33話 絶対包囲
このゲーム史上、最強最悪のバグ技が牙を剥く…!
「テメエ、人が下手に出てりゃつけあがりやがって。そんな舐めた態度取ったら、どうなるか分かってんだろうな?」
「いつ下手に出たんだよ。ユグドラには全部の会話がログに残ってるんだぜ?今から自分で見て来いよ。あまりにみっともない姿に、恥ずかしくなって死にたくなるだろうけどな」
新参者──名をゾルフと言うらしい──は、態度が豹変した小柄な勇者の物言いに、すっかり逆上しきっていた。
当初の目的も忘れ、剣を思いっきり少年の顔面に振り下ろす。
いつものエラー音が鳴り響く。少年勇者は冷徹な瞳でゾルフを睨みつけたまま、微動だにしない。
「おいおい、ここまでプレイしてるのに基本的なルールを理解してないのか?『獅子の牙』じゃ、新入りにロクな教育もしてないんだな」
「うっせえ!テメエみてえなガキに偉そうに言われる筋合いはねえ!俺はなあ、総プレイ4000時間を超える、トップクラスのEスポーツプレイヤーなんだよ!」
堂々と声を荒げるゾルフに、少年勇者とカイエンの二人は同時に噴き出し、肩を震わせた。
頭に血が上っていたカイエンだったが、ゾルフの会心のギャグに、すっかり冷静さを取り戻していた。
大丈夫だろう。こんな小物相手に、あの《8逃げ勇者》が後れを取るとは、どうしても思えなかった。
笑いが収まった少年勇者は、しかしカイエンの予想と違う問いかけをした。
「ほう、4000時間か!ずいぶんやりこんでるな。それだけ短期間でAランクギルドに入ったんだ。相当の腕前なんだろ?ひとつ、戦績を教えてくれよ。あんた、今までどんなゲームをやってきたんだい?」
背後のマダムに剣を突き付けられたことも忘れたように、目を爛々と輝かせてゲーム談義を始めようとしていた。
その瞳の輝きを見て、カイエンは背筋にうすら寒いものが走るのを感じた。
(二重人格かとも思ったが、こいつはどういうことだ?あの目の輝き、まるでゲームを覚えたての少年みたいじゃないか……!)
「せっかくだから、今まで一番面白かったゲームを教えてくれって。なあ!」
「うるせえ!そんなもん、あるわけねえだろ!今のご時世、ゲームは楽しむものじゃねえんだ。商売の道具、仕事なんだよ!面白いとか面白くないとか、そんなのはどうでもいいんだ。どれだけフォロワーが増えるか、広告がつくか、それだけだろうが!」
吐き捨てるようなゾルフの台詞。
その言葉に、カイエンはしばし瞑目した。
ゾルフは、ユグドラが生んだ副産物だ。
膨れあがるユーザー数と、それに伴うビュワーの数。流れ込む広告費。それらは、純粋にゲームを楽しむプレイヤー以外の、多くの参入者を呼び寄せるきっかけとなった。
彼のような"職業プレイヤー"は今では珍しくない。冷静に数字を追い求め、効率的にプレイする。
プレイ内容よりも、プレイ時のトークの面白さや、様々なプレイヤー間のコラボ企画。そう言った力で集客するプレイヤーたちだ。
「わかったら、さっさとテメエの持ってる情報を全部吐きやがれ!俺は、こんなクソゲーをとっとと終わらせて大金を手に入れるんだ!」
「「……はぁ」」
またもシンクロするカイエンと《8逃げ勇者》。深々とため息をつく。
完全に興味を無くしたように、少年は半眼でゾルフを睨み上げる。
「あっそ……。どうやら、最近の『獅子の牙』は、ゲームを楽しむ風潮はすっかり廃れちまったみたいだな。悲しいぜ」
「最近はこんな奴らがどんどん増えてきて……な。古参としては嘆かわしいぜ」
何やら、一方的に哀れまれている気配を察し、さらに逆上するゾルフ。
「いいぜ、そこまで俺のことをバカにするんなら、やってやるよ。今すぐ、そこのババアを血祭りにあげてやる。いまさら後悔しても、遅せえからな!」
三度、剣を振り上げるゾルフ。
少年は冷静な視線を崩さず、一言だけこう告げた。
「このゲームの仕組みを、一つだけ教えてやろう」
その声に、ゾルフの動きがピタリと止む。
「へへへ、最初からそうやって素直になってりゃいいんだよ。余計な時間を賭けさせやがって」
ゾルフに向かって指を一本立てる少年勇者。
「この時代のゲームのNPC、特に町の住人達にはな、ある決まった行動パターンが存在している。簡単に言えば、通行ルートがあらかじめ決まっていて、そこを一定時間かけて往復する、そんな仕組みなんだ」
「ああ?そんな情報がいまさら何だってんだ?」
的を射ない少年の言葉に、ゾルフも困惑を隠せない。
少年の説明は続く。
「行動パターンに一定の規則性を持たせることができなかったせいで、ランダム移動が叶わなかった副作用らしいんだ。完全なランダムにしちまうと、町の隅っこにひと固まりになってる町民を見る羽目になっちまう。そんなの嫌だろ?」
「それが、このゲームの攻略となんか関係すんのか?」
「いや、あんたがビュワー数をとても大事にするってのが分かったから、ちょっと協力してやろうかと思ってね」
言いながら、指し示す指の向きを変える。
店の脇にある、小さな林のあたりだ。少年が指さしたのは、その一角。ちょうど三方を木に囲まれた、窪んだ場所である。
「ほら、ちょうど今が良いタイミングだ。あそこに行って、地面を調べてみなよ。きっとあんたの望むものが手に入るぜ?」
「……よく分かんねえが、嘘だったら承知しねえからな」
「安心しろ。絶対にあんたの期待は裏切らないよ」
確信に近い笑みを浮かべる少年。誘われるままに林の中の窪みに足を踏み入れ、足元を調べるゾルフ。
─勇者は足元を調べた。しかし、何も見つからなかった─
虚しいメッセージが周囲にこだまする。
瞬間、ゾルフの顔が真っ赤に染まる。
「テメエ!とうとう俺を本気で怒らせたようだな!わかったよ、今すぐそのババを串刺しにしてやる。そこを動くな!」
怒り心頭で、足を踏み出そうとしたその時だった。
少年は不敵に微笑み、こう言い返す。
「そこを動くな?それは、こっちの台詞だ」
少年の言葉に合わせるように、ゾルフの目の前を何かが遮る。どうやら男性のようだった。
ゾルフの目前で、その男はこんなセリフを呟く。
「最近、東の森にカップルが駆け落ちしたらしいんだ。無事に戻ってくればいいけど……」
「……は?」
呆気にとられたようなゾルフの顔。彼の前に立ちはだかったのは、心配そうな顔でマダムの娘を案じる『村人』の姿だった。
真正面からゾルフの方を向き、微動だにしない。
「くそ!この野郎!どけってんだ!」
「最近、東の森にカップルが駆け落ちしたらしいんだ。無事に戻ってくればいいけど……」
ゾルフの叫びもむなしく、村人は同じセリフを繰り返すばかり。しかも、一向に退く気配もない。
「んだと!?じゃあ、こっちも……!」
ブブー ブブー
横に逃げようにも、3方を木に囲まれていては脱出も叶わない。
「クソ!村人ごときが俺の邪魔をするなんてありえねえ!死ね!」
振り下ろした剣は、虚しく見えない壁に弾かれる。
ブブー
「同行者以外のNPCに攻撃することはできない。つい先ほど自分で吐いたセリフだな。もう忘れてしまったようだが……」
苦笑するカイエン。まさか、こんな方法で相手をハメ殺すとは、思ってもいなかったのだ。
「さっき言ったとおり、このゲームの村人は一定のルートを必ず通ろうとする。つまり、その村人がお前の前から退くことは、今後永久にあり得ない」
「なッ……!」
さっと青ざめるゾルフ。いくら鈍感でも、流石に少年が意図することの意味を理解できないほどではない。
「このゲームでは自殺できない。リセットも、まあ無理だろうな。なにせカセットはここにある。当分起動しっぱなしだよ」
「クソ!どけ!この野郎!」
「最近、東の森にカップルが駆け落ちしたらしいんだ。無事に戻ってくればいいけど……」
同じセリフを吐き続ける村人の前で、ひたすらもがき続けるゾルフ。
そんな彼の様子に、早速周囲の勇者たちが反応を示した。同時に、その勇者たちについていたビュワーたちも、だ。
『なんだ、あの勇者www身動き出来てねえぞwww』
『林の奥で村人のおっさんと密会ですか。変わった物好きだなw』
話を聞きつけた物見雄山たちで、あっという間にゾルフのビュワー数は膨れ上がっていった。
「通称《絶対包囲バグ》……。よかったな、きっとフォロワー数も増えるぜ。その場所で、もう4000時間プレイするんだな」
「ふざけんじゃねえ!ぽっと出の新人のくせに、偉そうな口を利くんじゃねえ!」
ゾルフの罵声に、ピタリと少年の動きが止まる。
今までで一番不敵な笑みを浮かべる。しかし、その笑みにはどこか自嘲も含まれているようだった。
《8逃げ勇者》は最後にこう言った。
「俺は、このゲームだけでもざっと4000時間はやりこんだ。さらに言えば、今までの人生の約半分。10万時間はゲームに捧げた。ま、あんたから見たらロクでもない人生かもしんないけどな。真似しろとは言わねえが、俺は後悔してねえよ」
ゾルフ君自身は、もちろんユグドラを脱げば現実に戻ってこれます。
ただし、ユグドラのアカウントは一人ひとつなので、彼がログインするたびに村人との濃厚な時間が始まります。




