3話 少年勇者 ボスからは逃げられない
『この俺様の宝を狙ってくるとは、良い度胸じゃねえか』
本日138回目。通算2870回目の挑戦者が盗賊親分の部屋に足を踏み入れる。
自信満々の表情でいた小柄の勇者の背を見て、カイエンは言いようのない興奮を覚えていた。
彼もゲーマーとしての歴が長い。
だからこそ分かるのだ。
先ほどまで会話をしていた、小柄な勇者が秘める可能性。
あの落ち着き、そしてこのゲームに対する深い知識の数々。
名前こそ明かされないままだが、名のあるプレイヤーに違いない。
カイエン自身、このゲームに"ダイブ"して数日であったが、彼との出会いは僥倖であった。
ダイブしてすぐに、このゲームが今まで経験したことのない程に"ひねくれた"設定であることが分かった。
(もともと、あんな無茶な報酬を提示してきた時点で怪しいと思うべきだったんだ)
一筋縄ではいかない設定に、難解極まる敵の癖。もちろん目の前のボスキャラもその一つだ。
ネットが普及する、遥か昔のタイトルだ。どこのサーバを探しても攻略法は残っていなかった。
だからこそ、クリアのためにはこのゲームに詳しい人間の協力が不可欠。カイエンはすぐにその結論に至った。
そして、今ボスキャラに挑もうとしている、金髪で端正な顔をした小柄な勇者は、このゲームを『やりこんでいる』
完全未知のひねくれ設定のゲーム(しかも攻略本すら存在しない)を最速で攻略するためには、誰よりも必要な人材だった。
その勇者が、剣を構える。
応じるようにシュミターを抜く盗賊親分。
ボスバト開始の合図が周囲に鳴り響いた。
「さあ、見せてもらおうか。必勝の秘策とやらをな……!」
見つめるカイエンの先で、小柄な勇者は迅速に行動を開始する。
そして、彼がとった行動は、確かにカイエンの予想ははるかに上回るものだった。
あろうことか、手にしていた剣を投げ捨て、部屋の壁にまっすぐ走りだしたのだ。
「……何のつもりだ?」
その場にいた全ての勇者の問いに、小柄な勇者はたった一言で己の狙いを的確に伝えた。
「助けてくれええええええ!」
ブブー
全力で壁に体当たりするが、先ほどのカイエンの時同様に腹立たしい機械音が鳴り響くだけだった。
─勇者は逃げ出した しかし盗賊親分からは逃げられない!─
─盗賊親分は力をためている─
貴重な1ターンが、それで終了した。
「くそっ!それじゃあ、こっちはどうだ!?」
叫びながら別の壁に体当たりする。
ブブー
─勇者は逃げ出した しかし盗賊親分からは逃げられない!─
─盗賊親分は力をためている─
「このお!ボクをバカにしてるのか!?」
冷静に状況を伝える『天の声』にマジ切れする勇者。
そんな彼の様子に、カイエンは当惑を隠しきれずにいた。
本当に先程迄の冷静で知的な男と、今目の前で必死な形相で無謀な逃亡を繰り返す男が同一人物なのか、自信が持てなくなっていたのだ。
ゲームシステムを滔々と説明する老獪さと、無思慮に走り回る子供のような態度。両者の印象があまりにもかけ離れすぎていたのだ。
(まさか、マルチプレイヤーか?)
しかし、即座に思い直しかぶりを振る。
(そんなはずはない。どんなゲームであれ、プレイヤー一人につきキャラは一体。それがこのシステムの鉄則だったはずだ)
「こうなったら、タンスの中に隠れるしかない!」
部屋の中心で力をため続ける盗賊親分をしり目に、一人で縦横無尽に部屋の中を駆け回る小柄な勇者。
タンスの取っ手に手を懸けようとするが、いつものエラー音が鳴り響くだけだった。
─勇者は逃げ出した しかし盗賊親分からは逃げられない!─
─盗賊親分は力をためている─
「タンスがオブジェだから隠れられるわけないだって!?そんなことは最初から言ってよね!」
ブツブツと独り芝居をするような節まである。
よく聞いてみれば、先ほどと比べて口調までもが変わっていた。
「どういうことだ?まさか、二重人格?」
ゲームプレイしながら人格交換するような曲芸を見せられるとは思わなかった。
そもそも、ボス戦から逃げられないのは当然のはずなのに、あの勇者はそんな事実すら知らない様子であった。
─勇者は逃げ出した しかし盗賊親分からは逃げられない!─
─盗賊親分は力をためている─
完全な茶番劇はすでに8ターン目を迎えていた。残りは3ターン。
「どうやら、俺の見立て違いだったようだな……」
こめかみ手をやり、頭痛を抑えるような仕草をする。
カイエンは、無様に逃亡を試みる勇者に一目を置きかけていた自分を恥じていた。
9ターン目。ついに自棄になったのか、小柄な勇者がついに攻撃に転じようとしていた。
しかし、剣はどこかに落として素手のまま。挙句に残り3ターンでは打つ手はないに等しいだろう。
「仕方ねえ。今回は情報収集と割り切ってやられるしかない。先ほどの腕輪の入手が、今考えられる最善手だろうな」
カイエンが次の順番に備えて準備運動を始めようとした、その時だった。
鋭い打撃音が部屋の中から響く。
─勇者の攻撃 "会心の一撃!" 盗賊親分に33のダメージ─
─盗賊親分は力をためている─
─勇者の攻撃 "会心の一撃!" 盗賊親分に33のダメージ─
─盗賊親分は力をためている─
─勇者の攻撃 "会心の一撃!" 盗賊親分に34のダメージ 盗賊親分を倒した─
「え……?」
何が起こったのかを理解する間もなく、気づけばボスバトルは決着を迎えていた。
小柄な勇者のパンチ3発。
たったそれだけで難攻不落の盗賊親分が敗れ去ったのだ。
開いた口が塞がらなかったのは、カイエンだけではなかった。
後ろに並ぶ無数の勇者たちも、カイエン同様呆気にとられた顔で小柄な勇者が"コソ泥の鍵"を回収するのを見つめていた。
ボスを倒した勇者は、盗賊親分の背後にあった隠し扉からそそくさと立ち去っていく。
「ちょっと、何があったのかわかんないんですけど……」
その場にいた全員の声を代弁するカイエン。
そして、カイエンがフラフラと部屋に足を踏み入れた瞬間、そこにはまるで何もなかったかのような顔で新しい盗賊親分が立っていた。
『この俺様の宝を狙ってくるとは良い度胸じゃねえか』
ショックから立ち直れなかったカイエンは、なす術もなくその日138人目の犠牲者となるのだった。
作中に出てきた33って数字に思い当たる人が何人いることやら・・・
ヒント『注射→イタタ』