26話 少年時代回想 憧憬
突如として始まった、変則的な料理バトル!
狭い台所で、どちらがおばちゃんのお手伝いを上手にできるか勝負。
骨肉のバトルは、ついにクライマックスを迎える!
って、そんなわけもなく、俺の圧勝で終わったんだけどな。
「ぜえ、ぜえ……。なんなの、あなた達。こんな狭い空間でよくもこれだけ効率的に動けるものね」
「まあ、慣れてるからな」
あっさりと敗北宣言をするチエ。
始まって早々、俺とおばちゃんの一糸乱れぬ連携に弾き飛ばされるように台所から退散していったんだ。
頭の良いチエのことだから、これ以上無理に台所で戦っても邪魔になるってことに気づいたんだろう。
この食堂にやってくる子供たちの中にも、おばちゃんの手伝いを買って出てくる奴は何人もいる。
でも、俺がいるときは誰もそんなことを言ったりはしない。
長年培ってきた、俺達の連携の邪魔になることが分かってるからだ。
こう見えても、俺の料理の腕前は"神の右腕"と呼ばれてんだからな!
敗北を認めると、チエはしぶしぶと出来上がった料理をテーブルに運ぶ役を買って出てくれている。
「チエちゃん。こうして手伝ってくれるだけでも十分よ。ありがとう」
「……」
おばちゃんの感謝の声に、照れくさそうにそっぽを向くチエ。なんだかんだ言って、こういうところは全然素直じゃない奴だ。
「さあ、みんな!今日はごちそうだよ!」
狭い家の中におばちゃんの声が響く。
リビングで遊んでいた子供たちが一斉に食堂に押し寄せてきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「せーの。ごちそうさまでした!」」
声を合わせて、全員で手を合わせる。おかたずけは全員の仕事。
次々に食器を台所に片づけに行く。
「おばちゃん、皿洗うのも手伝うよ」
「いいから、今日はみんなと遊んどいで。あんたもここに来るのは久しぶりでしょ?」
頭を豪快にワシャワシャとかき回される。おばちゃんの大きな手だ。
「そんじゃ、今日は久しぶりに遊んでいこうかな」
「ねえツトム。こんな狭い空間にこれだけ大勢いて、一体何して遊ぶのよ?」
台所からリビングに向かう途中、興味深々といった様子でチエが尋ねてくる。
確かに、おばちゃんちはチエの家に比べれば全然狭い。でも、普通の家くらいの大きさだ。問題は、そこに押しかけている子供の数が尋常じゃないってこと。
この付近で、行く場所がないやつや、満足にご飯も食えない子供たちがここにやってくる。
みんな、このおばちゃんがいるからここに来る。ここは、おばちゃんの食堂なんだ。
「見てりゃ分かるって。ていうか、みんな見てるだけなんだけどな」
「それは、どういう意味?」
小首をかしげるチエだったけど、すぐに答えに気づいたみたいだ。
リビングにあるのは、たった一つのゲーム。それを、全員が取り囲んでみている。
「いいぞ!そこだ!」
「ああ、惜しい!」
「じゃあ、今度は俺の番な!」
一つのゲームを、大勢で取り囲んでただ眺めている。みんな、やってるのはただそれだけだった。
「こんなに大勢で、たった一つの画面を見てるだけなの?」
「暴れまわったら隣近所に迷惑かかるだろ?そもそも、そんなスペース、この家にないって」
「ゲームってのは、自分で経験するから面白いんでしょうに。見てるだけの何が楽しいの?理解に苦しむわ」
「じゃあ、実際に見てみろよ。みんなどんな顔してる?」
「……」
その時のチエの顔を、オレは一生忘れないかもしれない。
チエの視線の先には、学年も性別も関係なく、みんなが一緒に一つの画面に夢中になっている姿があった。
キャラクターの動きに合わせるように体を動かし、敵にやられると、まるで自分がやられたみたいに痛がり、悔しがっている。
そんな光景を、チエは茫然とただ見つめていた。
「たった一つのゲームに……こんな力があるなんて」
「まあ、みんな他に行く当てもないしな。それに、おばちゃんのゲームを選ぶセンスもスゲエんだよ。俺達がやってるドルクエと違って、ゲームバランスも完璧だしな」
「……」
俺の言葉が聞こえていないのか、チエは食い入るようにみんながゲームで遊ぶ様子を見ていた。
俺はまだ子供だから、この時のチエがどんな気持ちだったのかまでは分からない。でも、この時のチエの顔は、今まで見た中で一番きれいな顔をしていた。
そして、俺の数少ない経験の中と照らし合わせてみると、今のチエによく似た表情が思い当たった。
「おまえ、どうしても欲しいゲームが買ってもらえなくて、ゲーム屋の前でケースを眺めてる奴にそっくりだぞ」
「……そうかもね」
聞こえているのかいないのか、よく分からない適当な返事。こいつ、本当にどうかしたのか?
「おい、大丈夫かよ?そんなに、あのゲームがやりてえのか?だったら、辛抱強く待つしかないぞ。みんな遊び慣れてるし、大勢順番待ちしてるからな」
「……あんたはやらないの?」
「お、俺はここでゲームはやらないようにしてるんだ。みんなが少しでも遊べるように、気を使ってるんだぜ?」
「それは、半分本当で、半分嘘ね。あんた、一度ゲームを始めると周囲の眼も忘れてあちこちしゃぶり尽くすまで次に進まないから、みんなにひんしゅく買ったんでしょ」
この女!こういうところだけはどうして正確に言い当てるんだよ!
「その通りだよ!俺がコントローラ握ると、みんな寄ってたかって『早く死ね』オーラ出してくるんだぜ?俺のプレイって、見ててそんなにつまんないかな?」
「……ふふっ」
あれ……今こいつ笑わなかった?
いや、これまでも笑うことは何度もあったけど、こんなふうに、可愛く眩しい笑顔じゃなかった気がするんだけど。
俺の見間違いかな?
「あんたのプレイスタイルが世の中に受け入れられるには、もう少し時間がかかるかもね。それはさておき……」
少し夢に浸かっているような目でゲーム画面を、いや、ゲームをしているみんなの顔を見ながら、チエは最後にこう言ったんだ。
「こういうのも、悪くないわね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それで、その後お母さんはどうしたの?」
「実は、その後にもっと傑作な話が合ったんだが、それはまた今度にしよう」
マンションに帰ってきた俺たちは、夕食をとりながらチエの昔話に花を咲かせていた。
ベンの奴も、チエの話になるとやはり食いつきが良い。いつものぶっきらぼうな気配は引っ込んで、年相応に純粋な目で俺の話を聞いてくる。
「ひょっとして、その時の出来事が忘れられなくてこれを作ったのかな?」
床に転がっているユグドラを見ながら、ベンはそう呟いた。
「案外そんなものかもしれないな。なにしろ、あの時のチエの様子は普通とは違ってたから」
「お母さん、そんなにゲームが好きだったんだ……」
感慨深そうにユグドラを眺める。
「おじさん、ご飯も食べ終わったし、今日はもう一回ダイブしようよ」
「お、珍しいな。お前の方から誘ってくるなんて」
「これをクリアしないとお母さんに会えないんでしょ。それに、ボクも少しだけゲームに興味が出てきた」
「ようし!その心意気は良い!それじゃあさっそく……」
──と、そこまで言い終えた時に、俺の中にふとしたアイデアが浮かんだ。
いや、そんな大層なものじゃないよ?チエと違って、俺は凡人だから、天才的な閃きなんて微塵も持ってはいないからね。
確か、今のゲームの進行具合から、次のイベントって……。
「なあベン、一つ面白いイベントを考えたんだ」
「……なに?」
「次のイベント、名前を『迷いの森』っていうんだが、その攻略、お前ひとりでやってみろ」
「……おじさんの助言、手助けなしでってこと?」
ベンの問いに俺は大きく頷く。
「……そんなことして、どうするのさ?」
「普通にやってても面白くないだろ?たまにはちょっと遊びが必要かな、と思ってな」
「……別にいいけど……」
意外と乗り気じゃないですか。確かに、少しずつこのゲームにハマってきてるのかもな。
「それと、もしも一人でクリアできたら、俺からご褒美をやろう。なんと、聞いて驚くなよ」
食べ終わった食器をシンクに片づけながら、俺はベンにとっておきの笑みを浮かべてこう言った。
「もしクリアできたら、とっても楽しいところにお前を連れて行ってやる」
「……おじさん、笑顔、キモイ」
このガキ……!そういうことは思ってても口に出すもんじゃねえんだよ!
こういうところは、チエそっくりだぜ!全く!




