30話 迷いの森 その4
打つ手がなくなったのか、途方に暮れるベン。
まあ、頭が良すぎるってのも逆に困りもんだよな。
こいつの場合、最短で全ルートを走破してしまった訳だが、もちろんその頭の良さは賞賛に値するさ。
だけど、そのせいでこの森を攻略するためのヒントに気づけなかったってのは、皮肉な話だよな。
「……はあ」
ため息をついて、周囲の森を見渡す。
こうして動かなければ、モンスターと遭遇することはない。前にも言った通り、エンカウントは基本的に歩数で管理されてるからだ。
さて、この後どうするつもりか?
試験とは言ったが、ギブアップすることだって十分にあり得る。
チエもそうだったが、頭がいいやつってのは、往々にしてすぐに諦めがちだ。
俺たち凡人に見えないものが見えるせいで、やるまでもなく結果がわかっちまうらしい。
だから、同じようにこいつが諦めることがあっても、それは不思議じゃあない。
「どうする?ギブアップするか?」
「……」
何かを考えているらしく、質問は沈黙で返された。
やがて、何かを思い出したかのように口を開く。
しかし、口をついて出たのは諦めの言葉ではなかった。ましてや、話しかけたのは俺に対してですらなかった。
「……おばさん、どうして娘さんは家出したの?」
ベンの奴は、背後にいるマダムに対して声をかけた。
なるほど、攻略のヒントをマダムに見出そうとしたわけだ。俺が叩き込んだ、ゲームの攻略の基本だ。
"他のキャラクターの話をよく聞け"
村人にヒントがなかったのなら、同行する相手に聞くのは、確かにアリだ。
だが、残念ながらマダムからヒントは出てこないぞ。
この森を攻略するためには、とにかく歩いて回る以外に突破口はない。
俺の心の声に気づくはずもなく、マダムと会話するベン。
「娘は、この森にすむエルフと恋に落ちたのです。結婚すると言ってきかない娘に、私は猛反対しました」
「……どうして?」
ベンの素朴な質問に、マダムは顔を青ざめさせて返事をする。
こういう細かなキャラクターの仕草は、本当によくできている。ゲームの仕様に直接かかわりのない所は、むしろ徹底的にリアルにできるからな。
「うまくいくはずがないと思ったからです。種族の違う者同士の結婚など、前例もありません。きっと、誰からも祝福されず、不幸になると思ったのです」
「……そう」
ベンの口調は淡々としている。特に相手を責めるわけでもなく、事実を確認するような聞き方だ。
こいつの場合、相手の心に寄り添う、とかいう器用な真似ができないからこうなってるだけなんだが、今回はそれが功を奏したらしい。
マダムは次々に胸の内を打ち明けてくれる。
コイツ、意外とカウンセラーとか向いてるかもな……いや、それはないか!
「でも、私が愚かでした。もっと真剣にあの娘と話し合うべきだったんです。そうすれば、あの娘がここまで思い詰めていることにもっと早く気付けたはずだったんですから」
「……後悔してるの?」
「はい、願いが叶うならば、もう一度娘に会ってきちんと話がしたいのです……」
「……そう」
懇願するマダムの声に、ベンは淡々と返事をしていく。
これ以上会話を続けても、ヒントが出てこないと悟ったのか、ベンも口数が少なくなる。
いよいよ打つ手がなくなったのか、目を閉じてじっとしていた。
「どうした?やっぱりギブアップか?」
オレの問いかけに、ベンが重い瞼をゆっくりと開く。
その時、オレは確かに感じた。
今まで緩慢でやる気のなかったベンの身体に、何かの変化が起こった。
VRだからこそ、そして、同じキャラクターを共有しているからこそわかる、僅かな変化。
目を見開いたベンは、たった一言こう返事する。
「ギブアップはしない」
「それは結構。だが、次はどうする?」
「……もう一度、一からやり直す。マップを、もう一度歩いてみる」
覚悟のほどが、全身の緊張から伝わってくる。
どういう訳だか知らないが、ここにきてようやく"本気"でゲームを攻略するつもりになったらしい。
いや、コイツは今までも本気でゲームをプレイしていたと思うぞ。でも、それはあくまでゲームクリアが目的だっただけだ。
でも今は違う。ベンは、初めてゲームをプレイするという行為に没頭していた。
「そっか、じゃあ好きにやってみな」
オレの後押しなど不要だったようで、勝手に歩を進めるベン。
無駄とわかっていても、挑む覚悟。それがひしひしと伝わってきた。
それでいい。
どんなムリゲーでも、挑み続けることに意味があるんだ。
ゲームは、クリアできるかできないかが問題じゃない。プレイしているという、ただそれだけで楽しいんだ。
そして、どんな時でも、その心こそが突破口を見つけ出す最後の鍵になる。
オレは内心でニヤリと笑っていた。
正直にベンに感心していたからだ。
ここまで気持ちが入り込むとは思ってもいなかったし、なにより、マダムとの会話で時間が経過したことが重要だ。
やはり、コイツは運がいい。知らないうちに、攻略のヒントを手繰り寄せちまうんだ。
数歩と歩かないうちに、それはやってきた。
暗転する画面。モンスターとの遭遇である。
─怪力大 ネズミがあらわれた─
「……へっ?」
目の前に現れたのは、先ほどまで戦っていたネズミよりも二回りほど大きな単体モンスター。
明らかに今までとランクが変わっているのが分かったのか、ベンが間抜けな声を上げていた。
「……どうして、急にこんな敵が?」
「そういえば、前にも言ったと思うけど」
少し間を空けて、オレは勿体ぶった口調で説明を続けた。
「このゲーム、時間経過の概念があるんだ。そして、この森のモンスターは、時間が経つほど強くなる」
「……そういうことは、早く言って」
「口も手も出さない、って約束だったよな?」
え?意地悪もたいがいにしろって?
そんなことないぞ。むしろ親切だとほめてほしいね。俺がこの法則に気づいたのは、20回ほど全滅した後だったんだから。
それに、きっとベンの奴は俺を恨んでないと思うぞ?
何故そう思うかって?ちょっと見てりゃ分かるさ。
─怪力大ネズミの攻撃 痛恨の一撃! 勇者は死んでしまった─
歩き回ってHPも少なくなっていたところにとどめの一撃。
ベンはなす術もなく教会送りにされた。
「……」
神官の説教を聞き流すベン。その目には、先ほどと変わらない静かな闘志が宿っていた。
迷うことなくマダムの家に出向き、話を聞く。
「ああ、勇者様。どうか、私の娘を探してください!エルフの男なんかと駆け落ちして、東の森に消えてしまったのです!」
「……分かってる。絶対に、あの森を攻略する。絶対に、だ」
一度目と違って、断固とした口調でベンがマダムに声をかける。
不思議と、マダムのリアクションも前回よりも感激に震えているようだが、俺の気のせいではないだろう。
どうだ?ベンの心は折れたように見えるか?
ここまで火がついたプレイヤーにとっては、この程度の逆境はむしろガソリンでしかない!
難易度が高い程、クリアしがいがあるって燃えるのが真のゲーマーだよな!?




