20話 追放者 途方に暮れる
うーん。ざまあって加減が難しい
「カイル君、状況は分かっているよね?」
「……もちろんです」
モニターの向こうにあるのは、いつものようなデフォルメされたキャラクターのアバターではない。きっちりしたスーツに身を包んだ、身なりの良い中年男性達だ。
「喜び」「怒り」といった単純化された動作をひっきりなしに繰り返す、チームメンバーとのチャットとは異なり、カメラの向こうに座る大人達は身じろぎひとつせずにカメラに視線を送り続ける。
そんな視線に耐え切れず、カイルは黙って目線をキーボードに落とす。
「君が約束したひと月が経った。トップリーグに昇格すると同時に、君は一か月でフォロワー数を倍に、ランキングを半分にするまで駆け上がると約束したね」
「……はい」
カイルの声がだんだんと細くなる。それでも、高性能なマイクはきっちりと相手に返事を届けてくれているはずだった。
その証拠に、さらにか細い大人達の嘆息がはっきりと返ってきた。むろん、彼らもそれがこちらに届くとわかっていてあえてそうしているのだ。
「もう一度聞くが、状況は分かっているよね?」
「……わかっている、つもりです」
「分かっているのなら、改めて君の口から聞かせてもらおうかね?」
「……」
カメラに映っていない場所で、拳をきつく握りしめる。
「やれやれ、困ったもんだ。これでは、まるで私達が君を恫喝しているようではないかね。私達はそんなに難しい質問をしているつもりはないんだがね?君の端末に表示されている、たった二つの数字を読み上げる、たったそれだけだよ?」
これ以上、不確かな返答をするわけにはいかない。カサカサに乾いた声で、フォロワー数とチームのランキングを読み上げる。
「おや?きみはタイムマシンでも発明したのか?それとも、使っている端末の時間設定が狂っているんじゃないか?」
「どういう、ことですか?」
発言の意図が分からず、疑問を口にする。しかし、返事はまたも強烈な皮肉だった。
「一か月どころか、それは半年前の成績じゃないのか?フォロワーは増えるどころか減っているし、ランキングもどんどん下がっている。きみの言う"秘策"とやらが、一体何だったのか、聞かせてほしいものだ」
「チームの"膿"を取り除いただけです」
カイルの脳裏に、古臭いドット絵のアバターがちらつく。一か月前に、解雇した古臭いゲーマーのアバターだった。
「ほう、"膿"を取り除くのはいいことだ。だが、私はこうも聞いているよ?この一か月で、君のチームから次々とメンバーが脱退しているとも、ね。しかも、人気の高いトッププレイヤーばかりが抜けていったらしいじゃないか?」
「……トップリーグに上がったんです。チームの運営方針も変わります。それに異を唱えるメンバーが抜けることは想定していました。彼らの穴を埋めるための人材も育ってきつつあります」
フン、と鼻を鳴らす音が聞こえてくる。相手はカイルよりも一回りも二回りも年上の社会人だ。とってつけたような言い訳は通用しない。スポンサーである彼らがカイルのいうことを聞いてきたのは他でもない。彼が数字をとってきたからだ。
その信頼の拠り所となる数字を失いつつあるカイルは、薄っぺらい一人の若者と変わりなかった。
「まあまあ、それくらいにしておこうじゃないか」
「藤堂さん……」
最後に口を開いたのはモニターの中心に座る人物。藤堂と呼ばれたその男が発言すると、周囲の大人たちは判を押したように黙り込んでしまった。
周囲の人間がしっかりと自分の発言に注目しているのを確認すると、極めて温和な声でこう続けた。
「私は、君の実力を評価しているよ。この短期間で『獅子の牙』をここまでのチームに育て上げたのは、間違いなく君の功績だ。誇っていい。これだけの真似ができるプレイヤーなど、他に見たことがないからね」
「あ、ありがとうございます」
カイルの額に汗がにじむ。藤堂の柔らかい声、優しい表情。全てが彼を追い詰めていく、
「Eスポーツは、まごうことなき真剣勝負の世界だ。勝つこともあれば負けることもある。そんな世界で一度も負けることなく、勝ち続けることなどは不可能だ。どこかで躓くこともある。ちょうど、今のようにね」
「……」
「私にできるのは、信じることだけだ。君のやり方に口出しはしない。偉そうなことは言っているが、ゲームに関しては私たちは素人だからね。余計なことを言って現場を混乱させることは、互いに望むことではないだろう」
藤堂は、しっかりと目線をこちらに向けている。モニターではなく、カメラに視線を送っていた。淵のない高級そうな眼鏡の奥で、深い皴が刻まれた黒い瞳が怪しく輝く。
「これ以上無駄な時間を使わせても申し訳ないからね。こんな下らん大人達の愚痴に付き合っていては、せっかくの秘策を無駄にしてしまうかもしれない」
「……!」
モニターの中の一人が異を唱えるように口を開く。しかし、声は届かない。いつの間にか音声を切られてしまっていたのだ。
「繰り返すが、私達にできるのは信じること。そして、来るべき時に決断すること、それだけだよ」
最後の一言に、ほんのわずかに語気を強めているのが分かった。
メインスポンサーとして、これまで多額のサポートをしてくれていた企業。ゲームとは無縁の彼らにとって、宣伝効果のないチームに払うコストはない。それくらいはカイルでも理解できた。
「……全力を尽くします」
辛うじてその言葉だけを絞り出して、会議はそれで終了した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「クソっ!!!」
キーボードに思い切り拳を叩きつける。
ゲーム用にカスタマイズされた高級品だったが、あまりの衝撃でキーのいくつかが弾け飛んでいった。
「好き勝手言いやがって!てめえらは黙って金だけ出してりゃいいんだよ!!」
悪態をつきながら、チームの運営表を呼び出す。この一か月のメンバーの戦績が並ぶ。
同時に、この一か月で退会したメンバー達のプロフィールも、だ。
「こいつらもなんなんだよ!あんなオヤジ一人辞めたくらいでやる気をなくしやがって!」
灰色で示されたいくつかのアバターを画面越しに殴りつける。アバターの下には、華々しい戦績がずらりと並んでいた。しかし、その戦績は全てこの一か月間更新されていなかった。
この一か月で10人のプレイヤーが退会した。
古参で、実力者ばかりだった。
「あんなオヤジの、どこが良いってんだよ!?」
灰色で示された、最初のアバターを睨みつける。古臭いドット絵の、勇者のアイコン。ツトムと記されたその下には、いくつかの数字が並んでいる。
戦績はひどいものだ。そもそも対戦数自体が少なすぎる。数をこなせていない証拠だった。
しかし、その中でも一際目立つ数字があった。この数字だけ、他のプレイヤーと比べても二桁は違う。
総プレイ時間。ゲームそのものと向き合ってきた時間の長さだ。
そして、それこそがこのチームの屋台骨であり、心の支えでもあった。誇りでもあり、モチベーションの源泉だった。
脱退したメンバー達の最後の台詞が思い出される。
『ツトムさんがいなんじゃ、ここでやってく意味ないよ』
『若い奴らとつるんで、勝手にツトムさん止めさせたんだってな。じゃあ、オレも勝手にやめさせてもらうわ』
『あの人のアドバイスがあったから勝ってこられたんだよ』
『ツトムさんとゲームの話するのが好きだったから、ここにいたんだけどな。どこに行ったか分かったら教えてくれな?』
「クソが!クソが!クソが!……なんとかしねえと、なんとかしねえと、なんとかしねえと!」
呪詛のように同じ言葉を繰り返しながら、サイトを流し読む。
大きい大会が必要だった。あの頭の固い、数字至上主義者共を黙らせるだけの実績が今すぐに。
しかし、そうそうビッグイベントが毎月のように開催されるわけではない。規模が大きいほど、事前告知もしっかりやるものだ。
「分かっちゃいたが……不意に湧いて出るような、そんな都合のいいイベントが転がってたり……」
サイトを捲る手がピタリと止んだ。
そこには、目を疑うような文言が並んでいた。
自分の眼が間違っていないことを確認するように、カイルは淡々とその文字を読み上げた。
「急遽開催。20年前の超絶難易度のレトロゲームを最初に攻略した者に、賞金1億ドル……?」
今時スパムメールにも出てこないような宣伝文句には、内容を保証する超有名ゲームメーカーのロゴと、どこかで見たような古臭い勇者のドット絵が添えられていた。
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