに。


「ああ、勇者様。私の娘に、もう一度会えるでしょうか?」

「大丈夫、おばさん。安心して。絶対に、あなたを娘さんに会わせてあげるから」


 労わるような少年の声に、感極まったように泣き崩れるマダム。

 カイエンに向けるのとはまるで違い、少年の瞳にはまごうことなき『慈愛』が宿っていた。


「……それじゃあ、またな」


 何か言いたげな沈黙を添えて、カイエンはその場を後にした。

 背中越しに少年勇者を覗き見る。少年は、背後にぴたりと張り付いたマダムの手を取り、励ますように声をかけ続けている。


 NPCは、基本的に会話のパターンが固定されている。町の入り口に立つ村人に何度話しかけても「ここは"森の町"だよ」としか返ってこない。

 話しかけ方を変えれば幾通りかのバリエーションを見込めるが、それとてたかが知れている。

 ユグドラが自動変換するために必要な、キャラクターの個人情報が少なすぎるためだ。


 言い換えると、このマダムのようにストーリーにかかわる様々な背景を持つキャラクターは、それに応じて複数の会話・行動パターンが設定されている。

 ちょうど今、少年と会話しているように、1個の人格を持ったかのようにふるまうのだ。


「少年、深入りはするなよ」


 本人に聞こえないような小声で忠告を残し、カイエンは前に向き直る。

 おそらく、この町の中にいる勇者たちの中でも、最も長い時間をマダムと過ごしてきたのがあの少年だろう。

 長い時間を過ごせば、情も移るし、執着心も芽生える。実際に、少年はマダムに対して他の誰よりも親近感を持っているに違いない。


 しかし、ゲームのキャラクターはプレイヤーと違う。

 もっとも決定的な違いは、『役割が決まっている』という点だろう。


 今もゾルフの目の前を塞いでいる村人のように、決まった場所しか歩けない者。勇者に"盗賊の鍵"の存在を知らせるためだけに洞窟の奥に立っている者。

 それぞれに役割が与えられている。


 そして、その『役割』は、時に絶対的かつ非常な力でプレイヤーとの間に溝を生む。


「願わくば、あのマダムに死亡フラグが立っていないことを祈るぜ……」


 次なる情報を探し、カイエンは森の町を後にした。



ザコ戦(前哨戦)が終わったので、次回から本番です。

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