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29話 迷いの森 その3

「……詰んだ」


 ベンの奴が根を上げたのは、森に突入して30分程経過してからだった。

 まったく、最近の若者は根気が足りないな。この程度でギブアップするなんて情けない。


 “詰んだ”って言葉は、もっとダンジョンをしゃぶり尽くして初めて言えるんだよ!

 オレが挑んだときなんか、12時間ぶっ通しでプレイしたからな。しかも、腹が減ったチエに無理やりプレイを中断させられなけりゃ、もっとやりこんでたはずなんだよ。

 ともかく、ベンはもっとこのダンジョンを堪能する義務があるってことだな。


「……オジサン。このダンジョン、出口はないの?」

「ノーコメント!出口というか、このマダムの娘さんがここにいることだけは確かだ。そこが出口、ていうか、ゴールだよな」


「……」


 冷たく突き放すと、ベンが沈黙して何かを考えこむ。

 そして、自分で考えを整理するためか、独り言をつぶやき始めた。


「……この森、構造がループしてる。いつの間にか元の場所に戻されてる」

「ま、そのくらいは気づいて当然だよな」


 迷いの森のダンジョン構成はシンプルだ。エリアごとにそれなりに特徴があるため、少し進めてみると、構造がループしているのがすぐにわかる。

 問題は、どのエリアからどのエリアにループがつながっているか、これを明らかにするのが難しいんだよな。

 

 最初、手書きで地図を書いていったんだが、紙が足りなくなって。でも今更引けなくて床に直接地図を書き始めたところでチエにゲンコツ食らったんだっけ……。

 それくらい、エリア間のループ構成は多岐にわたってるってことだ。


 しかし、次にベンが口走った言葉が俺を震撼させる。


「どこを進んでも、必ず入り口に戻される……。()()()()()()()()()()()()()()()……」

「は……?ベン、今お前、なんて言った?」


「?ただ、全パターンを試し終わったって言っただけだけど」

「たった30分しかたってないだろ!?こんな短期間で、そんなことできるわけが……」


「……別に、一度通った道を覚えておけば簡単でしょ?入り口と出口が合ってなければ、それはループさせられたってことだし。今通った道が最後の未踏コースだったんだけど、それでも入り口に戻されたってことは、もう出口はないって考えるしかないよ」


 簡単って……。確か、このエリアのループ構成って、全部で200パターンくらいあったはずだぞ。

 道を覚えておくと言っても、エリアの数も相当なもんだ。それを、一度通っただけで覚えきれちまうもんなのか?


 と、とにかく。こいつは、早くも迷いの森の全てのループ構造を頭に叩き込んじまったってわけだ。

 おそらく、無意識のうちに最短でマップを走破するルートを選んだに違いない。だから、一度も同じループを経験せずに、30分の短期間で全コースを走破できたってわけだ……。

 ……恐ろしい記憶力だぜ。


「と、とにかく。全コースを試して、それでも娘が見つからなかった、と。それじゃあ、次はどうする?」


 何とか平静を保って言葉を続ける。

 不幸にも、こいつはこの森の本当の姿を知るきっかけを与えられないままルートを走破してしまった。

 ヒントを得るためには、別の行動が必要になる。


「町の人の話は覚えてるか?」

「……もちろん。おじさんの癖が染みついちゃったせいで、全員の話を3回も聞いちゃったよ。でも、この森の構造に関するヒントはなかった」


 記憶力オバケのこいつが断言するんだから間違いない。

 この手のループ系ダンジョンを攻略する方法は、いくつかある。


 一つは、何らかのフラグを立ててループそのものを解消する方法。例えば、『目覚めの玉』みたいなアイテムを使って、森を眠りから覚まし、本来の姿に戻す、みたいな感じだな。

 でも、今回はそれは不可能。こういうフラグは大抵町の人からヒントがもらえるもんだが、ベンが言う通りそういった情報は皆無。

 いや、このゲームってそんなに親切にできてないから、ヒントが転がってないことの方が多いんだけどさ……。


 二つ目の方法は……。


「……ひょっとして、ループしているように見えているだけど、実はそっくりな別のマップだったりして……!」


 ベンが呟く。

 コイツ、良い勘してるな。


 そう、二つ目は『実はループしているように見せているだけで、実際はきちんと前に進んでいた』ってパターン。

 これを検証する方法は、まあ、色々あるわな。


「……一番簡単なのは、目印を残すこと」


 言いながら、道具袋をまさぐる。薬草を取り出して、一瞬考えこむ。

 やがて、再び道具袋をまさぐって、今度は毒消し草を取り出した。


「……これを、地面においておけば目印の代わりになる」

「なるほどね」


 オレは何も言わず、黙ってベンの行動を見ていた。

 薬草じゃなくて、毒消し草を選んだ理由は、おそらくこの森に毒攻撃を仕掛けてくる敵がいないことが分かったせいだろう。

 いちいち理にかなった考え方をしてくるが、果たしてどうなるかな?


 手にした毒消し草を、そっと床に置く。


――すると、


─勇者は毒消し草を捨てた─


「……は?」


 いつものメッセージと同時に、床に置いた毒消し草が跡形もなく消えた。


「なんで……?ボク、捨ててなんかいないんだけど……」


 呆然とするベン。

 これは、流石にオレが説明してやらないといけないよな。


「これは、ユグドラ、というかこの時代のゲームの特徴だ。床に物を置くって処理ができないもんで、ユグドラが勝手に「捨てた」ってことにしまったんだよ。だから、何度やっても結果は同じだからな」

「……そんな理不尽な……!」


 仕方ないだろ?床に物を置くってことは、マップに新しいオブジェクトを増やすってことだ。そんな複雑な情報を記憶できるほど、昔のゲームには容量がなかったんだから。


「……じゃあ、こうすれば……!」


 言いながら、剣で木の幹に傷をつけようとする。

 なるほど、木に目印をつけるのも、典型的な手段だよな。


 しかし、


ブブー


「なっ……!」


 耳慣れた耳障りな音とともに、剣が弾き飛ばされる。


「だから、そんな複雑な処理をこのゲームに求めるなって言ったろ?いい加減学べって」

「……オジサンに言われたくない」


 はい、その通りでしたー!

 オレほど学習しないやつも珍しいって、昔チエに言われたのを思い出したよ。

 同じダンジョンを何度も繰り返し出入りする様を見てりゃ、誰だってそう思うよな?


 でもよ、ひょっとしたら100回目で新しい発見があるかもしれない、とか考えてみな?

 ちょっとワクワクしないか?だから、オレのは同じことを学習もせずに繰り返してるんじゃないんだよ。同じことを繰り返したらどんなことが起こるか、っていう実験なんだよな。


 え?屁理屈にもほどがある?それに、そんな複雑なことをゲームに求めるなって?

 うっせえわ!後々分かるけど、これはそういうゲームでもあるんだよ!


 さて、このままだと、ベンがアレに気づくのはいつになるやら……


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