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22話 ゲームは1日12時間まで!

親がプロゲーマーだったら、こんな子育てになるんだろうか?

「そろそろ、オレたちがこのゲームを始めて一か月か。あっという間だったな」

「……オジサンがふざけてるせいで、全然進んでない気がするけどね」


 ユグドラを脱ぎながら、この一か月を振り返ってみる。

 ……確かに、結構寄り道したかもしれない……。


 急に黙り込んだオレに、畳みかけるようにベンの口撃が続く。


「……最初の町とお城の間を何度も往復したりして、何がしたかったのさ」

「いや、昔のゲームをVRで体験できるのが嬉しくってつい……。それに、アレが基本的なオレのプレイスタイルなんだよ」


「……マップの端から端まで歩き回って、何の得があるの?」

「いいか、お前はまだゲームの素人だから分からないだろうが、ああいう地道な行動が後々生きてくるんだぞ?」


 指を一本立てて得意げに講釈を垂れてみるが、ベンはそんなことでは納得しなかったようだ。


「……例えば?」

「た、例えばだな……。思い出してみろ?城と町のほぼ中間地点に森があったろ?その中の一角だけ、地面が露出してた場所があったよな?」


「……それは覚えてる。城側に43パーセント近い場所に約4マス程度、森の切れ間があった」

「ああいうところには、レアアイテムが落ちてたりするんだよ。だから、丹念にフィールドを探索するのは重要なんだ」


 しかし、相変わらずとんでもない記憶力だな。ただやみくもに歩いてるだけじゃなくて、逐次自分がいる座標を計算しながら行動してるってことだ。記憶力だけじゃなくて、頭の回転も段違いだ、コイツ。

 ああ、オレもこんなに賢い頭をもって生まれてくれば、もっとマシな人生を歩めただろうに……。


 いや、他のやつがどう思ってるかは知らないが、オレはオレなりに今の生活には満足してるんだけどさ……。


「……どうして、あんな何もない地面に貴重なアイテムが落ちてるのさ。誰が、何の意図で埋めたの?」

 

 細かいツッコミを入れてくるベンの頭に軽く手を置き、ワシャワシャと掻き回してやる。不快そうに手で跳ねのけられるが、おかげでこれ以上の追及は止んだらしい。


「……それも、ゲームのお約束ってやつ?」

「だんだん分かってきたじゃないか。郷に入っては郷に従え。ゲームの世界で生きていくには、ゲームの常識に慣れていかなくちゃな」


「……それはいいけど……。じゃあ、なんでマップの端まで歩いたりしたの?山沿いや、海沿いには、さっきみたいな変わった地形はなかったよね」

「それには、別の理由があるんだよ」


 言いながら立ち上がり、二人で台所に向かう。そろそろ夕食の準備を始めなくちゃいけない。

 ゲーム廃人のオレと違って、ベンは育ち盛りの子供だ。朝昼晩、しっかりと食事をとらせなくちゃあいけない。

 いくらチエを探すためとはいえ、食事睡眠をおろそかにするわけにはいかないからな。


 ゲームは、1日12時間まで!


 それが、俺たちの間で取り決めたルールだった。


 え?子供のプレイ時間としては常軌を逸してるだって?まあ、夏休みだしそれくらいいいじゃないの。

 冷蔵庫を開けながら、先ほどのベンの問いに答えてやる。


「マップの端っこは、”特殊エンカウント”の可能性があるからな」

「……なに、それ?」


 ベンにもわかりやすく説明するため、4段になった冷蔵庫を上から順に指さして見せる。


「エンカウントってのは、モンスターとの遭遇のことだ。フィールドに出ると、ランダムでモンスターとの戦闘になるだろ?あれのことだよ。そして、モンスターの出現頻度は、主にマップのエリアで管理されてるんだ。こんなふうにな」


 上から順に『乳製品』『飲み物』『野菜』『魚・肉』といった具合で収納されてる。オレが来るまではインスタント食品で埋め尽くされていたが、この一か月で完全にまともなレイアウトに挿げ替えてやったのだ。


「野菜室にいる限りは、基本的には野菜としか遭遇しない。一階層下のエリアに行けば、今度は魚と肉とエンカウントする。そうでもしないと、始まりの町でいきなりラストダンジョンの敵と戦ったりする羽目になるからな」

「……あのスライムはなんなのさ」


「いちいち細かい奴だなあ。アレは製作者の茶目っ気、イタズラみたいなものなの!一般的にスライムは下級モンスターって相場が決まってるしな」


 相変わらず細かいベンのツッコミを華麗にスルーしながら、野菜室にあったほうれん草の葉っぱを指さしてやる。

 葉っぱは、野菜室からはみ出て、すぐ真下の肉・魚コーナーに覆いかぶさっていた。


「ところが、極まれにマップ配置のズレなんかで本来は存在しないモンスターとエンカウントすることがある。このほうれん草みたいにな。エリアのズレは、こんなふうにマップの端っこで起こることが多い。だから、端っこまで隅々探索する必要があるんだ。分かったか?」


「……そんなことして、どうしようもない強敵が出てきたらどうするの?」

「それを楽しむのも、一興。どうせ死んでも元の町に戻されるだけなんだし、いいじゃないか」


「……」


「おかげで、ずいぶんと戦闘にも慣れたろ?初めはあんなに嫌がったくせに、最近は平気な顔してモンスターと戦えるようになったしな」

「……悪そうな見た目のやつは、平気。それに、倒すといっても血も出ないし、透明になって消えていくだけだから気持ち悪くもない……」


 冷蔵庫を閉めて、ベンに向き直る。実際、この一か月で少しはマシな顔つきをするようになった。

 ゲームとはいえ、戦闘シーンは臨場感たっぷりで、リアリティもすごい。本物の(?)モンスターと真正面から取っ組み合いをするのはそれなりに怖いし、神経も磨り減る。


 “そこそこの修羅場”を潜り抜けただけあって、ベンにも少しは男らしいところが出てきたようだ。


「それに、ベン。お前、戦闘のセンスがあるよ。実際俺が戦った時よりも、お前がやった時の方がダメージも少ないしな」


 冷蔵庫を見てみたが、どうやら買い出しに行かねばならないようだ。

 財布をもってベンを連れ出す。


 これでも蓄えはある。食材を買い込むくらいは自分の持ち出しでできるが、マンションに入るにはベンが必要だった。なにしろ、入り口のコンシェルジュのおっさんがいまだにオレを凄い目で睨んでくるんだからな。


 ベンを盾にしないと、とてもじゃないがやり過ごせないって、あれは。

 ロマンスグレーの髪をオールバックにして、穏やかそうな身なりではあるけど、あの目つき!あれは、絶対に人を殺したことのあるやつの目だよ!


 いや、実際に人を殺した奴と会ったことないから分かんないんだけどさ……。

 とにかく、ベンを連れてエレベータから降りる。やはり、いつものようにエントランスにコンシェルジュのおっさんがいた。


「ベン様。行ってらっしゃいませ」


 ベンに会釈するおっさん。どうやら掃除中だったらしく、箒を手に持っていた。あの鋭い目で、チリひとつ見逃すまいと、すさまじい気迫で周囲を見渡している。

 そして、すぐさまその視線は俺にロックオンされた。


 ハイハイ、そうですよ。オレが一番大きなゴミですよね!分かってるからそんな目で見ないで……。


「……オジサン、早く行こう」

 

 ベンの背後に隠れるオレを振り切るように、外に向かって歩き出すベン。おっさんの目線から逃げるように後に続く。

 重厚な自動ドアが開く。瞬間、真夏の茹だるような夜気が全身に押し寄せてきた。


 アチい……。エントランスまで完璧に空調が効いているだけに、外に出た時の落差が激しすぎる……。呼吸するのも億劫になるほどの湿気だ。

 感じたことのあるやつは少ないと思うが、オレはこの瞬間、確かに感じた。


 いわゆる“水の匂い”ってやつだ。乾燥した場所から湿気の多い場所に突然放り出された時に感じると言われてるが、確かに今、オレはその匂いを嗅いでいた。


 そして、暑さで朦朧とする意識の中で久しぶりに嗅いだ懐かしい匂いは、俺の記憶を一瞬で20年前にぶっ飛ばしていた。

 気が付けば、オレは当時の口調に戻っていた。そして、この場にいないアイツに向かって言葉をかけていた。


「もうすぐ夏休みも終わろうってときに、なんて暑さだよ。なあ、チエ……」


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